希望を担う人魚と幼女
前線が騒がしくなったと思ったら、その前線の集団から飛び出してきた一つの影。
(あれがフレイムワイバーンか?)
それを確認したマンチは、徐々に高度を上げるその影を見上げながら、
「あれ……届くのか?」
純粋な気持ちを口にする。
「魔法か遠距離攻撃ならワンチャン。けど、避けられるし防がれそう」
「弾幕張ってどれか当たれお祈りアタックは?」
「当たったところでな気もする。一発当たったら落ちてきましたとかないだろうし」
マリエスと話している間に、飛び上がったフレイムワイバーンは真下へとブレスを放ち。
「あ」
「あ~あ」
前線たちを散らしていく。
直撃した者、直撃はせずともダメージを受けた者を多数出し、天に向けて咆哮一つ。
「テンション高そう」
「どっちかってとあったまってる感じだけどな」
なんてマンチと†フィフィ†が話していると、前線からエルメルとごまイワシが合流。
「戻ったでござるぅ!」
「つってもお帰り団らんモードなんてなってる場合じゃねぇけどな。後衛に誰か撃ち落とせる奴いねぇか?」
波を発生させながらマンチ達に近づいてくるごまイワシに一瞬呆気に取られたマリエスだったが、そんなところにかまっている場合ではないと無視を決め込む。
「撃ち落とすにしても、後衛の攻撃束ねて直撃させないと無理っぽくない? んで、現状だと防がれたり避けられたりすると思う」
「動き止めろってか?」
「あんな高さにいるのにどうやって、って話。けど、何かしら対抗策があるハズなのよね……」
ゲームにおいて、最強の敵の作り方は簡単である。
こちらの攻撃を通さなくし、一方的に相手の攻撃を連打する様な敵を作ればいい。
ただしそれは、最強であると同時に無理ゲーであり、どう考えても許されない存在に成り下がる。
負けイベントなら分かる。ただ、序盤の町が崩壊する様な負けイベントのストーリーであるとは考えにくい。
だから、プレイヤーはどうにかしてフレイムワイバーンに対抗できる策を探す。
NPCがどう動くか、フレイムワイバーンはどう動いているかを随時確認しながら。
「ワンチャンあの高さなら拙者届きそうなんでござるよなぁ」
「は? 前衛がどうやってあの高さまで行くのよ?」
「えーっとでござるね――」
*
NPC――つまり、AIで動くノンプレイヤーキャラクターであるジョルト・マックスは、町に降り注ぐ災厄……フレイムワイバーンを何とかしなければと町を走る。
今回の侵攻で建物は倒壊し、燃やされ、町は凄惨な状況だ。
それでも、ヒヨッコと思っていた卒業者たちの活躍で、幾分か抑えられている。
後はあいつだけだ、と勇んだが、空中に昇られてはどうしようもない。
絶望的に、高さが足りない。
それでも、たとえ足掻きにしかなり得ずとも、ジョルトは町で一番高い建物である教会を目指していた。
町に鐘の音響かせる、神の祝福を願う教会へ。
フレイムワイバーンの周回軌道からは外れている。しかし、やつに対抗するには、ここしか思いつかなかった。
「うん? あいつら、何やって――」
そんな教会を目指す最中、建物の屋根の上に影を見た時、自然とそんな言葉が漏れた。
自分に喧嘩を吹っかけてきて、さっきまで事あるごとに自分にモンスターを倒させた人魚の姿。
そして、そんな人魚と入れ代わり立ち代わりで前線の維持に貢献した軍服幼女。
その二人は、走るジョルトには気が付かない。
顔の向きは、真っすぐフレイムワイバーンを見据えている。
何かする……やってくれる。
先ほどまでの動きから、無意識に期待したジョルトは、今度は余所見をすることなく、教会へと最短距離を突き進む。
*
「みんな聞いて!! 知り合いがあいつの動きを止められるかもしれない!! だから、もし動きを止められたらその瞬間に全員で攻撃を集中させて欲しいの!!」
町の広場に当たる部分。
届かない、あるいは防がれる攻撃を、無駄と知りながらも抵抗として放つプレイヤーたちに、マリエスは呼びかける。
ごまイワシの提案を聞き、それに賭けるしかないと判断した彼女は、周囲の説得役を買って出た。
……というより、少しでも活躍して、貢献度を稼ぎたかったからであるが。
「出来んのか?」
「分かんない。けど、確率はゼロじゃないと思う」
当然出てくる疑問に、返すのは弱い言葉。
けれども、ゼロではないというところに価値がある。
「ゼロじゃねぇって……」
「あー、ちょっといいか?」
マリエスの言葉に呆れるプレイヤーだが、そこにマンチが入り込む。
「何だよ?」
「いいこと教えてやるよ。確率がゼロじゃなきゃな、試行回数でどうにかする奴が動き止めるっつってるんだ。その動き止めようとしてる奴、アプデ前のファントムドラゴンのレアドロがぜんっぜん落ちなくてさ、何回挑戦したと思う?」
「? ……三十回とかか?」
半分笑いながら。――いや、呆れかえりながら。
マンチは、ごまイワシの絶望的なリアルラックのなさを暴露する。
「その回数十倍にしろ。それが挑戦回数だ」
「……どっかで見かけた名前だと思ってたら、そうか、ファントムドラゴンマラソンしてたやつらか」
どうやら、珍しくライブ配信の視聴者だったらしい。
マンチの名前とやってた内容から、話が結びついたようだ。
「お、知ってるのか。んじゃ、ごまナメクジって名前は知ってるか?」
「あの狂った回避しまくる奴だろ? ……まさか」
「あいつが動き止めるってさ。絶対無茶苦茶な事やってくれそうだろ?」
配信の視聴者であれば、ごまイワシ――前世ごまナメクジの動きの気持ち悪さを知っている。
配信であるのに、視聴者に全く配慮しない動きとカメラワークは、やってもいないのに画面酔いする視聴者を多数輩出するほどだ。
動きも考えもよく分からない元トップに近いプレイヤーの、やれるかもという発言は、途端に現実味を帯びさせるものであり。
「分かった。俺はお前らに乗る。どうせここからちまちま攻撃しても防がれるだけだ」
一人が落ちれば、周囲も同調するように協力を飲んだ。
……後は、ごまイワシとエルメルが動きを止めるのを待つだけである。
*
「……バカな!? 早すぎる!?」
「お前絶対言いたかっただけだろそれ」
「えへ、バレたでござる?」
道具屋の屋根の上。
そこに佇むごまイワシは、待つ時間に飽きたとネタを口にして。
ため息をつきながらも、ちゃんと突っ込むエルメル。
屋根の上に昇るために使ったごまイワシのスキルのクールタイムが経過するのを待ち、先ほどよりも近くなった……けれどもまだ上空のフレイムワイバーンを見据え、二人は得物を握る。
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。あ、あいつはトカゲでござったね」
「せめて蛇って言ってやれよ。……やるか」
「落ちろ蚊トンボ大作戦、決行でござるよ!」
そして、二人同時に屋根の縁へと、走っていった。