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05 彷徨う手


 あれから五日後──


 今日はリオの訪問日。固めた拳を握りしめ。

 柚子は神殿内をコソコソ、うろうろと歩き回っていた。


 さっきセレナと散歩をしていたから、今はお茶でも飲んでるのかもしれない。

(ガゼボのある中央庭園、かな)


 いそいそと辺りを見回しながら歩いていると、目の前にロデルが立っていた。

(きっと、セレナさんの護衛だ──)


「ロデ……」

 声を掛けようとして、はたと口を噤む。

 ロデルは無表情、いや。目には怒りが込められている。

 どうしたのかと振り向けば、庭を挟んだ回廊をリオが歩いているのが見えた。

(……本当にリオが嫌いよね)


 それよりどうやら近くにセレナはいないようだ。

 はてと首を傾げるものの、丁度いいかと思い直す。これなら頼み事をしやすいというものだ。

 柚子はロデルに声を掛けないままにま、リオの前に回り込んだ。


 ◇


「殿下、殿下……!」


 身分のある人を後ろから呼び止めるのは失礼に値するとかしないとか。

 こんな場面を見たら神官長の雷が落ちる図が想像できてしまうところだが。


 リオの足が早いのだ。急ぎ足でも追いつかない。仕方が無いので声を張れば、聞こえているのかいないのか。リオの護衛が戸惑いがちに柚子を振り返っているが、一向に止まる気配がない。 

 がくんと膝が崩れる。

「リオ……」


 ぽつりと呟いて、両膝に手をついた状態で息を整えれていれば、目の前にピカピカに磨き上げられた靴が見えた。

 ばっと顔を上げれば冷たい表情のリオがこちらを見下ろしている。


「リ……殿下」

「──自室にいるようにと言ってあった筈だ」

 ほっと零れた笑みがそのまま固まる。

「ご、ごめんなさい」

 

(私がうろうろしているだけでも外聞が悪いのかな、それとも単に会いたく無かっただけかな……)


 ちくりと胸が痛む。


「何故ここにいるんだ──」

「あ、あの。お願いがあるの」

 喋りかけているリオを遮れば、護衛からぴりりとした視線が返ってきた。身分の高い彼の発言を遮る行為もまた、礼儀に反する事だから。


 正直とても言い出せる雰囲気ではないのだが、でもきっと、これからずっと言い出す機会なんてないだろう。ぎゅっと両手を組んでリオに目を合わせれば、心なしかリオの表情が緩んだ気がする。柚子は意を決して口を開いた。


「私がここを出て行く時……」

「勝手な事を言うんじゃない」

 すう、と音を立ててリオから表情が消えた。


「君の進退を決めるのは僕であって君じゃない。片付いてない事が多いのに、君を外に出す? 冗談も休み休み言わないで欲しい。僕たちはまだ、ささやかな噂でさえ危うい時期なんだから」

 ひと息に告げるリオに気圧されてしまい、柚子は思わず後ろに下がった。


「ご、ごめんなさい……」

 組んでいた手を解いて、衣裳の裾を握りしめる。

(やっぱり厚かましかったかな)


「柚子!」

 遠くから聞こえる声に振り向けばロデルがこちらに駆けてくる。

「ロデル」

 ほっと息を吐くのとほぼ同時に、顎の下にひやりとした感覚が襲った。

「次にくだらない真似をすれば、……首を落とす」

 あまりの事に叫び声が出せず、ただ刃先を凝視する。

 はくはくと口を開け、なんとか声を絞り出すのが精一杯だ。


「で、殿下……」

「殿下、おやめください!」

 叫ぶロデルにリオは冷たい眼差しを向けた。

「ただの警備が僕に意見するなんて、死にたいのか……?」


「……っ」

 剣先を下に向け、リオは顔を背けた。

「……セレナに迷惑を掛けるな」

「ごめんなさい……」


 ロデルは一瞬目を見開き驚いてから、急いで柚子の腕を引く。柚子は自分の首を摩り、ぶるりと震えた。


 ……リオに頼めば慮ってくれるのではないか。そう思ったのは彼が優しかった記憶があるから。

 周りの瞳に失望が見えた時も、リオは変わらぬ態度で柚子に接してくれていた。


 だから、たとえ疎遠になったとしても、厭わしく思われているとしても、まだリオに優しくしてもらえるんじゃないかと、やっぱり少しだけ期待していた。

 思わず自嘲気味な笑みが零れる。


(失くした物に執着しないと決めていたのに……)

 

 でもこれで、吹っ切れたような気がする。

 ぎゅ、とロデルの服を掴み深く頭を下げる。


「大変申し訳ありませんでした、殿下。……失礼致します」

 舌打ちの後、リオの靴音が遠ざかるのが聞こえた。

 

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