孫氏曰く
「んで? 倒したけど本隊が来るって話は?」
「そんなにすぐには来ないんじゃないか?」
斥候の蟻を倒し、本隊とやらの到着を心待ちにするマンチに対し、どうせすぐには来やしないとたかをくくっているエルメル。
――だが、
「あん?」
「なんでござるか?」
突如として鳴り響くアラーム。
そして、
『もうすぐモンスターの大群がこのエリアに押し寄せてきます。エリアを離れるか、町などへ入ることを推奨します』
というシステムメッセージが。
「そんな警告されるほどのことなのか?」
そのメッセージに首を傾げるエルメルだったが、
「俺は町に戻るからな」
とアグラディアは早々に退避を宣言し。
「どうするよ?」
「怖いもの見たさで本隊がどんなもんか見ておきたいんでござるよなぁ」
「うちはパス。虫の大群とか考えるだけでも身の毛がよだつから」
「俺もパスかなぁ。いかにゲームと言えど、虫に囲まれて死にたくねぇし」
どうするか? とエルメルが三人に聞けば、ごまイワシ以外は町へと戻ると回答。
エルメルも考え的にはごまイワシと同じのため、前衛二人は残ることに。
「無事に戻ってこられたらどんなもんだったが教えてくれや」
「他のプレイヤーも戻る組と残る組に分かれてるっぽいね」
アグラディアを追う前にそう言い残すマンチと、周囲の様子を見ながら状況を口にする†フィフィ†。
「やっぱ同じ考えのやついるじゃん」
「お土産話を待ってるでござるよ~」
そんな二人に手を振りながら、本隊の到着を今か今かと待つ二人は――待つこと数分。
「……来たか」
「羽音がするでござるね」
遠くから聞こえてくる虫の羽音に反応し、伸びを一回。
「どうせどうにかなる物量じゃないんだろうが、どれくらい足掻けるか試させてもらうぜ!」
「ごまイワシ、推して参るでござるよ!!」
そう気合を入れた時。
――視界が……黒く染まった。
「は?」
「へ?」
突如として遮られる空からの光。
それは、エルメル達がいるエリアの上空が蟻の本隊によって埋め尽くされたと言う事。
そこから、プレイヤーを狙うように五体一組で蟻の兵隊が降りてくる。
その装備は、先程倒した斥候よりもしっかりとしたものであることが見て取れる。
「ヤバくね?」
「ヤバいかヤバくないかで言ったら、激やばでござるね」
そんな光景を目にすれば、先程の気合などどこへやら。
負けイベントであることを理解したエルメルとごまイワシは……。
「血湧き肉躍るじゃねぇか!!」
「この軍勢を前に、ひよってるやつ居るぅ!?」
何故だか生き生きとしていた。
そして、二人の前に降りてくる兵隊蟻が二組十匹。
「やったらぁっ!!」
「そこは、居ねぇよなぁっ!! って言って欲しかったでござるよ」
対峙した瞬間、まず動いたのはエルメルだった。
[縦横武刃]にて真っすぐ前へと移動し空中へ。
まさか空を飛べないプレイヤーが空中へと移動すると思っていない兵隊たちが一瞬エルメルの姿を見失う中、
「蟻さんこちら! 音のなる方へ!! [クレセントライト]!!」
移動スキルで移動を終えた直後。まだ落下が始まっていないその一瞬に、軍隊の内の一匹の羽へと攻撃を振るう。
当然、エルメルを見失っていた蟻にこの一撃は回避できず、鎧で覆われていない羽への攻撃でもあるためにダメージはそのまま通り。
「ギャッ!?」
ダメージを受けてようやくエルメルの動きに追いついた蟻に対し、
「遅い! 遅い!! [刃]!」
あらゆる場所を踏み込んで始動する[刃速華断]の一撃目を発動し、今度は別の蟻の羽を狙うエルメル。
「[クレセントムーン]! [速]!!」
一撃目がヒットしたことを確認し、先程保留としていた振り下ろしの一撃で追撃。
周囲の蟻の目が向いたことを確認すると、今しがた斬りつけた蟻を踏み台に[迅速果断]の二撃目へ。
――と、
「痛っ!?」
蟻の兵隊の持つ槍が、エルメルが踏み込んだ方向へと振るわれて。
直撃ではなかったが、それでも動きを捉えられてダメージが入る。
と同時に勢いも削がれ、攻撃の伸びが無くなると……。
「不発かよクソが!!」
一定以上移動しても攻撃範囲内に敵が存在しない場合、どうやらスキルが不発となるらしい。
今までそんな場面が無かったため、ここにきて初めてその仕様を知ったエルメルだったが、
(むしろ好都合。問答無用で攻撃振って隙晒すよりマシだわな)
と考え、[縦横武刃]で距離を取る。
今度はしっかり、蟻たちの攻撃の届かない方へと移動して。
「さて、どうしたもんか」
「多分でござるけど、普通に窮地でござるよ?」
同じ場所へと移動してきたらしいごまイワシと背中合わせになり、周囲を見渡すと。
すでにぐるりと兵隊蟻によって囲まれており。
「もしかして誘導された?」
「なんでござったっけ……。逃げ道だけ残して包囲すると、敵は必ずそこに逃げ込む……あ、思い出したでござる。囲師必闕の計でござった」
「ここしか逃げ道が無けりゃ、俺らはそこに来るだろうってか?」
「でござろうねぇ。……鬼島津みたく、陣中突破出来るくらいに強けりゃ覆せたんでござろうが……」
と、実は自分たちがその場所へ誘導されたことを悟ったころ。
周囲から伸びてきた槍によって、エルメル達は床を舐めることとなったのだった。




