働かざる者ドヤるべからず
「全員、ぶっ放せ!!」
「氷の礫を解き放て! [氷の矢]!!」
「炎よ貫け! 我が敵を! [炎の槍]!!」
「彼の者を斬り裂け! 縦横無尽の風の刃! [風の爆発]」
マンチの号令で、周囲にいた魔法職のプレイヤーが魔法を放つ。
氷が、炎が、風が。
無秩序にフレイムワイバーンへと向かい、ごまイワシを振り落とそうと、そちらに意識を向けていたその体へと直撃する。
「やったか!?」
誰かが叫んだ。
ほぼ確実に倒していないフラグになってしまう、そんな言葉を。
「空を彩る七色の花。咲き誇れ息吹。狂える獅子を鎮め、今、大華へと昇華せよ!!」
そんなフラグをへし折るように。
その場にいた誰よりも長い詠唱を行ったのは――装備屋の店主。
【プリンシパル】と表示されている女性のNPCは、誰よりもごつく、装飾品の施された杖を回転させ、足元と背後に魔法陣を浮かべながら。
フレイムワイバーンを見据え、スキル名を叫ぶ。
「抱きしめなさい!! [天蓋華]!!」
しし座の一等星の名を冠した、その名を。
――瞬間。
「これは流石に距離を取るでござるよ!?」
フレイムワイバーンとごまイワシの目の前に、光で出来た月が現れて。
絶対にヤバい奴だ、と、ごまイワシは退避を試みる。
フレイムワイバーンの背中を蹴飛ばし、自分の体は空中へ。
フレイムワイバーンは、見るからにヤバイ出来立ての月へと押し込んで。
魔法の直撃と、ごまイワシに蹴られた勢いで為す術がないままその月へとフレイムワイバーンが触れた瞬間。
……月が、開花した。
めくれる様に花弁を形成し、花冠を象り。
離れるのに必死でそれどころではないごまイワシを除く、その他のプレイヤーが見とれるほどに。
空に咲いた美しい花は……爆ぜた。
誰が見ても分かる直撃。
「グルルルルゥォッ!!」
明確な苦悶の叫び声をあげるフレイムワイバーンは、しかし。
空中で体勢を立て直す。
羽ばたきは弱まり、飛び回る事は出来ず。辛うじて停滞を保っている程度。
それでも、落ちてこない。
「全員休めると思うな! 撃って撃って撃ちまくれ!!」
「ぶっちゃけさっきの大群と戦ったせいでMP枯渇してんだけど!?」
「気合で何とかしてくれ!!」
マンチが声を張り上げるが、正直、戦闘の数も時間も長すぎて。
魔法を放つことが出来なくなったプレイヤーが大半を占める。
それでも、放てる者は最後の一発までフレイムワイバーンへと魔法を放つのだが……。
「グロロロロ」
その魔法も、フレイムワイバーンの吐いたブレスと相殺――どころかブレスにかき消されてしまう。
「マジで誰だよ! やったか!? なんてフラグ立てやがったバカは!」
どれだけ愚痴ったところで結果は変わらず。
地上の魔法部隊では、フレイムワイバーンを落とすことは……出来なかった。
*
フレイムワイバーンから距離を取り、[天蓋華]に備えたごまイワシだったが、それでも爆風によって吹き飛ばされ。
もはや[流転]からの[抜け切り]でも、フレイムワイバーンに届かないところまで来てしまった。
(役目は終わりでござるか? う~む、もう少し何とかしたかったでござるなぁ)
落下しながらそんな事を考えるごまイワシだったが、落ちている最中にあるものを目撃する。
(ん? ……そう言えば姿を見かけなかったでござるが)
それは、高さだけを求めて町の中で一番高い建築物、教会へと走っていたジョルトの姿であり、その姿はしっかりと教会の屋根の上にあった。
(ジョルトが届けばワンチャン? ……いやいや、流石に教会とフレイムワイバーンじゃ距離が遠すぎて――)
自分とフレイムワイバーン以上に離れた場所からは、流石に届かない。と抱きかけた希望を手放す瞬間。
「ごま!! お前が足場になれ!!」
地上から届く、エルメルの言葉。
その意味を、
「足場……。心得たでござるよ!!」
理解したごまイワシは着地姿勢に入る。
「今度は飛ばす方向を間違えるなでござるよ!!」
「任せろ!! 幼女に不可能はない!!」
地上からジャンプしてごまイワシを迎えた、エルメルの剣の腹へと。
「んぎっ!? おっも!!」
「ファイトでござるぅ!!」
落下の勢いと、それに向かって飛んだ勢い。
さらに、ごまイワシの本体の重さも加わって、剣を持つ手が、腕が、手首が。
小さく、細い体が悲鳴を上げる。
けれど、
「それがどうした!! [薙ぎ払い]!!」
それらは、行動を止める理由にはならない。
ごまイワシを乗せて振り抜いた剣は、先ほどと違いエルメルの思っていた通りの方角へとごまイワシを飛ばすことに成功し。
「ジョルトォ!!!」
その方角へ向かうごまイワシもまた、必要なピースへと呼びかける。
「拙者を踏んで跳ぶでござるよぉっ!!」
猛然と教会に向かって飛ぶごまイワシは、自らがフレイムワイバーンへの足場になることをジョルトへと宣言する。
「お前……。面白れぇじゃねぇか!!」
そして、ジョルトもまた、迷わなかった。
先ほどのエルメルやごまイワシと同じように、屋根の縁へ向かって勢いをつけ、向かってくるごまイワシへと……跳ぶ。
「落とせなかったら恨むでござるよ!!」
「そん時は一発殴らせてやるよ!!」
バレーのレシーブのように組んだ手で、ジョルトの片足を受け止めて。
「行ってくるでござる!!」
思いきり、ジョルトを跳ね飛ばす。
それに応え、ジョルトも遠慮などせずにショタ人魚を踏み台に。
一歩。空中で大きく前に飛ぶ。
「くっ!?」
しかし、それでも距離は足りない。
元々移動スキル二つを足しても足りない距離より、さらに遠いのだ。
それが、勢いが追加されるとはいえ足場一つで埋まる距離ではなかった。
――そう、足場一つなら。
「[流転]!」
背後で、スキル名を叫ぶ声がして。
「何そんな顔してるでござる!! お前は拙者を負かした時のように、ドヤ顔やってりゃいいんでござるよ!!」
「お前……」
諦めかけたジョルトの前に現れたのは、間違いなくさっき踏み台にしたごまイワシであり。
移動スキル、[流転]で自分の前に回り込んだのだと、ジョルトは理解する。
「もっかい飛んでいくでござるぅっ!!」
先ほどと同じくジョルトを跳ね飛ばし。
落下を始めるごまイワシを見送って、ジョルトは斧を振りかぶる。
手の届く距離ではない。
それでも、魔法によってダメージが蓄積し、飛び回れない程に体力が減ったフレイムワイバーンならば。
例え直撃でなかろうと、落とす自信がジョルトにはあった。
「唸れ戦斧!! 滾れ肉体!! ここまでされて、当たりませんじゃ笑われちまうぜ!!」
斧を握る手に、力を込めて。
踏ん張る力も、全てを斧を降り下ろす力に変えて。
「刮目せよ!! [断空砕]!!」
渾身の一振りが、フレイムワイバーンへと――届いた。