四講:どのようなあらすじを書くべきか?:2
ここでやっと具体的にどういった内容のあらすじを書くべきかという話になる。
梗概ではないので、事象を淡々と語っていっても意味がないのは先述の通り。
では煽り文としてはどうなのか?
映画、ドラマ、演劇、小説、漫画……エンターテイメント創作のあらすじや宣伝は世の中のあらゆる媒体で溢れている。その多くの最後に、
……運命やいかに?
……二人の恋の行方は?
……ここに開幕!
などという締め方がされているものをいくつも見かけてきたことだろう。
散々見飽きたような形だ。つまりもちろん書いて悪いということはないが、特に効果的ではないということだ。
さて、とは言えこの手の締め方、NG集にも書いた『何を思い、何を成すのか』もそうであるが何が問題となるのか。
つまり、あらすじとして必要なところまで書かれていないからである。
適当に話の設定書いて、主人公の名前書いて、『何を思い、何を成すのか』しとけばいいやーとでも思ってるんだろう?
違うからな。
ちょっと悪い例として拙作『なまこ×どりる』をテーマに悪いあらすじを描いてみようか。
例1
『辺境伯令嬢であり、強化魔術と軍隊式格闘術の達人であるアレクサンドラは第三王子の婚約者であり、セーラム全寮制魔術学校の4年生である。
彼女が召喚術の授業でその膨大な魔力を以って使い魔召喚のテストに臨んだことより物語は始まる。
彼女が呼び出した使い魔とは……!?
彼女はその使い魔を従え、何を思い、何を成すのか。
超本格派ファンタジー活劇ここに開幕!』
なまこなんですけどね、使い魔。まあこれでもだいぶ読みたくはならないだろうとは思うが。
真に酷くなるとこうなるかな。
例2
『これは遠い未来のお話。
幼き頃n誓約《ゲッシュ》が今もなお互いを縛る2人
少しづつ・・少しづつ・・・運命の刻《トキ》は迫る。
その時、二人は何を思い何を願うのかそんな物語。』
注:『なまこ×どりる』は遠未来地球を舞台にしたファンタジーで主人公とヒーローは誓約に縛られている。ここの誤字はわざとなので誤字報告しないこと。
何が悪いか分かるだろうか。
つまり、あらすじで何も情報が得られないのだ。
前者はまだ主人公のキャラクターとセッティングが分かるため、この時点で興味を感じた読者なら読んでくれるかもしれない。ただしこの先どうなるかという展望がない。後者は何もない。
別に『ここに開幕!』で締めるのが悪いわけではない。ただ、どういう話かをその前にしっかり説明してあるか、あらすじとして適切な内容が示されているならどういう締め方でも良いのだ。
この締め方に関しては意味がなく興醒めという場合もある。
例3
『辺境伯令嬢のアレクサンドラと、彼女の騎士であり義兄でもあるレオナルド。互いに愛し合う二人だがレオナルドはかつてのアレクサンドラを守りぬくために正気を失ってしまっている。
魔族との激しい戦いの中で二人の恋の行方は……?
キーワード:ハッピーエンド』
例4
『アレクサンドラはレオナルドの魂を取り戻すために神に挑む!
……勝負の行方や如何に!?
キーワード:主人公最強』
このようにキーワードで展開がネタバレしてしまって煽り文として意をなしていないパターンも存在する。
この手の文末の煽りに関しては注意して使ってくれるなら構わないが、説明不足や興醒めというリスクがあるので安易に使わないこと。
こう言うと、「書籍化したなろう作品の本に、こういうあらすじたくさんあるけど?」と思う者もいるだろう。手持ちのラノベでも『ここに開幕!』しているのたくさんあるけどと思うかもしれない。
うむ。その通りではある。
あえて言おう。ライトノベルの、それもなろう作品のあらすじなんて正直他の媒体より気を使って書かれていないと。
これはそこを書く編集者への批判になってしまうだろうか?
ライトノベルではないが表紙裏のあらすじが反響を呼んで売れた小説も存在するのは知っている。
だが、一部のライトノベルレーベルに至っては表紙のカバー袖(表紙をめくった裏)にあらすじを記載しているのだ。
今、多くの書店ではライトノベルはシュリンク(透明なビニールのカバー)されている。つまりそこは買う前に客が読むこともできないのだ。
そのようなあらすじになんの意味があろうか?
あるいはわたしは今度アーススターノベルから書籍化する予定だが、なぜこのレーベルではあらすじを捨てられてしまう可能性ある帯に書いて背表紙に書かないのか?
