今日もオレの姫はかわいい2~姫とよつ葉のクローバー~
『今日もオレの姫はかわいい』の続編です。
単体でも読めるようになっております。
「レオ様ー! 見て見て、よつ葉のクローバー!」
今日もオレの姫はかわいい。
手によつ葉のクローバーを握って嬉しそうにはしゃぐ姿はまるで天使そのもの。
羽が生えていたら、きっとお空をパタパタと飛んでいることだろう。
可愛すぎて鼻血が出そうだ。
「姫、そんなにはしゃぎ回られますと転びますよ」
「えへへー、大丈夫だよ……あうっ!」
こけた。
言ってるそばからこけた。
はらり、とスカートがはためき中の下着が見える。
白のクマさんパンツだった。
鼻血が出た。
「くっ……。なんて下着をはいてらっしゃるんだ! 鼻血が止まらん!」
ポケットからスカーフを取り出し、鼻血を拭き拭き。
朝っぱらから素晴らしいものを見……じゃなかった、おそれ多いものを見てしまった。
しっかりと脳裏に焼き付けておこう。
………。
……じゃなくて!
感動なんかしている場合じゃなくて!
オレは慌てて姫のもとへと駆け寄り、手を差し伸べた。
「姫、大丈夫ですか!? お怪我はございませんか!?」
姫は小さな手でオレの腕にしがみつきながら起き上がると「えへへ、転んじゃったー」とあどけなく笑っていた。
か、かわええ……。
なにこの天使。
めっちゃかわええ……。
思わずほっぺにチューしたくなる衝動をおさえつつ、距離をとって片膝をつく。
「姫、どうかお気を付けください。姫に何かあれば一大事でございます」
姫はかしこまったオレに一瞬きょとんとするも、すぐに「にへら」と笑った。
「大丈夫だよー! アリス、我慢強いもん。少しっくらい血が出ても平気だよ!」
「ひいぃ、血だなどと……!」
姫が流血……。
想像しただけで卒倒してしまう。
「なりませぬ、なりませぬぞ! 姫がお怪我をされるなど、お天道様が許しても私が絶対許しません!」
我ながら何を言ってるんだと思いながら、姫の手を取ってずいいっと顔を近づける。
姫はニコニコと笑いながら「うん、わかったー」と頷いていた。
ああ、姫……オレの姫……。
なんて可愛いんだ。
そもそも、マカドール伯爵様の専属護衛兵であるオレが、なぜその愛娘であるアリス姫とクローバー畑にいるかというと。
事のはじまりは今朝まで遡る。
東の空から陽の光が差し込む頃、いつものように伯爵様の身辺警護のために出仕すると、屋敷の庭でちょうどお二人が仲睦まじくじゃれておられるところだった。
「ほーれ、アリスたん。たかいたかーい」
「きゃーはははは!」
外では「鬼伯爵」とまで呼ばれている厳格な伯爵様が、デレデレな顔で姫を抱っこしている。
なんだか、見てはいけないものを見た気がした。
オレはすかさずその場で片膝をついて声をかけた。
「マカドール様、レオ・マクスウェル、出仕いたしました」
「お、おお、レオか」
慌てて姫を地面に降ろす伯爵様。
その側で、奥方のアーリア様が微笑ましい表情で見つめている。
地面に降ろされた姫はオレに気づくと「あー! レオ様だー!」と言ってパタパタと駆け寄ってきた。
くっふう、殺人級の可愛さだ。
ギュッと抱きしめたくなるが、今はマカドール様の御前。我慢して頭にそっと手を置くだけにした。
「姫におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「えへへー、ありがとー」
満面の笑顔で身体をゆらゆら動かしている。
ああ、可愛いなあ。
いつまでもこうしてなでなでしていたいなあ。
その時、マカドール様がふらりと近づいて来たので慌ててかしこまる。
「レオ、ちょうどよいところにきてくれた」
「は」
「実はな、おぬしに頼みがあるのだ」
「頼みですか?」
「アリスがな、どうしてもお前とクローバー畑に行ってよつ葉のクローバーを探したいんだと」
「……よつ葉のクローバー?」
「可愛い可愛い愛娘の頼みだ。無下に断るわけにもいかん。よって、今日の護衛の任務はなしにしてほしい」
「……は?」
一瞬、耳を疑った。
オレはマカドール様の身辺警護を任されている専任のボディガードだ。
マカドール様が外出される時は、大抵ついていくことになっている。
