天秤の双子の片割れ
この物語の主人公、吹雪の人生を一言で語るとしたらそれは波乱万丈と言った言葉である。吹雪は日本でも屈指の名高い上流階級の家に生まれた。しかし吹雪が生まれて2年後に会社が倒産し、母親は幼い息子と娘を家に置いて出て行った。
父親は10億の借金を背負いながらも、自身の子供を一人前に育てようと孤軍奮闘した。
しかしそれは叶わなかったと言える。もう既に兄の方が立派な不登校児だからだ。今の時刻は6時30分、普通の15歳ならばとっくに学校に行く準備をしているところだろう。しかし吹雪はベットから動こうともしない。当然だ。
授業では魔法に関することがほとんど。魔法が使えない吹雪は学校に行っても何もできないのである。
そんな不登校児である吹雪が起きているのも双子の妹の音月が原因である。我が妹は手に学校のカバンを持ち、制服に着替え終わっている。吹雪たちが通っている学校は遠いので、朝早く出ないと間に合わないのだ。
妹の顔は見ていないが、不機嫌な顔をしているのに違いない。
「お兄ちゃん、本当に行かないの? 今日、卒業式だよ?」
妹はまるで反抗期の息子に話しかけるような、母親の口調で話す。実際、母親が何十年もいないのでもはや音月が我が家の母みたいなものだ。
吹雪は妹の顔を見ようとしなかった。ベットの枕に自身の頭を押し付け、うるさい妹を追いやろうとする。
「行かないって、言ってるだろ? 俺と登校したらお前まで変な目で見られるぞ」
吹雪はもう何年も妹の顔をろくに見ることができなかった。魔法が使えない吹雪とは違い、魔法の才能にとことん恵まれた妹。当然世間は双子ということもあり、自分勝手に吹雪たちを天秤の上に乗せ、優劣をつけてくる。
そんな世間からの目に幼い吹雪は敗北した。やがてズルズルと自主的な不登校が増えていき、今では家から出ることすらもしない。
「……。 分かったよ、気が変わったら来てね」
妹がため息をつく音が聞こえる。やがてドアの閉める音が聞こえたところからも、部屋から出て行ったのだろう。妹はいつも学校に行くのかどうかを吹雪に聞いてくる。不登校になったのは中学2年生の最初の時なので、およそ2年近く妹はどうしようもない兄に付き合っているというわけだ。
(よくもまあ、こんな兄にいつも構うよな。 俺だったら、当に見捨ててる。 いっそのこと音月が俺のことを嫌いになってくれればいいのに……)
音月がまだ自分に懐いてくれているせいで、吹雪は妹のことを本心から邪険に扱えないでいた。実際吹雪は妹の注意に一度として言い返したことはない。
こんな微妙な兄妹関係が何年も続いているのが不思議でならない。吹雪は時計の時刻を確認し、妹から剥がされた布団を被り直す。
夜型人間の吹雪にとってはまだまだ活動時間の範囲外だ。数分間ドア側に立つ妹にずっと背を向けていたため、腰がズキズキといたむ。
少しでも良好な睡眠をとるために吹雪はドア側に寝返りをうとうとする。
(ん? なんだこれ?)
吹雪はベットの上に何かが置いてあるのに気づく。手探りでそれを掴み取り、吹雪はそれを自身の視界の範囲に移動させる。それは中等魔法学校の身分証明書だ。
そのカードには妹の顔写真が貼り付けられている。これは間違いなく妹である音月の身分証明書だ。
吹雪を起こしに来たときに布団の上に置きっぱなしにして、忘れたのだろう。このカードは学校を卒業するときに学校側に提出をしなければならない。
つまり卒業式でもっとも大事な持ち物と言ってもいいわけである。吹雪はそれをベットの横のサイドテーブルの上に置いた。
(忘れるやつが悪いんだ。 俺には関係ない)
吹雪はベットに潜りなおし、そのまま睡眠を取ろうとする。しかし気づいたら吹雪はベットから起き上がり、部屋に設置されている大鏡の前に立っていた。
朝起きたばかりのボサボサの金髪にうつろげなスカイブルーの瞳、本当に自分の容姿は妹にそっくりだ。
そう、なぜ吹雪が鏡の前に立っているのかというと、それは妹に忘れものを届けにいくためである。そのために今こうして身だしなみを確認しているのだ。
我ながら全身青いジャージ姿のダサさは半端ではない。この姿のままでいったら妹に恥をかかせてしまう。
吹雪はクローゼットから昔来ていた赤いジャケットと黒のジーパンを取り出して、着替え出す。ついでに金髪の癖っ毛も鏡で少し整え、見れる程度には自分の容姿を回復させる。
これなら外に出ても問題ない。吹雪は妹の忘れものを手に持つと、部屋のドアを開いた。
部屋から出てもそこには誰もいない。大きなリビングがあるだけだ。いつもならここで酒を飲んでいる父も今日は姿が見えない。
だが、それは当然のことである。父は娘の晴れ舞台をカメラを片手に見に行っているのだろう。
父親は吹雪が『学校に行きたくない』と、初めて申し出たとき何も言わなかった。せめて怒るか、悲しむかするだろう。その瞬間、吹雪はとうとう父の興味が自分から離れたのだと感じた。
(父さんは、俺に関心がない)
吹雪は昔のことを頭の中で回想しながら、家のドアノブを回した。そこには魔法で溢れた世界が光とともに広がっている。
空を飛ぶ人、石を浮かせて遊ぶ子供。吹雪だけがその世界の異物のようであった。