タネと仕掛けしかありません
「ファーストヒットいただきにござる!」
「ダメージゴミなのによくドヤれるなセサミ!」
切り抜けて木の幹に着地したごまイワシは、さらに幹を蹴りビオチットへと襲い掛かる。
「どれだけレベルに差があろうが、装備に差があろうが、当たらなければどうという事は無いでござるぅっ!!」
「直線的な移動は矢の餌食だぞ!?」
大したダメージではないとはいえ、攻撃を喰らった直後であるにも関わらず、しっかりとごまイワシへと狙いを定めているビオチットは矢を放つ。
「甘い甘い甘いでござるぅ!! 正面から堂々と狙って当てられると思うなでござる!」
そんな放たれた矢を、[流転]はまだクールタイム中であり使えない。
空中にいるために回避すらもままならないごまイワシは……。
木の枝に短剣を突き刺し、無理矢理に移動方向を曲げることで回避した。
「んな事も出来んのかよ!?」
確実に当たるとは思っていなかった。それでも、半分くらいは期待していたビオチットは悪態をつきながらそれまでいた枝の上から移動。
なんと、地面へと降り立った。
「ん? な~んか悪い事考えてるでござるね?」
「まともな思考じゃお前には一発も掠らんと理解したからな」
それは、誘いか、ハッタリか。
弓を引き絞り、頭上へと向けたビオチットは、
「午後の天気は所により雨が降るでしょう。[矢の雨]!!」
天気予報じみた言葉を放ち、スキルによって巨大化した矢を放つ。
「流石に雨の隙間を避けるのは骨が折れるでござるよ?」
「出来ねぇとは言わないのが狂ってるんだよなぁ」
放たれた矢はある程度の高度に達すると無数に別れ、反転し、それこそ雨のように降り注ぐ。
――が、範囲の外に逃げればいいと判断したごまイワシは、
「[流転]!」
スキルを使ってその範囲の外に出るという――ミスを犯した。
「貰った!」
そもそも、ビオチットに取って一番厄介なのは、あらゆる行動をキャンセルして発動できる[流転]である。
このスキルが使用可能な状態でいくらごまイワシを狙おうと、スキル一つで簡単に回避されてしまう。
だからこそ、範囲攻撃で[流転]の使用を誘った。
回避を、行わせないために。
「[狙射]!」
これまでのどの攻撃よりも、早く、速く。
予備動作すら、撃つのすら一瞬のそのスキルは、矢の速度もこれまでの最高速で。
「ちょっ!?」
これまでの遅い矢の速度に慣れていたごまイワシは驚いてしまい……。
ファーストヒットを取ったのはごまイワシだったが、セカンドヒットを取ったのは……ビオチットだった。
*
咲き誇った花で囲まれたリング。
どんな効果があるか分からないそのリングは、誰が見てもヘルミのスキルなのは確定的に明らかで。
かと言って、先述の通りにどんな効果か分からない、もっと言えば、何に反応するのか分からないフィールドの為、エルメルの動きは止まる。
「あ、視覚的なもの以外効果はありませんよ?」
「あ? なら早く言え……よ」
そんなエルメルの心の内を呼んでか、ご丁寧に情報を与えるヘルミだったが。
そのヘルミへ文句を言うために顔の向きを変えた時、エルメルは、自身に起きた異変に気が付く。
――色が……消え失せたのだ。
「なんだ……これ?」
白と黒。その二色の濃淡のみで構築された景色は、人とモノ、さらに言えば景色と人すらも輪郭が曖昧で。
ごまイワシ同様、見てからの反応で何とかするタイプのエルメルからしてみれば、それは致命的以外の何物でもなかった。
「私の[領域]ではタネが仕込み放題なんです。自分に有利になるような、ね」
「もう充分堪能したから出ていいか?」
「構いませんよ? 出られるのなら」
エルメルの身に何が起きているか分からないマンチは、それでもフィールドが何か影響しているのを察して距離を取る。
それは、二択の正解の内の一つの行動。
少なくとも、二人とも[領域]に捕まる事態は避ける、安定の一手。
「んじゃ、出させてもらうぜ」
マンチが離れたことを確認して、そう宣言したエルメルは、真っすぐにヘルミへと突進し。
「でしょうね」
そう来ると確信していたヘルミと、ステッキと大剣という釣り合わない得物で鍔迫り合いへ。
「逃げると思ってくれてなかったのかよ」
「あのセサミさんのお仲間でしょう? まともな思考をしているはずがないので」
「あんなのと一緒にしないでくれ」
本人がいないところで、まともな思考をしていないだの、あんなの呼ばわりされるごまイワシだが、それに抗議する本人は不在。
そして、流石に選んだ職業の関係で攻撃方向が多少はマシなエルメルが、鍔迫り合いでは今のところ有利。
絵面として、体躯に見合わない大剣を操る幼女が、ステッキで受け止めているお姉さんを押している形。
一部には刺さりそうな絵面は、当然のように長く続かない。
ヘルミが大剣をいなし、大きく後ろに飛んで距離を取る。
「いただき!」
それを見て、回れ右して[領域]からの脱出を図るエルメルだったが……。
「逃がしませんよ?」
ジャコン! と。
重い音がしたと思えば、少し遅れて重量を感じる右手には。
どうやら、鎖が繋がれたらしい。
「脱出マジックと参りましょう。鍵の在処は教えませんので、頑張ってください」
「脱出する側じゃなくてさせる側なのかよお前」
向かってくるヘルミに対応すべく、剣を構えたエルメルだったが。
「エル! 攻撃来てるぞ!!」
「へ?」
マンチの呼びかけもむなしく。
ヘルミよりも前に、エルメルの身体に鈍い衝撃が走り。
「んなっ!?」
体力の八割を持っていく、刃付きのシルクハットが。
ヘルミの体に重なって、白黒の世界では輪郭を溶かした不可視の一撃が。
エルメルへと……直撃した。