第83話 もう限界…。
おはようございます!
5月最初の投稿です!
台湾から大谷津学院に留学してきた少女、陳沙崙は心身ともに限界を迎えていた。学校では茉莉奈達に虐められ、自宅に戻っても下の階に住む山田と言う男性にしつこく迫られ、自分はどうすればいいのか分からなくなっていた。
「もう…無理なのね…。」
布団の中で哀しそうに呟いた沙崙。しかし、彼女はこのまま帰国しようとは思っていなかった。自ら志願した日本留学中に逃げ帰る様な真似だけはしたくなかったからだ。ただ、茉莉奈達の虐めや山田の付きまといに関してはもう手も足も出ないという感じだった。こうして彼女はこの日の夜も悲しい気持ちを胸に眠りに就いた。
翌朝。沙崙は昨日の疲れが取れないまま体を起こし、着替えと朝食を済ませて、重い足取りで寮である団地を出る。家を出るとすぐ、聞き覚えのある声がした。
「お、おはよう。沙崙ちゃん。」
おどおどしたような感じの男性の声だった。沙崙が振り返るとやっぱりそこには山田がいた。
「お、おはようございます。山田さん。」
「今から学校?」
「そうですけど。」
「僕も今日出かける用事があるんだ。途中まで一緒に行こうよ。」
案の定、山田は沙崙と行動を共にしたがっている。しかし、沙崙の方もしつこい山田に辟易していた。
「結構です。私、急いでいるので。」
「またそうやって、僕の誘いを断るんだ!やっぱり僕の事が嫌いなんだ!」
「うるさいです!いちいち突っかからないでください!」
「せっかく僕が気にかけているのに、そうやって拒絶するなんてひどい!人の好意を踏みにじると、罰が当たるよ!」
「時間なんで、失礼します!」
これ以上相手にしていられないと思った沙崙は、その場から逃げるように走り去った。日本に来てから良いことが何一つないことに絶望感を味わいながらも、このまま終わりたくもないという気持ちを支えに、沙崙は登校するのであった。
しかし、現実は非情だった。沙崙が登校すると、案の定机には生ごみが放り込まれており、担任の金町からも「机を綺麗にしろ」と理不尽に怒られてしまった。
(私がやった訳じゃないのに…。)
悔しさと怒りが込み上げながら沙崙はそう呟いた。そして、その様子を近くで見ていた茉莉奈はクスクスと笑っている。
(フフフ、ざまぁみろね。あんたの味方なんか、この学校に一人もいないのよ。)
因みに、沙崙の机にゴミを入れたのは紛れもなく茉莉奈だったのだが、今の2年国際科は茉莉奈の考えが法律になっているようなものなので、沙崙への仕打ち止めるどころかさらに加速するのは目に見えていた。その後も雑巾を投げつけられたり、廊下でいきなり転ばされたりといったいじめが続いた。
(何で、何でそこまでして私を忌み嫌うの…?)
丸1日嫌がらせを受け続けた沙崙は、最早正常な判断すら出来るか怪しい状態になっていた。そして、放課後沙崙が帰宅しようとした時…。
「ねぇ、陳さん。」
後ろから話しかけられて、ビクっと一瞬驚いた沙崙。振り返ると、茉莉奈とその友人達が不気味な笑みを浮かべながら立っていた。
「ちょっと付き合って欲しいから来て。あ、陳さんには拒否権なんかないから。」
茉莉奈はそう言うと、友人たちと共に無理矢理沙崙を校舎裏に連れだした。そして、校舎裏に着くなり思い切り沙崙を突きとばす。
「きゃっ!」
思わず悲鳴を上げる沙崙。そんな彼女を茉莉奈は見下すように言った。
「ねぇ、陳さんさぁ。私この間あんたの存在が迷惑だから、台湾帰ってっていったよね。何でまだ学校来てんの?」
「わ、私はまだ来たばっかりだし、このまま帰る訳には…うわっ。」
沙崙がそう言いかけた時、顔に衝撃が走った。なぜなら茉莉奈が沙崙の顎の下をけり上げたからだった。
「ごちゃごちゃうるさいのよ!みんながあんたのせいで迷惑してるってまだ分からないみたいね!じゃあ、もう少し痛い目見てもらおうかな。」
茉莉奈がそう言うと、友人たちが沙崙の手足を無理やり押さえつけた後、ガムテープでぐるぐる巻きにして身動きが取れない状態にした。何も出来ず、地面に転がるしかない沙崙に対し、茉莉奈達は近くに落ちている木の枝や石を投げつけ始めた。
