俺、総勢一名、参上
始まりの町ブルーリゾート。
名前の通りリゾート地のようであり、波の音とほのかに鼻腔をくすぐる潮の匂い。
やや肌にまとわりつくそよ風は、まるで本物の海岸付近のようだった。
そんな場所を必死に駆けていく一人の幼女。
当然エルメルであり、現実さながらに息を切らせ、視界の左上に表示しっぱなしの簡易マップでアイテム屋の位置を確認しながら、そこへ向けて一目散に走っていた。
そんな全力疾走をする事五分。 無駄に作り込まれた町のせいで、それだけの時間がかかってしまったが、ようやくアイ テム屋に辿り着いたエルメルは必死に言い訳を考えながら裏へと回っていく。
すると――――。
「おっかえりー。早かったねー」
壁に体重を預けていた全身緑の衣装に包まれた少年が、エルメルの姿を確認すると手を振ってアピールしてきたのだ。
そのキャラクターの頭上には「†フィフィ†」と表示されていて、一瞬誰だか分からなかったが、声から判断出来た。
「コリンか? まぁ趣味全開の見た目しちゃって」
「名前的にエルちゃんだよね? 見た目の事なら言われたくないんだけど。てかボイチェンまでかけてるとかガチ過ぎない!?」
自分の事を棚に上げて†フィフィ†の見た目を弄ったエルメルに返ってきたのは、クロスカウンターの正論で。
「この見た目で俺の声とか俺が生理的に無理なんだよ!! んで見た目について突っ込ませろ! どう考えても緑の勇者だろお前!!」
その正論を持論で突破し、コリンのプレイヤーキャラ「†フィフィ†」の見た目に言及するエルメル。
緑のサンタ帽に、これまた緑の皮装備。
皮の靴はそのままに、背中に紋章の入った盾と剣を担いだ、某ゲーム会社の人気ゲーム、時の勇者だったり勇気のタライとホースを持ってたり、空き瓶でオカリナを吹く主人公を彷彿とさせるその見た目は確かに突っ込みたくなるものだった。
「あ~かい魔王と緑のゆ・う・しゃ♪」
しかし突っ込まれた†フィフィ†の反応は、まるで茶化すようにどこかで聞いたようなリズムに乗せて自分のキャラの見た目をネタにするもので。
「殴っていいか? 記憶が飛ぶほど、情熱的に」
「残念でした~。イベント以外PvPは認められてませ~ん」
それに若干イラッとしたエルメルが聞くと、煽りMAXで返す†フィフィ†。
続いて、
「てか見た目の事ならうちだけじゃなくてエルちゃんもじゃん? どう見てもロリで戦記な主人公なんだけど?」
と呆れながら言う。そう、今のエルメルの見た目は――ゴーグル付きの茶色い航空帽に上下セーラー服を着用し、その上から黒の革ジャンを肩で着ている軍人仕様の見た目であり。
革ジャンのせいで後ろからは見えない青白ニーソとスカートの間の絶対領域が眩しく光っていた。
チャームポイントは航空帽から突き出た狐耳と、セーラースカートから飛び出した尻尾。
もっとも、尻尾に関しては革ジャンのせいでめったな事では見える事は無いが。
「ロリで戦記とか言うな! 耳とか尻尾とかそれに無かっただろうが!」
「獣耳尻尾でセーラー服はパンツじゃ無いから恥ずかしくないアニメしか思い浮かばないよ!!」
軽くため息をつき、航空帽と同じ茶色のグローブで額を拭って†フィフィ†を正面から見据え――。
「不毛だからやめにしね?」
「異議無~し。ていうか他の二人まだー? なんで女子のうちが一番乗りなのよー」
「ごまもマンチもまだなん? 俺結構時間かけたと思ってたんだけど」
「私もエルちゃんが来る五分前にここに着いたからね。絶対最後だと思って焦って走ってきたのに誰も居ないんだもん」
和平を受け入れ、いつもの口調に戻った二人は、残った二人の事を待つ間にマイショップ内にあったアイテムについて話し始めた。
「てかマイショップに当たり前のように経験値ブースト薬あったな。いくつか買うか迷ったけどとりあえず話し合ってからと思って断腸の思いでスルーしてきたわ」
「うちも気になったー。装備というか便利アイテムのとこもチラッと見たんだけど、ダンジョン前に飛べるワープポータルとかエンチャント用の素材アイテムとかもあったよ」
