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見習い魔女アガサの手紙はいつも旅行記  作者: アオガスキー
カリブ海編
2/32

魔女からの手紙

 中庭のほうの外の戸をたたく音がしておそるおそる戸を開くと、隙間から白い鳩が足に手紙をくくりつけて飛び込んできた。だれからの伝書鳩かは察しがつくので、コタツに入ってその手紙を開く。アガサは意外と達筆だ。鳩はこたつのみかんをつつき始めた。皮を剥いて一欠片やり、残りはひとくちに自分で頬張った。


 《おはようコウタ。


 こっちはホテルのテラスでブランチをすませました。トゥーエッグのエッグベネディクトとアボガドトースト。オーシャンビューのレストラン最高!今はビーチサイドのベンチに…》


 あかん、もうすでに挫けそうや…横文字率が60%を超えるとぼくの脳は停止する病にかかっているのにこれはしんどい。


 もっと平たくいえば、ぼくは英語が苦手だ。大学受験も今年の一般教養英語授業もなんとかどうにか乗り切っただけで、まぁひどい点数だった。とはいえうちの大学は全然高得点をとらなくても入学は可能だったりする。


 おっと、気を取り直して手紙を読み進めることにする。母屋のお客さんは寝静まったようで、外も中も静かなものだ。ふすまの隙間からひんやりと夜の庭の気配が入ってくるだけで。


 さて、手紙を読むならもうちょっと明るくしよう。散らかった机の上から床置きにしていた水絵行燈をコタツに寄せてみる。代わりに机上に散らばっていた領収書はざっくりまとめて畳の上へ。


 《プエルトリコは常夏です。

 今日の気温は30度くらいかな?日差しがカラッとして気持ちが良いです。こんなに眩しい色のきれいな海は初めて!


 ねぇ、コウタはピナコラーダって知ってる?これを飲みながらプールサイドで本を読んでるお姉さんがいて、私も同じものを頼んでみました。これはね、まさにパイナップルジュースとココナッツミルクのマリアージュ!ミキサーでかき混ぜてふわっとしてる。ラムもちょろっと入ってるけど甘くてやわらかい味です》


 いや、そもそもアガサお前は何しに地球の裏側までいったんだっけ?


 《それでは、今朝出会った人達を紹介します。

 この中に魔女が紛れているかも?あ、先生には性別なんて関係ないからね!



 アンナさん…かれこれ3時間くらいビーチサイドの寝転べるベンチで本を読んでいるお姉さん。ワーストケースシナリオと書かれた紫色の背表紙の本を読んでいる。ワニに追いかけられて逃げている人のイラストが書いてあって、どんなワーストケースなのか気になります。

 ユダヤ系の顔立ちで鼻が高いです。ハスキーボイス。



 ジェシカ…昨日の夕方同じフライトに乗ってきた赤毛の女の子。15歳だって。まさかのホテルも同じで、朝ごはんのときに再会してびっくりして叫んじゃった。写真を撮るのが趣味。年季の入った大きなカメラをもってる。今朝も早朝から散歩して写真を撮ったんだって。



 パブロ…昨日からこのホテルで働きはじめたという褐色肌の男性。ウェイター。雲を読んであと何分で雨が降るか予想することができる。昨日の夕方通り雨があったんだけど、私はプールサイドでうたたねしてたの、ほら、フライトで疲れちゃったから。そしたらあと10分で雨がくるっていわれて、本当にその通りだったの。



 とりあえず以上かな?

 ホテルの前の砂浜まで降りると波が高くて、葛飾北斎の神奈川沖浪裏みたい。岩も砂浜も綺麗なコントラストだけど、ここで泳ぐのは怖いかな。


 これからジェシカと一緒に散策してきます!》


 なんで魔女が富嶽三十六景を知ってるんだよ!

 まいったな、こんな情報じゃ。

 手紙の最後には色鉛筆で描かれたビーチの様子が描かれていた。朝焼けかな?白い岩にオレンジ色の水が綺麗に映えている。

 なんだ、あいつ絵なんて描けたのか。すごいじゃん。まじまじと両手でそのポストカード大の絵を眺めた。


 ポッポー、グルルックルルッ


 たしたしたし、と鳩が右足でコタツのテーブルを叩いた。心なしか目つきが悪い。

 たしたしたし、と踏みつけているのはレポート用紙だ。


 まさか返信を書けって?


 これだけの情報で?


 鳩はご丁寧に畳に落ちていたペンを足で拾ってもってきてくれた。なかなか教育のゆきとどいた白鳩のようだ。


「情 報 不 足 !…と」


 レポート用紙の線を無視し、大きく四文字だけ記載して丸める。まったくもう、お前は返信もらうまで帰れないのか?


「ほらよ。気をつけてもってけよ」


 鳩の足に丸めたレポート用紙を渡して、庭に続く引戸を開けてやる。月が出ている。今日は下弦の月のようだ。


 ポッポー、クルックルル…


 鳩は高く鳴いたと思うと、部屋の中を旋回しはじめた。

 おい、あの天井照明和紙でできてるんだぞ、破るなよ。

 そんな心配もよそに、鳩は一周だけしてパッと消えてしまった。あとには薄青い煙が残ったが、それも2、3秒で消えてしまった。


 せっかく開けてやった戸を引いて、そういえば魔女の鳩に屋内も屋外も関係ないよなと気づく。


 さて、コタツの上を片付けて布団をひくか。


 ええと、あれ?


 ない。

 ない、ない、無い!


 コタツに置いていた領収書が足りない。

 ここのミニキッチンとバスルームの改修費用のやつだ。離れにすみこむにあたり水回りを改修したのだ。たしか95万円。さすがに令和時代にいわゆるボットン便所を使う気にはなれなくて。今年は締め切りがのびたから今確定申告の書類をまとめていたのだが、おい、ちょっとまてよ。


「あ!もしやあの手紙の中か…?」


 うわああああと叫びたい気持ちをおさえて頭をかかえた。母屋にはお客さんがいるのだ。2組も!


 領収書はたぶんプエルトリコまで行ってしまったのだ。


「あぁ、早くアガサ手紙読んで送り返してくれないかな。たのむぞ、絶対絶対なくすんじゃないぞ」


 彼女の番号なんて入っていないスマホを睨み付けて、とりあえず両手を合わせて祈ることにした。

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