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見習い魔女アガサの手紙はいつも旅行記  作者: アオガスキー
カリブ海編
1/32

旅する見習い魔女と古民家

 阪急大山崎駅かJR京都線山崎駅を降りて踏切を渡り西へ向かうと、ちょっとした山に行き当たる。整備された道路沿いに二階建ての住宅が並び、竹林半分住宅半分という状態なので山というべきか丘というべきか、とにかくその坂道を少し登った中腹に僕の管理する町宿まちやど•石田はある。


「ありがとうございました。お気をつけて」


 いまだ慣れないながらも御辞儀をし、昨晩宿泊した女性客3人組が坂を降りていくのを見送る。今日はよく晴れている。ひなたにいればもう然程寒くないな、と思いつつもガラガラガラと古い門扉を横に引いて敷地に戻ることにする。


 平屋2棟と二つの中庭からなる築百年ちょっとの木造家屋とこの小高い土地は、3か月前に祖母が亡くなった際僕が相続した。

 

 なんでも両親をすっとばして孫が引き受けたほうが税金が安いかららしいが、実際僕がここに住み着いたのは期末テストが終わり春休みに入った1か月ちょっと前からで、それまではこの町宿は母が主に運営していた。4月からも2回生に戻らずに休学して、少なくとも半年は宿屋をやってみることになった。ちなみに会社員の父は休日気まぐれに表の道沿いの食事処にやってきて喫茶店をやっているが、今日に関しては僕ひとりだ。


 僕は人付き合いは最小限に留めたいタイプなので、つまり喫茶店は本日休業、さほど広くない母屋の清掃さえ終われば次のお客さんがやってくる夕方までは自由ということだ。

 

 門扉を開くとこの棟の端まで突き抜けの土間があり、その左右は客間にしてある。土間を抜け40年前から使っていない古い炊事場を抜け、桂川から手頃な大きさの平たい石を拾ってきて置いただけの段を踏んで板間の通路に上がり、竹せいの柵を開ければ、ようやく僕の陣地だ。離れに住み込み母屋は宿にしている。一段下がった小さな玄関でスニーカーを脱ぎ、八畳間の畳に転がる。


「昼食、うどんでいいか」


 10秒寝転んで立ち上がり、先々月とりつけたばかりのミニキッチンに向かう。ひとつしかないIHクッキングヒーターで乾麺と油揚げを茹でてダシのもとと濃口醤油を入れて、ハサミで九条ネギを切っていれて調理終了。みかんをかご入りで常備した炬燵に運んでいただく。

 雑多に小木が茂る中庭にスズメが二羽やってきて外通路で何かつついている。中庭とこの離れを仕切る建具は上下1/5が板張りで真ん中はガラス張りになっていて暖かい。あぁ昼寝にちょうど良い日差しだ、とウトウトと机に頬を突っ伏したところで微睡から引き戻された。


コンコンコンコン


 扉をノックするような音だがここに洋式ドアなんてない。ここは実家ではないのだ。


「コウター?」


 母の声じゃない。母よりワントーン低くて澄んでいる。


 この八畳間にあるものを紹介しよう。壁一面の本棚、畳一畳分の押入れ、ふとん、衣類、こたつ、スマホ、充電器、照明、座布団二枚、そして鏡台。タモ材のそれは祖母の名入りで形見として、母屋からこちらへもってきたものだ。


 鏡にかけた布を払ってのぞきこむと、もちろんそこにうつっているのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「おはよーコウタ。さぁさぁ私は今どこにいるでしょう?」


 鏡の中で手を振っているのは女の子だ。


 僕と同じくらいの20歳前後、黒目がちな二重瞼、まっすぐ前下がりに下りた黒髪に片方今日は赤いピン留めをひとつさしている。

 赤い鍵網状のカーディガンの下は、ええええ?水着じゃないか!!けしからんな、と思いながら視線がやや下に胸のあたりまで移動するのを自覚する。どことはいわないが影がさしている。

