そして盛大に何も始まらない
本日から新作を投稿させていただきます。
可能な限り毎日投稿をしたいと思っていますので、よろしければお付き合いください。
「マンチ!! バフ切れた!!」
「回復すんのが先だろ!! バフの時間把握してっから言わなくて大丈夫だよ!!」
「あ、やっば。カキポ切れそ。この周回終わったら私補充してくるね」
「拙者のレアドロ集めに付き合わせて悪いでござるなぁ」
目の前には巨大なドラゴン。
そいつを相手取り、それぞれ思い思いに動いている影が四つ。
一つは重装備の剣士――いや、騎士だろうか。
兜の端から金髪がはみ出ていたり、他の三つの影よりも明らかに小さかったりと気になる点はあるが、それでも自分の体よりも大きい大剣を軽々と振り回し、ドラゴンへのダメージを刻んでいく。
もちろんその騎士が最前線で、おのずとドラゴンからの攻撃も彼へと集中するが、そんな騎士を落とすまいと白い聖職者は適時杖を掲げて彼を回復していた。
位置取り的には最後方。もっとも、回復役である聖職者が落とされると一気に形勢が傾いてしまうため当然と言えば当然の位置取り。
そんな騎士と聖職者の間を埋めるように位置取っているのは、宙に魔導書を浮遊させ、杖を振り回して複数属性の魔法を乱発する魔導士と。騎士から逸れたドラゴンのヘイトを、ドラゴンの周囲をすばしっこく移動して自分へと向ける暗殺者であった。
魔法の乱発は言わずもがな大量のダメージを与えており。
暗殺者もまた、動き回る最中に見つけた無防備な個所。ドラゴンが何か行動しようとした時に出来る隙へ、暗器を投擲。
それぞれがそれぞれの役割を果たし、ドラゴンとの戦闘が始まっておよそ十分。
「グギャアァァァァッッ!!」
断末魔をあげて、地に沈むドラゴン。
そして、
『ダンジョンボス ファントムドラゴン の討伐に成功しました』
と表示されるテロップ。
普通、こうしたボスを倒した時は喜ぶのだが、この四人は……。
「どーだー? レアドロは拾えたか? ごま?」
「ドロ品私いらないから全部適当に分けといて! カキポ補給とトイレ行ってくる!」
「VRMMOしてんのにトイレ離籍とかないわー。普通オムツ履いとくだろ」
「誰もやってないこと要求すんなし。あ、俺もドロ品いいわ。んで、俺はリアル補給行ってくる」
「って、ごまからの応答がねぇ。そろそろ出ただろ~? どうだった?」
先ほどまでの緊張していた空気はどこへやら。
一気に弛緩した空気の中で、一人。ごまと呼ばれた暗殺者だけが、一言もしゃべらずに呆然としていた。
「……ない」
「うん?」
「出ないでござるぅ!! なにか!? 我は呪われているのか!!? こんなに出ないなんて流石にリアルラックとか物欲センサー超えてるでござるよ!!!」
途端に捲し上げるごま。つまり、それは望んだアイテムが手に入らなかったということを示しているのだが……。
「まー、出なかったもんはしゃーねーし、小休止したらマラソン再開すっぞ」
それを受けた回答は、全く気にせず出るまでダンジョンを周回する。という単純なもので。
「でももう二百回目でござるよ!! エルたそやマンチさんやコリンちゃんは五十回くらいで出たのに!」
現在の挑戦回数、二百回という部分に目を瞑れば、およそ常識的な考えだろう。
「まだ一徹しかしてないし、余裕だろ。こいつのレアドロ拾っとかないと強化出来ないんだから必須だし」
単純計算二千分。時間に直して三十三時間と少し。その時間ぶっ続けで先ほどの『ファントムドラゴン』を倒し続けた四人は、この後も終わりが見えないマラソンを続けていったのだった。
――プレイ動画を、ライブ配信しながら。
*
とある都内のマンションの一室。その一階部分にあたる部屋の半数の壁をぶち抜いた大部屋で、いくつものパソコンモニターの前に鎮座する人影が一つ。
脇にはコンビニやスーパーのレジ袋にカップ麺や弁当、紙パックのジュースやコーヒーのカラを無造作に突っ込んだ塊がいくつも転がっている。
そんなゴミの塊に囲まれるような位置で、ゲーミングチェアに死んだかと思うほどに無気力に、全体重を預けている男性。
羽沢 光樹と名を受けたその男は現在、四日程の徹夜後に意識を失うように先の状況へと至った。
彼の頭には機械性のゴーグルが見受けられ、それ以外に周辺機器は見受けられない。
……どうやら 、VRMMOと呼ばれるゲームにのめり込んでいたらしく、ゲーミングチェアの横には『CeratoreOnline』と書かれたパッケージのゲームが、無造作に置かれていた。
*
一時期は最盛を極めたネットゲーム。
