第84話 沙崙の苦悩
おはようございます!
前回大変なことになりましたが、果たしてどうなるのか?
大谷津学院で国語教師を務めている立石美咲は、今目の前で起こっている状況が全く理解できないでいた。自分が担任するクラスの生徒、湯川真樹が物凄い叫び声を上げながら走ってくる。そして、上を見ると女子生徒が屋上から落ちてきているのだった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
真樹は落ちてくる女子生徒、陳沙崙の所に大声を出しながら走り続けている。そして、立石の方も段々と状況が理解できてきた。
「湯川君!」
立石も真樹の方へ駆け寄ろうとする。そして、沙崙はどんどん地表へと距離を縮めている。それでも真樹は必死に走り、沙崙が地上2mの所まで来た時にようやく追いついた。彼女を抱きとめ、真樹から見て正面にある植え込みの部分にダイブする。
「ふ、二人共!」
心配になった立石は慌てて植え込みに駆け寄った。そこには真樹に抱きとめられ、泣き続けている沙崙がいた。幸い植え込みはまだ手入れがされておらず、かなり葉が生い茂っており、それがクッションとなって二人とも無事の様だった。真樹の方も沙崙を離すと、ゆっくりと立ち上がった。
「あー、いてて。」
「湯川君!それに陳さんも…。一体どういうことなの?」
「俺が知りたいくらいですよ、先生。あー、びっくりした。」
二人とも、何が何だか分からない状態だった。そして、関屋と野球部のチームメイト達が駆け寄ってくる。
「真樹!怪我は無いか?!」
関屋は心配そうに真樹にそう言った。
「大丈夫です、先生。ちょっと無茶しましたが、この子も大丈夫そうです。」
「そうか、二人とも助かって良かった。しかし、これたどういうことなんだ?」
関屋を含め、野球部員達も誰ひとり状況が飲み込めないでいた。そして、沙崙のほうもまだ泣き続けている。そんな中、立石が関屋に言った。
「関屋先生。とりあえず、私が二人を病院に連れて行きます。やっぱり念の為、診てもらった方がいいと思います。」
「俺も行くんですか?先生。陳さんだけでよくない?」
真樹は表情を曇らせながら言った。そんな真樹に立石が釘をさす。
「あなただってあんなに激しくダイブしたんだから、どっかけがしてるかもしれないでしょ?それに、陳さんもそうだし、私のクラスのあなたを放っておける訳ないでしょ!」
立石にそう言われた真樹は素直に頷くしかなかった。そして、関谷の方も立石に言った。
「分かりました。私は学校に残って他の先生たちに事情を説明します。あと、真樹の保護者の方への連絡もしておきますから。おーい、みんな!悪いが今日の練習はここで打ち切り!続きは土曜日だ!」
さすがに野球部もこんな状況で練習を続ける訳にもいかず、関屋は練習を終わらせて職員室へ向かった。立石は携帯電話でタクシーを呼び、タクシー到着後に真樹と沙崙を乗せて最寄りの病院まで引率した。そんな様子を野球部のチームメイト達が心配そうに見ている。
「真樹と陳さん、大丈夫かな?」
「あいつを信じろよ。今までヤバい状況になっても切り抜けてきたし、何人も助けてんじゃん。」
不安そうな伸治を武司がそう言って宥めた。そして、病院へ向けて走り去るタクシーを見送った野球部員たちは不安にかられながら解散したのだった。
一方、真樹と沙崙は立石と共に学校近くの病院に到着した。立石は急いで外来受付を済ませ、真樹と沙崙は診察室へ連れて行かれ、その後レントゲン写真を撮る等様々な精密検査を受けた。そして、結果が出て3人は再び診察室に呼び出された。
「えー、お待たせいたしました。湯川君の方は骨や筋肉にこれといった異常は見られませんでした。特に問題ありません。」
「ほ、本当ですか!?よかった。」
立石が安心したようにそう言った。真樹も少し申し訳なさそうに言った。
「心配かけてすみませんでした。」
そして、次は沙崙の診断結果だ。
「続いて、陳さんの方ですが…地面に接触する直前で受け止められたとおっしゃっておりましたが、骨折なども無く、落下による怪我は見当たりませんでした。ただ…。」
「ただ…何ですか?」
「詳しく教えて下さい。」
立石と真樹は表情を曇らせた医者に聞く。医者の方は疑問を持った方な表情で続けた。
