始まりの時
「今回に関しては拙者悪くないでござるからね!?」
またしてもエルメルの手を借りて起き上がったごまイワシは、開口一番弁明を始めた。
「前回に関しては非を認めるのな」
「まぁ、喧嘩吹っ掛けたのは拙者でござるし……。けど今回は向こうが挑んできたでござるよ!」
「ちょっとその話詳しく」
またふざけているのか、と流しそうになったが、ごまイワシの報告や情報は基本的に遊びが入っていない。
……いや、入っているときもあるのだが、それでも彼の報告などの内容は、大きく外れてはいない情報なのだ。
だからこそ、今回はジョルトから勝負を持ちかけてきた、という彼の報告を皆素直に受け入れて。
「?」
前回を知らないパルティだけ首を傾げているが、ここで説明して話の腰を折るよりは、先にごまイワシに説明をさせようと三人の考えが一致。
ゆえに、特に捕捉もなく報告が始まる。
「拙者見かけた瞬間呼ばれたから向かったでござる。そしたら、『少しは腕を上げたか? マスタリーは上がってるみたいだな』みたいな会話が始まったでござる」
「え? シナリオ進めるのにマスタリーアップ必須なの?」
「あ、それは違うみたいでござるよ? 戦闘以外シナリオらしいシナリオ無かったでござるし」
ひょっとすると自分もジョルトと戦う羽目になるのか。
そう懸念したエルメルだったが、ごまイワシに即座に否定される。
「んで、戦闘中にマスタリーの説明を受けたでござる。スキルを多彩に使っていると、スキルそのものが自分流にアレンジされる。それが、マスタリーらしいでござるよ?」
「多彩にって、そんなに使い道あるのか? 敵に向けて使うくらいじゃねぇの?」
「拙者の場合、移動不意打ち攻撃キャンセルスキルキャンセルみたいにとにかく使いまくったでござるからなぁ。元々あまり消費MP大きくないでござるし、さらに乱発出来るようにアレンジされたみたいでござるが」
水を得た魚……とまではいかないかもしれないが、それでもごまイワシにとって盗賊の初期スキルと二個目のスキルは相性が良かったらしく。
それも手伝って誰よりも早くマスタリーアップが発生したらしい。
「あと、『もうちょっとレベル上げてこいや』って言われたでござるから、多分次のシナリオ発生条件はレベル5になる事でござるよ」
「「でかした!!」」
ついでのように報告されたその情報は、他の三人が最も欲していた情報で。
あと一レベル上げる。という明確な目標が出来た事で、下がり気味だったモチベーションも復活。
嬉々としてモンスターを狩りに行こうとするエルメル達を、パルティが止める。
「あの……」
「ん?」
「どったの?」
何事かと足を止める四人へ、パルティは……。
「か、回復薬ってどうやって使うんですか……?」
ただ選択するだけでは使用したことにならない仕様の説明を求めるのだった。
*
数字は刻む。
ゲーム内のシステムを管理し、チートや不正アクセス、シナリオのフラグやNPCの動きに至るまで。
あらゆるものを管理し運営を任されたAIは、総プレイヤーキャラ数や、全キャラ合算のプレイ時間を分析し、イベントの発生を管理した。
それは、このゲームにおいて根幹をなすシステムの始まり。
ソレは、ある意味プレイヤーたちへの挑戦状。
同情や温情は一切なく、ただ数字のみで管理された運営からの挑発の引き金を……引いた。
*
暗転。
突如として眩しい日差しが遮られ、始まりの町、ブルーリゾートに影を落とす。
――いや、ブルーリゾートだけではなく、次の町やその次の町。
到底プレイヤーたちが到達していない町にも、同じように影が落ちる。
「ん? 何事だ?」
レベルがようやく5に到達し、いよいよシナリオが進むと町に戻ってきたエルメル達は、その異様な光景を見上げる。
――否。エルメル達に限らず他のプレイヤーたちも空を見上げ、何事かと騒ぎ始める中。
「侵攻だ!!」
NPCであるジョルトが、その現象を口にする。
「モンスターが攻めてくるぞ!! 戦えるものは構えろ!! 戦えない者は避難だ!! 家の中に隠れろ!!」
単純な説明。だからこそ、空に浮かぶ影も、これから起こることも、プレイヤーたちは理解していった。
空に浮かび、日差しを遮る影は全てがモンスターで。
そのモンスターが襲い掛かってくる、と。
「え、なにこれ。クッソ楽しそうなんですけど!!」
「町にいるプレイヤー全員で魔物の侵攻を食い止めろってか!? 血が沸くじゃねぇの!!」
「ちょっと男子~、状況考えてよ~」
「とか言いながら嬉しそうに構える†フィフィ†ネキ好き」
状況を飲み込んだ四人はそれぞれ得物を構え、今か今かと心待ちにし。
「な、何が始まるんです?」
状況が呑み込めないパルティがオロオロして呟くと。
「大惨事大戦だ!」
「無視していい。今空に浮かんでるあいつら、あれ全部モンスターね。んで、あれが今からこの町襲ってくるから、それを追い返せってイベント」
ネタを口走るごまイワシを華麗にスルーし。
分かりやすいようにパルティへとエルメルが説明すると……。
「勝てるんですか!? あんなに一杯いるのに!?」
「ぶっちゃけメタ的に序盤の町で勝てなかったら俺らってかプレイヤーが拠点を失うので、勝てるとは思う。けど、問題はそこじゃないんだよなぁ」
「??」
「勝てるのは分かってる。多分、ほとんどのプレイヤーがな。んで、問題は、誰が一番活躍できるか、だと思うぞ」
「活躍……」
「つまり皆が一番撃退に貢献したいんでござるよ。イベントは往々にして順位やランクをつける。その順位やランクに応じて武器や称号と言った特典を配る。ゲームなら当たり前のことでござる」
例えば、戦国時代の戦でも、侵攻する。侵攻を防ぐというのは大名の考えにしかすぎず。
部下や足軽たちは、もっぱら手柄を立てることを目標とした。
言うなればこのイベントは、相手がモンスターであるだけでそんな戦と変わらない。
ならば、イベント終了後に何らかの報酬が支払われることはそこまで低くない期待値のはずである。
だからこそ、プレイヤーは気合を入れる。
俺が、私が。一番活躍して見せる……と。
『現在組んでいるパーティが解除されました』
『この町にいる全員が、イベントパーティに加入しました』
そんなシステムアナウンスが流れ、プレイヤー全員がイベントパーティに強制加入。
そのパーティのリーダーの枠には……ジョルト・マックスという名前が表示されていた。
「行くぞひよっこども!! 根性みせろぉっ!!」
檄を飛ばし、己の体の倍以上ある斧を軽々と担ぎ。
NPCジョルト・マックスは、町の入口へと降り立ち始めたモンスターへ、突撃をするのだった。