「きゃっ!痛い、止めて!」
「バーカ!私の言う通りにさっさと台湾帰っていれば、こんなことにはならなかったのよ。」
「挙句の果てに湯川と話するとか無いわ!」
「処刑されても文句言えないから、それ。」
何の抵抗も出来ないまま、枝や石を投げつけられている沙崙の体には、次第に生傷が増えていった。そしてしばらくすると、茉莉奈達は疲れたのか、沙崙への攻撃をやめてその場から立ち去って行った。
「あー、疲れた。でもストレス発散できてすっきりしたわ!じゃあ、みんなこの後カフェでも行く?」
「いーね、いーね!」
「駅の近くに新しいお店オープンしたの!行こう!」
茉莉奈達は身動きが取れないままの沙崙を放置して、そのまま帰ってしまった。そして、沙崙は物をぶつけられた痛みと、虐められる悲しみの両方が込み上げて泣いていた。
「ううっ…。もう無理…。これ以上こんな思いするのは嫌…。」
ボロボロと涙を流しながら、最後の力を振り絞って、近くに落ちていた尖った石で手のガムテープを切断し、その後、足のガムテープも外した彼女はよろめきながら立ち上がったのだった。
一方その頃、グラウンドでは…。
「行くぞー、真樹!手加減しないからな!」
「望む所だ!全力で来い!」
野球部の練習が行われており、真樹がフリーバッティングを行う所だった。野球部も新学期になり、5人の新入生が入ってきた。新しい仲間も増えた所で、今年こそ甲子園出場を夢見ていた大谷津学院野球部だった。勿論、現在バッターボックスに立っている真樹も甲子園に出たいと思っており、ひたすら練習に勤しんでいた。マウンドに立つ伸治が真樹に思い切りボールを投げる。
「もらった!」
伸治の球を、真樹はフルスイングした。そして、打球はそのまま外野の一番奥まで飛んで行った。
「やるなー、真樹!だが、まだまだだ!」
「よーし、かかって来い伸治!」
その後、20球投げて真樹は10本クリーンヒットを打った。伸治の方も変化球の切れが良く、ヒット性の当たり以外は全て空振りを奪うなど、状態はよさそうだった。顧問の関谷もご機嫌である。
「うん!二人とも、これなら夏の大会期待してもよさそうだな。今後もしっかり練習しろよ!」
「「はい!」」
真樹と伸治は声を揃えて関屋に返事をする。そして、それぞれベンチに戻った所で真樹は異変に気付いた。
「ん?なぁ、おい。あれ…!」
真樹が野球部員達にそう言いながら上に向かって指をさす。グラウンドは校舎のすぐ隣なのだが、真樹が指差した方向を見ると、屋上のフェンスの外に一人の女子生徒が立っているのが見えた。
「おい、あれって2年の留学生じゃないか?」
そう言ったのは3年生で新キャプテンの堀切だった。伸治と武司も目を凝らして見てみると、紛れもなく沙崙だった。
「本当だ、陳さんだ。」
「何であんな所に。」
異様な光景を見て、戸惑う野球部員達。そして、真樹はと言うと嫌な予感がして素早くグラウンドを飛び出したのだった。
「さてと。帰りましょうか。」
その頃。立石は仕事を終えて帰宅しようとしていた。校舎を出て校門へ向かおうとしたその時だった…。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
突如人の叫び声が聞こえ、立石は驚いた。声の方向を振り向くと、野球の練習着を着た真樹が帽子を飛ばしながら必死の形相で走ってくる。
「な、何…?湯川君どうしたの?」
その時、立石は真樹が上を向いているのに気付いた。立石もその方向を見ると、一人の女子生徒が4階建てである校舎の屋上から落ちてくるのが見えた。
「こ、これはどういうことなの…?」
状況が理解できずに立ちすくんでしまった立石。それでも、真樹は落ちてくる少女に向かって必死の形相で走ってくるのだった。
おはようございます。
5月早々、凄い展開になってしまいました。
果たして、真樹と沙崙の運命は?
次回をお楽しみに!




