ファンサービス
『Get ready?』
PvPの開始をカウントダウンするアナウンスが流れる中、ごまイワシはゆっくりと武器を構え。
『Fight!!』
開始と同時にすぐ隣の岩の影へと身を隠す。
始まったのは視聴者とのPvP。
プロゲーマーとして、ファンサービスの一環で定期的に行うことにしたこのPvPの、最初の挑戦者は三人組のパーティ。
『ビーストテイマー』の【トリコロール】、『黒魔導士』の【龍玄徳】。
そして、『忍者』の【翁ありけり】。
レベルは三人とも22であり、エルメル達と同じく基本三人で一緒にプレイしているらしく。
抽選で対戦相手に決まったことを伝えると、嬉々とした返信が返ってきた。
初配信からファンであること、中でも翁ありけりは同じ職業であることから、ごまイワシの動きやスキルの使い方を会得しようと躍起になっていることが綴られていて。
ファンではあるが、もちろん倒す気でいること。だから、手加減はしないで欲しい事も綴られていた。
(手加減なんてするつもり無い……というか、下手すりゃ悪あがきしか出来ない可能性もあるわけで)
エルメル達といういつもの取り巻きがいない以上、普段のような無茶は出来ない。
[フラッシュバック]を多用してスキルだけに移動を任せる立ち回りは確かに強い。
火力ではなく手数や回避方面はおそらく全職業の中でも上位に位置するはずだ。
ただ、一人でやるには[フラッシュバック]の体力消費が痛い。
体力が少なくなっても、自分のヘイトをさらってくれる存在がおらず、回復をする時間が捻出できないためだ。
もちろん、長距離をスキルで移動して距離を取れば回復できるかもしれないが、今回は相手にも忍者がいる。
どれだけ距離を稼いでも追ってくることだろう。
だからこそ、今回は普段のように突っ込まずに岩陰に身を潜めた。
「戦場の把握はしてないでござるが、荒野は不利説あるでござるね」
ランダムに決められたマップは荒野。大小さまざまな大きさの岩が配置されている以外、ほぼ平地と言っても過言ではなく。
身を潜められる場所は限られている。
そしてそれは、立体的に動き回るための足場の少なさをも物語っていた。
「うし、まずは敵の位置の把握。出来れば不意打ちで一人持って行って離脱まで出来れば上々でござるが……」
周囲の音に耳を澄まし。
プレイヤーの気配を感じないことで岩陰からの移動を決める。
戦闘開始前の移動フェーズで、ごまイワシはほとんど移動してない。
初期位置のすぐそばにあった身を隠せる岩を確認し、その陰に身を潜めると早々に決めたからだ。
(初期位置から動いてないとは相手も思ってないだろうし、とりあえず開始と同時に鉢合わせしてすり潰されることは回避出来たでござる)
ごまイワシが一番懸念していたのは出オチ。
戦闘開始と同時に囲まれて、後は数と火力の暴力で即負けというシナリオだけは絶対に回避する、と今回の作戦に至った。
「ん……いるでござるね」
岩陰から岩陰へ。身を移したごまイワシは風を切る音を耳にした。
「今の音は[縮地]の音でござるね。対忍者用に覚えておくといいでござるよ」
視聴者へ参考になるか分からないアドバイスをしつつ、ごまイワシは思考する。
([縮地]ってことは移動スキル……、索敵でござろうが他の二人の足音は聞こえないでござる)
聞こえた音から相手の布陣を予想する。
(カバーできる範囲には必ずいるはずで、魔導士がいるからこいつは後衛。ビーストテイマーの得意レンジが不明なのが痛いでござるなぁ)
最前線の忍者を放置し後衛が独立して動くというのは考えにくい。
ならば、忍者の姿を確認できる場所で、いつでも戦闘が起こっていいように準備している筈である。
(とりあえず音の聞こえた奥へと移動するでござるよ)
それを踏まえ、ごまイワシは聞こえた音の向こう側へと移動を開始。
忍者の後ろには少なくとも黒魔導士がいる筈で、先にそいつを叩いてしまおうという考えだ。
(音は立てたくないでござるなぁ)
移動をさっさと済ませたい気持ちはあるが、スキルを使えば音が出る。
もちろん、移動しても足音が発生するが、足音は自分の意志で小さくできる。
速度よりも確実性を重視して移動を開始したごまイワシ。
その目の前に……虎が出現した。
「は?」
「接敵!! こっちだ!!」
その虎の付近で上がる声に、ごまイワシは内心舌打ち。
と同時に、目の前の虎がビーストテイマーによって使役された存在だと理解して。
「[翡翠][桜花雷閃][フラッシュバック][桜花雷閃][瞬身][縮地]」
一度虎を切り抜けて視界から消え、背後という無防備な方向から桜色の斬撃をお見舞い。
[フラッシュバック]でおかわりしつつ、移動スキル二連で他のプレイヤーが来る前にその場を離れ。
「どこ行った!?」
「速すぎ。マジで見えん」
現場から二個ほど離れた岩陰に身を隠したごまイワシの耳にそんな会話が聞こえてきてホッと一安心。
――したところで頭上に影。
「っ!!」
それを確認した瞬間に無意識にその岩陰から飛び出して回避すると、真っ黒い巨大な手が、先ほどまでごまイワシがいた場所へ召喚されていて。
岩を掴んで握りしめ、粉々に砕く。
さらに、
「こっちに居ます!!」
どうやら魔導士に見つかったらしく、仲間への報告を確認。
――ただしそれは、声によって場所を晒したと言う事であり。
「[フラッシュバック][縮地]」
終わっていないクールタイムを無理やりリセットし、声の方向へと瞬間移動。
「初めましてでござるよ」
ピタリと黒魔導士の正面へと移動したごまイワシは、とりあえず挨拶をしながら黒魔導士龍玄徳の体を。
短刀にて、斬り抜けるのだった。