第81話 続く受難
こんにちわ!
前回、茉莉奈達から洗礼を受けた沙崙。
彼女は大丈夫なのでしょうか?
台湾から大谷津学院に1年間留学しに来た沙崙。しかし、登校二日目のこの日は、まさに彼女にとって最悪な1日となってしまった。茉莉奈達には一方的に因縁をつけられてカエルの死骸を口にねじ込まれ、更には違うクラスの裕也からも「雰囲気が気に食わない」と言う理由だけで顔を思い切り踏みつけられた。制服も既に泥だらけに汚れており、もがいた際にも少し体に傷が付いたのだった。そんな彼女は今、すっかり憔悴した様子で寮として借りている団地に到着した。
「どうして私、こんなに皆から嫌われなきゃいけないの?本当に何もしていないのに。」
当然沙崙からすれば、国際科のクラスメートたちに変なことを言った覚えが無い。だからなぜ自分があそこまで虐められるのか理解できないでいる。2回にある部屋に行こうと階段に差し掛かった時、ふと彼女に声をかける者がいた。
「ねぇねぇ、ちょっといいかな?」
男性の声だった。沙崙が振り向くと、ぼさぼさに伸びきった髪の毛、ヨレヨレのシャツとズボンを身につけた肥満体形の男性がいた。年齢は30代位である。
「何でしょうか?えーっと、あなたは…。」
「僕だよ僕。君の一つ下の階に住んでいる山田だよ。昨日引っ越しの挨拶に来てくれたよね?」
「山田さんでしたか。こんばんわ。」
「元気なさそうだけど、どうしたの?」
「い、いえ。別に何でも無いです。」
「ねぇねぇ。よかったら僕がご飯おごってあげる。それ食べて元気だしなよ。」
「だ、大丈夫です。夕飯自分で用意してますんで!」
「そんな冷たいこと言わないで!僕に出来ることあったら何でもするからさ!お願いだよ!」
「結構です!私、疲れてるんで休ませて下さい!」
「ああっ。沙崙ちゃん!」
山田と言う男性は沙崙と食事に行こうとしたが、沙崙はそれを断って自分の部屋に戻った。そして、制服のまま布団の上に倒れ込むと、この日あった事が頭の中でフラッシュバックし、自然と涙が溢れてきた。
「ううっ。何で…何でよ…。うわぁーん!」
理由が分からないまま虐められ、哀しい気持ちでいっぱいになった沙崙は、この日は食事ものどを通らず、一晩中泣き続けたのだった。
翌日。沙崙が登校してくると再び事件が起こった。
「何…これ…?」
現状を見て、沙崙は言葉を失った。彼女は前日、教科書とノートのいくつかを机の中に残していたのだが、残っていたノートや教科書はページが破られていたり、「死ね」「ブス」「学校来るな」などの悪口が赤いマジックで書かれていた。沙崙が立ちつくしていると、茉莉奈が近づいてきた。
「あれぇ、陳さん。どうしちゃったのかなー、ノートも教科書もそんなにボロボロで?ああ、でも陳さん頭いいから、教科書無くっても平気よねー。」
「これ、まさか八広さんがやったの?」
「だったら何?」
「何で…こんなことするの?私、何をしたの?」
沙崙も我慢の限界になり、茉莉奈に問い詰める。すると茉莉奈は舌打ちしながら、不満そうな顔で沙崙に言い返した。
「うるさい!私は留学生との交流を楽しみにしていたの!なのに来たのはお前みたいな役立たずで不愉快な女!あんたが来たせいでクラスの雰囲気が一気に悪くなったのよ!どうしてくれんのよ、これ?!」
「そうだ、そうだ!」
「お前みたいなのお呼びじゃないんだよ!」
「さっさと台湾帰れよ!」
茉莉奈に賛同した国際科の生徒達が、釣られるように沙崙に暴言を浴びせる。沙崙は悲しみを通り越して怒りの感情が湧きでてきた。
「酷い、こんなのあんまりよ!私は本当に何もしてないのに、もう酷いことはやめて!」
「何だと、このクソ女が!もう一度言ってみろ!」
