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間話 後


「柚子、どうしたの?」


 暖炉の火に当たりながら、ぼんやりと。

 不意に掛けられた声に顔を向けてから、柚子は読み掛けの本を横に置き声の方へ顔を向けた。

「リオ」


 その本を持ち上げ、代わりにそこに腰掛けながらリオはそっと柚子の肩を抱いた。

 くすぐったく感じるそんなやりとりにも大分慣れたけれど。こちらを覗き込むリオの瞳に宿るものには、正直まだ慣れない。


「……前の世界での事」


 辺境領に着いて直ぐに結婚式を挙げようとするリオを何とか宥めて三ヵ月後。二人は正式な夫婦となった。

 被災地の復興が順調に進んだ事と──


 魔導の発動許可を王家が正式に許可を出し、支援金や物資の供給が迅速に行き渡った。

 この国には地震は無いようだが、災害に対する動作は素早く、国民の立ち直りも早いように感じた。

 それを受け、国王直々に二人の婚姻日程を指示する勅書が届いたのだ。国が受けた被害を払拭するべく、慶事にて露払いすべしと。


 ……何となくリオが実兄にせがんだような気がするのは、気のせいだと思う事にした。

 それに継承権は放棄して臣下に降ろうとも、彼の王族という生まれながらの肩書きは簡単に捨てられるものではない。だからこれは彼の使命の一つなのだ、と。

 当然彼との結婚の意思を固めた柚子も、この慶事を全うしなければならないと意志を強めた。


 けど、

 まあ、

 ……恥ずかしくて死ぬかと思った。

 

 人前で包み隠さず、幸せそうに振る舞う事も。

 惜しみなく愛を囁いてくれるリオにも。

 それに返す自分の拙い愛情表現も。

 

 夜の事は、もう……

 思い知ったとしか言えない。

 

 今もどうしていいのか分からないし、何でそんな事を言わされるのやら、されるのかも……ああ考えるだけでもう無理だ。


 一番無理なのは、それすら決して嫌ではないという自分自身の……もういい。考えるのはやめよう。


 そんな訳で、最初はぐったりしていた迎える朝も、次第に慣れてくるものだ。使用人たちの生温かい眼差しにも……慣れた、うん。慣れた。


 だからかもしれない。

 最近ふと、幸せだと感じるようになった。

 何も考えなくても、悩まずともいい時間が持てるようになったからだろうか。ぼんやりとする中で、昼に微睡む中で、不思議とよく見るのは前にいた世界の事だったから。

 

「──元気かなと思ったの」


 旧友を思い、柚子はそっと目を伏せた。

 唯一自分を気に掛けてくれた彼は。

 ……手を差し伸べた相手が間に合わなかったと、心に傷を付けてしまったのではなかろうか。


「誰のこと?」


 ちらりと視線を向けると、優しく微笑む瞳の中に見える探る眼差しは鈍い光を放っている。


「親切な人、それだけよ」

 手をリオの腕に添え、柚子は小さく微笑んだ。

 性別を言わなくても分かっているようで不思議だが、リオのその辺の直感に関しては気にしない事が大事だ。


 それに確かにそれ以上でも以下でもない人なのだ。

 たったひと月にも満たない交流で、彼の事は何も知らなかった。知る必要も無いと思っていたから。

 でも、今更になってあの時の彼の顔が夢に出てくるのが、こうして平和に過ごしている今となっては、罪悪感を覚えない訳がない。

 忘れて、元気でいて欲しい。彼に望むのはそれだけだ。


「前にも言ったけれど、元の世界には柚子の記憶は残っていないよ」

「不公平な魔法よね」

 肘をつき、柚子は頬を膨らませた。


 こっちは覚えているのに、あっちは忘れているなんて。

 きっと、こちらの世界に都合のいい状況を作る為だろうけれど……

 それに忘れているなら、まあいいか。なんて思えない自分がいるから、溜息が止まらないのだ。

 本当に覚えてない? と思ってしまうくらい。夢を見た後の罪悪感は収まらない。

 柚子は小さく溜息を吐いた。

 

「……仕方ないなあ」

 愛妻のそんな様子に、リオが妻の肩に頭を乗せてぽつりと呟く。

「メッセージを届けるくらいなら、できるよ」

「メッセージ?」

 柚子はリオの頭に自分の頭をこつんと乗せた。

「思念みたいなもの」


 ぐりぐりと額を肩に押し付けるリオの頭をそっと撫でる。

「……記憶が無いなら必要ないかもしれないけれど、元の世界で私の事を気に掛けてくれた数少ない人の一人なの。あんな瞬間が最後だなんて、居心地が悪くて。そのせいか最近は特に、あの人の夢をよく見てしまうの。ね、リオ、お願いしてもいい?」

「……いいよ」


 ムスッとした声で返すリオの頭にそっと唇を落とした。

「ありがとう、私が好きなのはあなただけよ」

 ぴくりと反応するリオは少しだけソワソワと身動ぎをしてから、目を瞑り盛大な溜息を吐いた。


「元の世界からの干渉なんて断ち切ってやる」

「え……?」

「……なんでもない」

 

 ぼそりと呟く声は何だかくぐもっていてよく聞こえなかったけれど。

 何だか甘えたそうなリオの雰囲気に気付き、柚子は暫くリオのしたいようにさせておく事にした。



 ◇



「……」

 ちちちと鳴く鳥の声が遠く耳に届く。

 いつもの朝、いつものアラーム音。

 日常に溶けるように、目覚めた瞬間、どんな夢を見ていたのか忘れてしまった。

 それなのに、


 むくりと上半身を起こす。

 覚えていないのに……安堵した心が身体を満たすように優しく包んだ。

 良かったと、そう思いながら胸を刺す痛みに、不意に涙が零れた。


「……え、どうして?」


 どんな夢を見てたんだよ。

 無理矢理笑おうとする自分の声は自嘲気味なのに、何も覚えていない頭よりもずっと、心を打った。


「良かった……」


 何もわからなくても、不思議とそんな言葉を口にすれば、何かを諦めて、手放すような感覚に、涙が次々と溢れ出す。

 それを止めたくて、両手で顔を覆った。

 

 けれど止まらないその涙が、悲しい気持ちと、夢に縋る思いも、癒し、(かす)めていく。


 眼裏に浮かぶ輪郭に、自然と別れの言葉が口を衝いた。


「さようなら」


 幸せを願って。


最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!

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