無論、理由はある。
イラストだ。表紙は全面がイラスト、今の作品だと裏表紙にもカラーイラストがあるためである。
つまりイラストの方があらすじより有用であるという認識だ。それは間違っていない。逆説的に表紙のないなろうの方があらすじの重要性が高い。
ここから分かることがある。ジャケ買いという言葉もあるように、表紙イラストは読者に購買意欲を持たせる効果が強い。
表紙イラストで読者が求める情報・イラストから感じられる魅力をあらすじで書かねばならない。
イラストで読者は何を求めるのか。
キャラクターである。
主人公、あるいはその恋愛対象であるキャラクターがどういったキャラであるかという情報がどこまで読み取れるか。そしてそのキャラクターは読者に魅力的に映るのか。ということである。
前講で『ロシデレ』の話をしたが、あれの何が天才の所業なのか。
タイトル:時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん
あらすじ:ただし、彼女は俺がロシア語分かることを知らない。
ジャンルは現実世界恋愛の短編である。
ここに挙げられた情報だけで主人公が男であり、ヒロインがロシア人(の当然美少女で銀髪か金髪碧眼)であり、学校で隣の席に座っており(隣人の可能性も0ではない)、彼女はツンデレであり、作品の冒頭部分でヒロインが主人公に辛辣な言葉を告げつつもロシア語でデレて、それを知られてないと思ってドヤってるのがエンディングにバレて赤面キレすることまで読み取れるだろう。
少なくとも男性向けラブコメを好んで読む読者層ならそこまで想像つくはずだ。このジャンルを滅多に読まないわたしですら分かるのだから。それをこの短い文で表現できているのが天才と言っているのだ。
ここで言うキャラクターとは誰を描くべきか。脇役を描いても仕方ないのは当然だ。基本的には主人公であるが、法則がある。
・主人公がどういったキャラクターでありこの先どうなるか分かるあらすじであること。
・そこに読者が魅力を感じる要素があること。
これが基本。
ただし特に恋愛を主題とする場合は恋愛相手がどういうキャラか分かること。
・女性向け(女性主人公)恋愛ものであれば主人公に加えてヒーローがどういうキャラか。その関係はどうなっていくかを書くべき。
・男性向け(男性主人公)恋愛ものである場合は主人公のキャラクター性はそこまで強く影響しない。ヒロインの魅力を最優先。
と、違いはある。
ロシデレのタイトルが、
『俺は隣の子がボソッと喋るロシア語が分かる男、氷室』
だったら間違いなく売れないということだ。
一方でわたしの『モブ令嬢テサシア・ノーザランは理想の恋を追い求めない』に関して。
まあタイトルの話になってしまっているが、これを見るだけでも女性向け異世界恋愛は主人公の属性が強く、男性向けの現実世界恋愛は相手であるヒロインが優先されるのは分かるだろう?
タイトルは逆説的であり、『理想の恋を追い求めない』ということは『理想の恋が向こうからやってくる』ことが容易に想像がつくだろう。
そしてあらすじには恋愛対象であるヒーローの属性が銀髪眼鏡で伶俐な侯爵令息であり、彼の方から迫ってくる旨が記されている。
これが恋愛もののあらすじに必要な要素ということだ。
『――はぁ、今日もルートヴィッヒ様がステキで幸せだわ。
テサシア・ノーザランは、王都の学園に通う辺境の男爵家令嬢。
吹けば飛ぶような田舎貴族の娘として、学園で形成される高位貴族や聖女たちの派閥とは全力で関わらないように、息を潜めてモブとして過ごしている。
そんな彼女の人生の潤いはアーべライン侯爵家令息のルートヴィッヒ様。
銀髪に眼鏡の怜悧な貴公子をそっと陰から眺めることを至上の喜びとしている。
――無論、話し掛けるなどというような真似をするはずもなかったのだけど……!
なぜか距離を詰めてくる推しに翻弄されるモブ令嬢のお話。』
主人公とヒーローの属性、そしてヒーローが主人公に好意を示してくるという状況が分かるだろう。
固有名詞はその二つしか書いていない。
聖女の名前や学園の名前などは主題ではないからだ。
また、どうせ恋愛系でハッピーエンドなら結末はネタバレまで書いてしまって全く問題ない。
下手に『恋の行方は……?』するよりも良い。
もちろん推理もので犯人が書かれていたり、恋愛で三角関係を描くテーマなのに誰と結ばれるか書かれていたら大問題ではあるが、テサシアのあらすじで、文の締めが、
『自分をモブと思っている主人公がイケメン侯爵令息に迫られ、結ばれるまでの物語。』
となっていても良いのだ。
男性向けハイファンタジーものはなろうに限らず本質的に主人公が力を得るまたは力を示す物語である。
スローライフものでもそれは変わらない。
『どういった苦境にある主人公がどうやって力を得たのか。その力で何をするのか』
があらすじに示されている必要がある。
例えば『社畜の主人公が死んで転生する時に神から力を授かる』だってその形式だ。ただそこで、『力を得た主人公は何を思い、何を成すのか……』されてしまうとダメだ。
それは差別化ができていない。あなたの物語の主人公は何がしたいんだ。冒険なのか、俺ツエーなのか、スローライフなのか、エルフの嫁を求めて旅に出るのか、王となるのか。
そこまで書くのが良いあらすじというものだ。
ちょっと長くなったので続く。次で終わり、まとめもそちらに書くこととする。