沙崙は怒りのあまりに茉莉奈に詰め寄り、茉莉奈も逆上して沙崙の胸倉をつかみ上げ、取っ組み合いになってしまった。その後、騒動は担任の金町が来るまで続いたのだが、2年D組のクラス内の雰囲気はまさに最悪になってしまった。
「で、あるからして…この作者が言いたいことは…。」
お昼前である4時間目の授業。2年D組は今、立石による現代文の授業が行われている所だ。特にトラブルもなく授業が進んでいると思われたが、ふと立石が沙崙を見た時、違和感を感じた。
「陳さん。」
「は…はい。」
「顔色が悪いけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。気にしないでください、先生。」
「日本に来たばかりで、慣れないことも多いけど、何かあったら言うのよ。」
「は…はい。」
沙崙は小さい声でそう言うと、視線をノートに戻す。一方立石は沙崙の様子を見て、やはり違和感が拭えないでいた。
お昼休み。
「あの、金町先生。」
立石は職員室に戻ると、沙崙の担任である金町に話しかけた。金町は面倒くさそうに返事をする。
「何ですか、立石先生?お昼行きたいんですけど。」
「その前に、お話しがあります。」
「早くして下さいね。」
「陳さんの事なんですが、本当に大丈夫なんですか?さっきも随分元気がありませんでしたが。」
「あー、なんか朝に八広さんと取っ組みあってましたけど、あの年代の子なら喧嘩の一つや二つくらいするでしょう。私達が気にするようなことはありません。」
「それでいいんですか?私達の知らないところで、陳さんが困っているかもしれないんですよ。」
「立石先生。余計な詮索は、クラスの雰囲気を悪くすることもあるんです。立石先生は首を突っ込まないでくれないかしら?」
「でも、放置するのは…。」
「用件はそれだけ?じゃあ、私はお昼行きますんで。」
心配する立石を無視して、金町は足早に職員室を出てしまった。立石は、やはり何かよくないことが起きているんじゃないかと胸騒ぎがしたのだった。
「しまった。水筒家に置いてきちまった!」
「大丈夫、真樹?」
一方ここは2年A組の教室。真樹はいつも自宅で弁当とお茶お入れた水筒を持参しているのだが、この日は水筒に入れたお茶を家に置き忘れてしまったのだった。鞄を開けた時に真樹はそれに気付き、慶も心配そうに見ている。
「ちょっと、外にある自販機で何か買って来る。」
「うん、分かった。」
真樹は教室を出ると、校舎の外に置いてある自動販売機へと向かった。そこでペットボトルに入れたお茶を購入し、教室に戻ろうとした時だった。
「ん?」
真樹は何かに気が付いた。よく耳を済ませると、近くで何やら声が聞こえてくる。
「うっ…ひっく…。」
「何の声だ?」
真樹は声がする方向へ足を運ぶ。すると、自動販売機の後方にある物陰で一人の女子生徒がうずくまってすすり泣いていた。普段の真樹なら無視してそのまま行ってしまう所なのだが、何故だか真樹は無視する気にはなれず、声をかけた。
「なあ、あんた。」
真樹がそう声をかけると、女子生徒は顔を上げる。結構泣いたのか、パッチリと開いた目は真っ赤に充血していた。その生徒こそ、台湾から来たばかりの女子留学生、沙崙だった。真樹は顔を上げた沙崙に引き続き声をかける。
「何でこんな所で泣いてんの?」
真樹がそう聞くと、沙崙は涙をぬぐいながら答える。
「な、何でも無いです…。」
「そうか。そう言えばあんただっけ?台湾から来たっていう留学生は?」
「はい。陳沙崙です。えっと…。」
「俺は2年A組の湯川真樹だ。」
お互いに自己紹介する真樹と沙崙。そして、真樹と出会ったことによって沙崙の日常に変化をもたらすとは、この時はまだ誰も気づいていなかった。
こんにちわ。
真樹と沙崙が初めて会話をしました。
そして、これから何が起こるのか?
次回をお楽しみに!