少し前まではアプリゲームにシェアを奪われてはいたが、今現在は違う。
五感全てをリアルに感じるVR技術の進化により、擬似的にではあるがゲームの中へと入り込めるようになったのだ。
もちろん、プレイするにはそれ相応に値が張る物であるし、整えようとすれば設備にすらどれだけでも金がかかる。
そんな訳で、中々に手が出せない代物となってしまったが、それでも魅力を感じて購入するもの達は一定数居た。
そんなもの達が今日もまた、様々な思いを乗せて『CeratoreOnline』をプレイしようとログインを行おうとした時だった。
ゲーム開始前のホーム画面、そこに「運営からの重大なお知らせ」と強調表示されているお知らせ内の言葉。
気が付いたプレイヤーは即座にその言葉をタッチし、内容を読んでいく。
そのお知らせの内容とは――――大型アップデートの告知であり、想像を絶するものだった。
*
「ん……あぁ、寝ちまってたか。――体力落ちたなー。四徹で寝落ちとか煽られても文句言えねぇや」
実に四日振りの睡眠を謳歌……時間にして十八時間程経ってから目を覚ました光樹は自分の体に文句を言いながらパソコンの画面へと視線を移す。
寝落ちする寸前までやっていた『CeratoreOnline』を再びプレイするために環境を整え始めた光樹は、デバイスから聞こえた不快な音に眉をひそめた。
画面に現れたメッセージウィンドウ。それが不快な音の正体であり、そこには『現在メンテナンス中です』と表示されていて。
定期メンテナンスの日時では無いし、不具合の対応か? と首を捻る光樹の耳に、向かって右のディスプレイに映ったアイコンが震えた。
彼がネトゲの中で作り上げた仲間達。その仲間達からのオンライン通話への誘い。
どうやら光樹が寝ている間に鬼のように呼び出していたらしく、律儀にその回数も表示されていた。
「あいつら……暇すぎだろ」
仲間達に聞こえていればお前が言うな、と総ツッコミされるであろう言葉を吐いた後に、ヘッドセットを装着し通話に応答する。
「何だよ」
「うわ、生きてた」
「てことはおはよーかな~?」
「頭回ってるか?」
応答した直後に返ってきた反応にようやく頭が覚醒し始めた光樹は、脇に置いていた紙パックのカフェオレで喉を潤す。
「つか聞きたいんだけど今何のメンテやってんの? 告知あった?」
「あー、――運営からの重要なお知らせに目を通さない系男子?」
「あれ読むやついんの?」
「いや、重要ってわざわざ書いてあるんだから読めよ。アホかお前」
「今北産業」
「大規模アプデ。強くてニューゲーム。色々増えるよ!」
仲間達の反応を、即座にめんどくさいと声色に表して説明を求めると、思っていた答えとは別の答えが返ってきた。
「は? アプデ? ちょっと確認してくる」
「ごまさんの簡潔かつ完璧な説明で満足出来ないとか頭の具合でも悪いのか?」
即煽られるがそれを無視をした光樹は、言われた運営からのお知らせに目を通していく。
「――嘘……だろ?」
「ところがどっこい! 夢じゃありません! これが現実っ!!」
そんな仲間のネタも気にならないほどに運営からのお知らせは重大なもので。
その内容とは――。
・経営が難しくなり、別の会社にゲームの権利を譲ったこと。
・それに伴って全作成キャラを削除すること。
・削除したキャラやそのキャラが持っていたアイテム、所持金に応じて、後日運営からアイテムやゲーム内マネーの配布があること。
・ゲーム内のストーリーや仕様、スキルや職業等ほとんど全ての設定が刷新される事。
これらが書かれていた。
このお知らせを読み、この受け入れがたい内容をなんとか理解した光樹は、
「ここまでやるなら最初からゲーム作り直した方がいいんじゃねぇの? なんなの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
「おとっつぁん、それは言わない約束でしょう」
「つかマジで俺らそう思ってるからな。キャラデリとか正気の沙汰じゃねぇだろ」
「これプレイヤー離れに繋がるよねぇ……運営って、ホント馬鹿」
そしてふざけた事に、アップデート完了予定時間の記載が無く、いつまで待てばプレイ出来るのか分からない事が分かった光樹は、
「買い出し行って風呂ってもう一眠りするわ。アプデ終わったら起こして」
「風呂食ってら~」
「着信音爆音にしとけよ~」
「その後、彼の行方を知るものは、誰も居なかった……」
これからの行動を仲間に伝え、ゲームが出来るようになったら連絡寄越せとお願いをして、温かい言葉を投げてくれた仲間達との通話を終えるのだった。