 こっちは真昼間だが、向こうは紫や青の照明で照らされていて、いわゆるナイトプールというやつのようだ。かすかに波の音も聞こえてくる。 


「また研修?」

「そうなの、これから上級魔女の先生が3日間のうちに魔法をかけるから、それを見破るのが課題なの。魔女がだれかを見破るか魔法の種類を当てたら課題終了なんだって。この前とだいたいいっしょだよ」


 少し鏡に映る映像が引きになった。手鏡をもった左手をのばしてどこかテーブルか何かにおいたみたいだ。グラスにパイナップルがひっかかったクリーム色のジュースか何かが手前に見える。


 この彼女、先々週泊まりにきた元客でアガサと名乗った。漢字が阿笠なのか安賀左なのかは知らない。


 アガサは見習い魔女だという。通信制魔法学校の一年制だとか。鏡を使うことでWi-Fiもパソコンもなくてもこうやって遠方にいても話ができるというのは、アガサが使えるたったの4つの魔法のうちの一つである。

 

 つまり現代文明の利器があれば必要ない魔法ということだが、そのうち現代科学が説明できない魔法も習得できる予定らしいので、気長に見守ることにしている。

 彼女は鏡の中で赤い羽織りもののそでをつかんで、くるりと一周まわってみせてくれた。フィギュアスケート選手でいうスピンというやつだが、うん、詳細は割愛しますけど、ごちそうさまです。 


「ときどき手紙を書くからまた相談にのってよね。何か違和感に気づいたら教えてね!」


 うちに泊まりにきたときも研修というやつで、その魔女が出した謎解き研修を少々手伝ってあげたのがお気に召したらしく、こうして魔法を使って連絡してくるようになった。そのときの謎解きについてはまた追々話すことにしよう。


「はいはい、わかりましたよ」

「どうせ引きこもってて暇でしょ?そっちめっちゃ静かじゃん」

「悪かったな」


 アガサがにやにやしながら鏡の中でチュウとストローを吸う。リゾートホテルの照明のせいか実物より少し鼻が高く見えるが、いわゆる童顔だ。


「それで今どこにいるの?」


 アガサがピースサインをつくった。


「プエルトリコ」

「は?どこ、それ」

「カリブ海だよ」

「海賊が出るところ?アニメで子供のころみたきがするな」

「実在するの、知らないの?メキシコのちょっと東だよ」


 アガサは手鏡を持ち上げてぼくに周りの気色を見せてくれる。ホテルの屋外プールにいるらしい。プールの水面が妖しい紫色に照らされていて、その向こうには砂浜と黒い海があるようだ。

 ザザー、バシャッと波が聴こえる。


「その紫のは魔法じゃないの?よく見えないけど」

「これは違うと思うよ。普通のライト。あ、待って、そろそろ5分になっちゃう時間切れだ。じゃあねコウタ!手紙に書くから違和感みつけたらヒントちょうだい!」

「わかったよ。気をつけてなー」


 鏡に向けて手を振る。彼女は鏡を使ったこの魔法をまだ5分しか使えない。突然彼女が鑑の中から消えて、代わりに僕の眠たそうな顔がうつる。


 こうして見ると今は普通の鏡だ。とはいえ祖母の古い鏡台、要は化粧をするところに座って手をふっている19歳男子大学生の絵面のシュールさを、僕は生涯だれにも見せないように気をつけたい。


 鏡に布をかけなおして、もぞもぞと炬燵に入り直す。

 今日はどの本を読もうか。海が舞台の話にしてみるか、海といえば…たしか内田康夫の「貴賓室の殺人」が豪華クルーズ船の話だったな。


 アガサがプエルトリコなる地球の裏側から飛ばした白い伝書鳩が手紙をもってきたのは、その日の夜遅く日付が変わる頃だった。

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