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見習い魔女アガサの手紙はいつも旅行記  作者: アオガスキー
魔術学校編
9/32

鏡よ鏡

 パチンコもなければカラオケもない、長閑な住宅街が続く坂道を登り、町宿石田まで戻ってきた。向かいの小さな公園にもソメイヨシノが咲いている。「このまま京都観光したかったのに」と嘆くアガサの背中は心なしかいつもよりさらに小さい。その肩にパタパタといつもの白い鳩が戻ってきて、彼女は目向きもせずその鳥の背をあやした。


 さて、アガサに貸していた方の部屋は玄関から土間を入って左側だが、全身うつるような大きな鏡は反対側の客間にある。


「あ、キャリーケース持っていかなきゃ」


 2泊3日用に京都駅直結の某百貨店で買ったとかいう小さめの赤いキャリーケースを持ち上げて、反対側の客間に向かう。夜は引戸に錠をかけてあるが、今はお客様のチェックイン前なので開けっぱなしだ。


 初めてここへきた時こちらの客間に泊まったアガサは迷いもせず板間の鏡へ向き合った。畳の無い部屋二間を貸し出しており、北側にはマットを敷いた寝室、南側には朱色を半透明にしたプラスチックのテーブルセットを配置したリビングルームのように使っている。寝室側の壁に2mほどの高さの古い鏡をはっている。剥がして運ぼうとすると重いやつだ。


「荷物よし、麦わら帽子よし、ハトよし」


 ひとつひとつ指差して確認してから、彼女はベルベットの小袋を斜めがけにしていたポーチから取り出した。紐をほどくと中にひまわりの種のようなものがいくつか入っている。


「何?それ」


「ルシア先生の魔法がかかった種で、まぁ魔術道具の一種かな。はぁぁぁ、行きたくない」


「魔法学校とやらに行かないとどうなるの?」


「正当な理由なくサボったら魔女見習い落第して魔女以外に転生する。ま、死ぬってことだね」


「………。」


 あかんやろそれ。死活問題やん。

 

「ま、まぁ。うん。行ってらっしゃい。手伝えることは手伝うから」

「うぅ」


 なんでそんなに行きたくないのかわからないが、半泣きの顔でとにかくアガサはその種を指で弾いた。


 とたん、ぶわりと紫色の煙のような霧のようなものが鏡の周りに広がり、鏡の中身はというとぐにゃりとゆがみ形を失い、なんていうんだろう、渦のようになっている。アガサの肩までかかる黒髪は少し風を受けたように揺れている。あれだ、ブラックホールとかいうやつはこんなかんじかもしれない。


「じゃ、いってきます!」


 荷物とプエルトリコでかぶっていた麦わら帽子をつかみ、彼女は鏡だった暗闇の中に飛び込んだ。3秒と待たずに紫色の煙は消え、そこにはいつもどおりの固い鏡を残すのみとなった。家の中用のメガネをかけた僕のぽかんとした顔が普通にうつっている。


 僕がうつっていることはいい。問題は…問題は、その僕の足元だった。天然パーマの猫っ毛、メガネ、地味な醤油顔。ここまではまぁいい。もっとイケメンに生まれたかったなんていっても仕方ない。薄っぺらい上半身に白い長袖のTシャツに、黒の綿パン、靴下。


 その足の横、板間にか細い足をつけて、白い鳥がクルックルいいながらつぶらな瞳で鏡を真っ直ぐに見ている。


「ハト!?」


 アガサがいつも伝書鳩に使っているやつだ。


 振り返って見る。鏡越しでなく実物を見る。両手で触って見る、うん、体温と翼の感触に、確かにここに置いていかれたのだと察する。


「アガサ?おーい」


 割れないように軽く鏡をノックしてみるが、鏡は鏡であって、これ自体は魔法の鏡でもなんでもないのだ。

 なんの反応もなく、ただの鏡だ。静かだ。


 ふぅ。


 僕はなんとはなしに天井を仰いだ。板張りの天井は古びているが雨漏りなどはもちろん無い、まっさらだ。 


 クルックー、ポー。


 真っ直ぐに丸い両眼で僕を見上げてくる真っ白なハトにいたたまれなくなり、僕はパン粉か何かとお茶をとりに、自室の離れに向かうことにした。

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