跳び舞う人魚
「桂ぁっ! 今何波目ぇっ!?」
「知らんから動きとめるな。死ぬぞ」
後ろでマンチと†フィフィ†が、マリエスと協力して撃ち漏らしを討伐しているころ。
その撃ち漏らしを作っている当の本人たちは、侵攻の最初と比べて確実に激しくなる攻撃に目まぐるしく動いていた。
撃ち漏らした、と言うよりも、そもそも忙しすぎて抜けていることに気が付いていない、が正解である。
ノルマンディと協力し、ヘイトを稼いではジョルトに擦り付け。
MPが枯れるとエルメルとバトンタッチして避けタンクの役割を変わるごまイワシと。
ごまイワシが避けタンクをしているときは、敵の足止めや武器で弾いて時間を稼ぎ。
ごまイワシが下がってくると回避やスキルでジョルト他前線のプレイヤーにモンスターを押し付けるエルメル。
流れるような交代や、慣れ過ぎている避けタンクの動き。
一番間近で見ているノルマンディの感想は、
(ひょっとしてトッププレイヤーの一角か? 火力出てないけど、動きがキモ過ぎる)
という、半分当たって半分外れているような感想で。
大型アップデート前ならば、確実にトッププレイヤーの一角だっただろう。
動画配信などをあまりしていなかったし、ゲームの中にあったランキング機能もレベルカンストが増えてからは意味を成してはいなかった。
故に、マンチと†フィフィ†も含めた四人の名前は、そこまで有名ではない。
少なくとも、有名ギルドの団長を務めていたプレイヤーよりは知名度はない。
(装備のスキルの関係で火力が出せない? ……いや、単純に縛りプレイ中とかか?)
エルメルが足止めし、流してきたゴブリンナイトを鎧ごとどてっぱらに風穴をあけ。
引き抜いて倒れる前に顔面に回し蹴りをきめて弾き飛ばし。
(気が付いたら全く同じ場所に留まらないし、VR酔いしない位にはやりこんでるっぽいし)
二人の動きを観察しながら、ノルマンディは脳内で見極める。
あの二人は、今後とも付き合うべきかを。
「うん? 波が引いたでござる?」
「こういう物量戦で敵が来なくなるってのは二択だよな?」
「終了か、ボス登場か、だな」
撃ち漏らして後衛に向かったモンスターを除き、前線にいたモンスター達は気が付けば討滅完了。
周囲を見渡せば、モンスターとの連戦で疲弊したか、座り込んでポーションを飲んでいるプレイヤーや寝転んでいるものまで。
エルメル達もポーションを飲み、次の展開に備える。
「うっへ。やっぱ俺HPポーションの味苦手だわ」
「えー。アセロラ風味美味しいでござるよー」
「酸味強いんだよなぁ。眉しかめるほど酸っぱくしなくてもいいだろうに」
「MPポーションは飲みやすいのにね。……ていうか君って、口調的に中身男?」
五感全てを網羅するフルダイブ型VRMMO。
しかし、それはいい事ばかりではない。単純に、回復アイテムの味に好き嫌いが影響してしまうからだ。
「キュピ☆ 何のことか私わっかんな~い」
「鳥肌立つから止めるでござる」
「言動で流石に気付くって。ボイスチェンジャーの設定は完璧みたいだけども」
口が悪い男口調の軍服幼女。
キャラとして探せばいるかもしれないし、演じている可能性もなくはない。
が、あまりにも自然過ぎるその言動は、エルメルの中身の性別を簡単に看破してしまう。
「別に隠すつもりもないけどな。俺がこのキャラの見た目に自分の声が無理なだけで、姫プとか望んじゃいねぇし」
「一瞬前の媚び媚びの言動を思い出すでござるよ……」
「刹那で忘れちゃった。テヘペロ☆」
なんてやり取りをしていると、三人を……いや、周囲を影が覆う。
「うん? って、この演出はどうせ大型モンスターでござるよ」
特に面白みもなくごまが即座に上空を見上げ。
それに釣られて二人も見上げるとそこには……。
