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間話 中


 ──死んでしまった、死なせてしまった。


 けれど自分は悪くない。悪いのは柚子だと従姉は思う。

 いつだってそう、柚子は憐れみを盾に庇護欲を煽り、皆の情を奪っていく。今だってそうだ、ちょっと押しただけなのに大袈裟に。いつものように小狡い演技でまた周りを手玉にとるつもりなのだ。

 けれどそんな見え透いた茶番に、周りの空気は緊張し、張り詰めている。


 固唾を呑んでいた取り巻きの中には、恐怖に負けて逃げ出す者もいた。

 地元では決して小さくない工場経営者である父には、同級生の親も雇用者にいる。


 鈍くなった頭で苛立ちながら、許さないという思いを募らせる。自分から逃げる者も、自分に汚点を残した柚子も。

 今迄通り、自分の思いを違えた輩には制裁を加える。


 そう。今迄通りだ、大丈夫。何とかなる。父が何とかしてくれる。

 次第に慌ただしくなっていく周囲に、心臓がバクバクと鳴り響く。

 周りから強まる非難の眼差しに気付かないフリをしながら、大丈夫だと自身を励まし、彼女は必死に拳を握った。



 やがて忽然と消えた女子高生の話が新聞を騒がせた。

 電車の来るホームから落ちたそのまま、彼女はいなくなってしまったから。

 まるで現代の神隠しだと賑わう中、彼女の罪の証が消えた事に従姉は喜んだ。

 けれど──


 誰もが知っていた、彼女がしでかした事を。

 例え犠牲となった従妹が行方不明となってしまったとしても。


 不思議な事に柚子の記憶が世間から、世界から消えてなくなった今も、彼女が従妹をホームから突き落とした瞬間を、誰も忘れられずにいた。

 ……ただそれには、いなくなったその従妹はどんな顔をしていただろうか、という言葉が続く。確か同じ学校に通っていたけれど、と。


 人の記憶は曖昧で、いつからかいないその人に、それぞれが納得いくような記憶が棲み着いていく。


 そしてそんな人の(おぼろ)げな記憶で、彼女には罪の烙印が押された。

 彼女の生まれ育った狭い世界ではもう、彼女とその一家が平穏に過ごす場所は残されていない。


 従妹を押した掌の感覚は、いつまでも彼女に残り続けた。

 ──いつか、赦しを請うその日まで。


 ◇


 手を伸ばしても掴めない距離を、それでも追い縋るように求めた。それなのにその先は無情で、無機質な大きな機体が、響き渡るブレーキ音と共に通り過ぎて行った。


 知っていた。

 自分も養子だったから。

 運が良かった、いい人たちに引き受けて貰えて。

 けれど新聞やネットの記事を拾い読み、或いは自分がそうだったかもしれないという想像は尽きる事がない。

 不安に押し潰されそうな日はいつだって押し寄せてくる。


 だから怒りを覚えた。まるで自分の事のように。

 怒る自分を彼女が不思議そうに見上げる姿に憐憫を感じたし、悔しいとも思った。


 笑って欲しかった、一度でいいから。

 楽しいと、嬉しいと。少しでも表現してくれれば、何故か自分も救われるような、居場所を見出せるような気がしていた。

 ……何故そうなるのか、よくは分からないけれど。


 でも──

 

 もうそんなものは来ない。

 言いようもない喪失感が、指先からじわじわと、やがて身体全体を覆い、彼の身体は膝から崩れた。


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