「全身に生傷は勿論、不自然な内出血が多数見られました。一体何があってこんな怪我をするんですか?」
医者にそう言われたが、立石も真樹も沙崙が負傷した状況を見ている訳ではないし、沙崙の方もまだ泣き続けて答えられる状態ではないので分からない。結局医者は、真樹と沙崙に何か異常が出たらまたすぐ来るようにとだけ伝え、3人は診察室を出た。そして、立石の携帯電話が鳴った。
「もしもし?あー、関谷先生。はい、はい、分かりました。こっちも二人共大丈夫でした。」
立石は電話を切ると真樹に言った。
「湯川君。あなたの保護者と連絡が取れたわ。病院まで迎えに来てくれるって。」
「分かりました。わざわざありがとうございます。」
「陳さんは私が寮まで送って行くから。」
立石はそう言うと、沙崙に話しかけた。
「ねぇ、陳さん。一体何があったの?どうして自殺未遂なんかしたの?言える範囲でいいから、先生に話してくれない?」
沙崙はまだ泣き続けていたが、立石に優しく宥められ、ようやく顔を上げた。そして、涙を拭くとブレザーの胸ポケットから折りたたまれたルーズリーフを1枚取り出して立石に渡す。真樹も一緒に見たのだが、そこには日本語と彼女の母語である中国語でこう書かれていた。
『お父さん、お母さん。私が自分で行きたいって言った日本留学でこんな事になってごめんなさい。私は日本のみんなと仲良くなりたくて勉強も頑張ったし、日本の習慣も覚えようとしました。しかし、クラスのみんなは私を受け入れてはくれませんでした。気に食わないとか、存在が迷惑とか言われて誰も仲良くしてくれません。特に、同じクラスに八広さんと言う美人な女の子がいるのですが、その子から一番嫌われていました。押さえつけられてヒキガエルの死体を無理やり食べさようとしたり、教科書も全て破かれ、ついさっきもガムテープで手足を巻かれて石を投げつけられたりしました。家に帰っても、下の階に住んでいる山田さんと言う男性にしつこく迫られ、断ると変な因縁つけられて怒られたりしています。学校でも、家でも居場所が無くて辛いです。こんな生活が続くならもう死にたいです。さようなら、16年間育ててくれてありがとう。』
沙崙の遺書だった。これを読んだ立石と真樹はあまりにも壮絶な内容に言葉を失ってしまった。重い空気が漂う中、真樹が口を開く。
「八広の奴め。前からウザくて気に入らなかったが、ここまでするとは思わなかったぜ。これは、処刑しないとな。」
そして、立石の方も申し訳なさそうに沙崙に言った。
「陳さん。ごめんね。こんな辛い思いしていたのに気付いてあげられなくて。」
沙崙は自分を気にかけてくれている真樹と立石を見て、ようやく落ち着いたのか口を開いた。
「湯川君、立石先生…。お騒がせして、ごめんなさい。」
沙崙は泣き腫らして真っ赤に充血した目で二人にそう言った。すると、入口の方で声がした。
「真樹!」
「大丈夫なのかい?」
声の方向を見ると、真樹の祖父母である正三と多恵が心配そうな顔をして立っていた。立石が真樹達を病院に連れて行った後、関屋が連絡を入れたのだ。真樹と立石は二人の所に駆け寄る。
「爺ちゃん、婆ちゃん。心配かけてごめん。」
「無事なのか、良かった!」
「もう、ホッとしたわ。」
真樹は謝まり、正三と多恵は真樹が無事なのを見て安心したようだった。そして、二人は立石に挨拶をする。
「どうも。真樹の祖父、湯川正三と申します。」
「祖母の湯川多恵です。孫がお世話になっています。」
「湯川君の担任の立石です。お孫さんは、屋上から落ちてきた同級生を助けようと飛び込みました。幸い二人とも無事でしたが、念の為私が病院に連れてきました。」
「そうでしたか。ありがとうございます。」
「さあ、帰るわよ。真樹。」
正三と多恵に連れられ、真樹は帰ることにした。
「じゃあね、先生。色々すみませんでした。」
「いいのよ。気を付けて帰ってね。私は陳さん送っていくから。」
立石はそう言うと、真樹達が帰った後に沙崙を連れて病院を後にした。幸い真樹と沙崙は無事だったものの、この自殺未遂がきっかけで事態は思わぬ方向に進もうとしていた。
おはようございます。
最近暗い内容ばかりでごめんなさい。
次回から物語が大きく動きます。
お楽しみに!




