〇〇から堤も崩れる
「こいつ倒れたけど大丈夫なのか!?」
「家の外に出すと毎回それなるから平気。というわけでその人担いで図書館へゴー」
おそらくはジュエと呼ばれたNPCらしき存在を指差して言ったマンチに対し、いつもの事と一蹴した紫陽花は行動をマンチに指示。
素直に言うことを聞いてジュエ(仮)を抱えたマンチは……。
「軽っ!? え? 何食ったらこんな軽いんだよ!?」
想像よりも何倍も軽かったジュエ(仮)に驚いて。
「軽いんならダッシュで運ぼ。うちら二人で相手するの普通にキツイ」
そんなマンチへ、周囲に湧きまくる砂虎と砂蛇を捌きながら言う†フィフィ†は、どうやらMPが枯渇したらしく[ブレイクダンス]が解除され。
それまでの跳んで跳ねての挙動はなりを潜め、マンチと同様のまだ常識の範囲内の動きで戦っていた。
対する紫陽花はというと、両腕と両脚に帯電して戦闘中。
腕の雷撃は攻撃の際に放出して追撃に、脚の雷撃は移動の際に消費して瞬間移動を行うために用いており。
その戦い方は、オアシスイーターと戦った時とは一回り程変わっていた。
「転職してそうなったか」
「そそ。浪漫進化してるでしょ?」
そんな紫陽花の背中に、マンチはジュエ(仮)を抱えたまま器用に式神を投げると張り付かせ。
「俺こいつ抱えてるせいで動けないからさ。……代わりに動いてくんね?」
[使役律令:援]を発動し、紫陽花の分身を作り出す。
「働きたくないって言葉、聞きたくなかったかな」
「動けないって言っただけで、働かないとは一言も言ってないわけだが?」
その分身は、紫陽花の動き一挙手一投足をきっちり模倣する、言わば0.5人目のプレイヤーとでも言うべきか。
自分が戦闘に参加できない代わりに、可能な限りの支援を行おうと考えたマンチだったが……。
「本体も戦えー」
野次……というか、無茶ぶりの類のイジリを†フィフィ†に投げられて。
「うし。戦うからこいつ降ろすな」
「倒れてる女性放置するとか男の風上にも、なんなら風下にも置けねぇ」
「どうしろっつうんだよクソが!」
だったらとジュエ(仮)を降ろそうとすれば、紫陽花から冷たい眼差しを向けられて。
結局、二人に任せてジュエ(仮)を抱えたまま、図書館を目指すことに。
その道中、
「何!? Uber Eats!!?」
【満腹亭闇鍋】のギルドメンバーからMPポーションをがっつりと受け取った†フィフィ†は、
「今持ち合わせないからうちのギルドリーダーにツケといて! ごまイワシって名前のプレイヤーで、ギルド名は【ネタ振りに人権を委員会】ね」
さも当然のように、ごまイワシ名義で利用料金の支払いを済ませるのだった。
*
「なーんか寒気がしたでござるよ」
「どったの?」
顔s達が殴っている頬とは反対側の頬が盛り上がっていくのを横目に見ながら、突如として襲ってきた寒気を口にすることで、エルメルを巻き込もうとしたごまイワシは。
「いや、やられるとかの寒気じゃないでござるな……。もっとこう、後から来る系の寒気でござる」
妙に鋭い勘を働かせ、地上のとある場所で自分名義でツケ払いが行われたことを察知。
しかし、当然のように完答など出来よう筈もないその寒気の正体はというと……。
「こいつに関係あることか?」
「多分無いでござる。無視で構わんでござるよ」
エルメルによって散らされ、ツタンカーメンの顔から出現した十体の砂蛇によって上書きされ。
「下手な鉄砲もなんとやらでござるが、あいにく弾数が足らんでござるね」
「俺らどうにかしたきゃその百倍は出現させろや」
その十体の砂蛇は、桜吹雪に絡まれ。無数の追撃音に踊らされ。
出現から一秒未満で、地上へと降り注ぐ砂へと果てる。
そんな光景を、ツタンカーメンの頬を殴打しながら見ていた顔s達は……。
「どうしてあんな動き出来るんですかねぇ?」
スキル発動中は体は空中。
足場は無く、地上の遥か上空に位置するこの場所で、落下を恐れず。
どころか、むしろ動きやすいと宙へと身を投げながら戦う二人の姿は、常軌を逸しており。
例えゲームと理解していても、ダメージ、衝撃、恐怖、抵抗。
それらとは切っても切れないのがVRの世界だというのに。
エルメルとごまイワシは、それらをあざ笑うかのように動き回る。
「恐怖心ぶっ壊れてるんじゃないっすか?」
「どうやってぶっ壊したかが重要なんですけどね。まぁ、いいです。結構凹ませましたが、あとどれくらいなんでしょうかね」
思わず口に出た顔sの呟きに反応したギルドメンバーの言葉に、結果ではなく過程を求めた顔sだったが。
それよりも、と、目の前の状況へと目を向けて。
「人一人入れるくらいの凹みにはなりましたけど……――っ!?」
全員の打撃で押し込んだ深さを確認していると、凹んでいるツタンカーメンの表面が振動。
エルメルの言っていた迎撃かと身構えた顔s達を――。
凹んでいた顔の表面が、勢いよく戻る。という現象が襲った。
「んなっ!?」
咄嗟の防御スキル。咄嗟の踏ん張り。体全体を覆える大きさの盾を、足場としているツタンカーメンの頬へと突き立てて。
来たる衝撃を、真正面から受けて弾こうと。
肉壁による密集陣形は、あろうことか反動で戻ってきた顔の表面を、反動の衝撃を、食い止めてしまった。
そして、食い止められたことで逃げ場を無くした衝撃波というと……。
「ごま!! ヒビが入ったぞ!!」
オアシスイーターに始まり、スフィンクスを経て。
エリアボス、ツタンカーメンの顔の表面にも、攻略の糸口になり得るヒビを発生させたのだった。