まあ、オレ以外にもたくさんの護衛がつくから、一人いなくなってもカバーはできると思うが。なにせ、オレの同僚たちはみな精鋭ぞろいだ。
しかし……。
「よ、よろしいのですか?」
他のみんなを差し置いて一人だけ姫と戯れるというのは気が引ける。
だがマカドール様はおっしゃった。
「他の者たちには了承をもらっておる。レオにはアリスの遊び相手兼護衛をお願いしたい。どうだ、頼めるか?」
「ご命令とあらば」
「うむ、命令だ」
それなら、心置きなく姫と戯れることができる。
オレは即座に「かしこまりました」と頭を下げた。
「やったー!」
その時の姫の喜びようといったら。
「レオ様とお出かけー! やったー! お父様、だーい好き!」
マカドール様の首に手を回してキャッキャとはしゃぐ姿には、さすがの鬼伯爵も厳格な顔を維持できず、デレデレとした顔で姫の顔に頬ずりしていた。
「では本日は……」
「うむ、今日はアリスと一緒にいてやってくれ」
そうして今、オレたちは町はずれのクローバー畑にいる。
「ねえねえ、レオ様ー!」
「なんでございましょう?」
「このよつ葉のクローバー、レオ様にあげるね!」
「え? オレに?」
思わず一人称がオレになってしまった。
けれども姫はまったく気にもとめず屈託ない笑顔でオレによつ葉のクローバーを差し出している。
「め、滅相もございません! 受け取れませぬ! それは姫がお持ちください」
「いいの! もらってほしいの!」
「ですが……」
いいのだろうか、父君であるマカドール様を差し置いてオレが姫からよつ葉のクローバーを受け取るなんてことがあっても。
よつ葉のクローバーは、持つ者に最高の幸せが訪れるという伝説がある。
単なる迷信ではあるが、それでも受け取るには気が引けた。
「だって今日はレオ様のためにここまで来たんだもん!」
「オレのため?」
「そう! アリスね、いつかレオ様にお礼をしたかったんだー。いつもお父様とアリスを守ってくれてありがとうって」
「私は仕事ですから……」
個人的な感情はなきにしもあらずだが。
「え? 仕事なの?」
途端にうなだれるアリス姫。
ま、まずい!
なにオレは子ども相手に正論っぽいことを言ってるんだ!
姫は仕事抜きにしてもマカドール様や自分自身を守ってくれていることに感謝していただけではないか!
オレは慌てて姫の手からよつ葉のクローバーを受け取った。
「姫、冗談です。私は姫のことが大好きです。たとえ仕事でなくとも、姫の御身はこのレオ・マクスウェル、命をかけてお守りいたします」
とたんにパアッと顔を輝かせるアリス姫。
ぐっはあ、眩しい!
キラキラオーラが眩しい!
「うふふ、嬉しい。アリスもねえ、レオ様のことだーい好き!」
そう言ってギュッと抱きつかれてしまった。
ああ、姫……。オレの姫……。
こんなとこ、マカドール様に見られたら極刑間違いなしだな。
と、その時。
ただならぬ殺気があたりを覆い始めた。
「おお、オレたちついてるぜ。こんな朝っぱらから、町はずれに貴族のガキがいるなんてよ」
「おい、見ろよ。身なりもいいし、あの伯爵家の娘じゃねえか?」
「げへへへ、こりゃいい金になりそうだな」
気付けば、ガラの悪い連中がクローバー畑のまわりを囲んでいた。
どうやら近くのウラル山に巣食う山賊らしい。
先月、町の住民を守るためマカドール様が大規模な山賊狩りを行ったが(もちろんオレも参加した)、まだ生き残りがいたようだ。
いや、もしかしたら他の地方から流れ着いたのかもしれない。
近隣の国では戦争が始まったという噂もある。
「こちとらカンザスでは稼ぎがなくなってきたところだったからな。ここにきていきなりの大物だぜ」
どうやら、近隣から流れ着いた賊のようだ。
こりゃまた、あとで大規模な山賊狩りをしなければならないな。
などと思っていると、賊の一人がずいっと前に出た。
「おい兄ちゃん。殺されたくなきゃそのガキを渡せ」
山賊というのは、どうしてこうボキャブラリーが少ないのだろうか。
思った通りのセリフを思った通りに言ってくれる。
しかも言った本人が大真面目だっていうんだからあきれて物も言えない。
「レオ様……」
見ると姫は震えながらオレの足にしがみついていた。