お約束のようにドラゴンの姿が。
「流石に序盤でドラゴンは無理でしょ」
「今後倒す予定のボスのお披露目って所でござるか?」
「……なんか降りて来たくね?」
流石にそれとは戦わないだろうと高をくくっていると、そのドラゴンの背から一つの影が。
町を覆うほどのドラゴンよりもだいぶ小柄な、およそ序盤に相応しい大きさのソレは。
「ちょっ!?」
「マジでござるか!?」
火を吹きながら、降下してきた。
『システムアナウンス:侵攻ボス、フレイムワイバーンが出現しました』
そんなメッセージが表示されるが、それどころではないエルメルとごまイワシ。
敵モンスターの武器による攻撃や、拳等の攻撃は正直な話簡単に避けることが出来る。
動きが読みやすく、判定も狭いためだ。
しかし、現在行われている火のブレスというのは、判定がクソほどデカく。
しかも、攻撃後も町に引火し残り続けるため、動き回るエルメルたちとの相性が悪い。
「ていうか町も普通に燃えるのな!?」
「住民たちが消火活動をしているでござるが、あれ狙われたらどうするでござるよ!」
「狙われないようにヘイト買って引っ張るっきゃねぇだろ! 行け! ごまイワシ! 君に決めた!!」
けれども戦わなければならないのは必然で、その先陣はごまイワシが切ることになるが……。
「っと!? ……って、ちょ!? まっ!?」
ブレスと、鉤爪と、尻尾と噛みつきと。
一人でヘイトを買うには少々攻撃の種類が多く。
いかに初見である程度対応してきたごまイワシとはいえ、複数の同時攻撃には流石に手を焼いて。
「しっかりしろ人魚! さっきまでの動きはどうした!?」
そこへ、周囲のプレイヤーが入ってくる。
先ほどまでの戦いを見て、ごまイワシが避けタンクと察し、彼がヘイトを買うまであえてフレイムワイバーンに仕掛けなかったらしい。
「タンクか避けタンク居たら分散してほしいでござるよ! 拙者回避極じゃ無いでござるぅ!!」
「嘘つけ!! さっきまでバカみたいに避けまくってただろ!!」
ごまイワシへの攻撃をフレイムワイバーンが空振ると、待ってましたとその隙にノルマンディを含めたプレイヤーが攻撃を仕掛け。
フレイムワイバーンがそれに反撃しようとすると、ごまイワシが眼前に現れて攻撃し、ヘイトを掠めとる。
直後に[流転]で距離を離し、ついでにジョルトに近づいて攻撃してもらい、ヘイト逸らし兼スキルのクールタイムが過ぎるまでの時間稼ぎ。
そのジョルトがフレイムワイバーンの攻撃を凌ぎ、反撃を繰り出したところでまたも眼前に移動してヘイトを買い、今度はエルメルの方へと引き付ける。
それをスキルで迎撃し、下がるごまイワシを見ながらエルメルが前に出る。
ブレスの予備動作にだけ気を付けて、攻撃しながらごまイワシとは違い、敵の攻撃を避けるではなく攻撃を武器に当てて逸らし。
体勢を崩してから、周囲のプレイヤーたちへと任せる。
即席にしてはよく出来た。そう誰もが自画自賛する程度には、その連携は上手くいった。
……時に、ボスとはいくつかの段階に分かれていることが多い。
HPをある程度減らしたら、特定の攻撃を放ったら。
そのトリガーはいくつかあるが、この侵攻ボス、フレイムワイバーンも、そんなボスたちと同様だった。
「うん?」
攻撃をしていると、急に縮こまって動かなくなった。
と思いきや、突然ブレスを吐きながら羽ばたいて。
「うわっ!?」
「何だ!?」
周囲を炎に包みながら、フレイムワイバーンは上空へと移動。
「……攻撃、届かなくね?」
ポツリと呟いた誰かの一言は、近接職全員が思っていたことであり。
それは、AIが近接職も遠距離職もを活躍させるために取った手段の一つ。
はるか上空を飛ぶワイバーンを落下させるための戦闘――フレイムワイバーン第二形態戦の始まりだった。