踏み抜く意思はここでは不要
「悪い! 遅くなった!」
妥協したとはいえ二時間も弄った声。
その声を引っ提げて『CeratoreOnline』にログインしたエルメルへ。
「うっわ……」
「うわぁ……」
挨拶などは無く、ただただ絶句するごまイワシとマンチ。
「ん? あー……声、変?」
その絶句する理由は一つしか思い浮かず、それを口にしてみるが。
「一つ確認」
「何?」
「本当に中身は今までのエルだよな?」
その問いには答えずに、まず行ってきたのは確認で。
「そうだが?」
「拙者とエルたそを一括りにしてリスナーが呼ぶときはなんて呼ばれるでござる?」
「バカコンビ」
「マジかよ……」
肯定しても、念にはとごまイワシが質問した内容に間髪入れずに答えるエルメル。
それを受け、さらに絶句したマンチは……。
「マジで中身が男と知らなかったらガチ恋まである声に仕上がってやがる……」
なぜか天を仰いで神を呪う。
なぜに目の前のエルメルが男なのか、と。
「てことは声はいい感じって事でいいんだな?」
「いい感じどころか普通にかわいい女の子でござるよ」
「一応まだ妥協してんだけど、そう言って貰えると時間かけた甲斐があるわ」
「まだ満足していねぇのか……」
一先ずエルメルの声に関することはこれくらいにして、今後の方針を話し合う三人。
「とりあえず†フィフィ†ネキが合流してから配信はスタートするので、あまりレベル上げずに出来そうなことをやろうと思うでござる」
「まずは生産職決めようや。事前に†フィフィ†に聞いたら、『料理人があるなら料理人。装備とか装飾には関わりたくない』って言ってたから、装備関連は俺らで埋めちまおう」
「装備作るのがネトゲの醍醐味だろうに……」
「リアル職業の影響でござるよ多分。触れないであげるのが優しさでござる」
†フィフィ†の持ち込んだ仕事関連の荷物をある程度把握しているごまイワシがフォローを入れ、三人はそれぞれ思い思いの生産職を口にする。
「俺はオーソドックスに鍛冶師とかがいいかな」
「マンチが鍛冶師か。……じゃあ装飾とか作れる細工師を俺やりたい」
「人魚が作ると映えそうなものって何かあるでござる? ……無難に錬金術とかでござるか?」
マンチは武器防具に関われる鍛冶師。その鍛冶師でカバーできない装飾品を扱うエルメル。
範囲が広すぎて何処まで出来るかが分からない錬金術を指定するごまイワシ。
――ただ、
「ジョルトが言ってたけど、生産職はNPCに教えてもらわなくちゃなれねぇんだよな。んで、この町には鍛冶師と細工師は居るが……」
「錬金術師は次の町に行かないと居ないらしいのでござる」
「あー……じゃあごまはお預けな感じ?」
「そうなるでござるなぁ」
生産職はNPCに教わることで獲得できる仕様の為、そもそも希望の生産職に携わるNPCが必要なわけで。
町中にいるNPCによっては、その町でお目当ての生産職に就けないことになってしまう。
「まぁ、そこは†フィフィ†ネキに足並み揃えるって意味で気にしないでござるよ。ちゅーわけで、二人には早速生産職に就いてもらうでござる!」
どうやらエルメルを待つ間に町のどこにどんなNPCが居るかを探し回ってたらしいマンチとごまイワシは、迷うことなく目的のNPCの場所へ移動を始める。
――と、
「ん? あれって配信で戦ってたプロゲーマーのキャラじゃね!?」
町中で、プレイヤーの一人からごまイワシが指を差される。
「気のせいでござる」
あしらって通り過ぎようとするが、
「後ろの陰陽師と軍服幼女もまんまだし、絶対そうでしょ!」
エルメルとマンチの姿も合わせて覚えられており、流石に否定出来なくなる。
「まぁ、別にいいんでござるけどね。ただ、今は配信していないし、ぶっちゃけオフみたいなもんなので~、あまり構えないでござるよ?」
「とりあえずフレ送っていいです? あと、どの勢力に付く予定なのかも知りたいな?」
「勢力? あ~……ネタバレNGなんで」
「あっ……てっきり知ってるもんかと……」
恐らくはファンなのだろう。
ごまイワシに声をかけてきたプレイヤーだったが、残念なことに彼は地雷を踏み抜いてしまった。
ゲーマー相手にやってはいけない、特大級の地雷を。
「とりあえず今の会話は記憶から消しー」
「便利な頭だな」
「ほい。ここが鍛冶師のNPCが居る場所でござる」
そんな地雷を踏んだプレイヤーに無言で手を振って別れを告げ、速足で鍛冶師の元へ。
*
「今は街の復興で忙しいんだ。弟子になりたきゃ後で来な」
「そこを何とか! 俺も復興に手を貸したいんだよ!」
鍛冶師の顔面どころか全身傷だらけの髭もじゃドワーフNPCである【ガイスト】に手を合わせて頭を下げるマンチ。
「殊勝な心掛けだが……そうだな。おい! 【デッチ】!!」
「あいっす親方、お呼びで?」
そんなマンチに心打たれてか、NPCを建物奥から呼び出したガイストは、
「こいつも弟子志望なんだが生憎俺は二人も見れねぇ。タイマン張って、勝った方を弟子にするぜ」
「なっ!?」
「望むところだ」
弟子になる条件をマンチに付きつける。
「そんな! 俺の方が先に頼んでたのに……」
落ち込むデッチと呼ばれたNPCだが、
「けど、この人に勝てばいいんですね!?」
マンチを相手にどうやらやる気満々らしく、何処からかメリケンサックを取り出して。
「負けねぇっすよ!」
それを装備し、ファインティングポーズ。
瞬間、マンチとデッチの姿がどこかへと消える。
「あれで勝てば生産職ゲット?」
「多分。どうやら、話しかけるNPCだったり、欲しい生産職に応じて弟子入りの条件が違うらしいでござる」
「マンチは戦闘になるって知ってたのか?」
「攻略掲示板で、鍛冶師はほぼ確で戦闘になるって書いてあったらしいでござるよ?」
ごまイワシだけが体験していたその現象を、マンチが予想していたのかとエルメルが聞けば。
どうやら掲示板で把握していたとのこと。
ネタバレを嫌うくせに、攻略掲示板の情報はいいのかと口に出しそうになるが、どう転んでも面倒なことになりそうだと判断したエルメルは言葉を飲み込んだ。
「さて、戦闘がそんなあっさり終わるはずもないと思うので、今のうちにエルたその生産職試練も行っちゃいましょ~」
「お~! あんまり戦闘したくねぇな……」
「ダウト。戦闘狂以外の何物でもないでござろうに」
マンチが戦闘中にエルメルの試練も行って時間の有効活用をするらしく。
さっさと細工師の元へとエルメルの手を引いて移動し始めるごまイワシ。
ショタ人魚が軍服幼女の手を引くその光景は周囲の視線を集めるが、それを一切意に介さずに、二人は目的地へと向かうのだった。