閑話 それぞれの習性
「寝覚めが良すぎる……」
家のベッドとは違う、寝心地と快適度を追求したホテルのベッドと枕は、心身ともに疲れを癒し。
砂糖とミルクマシマシのカフェオレで喉を潤し、寝起きの脳内に糖分による気付けのビンタを一発。
普段飲んでいるものよりも明らかに上質なソレは、確実な成果をもたらした。
「うっし。とりまごまに連絡入れてっと」
ログアウト後から実に十四時間。
睡眠時間およそ十三時間の休息は、光樹にしてみれば十分。
早速部屋の電話で黄昏に連絡を入れると……。
「もしも~し。起きたぞ~」
「ういうい。連絡ども~。エルたそが一番だからゆっくりしてていいよ~。食事とか済ませた? あ、先にログインしといてもいいけど、やるなら生産とかにしといて~」
「流石に狩りのコンディションだから生産はいいや。飯まだだからゆっくり飯食ってるわ」
「おいよ~。またログイン時間決まったら連絡する侍~」
という、ゆる~い反応が返ってきて。
どうやら他のメンバーはまだ休息中らしい。
大人しく、黄昏の言う通り、ご飯を済ませることに。
「何食べよ。朝だし軽いものがいいな」
手を伸ばしてルームサービスのメニュー表を取り、どれがいいかと悩む光樹。
なお、朝と言いながらも時刻は午前一時。
廃人特有の時間間隔が崩壊した生活に慣れた光樹にとって、このくらいは日常茶飯事。
「あ、すいません。季節のサラダとフレンチトーストお願いします」
目についた軽食を注文し、やることもなくなってテレビをつけて……。
「あ、今こんな時間なんだ。……もしかしてルームサービスって迷惑だったんかね?」
ようやく現実の時間と意識がリンクしたが、既に注文は終えた後。
対応する従業員に心の中で謝罪しつつ、運ばれてきたフレンチトーストに舌鼓を打つ光樹なのだった。
*
「あ、ごまさ~ん。起きたぞよ~」
「コリンちゃんおはよう。二番目でござるよ~」
「絶対一番はエルちゃんじゃん。配信予定とかって決まってる~?」
「ご名答。まだマンチニキから連絡無いでござるから、予定は未定。決まったら連絡するでござるよ~」
「了。待機しとくね~」
目が覚めてすぐに黄昏へと連絡した真智は、まだ配信までに時間があると分かってルームサービスへ。
「季節のフルーツ盛り合わせとコーンフレーク。あとヨーグルトください」
典型的な洋風の朝食メニューを注文し、その間にシャワーを済ます。
髪を乾かしているときに届いたルームサービスを食べながら、こちらも光樹と同様にテレビをつけて。
「しばらく低気圧続くのか。……プレイ中に頭痛するからあんまり好きじゃないんだよね……」
天気予報を見ながらそんなことをぼやき。
「……マンチさん起きるまでにもう少しある? 今のうちに仕事来てたら捌きたい」
黄昏に仕事用の部屋にいる事を告げて依頼の確認。
いくつか来ていた、けれども普段溜め込んでいる分には遠く及ばない量の少量の依頼を、今のうちに捌くことを決め、作業に取り掛かった。
*
時刻は四時。
目を覚ました篝は、ゆっくり大きく伸びをして。
大きな欠伸を噛み殺しもせず、そのままシャワー室に直行。
意識を覚醒させるためにシャワーを浴び、黄昏に連絡することなくまずはルームサービス。
「アップルパイとティラミス。……あと季節のフルーツタルトを」
甘味オンリーの糖分過多な朝食を注文し、ここでようやく、
「ういっす。起きたぞ」
黄昏に連絡。
「マンチニキがラストだよーん」
「だと思ってた。配信何時からやるん?」
「流石に今からだと朝早すぎるの~で、八時くらい?」
「りょ。飯食って意識覚醒させとくわ」
「四時間あったら大丈夫でしょうに。あー、デバイスの中にVR空間の挙動練習ソフト入っているから、それで準備運動でもするといいでござるよ」
「そんなのあんのか。試してみるわ」
「ほいほい。んじゃあ他の二人にも八時から配信って伝えておくんで、少なくとも十分前には来てちょ」
「了解」
通話しながら運ばれてきたケーキたちに目を輝かせる篝は、通話を終えると即座にケーキへとフォークを突き立てて。
「しまった……紅茶を頼んでなかった」
紅茶を追加で注文した。
*
「八時開始了解。ちょい前くらいに乗り込むわ」
「よろしくニキ―」
黄昏からの配信予定を受け取った光樹は、部屋に置かれていた暇つぶしに読み漁った雑誌を綺麗に片付けてVRデバイスを装着。
時刻は四時。
およそ四時間もあれば、かなりの練習が可能だろう。
きっかけは雑誌で読んだプロプレイヤーの記事。
実際に敵対したマリン……ヘルミの中のプレイヤーはもちろん、ごまイワシ――引き籠りセサミこと黄昏を含んだZizz Joy Knifeの特集。
その特集で紹介されていた、キャラコンのみで敵を圧倒していた黄昏のプレイ。
ネットで検索し、そのプレイの一部始終を観察した光樹の心の中は、称賛だった。
こんな動き俺じゃあ無理だ、と。
だけど、……やってみたい、と。
漫画でよくある、敵の武器に着地してみせたりという、およそ曲芸とも言える行動の数々は、実況が実況を放棄して絶叫になるだけの練度と頻度。
それらを当たり前にこなしている黄昏のプレイに、光樹は憧れを抱いた。
だから、その憧れに近付けるように。
どれだけでも頑張ってやろう、と。
およそ四時間という付け焼刃にもならないかもしれない練習を、それでもしないよりはマシだと抑え込み。
「行けるなら、やっぱ高みへ行きてぇよな」
エナジードリンクを飲み干して、VR挙動練習ソフトを起動した。