その顔は恐怖におびえきっている。
オレは安心させるように、姫を抱き寄せた。
「姫、ご安心ください。姫には指一本触れさせはしません」
ウソではない。
事実、奴らの身に着けている装備は粗悪品ばかりで統一性もない。
組織化された集団ではなく、一人一人の賊がただ寄り集まっただけらしい。
オレにとっては雑魚の集団だ。
しかし、見たところざっと30人はくだらない。
これだけ大人数になると威圧感も増す。
こういう状況を見慣れているオレならまだしも、まだ齢八歳のアリス姫には異様な光景だろう。
「おいおい、まさかこの人数相手に抵抗するってのか?」
賊の一人があざ笑う。
それに釣られて数人の賊が下卑た笑い声をあげた。
「大人しくガキを渡した方が身のためだぜ」
「ふん、大勢の中でしか吠えられない下っ端がよく言う」
オレの一言に、さきほど嘲笑していた賊が三日月刀をふりかざして突進してきた。
オレは片足をあげてその賊の顔に一発蹴りを入れる。
めきょ、という心地よい響きとともに、ブーツの裏が完全に賊の顔面にめり込んでいた。
弱い。弱すぎる。
……訂正しよう。
こいつらは賊にもなれないただのチンピラだ。
オレが蹴りを入れた賊は「はらひれはりほれー」と安定のセリフを吐きながらその場に崩れ落ちた。
「ああ! モーリー!」
「てめえ、よくもモーリーを!」
「生きて帰れると思うなよ!」
……他にセリフがないのだろうか。
「同じ目にあいたくなければ、すぐに立ち去るんだな。今は姫の御前だ。あまり野蛮な場面は見せたくない」
「抜かせ!」
一斉に襲い掛かるチンピラたち。
その誰もがハチャメチャに剣を振り回しているだけだった。
オレは姫をかばいながらその一つ一つをかわし、かわしがてら蹴りや鉄拳をお見舞いする。
「げふっ」
「がはっ」
「ごへっ」
急所こそ外してやっているが、その一発一発でしばらくは動けないだろう。
「ひいいっ、なんだこいつ!」
「鬼みてえに強え!」
鬼とはひどい。
オレは鬼呼ばわりしたそいつをひじ打ちで黙らせると、残ったチンピラたちに目を向けた。
「まだやるかい?」
「ひえええー!」
倒された味方を放っぽって、残りの連中は一斉に逃げ出していった。
これだけ力の差を見せつければ、しばらくはこの町に来れないはずだ。
一応、マカドール様に報告はしておくが(倒したチンピラたちも縛り上げなければだし)きっと残った連中もこの地から去ることだろう。
一息ついて、オレは足元で震えている姫に声をかけた。
「姫、終わりましたよ」
「………」
「姫?」
「………」
どうしたのだろう、元気がない。
まあ、襲われた直後だけに無理もないが。
「どうぞご安心ください。逃げて行きましたから」
「……レオ様にまた守ってもらっちゃった。ごめんなさい」
「何をおっしゃいます。それがオレの仕事……いや、使命ですから」
「でも、アリスといるといつもこんなことになっちゃう。もしかしてレオ様、アリスといると迷惑……?」
しゅん、とうなだれる姫。
そうか、元気がないのは自分のせいでオレが危険な目にあったと思っているからか。
オレはしゃがみこむと、姫の身体をガシッとつかんで正面から見つめた。
「そんなことはありません! オレは姫といると、すごく楽しいです。心が休まります。姫と一緒にいられることが一番の幸せです」
「レオ様……?」
「出来ることなら、この先もずっとずっと姫と一緒にいたいです」
「ずっと?」
「はい、一生」
その瞬間、姫の顔がふにゃっと緩んだ。
「ふへへ、嬉しい」
心なしか顔が赤い。
オレは自分の言った言葉を心の中で反芻し、「あっ」と声をあげた。
「い、いや、あの、一生というのは、変な意味ではなくて……! ずっとおそばでお守りしたいという意味で……!」
「レオ様からプロポーズされちゃった」
「いえ! だからそれは多大なる誤解で……!」
「お父様にも報告しなきゃ」
「ひいいっ! それだけはやめて! 殺される!」
楽しげに笑う姫に癒されつつも、烈火のごとくお怒りになるマカドール様の姿を想像し、オレは身震いした。
姫からいただいたよつ葉のクローバー。
この効力が出て来るのはまだしばらく先のようだ。
お読みいただきありがとうございました。