「元から入ってたリアルマネーと、キャラデリした際の詫び金でけっこうな額あるけど、下手すりゃ溶けるなこれ」
「すでに見た目とアクセで結構飛んだけどね」
「衣装はモチベに繋がるからしゃーない。妥協する奴はポイーで」
と話している時である。何やら小さな波の音が聞こえてきた。
「? この辺って海近くなかったよな? 波の音聞こえるんだけど」
「町の中心部辺りだから波の音は聞こえない筈だよ? ……あー、うちにも聞こえる。バグ?」
「初日だからバグはしゃーないか」
そう言ってエルメルが周りを見渡すと、目を疑う光景が視界に飛び込んできた。
――人魚が、町の石畳から発生した波に乗り、こちらへと向かってきているのだ。
「は? え、何?」
理解が追いつかないエルメルを余所に、近づいてきた人魚は――。
「遅くなったのだー! エルたそ! コリンちゃん! お待たせなのだー!」
と元気よく挨拶をしてきた。 その人魚の頭上には――「ごまイワシ」と名が出ていて……。
「もしかしなくてもごまさん?」
エルメルが聞きたかった事を、先に尋ねた†フィフィ†に対して、ごまイワシからの返答は――。
「以外に誰が居るんですかねぇ。てか名前にごまって入ってるじゃん!? これでマンチさんだったらドッキリにも程があるでしょ!?」
エルメルと同じようにボイスチェンジャーを使用し、エルメルとは異なって少年のような声で話すごまイワシ。
その見た目は、ヒレを模した髪留めとイヤリング。
鱗で作られたペンダントを胸元で光らせる前述の通りの人魚であり、貝殻で作ったレースを頭に乗せて、今現在もなぜだか地面から発生している小波の上に漂っていた。
「色々と突っ込みたいんだけどまずは一つ。――人魚って何だよ!!」
翡翠色の鱗に覆われた、人間で言う足に当たる尾びれをくねらせて、何か問題でも? という視線を投げるごまイワシに、エルメルと†フィフィ†の質問が飛び交う。
「そもそも移動方法おかしいでしょ!? 何当たり前のような顔して町中で波なんて出してんの!? てか町浸水してんじゃんそれ!!」
「あと人魚なのにイワシって何て言うかいいのかそれで!!? そして何より見た目だ見た目! 特に上半身!!」
エルメルが指摘したのはごまイワシの現在の服装で、一般的にイメージされる人魚のように何も着用していない、あるいは貝殻で最低限隠している――というものでは無く。
期待してみるとがっかりしてしまう程度には裏切るものであり、有り体に言ってしまえばシャツを着ていた。
――それも、なぜだか魚群がプリントされたTシャツを。
「何でそんな色気の欠片も無いような見た目なんだよ畜生!! 人魚だぞ!!? もっとこう、色々あっただろうが!!」
理不尽なキレ方なのだが一方的に聞いていたごまイワシはヘラヘラ笑いながら――。
「だって男だよ? このキャラ」
「さて、残るはマンチだけか」
キャラの性別を明かした途端、露骨に興味を無くしたエルメルはごまイワシが来た道から遠くを眺め、残りの一人を探し始める。
確かに体の凹凸は見受けられはしなかったが、人魚であるならば性別も女だろう、であるならばこのキャラも自分と同じくペタ設定なのだと一人興奮してしまったエルメルからはなんとも言いがたい空気が発せられていた。
しかしそんなエルメルを余所に、未だに納得していない†フィフィ†は、
「いや、性別とかどうでもいいから。人魚なんて種族あったっけ? 私結構隅々まで見たんだけど」
どのようにして人魚なる種族を見つけたのかをどうも聞き出したいようだ。
けれど、ごまイワシからの解答は、
「このキャラ種族人間だよ? ファッション装備に「人魚の尾ひれ」ってあって、それ装備してるだけー。乗り物扱いらしくて移動速度が少し上がるんだよねー」
種族では無く装備である、というものであり、†フィフィ†からすれば肩すかしを食らったような印象。
何せ見た目は現在の装備で固定する気満々だったのである。
種族で人魚があったならば課金アイテムにある事を先ほど発見した種族変更券でどうにでもなったであろうが、事見た目装備に関しては初志貫徹の思いらしく、それ以上は人魚である事に関する質問はしなくなった。