第72話 見えてきた綻び
こんにちわ!
事態がいよいよ動きます!
2月がもうすぐ終わろうとしている中、過激なトライスターズファン(と思われる)による放送局への脅迫文や出演している智子への誹謗中傷などで頭を悩ませているアニメ「機動恐竜ダイノイド」。しかし、放送開始当初から依然として高評価を得続けている。智子は掲示板に個人情報の一部を晒されただけじゃなく、心ないコメントを書き込まれて憔悴していたが、真樹達の言葉で立ち直ることができた。そして、いつものようにマネージャーの宮沢と共にダイノイドのアフレコ現場へとやってきたのだった。
「おはようございます!」
「おはよう!稲毛さん、大丈夫でしたか?」
スタジオ入りした智子に大門が心配そうな様子で話しかけてきた。そして、その場にいた他の出演声優たちも心配そうに智子を見つめる。
「大丈夫です、監督!折角いい役もらえて良い作品に出合えたんですから、こんな事に負けてられません!早くアフレコ始めましょう!」
智子は真樹達と話してからはすっかり吹っ切れたようだった。荷物を置き、台本を取り出した智子は元気いっぱいでアフレコブースへと向かう。そんな智子にティラノイド役の声優である寺野と、スピノイド役の声優である日野が少しほっとした様子で話しかけてきた。
「智子さん。僕達、あの掲示板見た時に心配したんですよ。でも、無事に戻ってきてくれてよかったです!これからも一緒に頑張りましょうよ!」
「寺野君…。ごめんね、心配かけちゃって。」
「監督も言ってましたが、デリジノイドは智子さん以外に務まりませんし、やって欲しくないですね。犯人は許せませんが、今はともかく、みんなでいい作品にしてアンチどもを黙らせてやりましょう!」
「日野さん…いえいえこちらこそ!頑張ります!」
智子は共演声優たちの言葉で更に元気づけられた。現場にいたキャスト、スタッフ陣のモチベーションが高まっている中、大門も準備完了なようだった。
「じゃあ、今日も収録頑張って行きましょう!じゃあ、最初のシーンから!よーい、始め!」
大門がそう言って、この日のアフレコも無事スタートできたのだった。
一方こちらは都内の撮影スタジオ。ここに一人の若い女性声優がいた。トライスターズのリーダー、大津悠である。
「はーい、オッケー!じゃあ、次はもう少し顎を上げて見ようか!」
「分かりました!こうですよねー?」
トライスターズは常に3人一緒なわけではなく、メンバーそれぞれが個人で受け持っている仕事もある。特にリーダーである悠は一番人気が高く、アニメやライブ以外の仕事が多い。この日は週刊誌の巻頭グラビアの撮影だった。ここ数年、グラビアを出す若い女性声優は増加傾向にある。
「いいね、いいね!可愛いよ、大津さん!」
「当然ですよ!だからもーっと可愛く撮って下さいね!カメラマンさん!」
やや露出が多めな服を着て、ポーズを決める悠。その後も撮影は続き、特に何事もなく撮影は終了した。
「お疲れ様でした!」
「ありがとうございまーす!またよろしくでーす!」
悠は笑顔で手を振りながら、スタジオを後にした。そして、更衣室に戻ってスマホを起動させた悠は、着信が入っていることに気付く。発信者は彼女の母親だった。すぐに折り返し、母親と話をする。
「もしもし?ごめん、仕事中で出られなかったの。どうしたの?」
「ねえ、悠。あんた何かしたの?」
「ん、何のこと?」
唐突な母親の言葉に悠は首をかしげる。母親はさらに不安げな様子で続けた。
「なんか…うちで契約してるネット業者から発信者情報開示請求って言うのが来てるの。私もお父さんも心当たりないから、もしかしたらあなたかもって思って電話したのよ。」
「!!!」
悠は一瞬息を飲んだ。情報開示請求とは、主にインターネットで誹謗中傷をした者に対し、契約しているプロバイダー経由でその投稿者の情報を開示する手続きの事だ。母親から請求の書類が来たことを告げられた悠は冷や汗交じりで心の中で呟く。
(まさか…今まで匿名でやってきたのに、バレた訳じゃないわよね…?)
心当たりはあった。悠はデビューしてから期待の若手美女声優として注目を浴びてきた。しかし、元々プライドが高かった彼女は売れれば売れる程どんどん天狗になり、トライスターズ結成後はさらにそれが加速した。遅刻したのを先輩声優に注意された腹いせにその先輩に対し『パワハラ声優』などと書き込んで活動休止に追い込んだこともあったし、別の事務所の同い年の声優の仕事が増え始めるとそれを面白く思わず、呼び出しては金銭を要求し、『誰かに言ったら殺す』などと脅迫。それだけで懲りず、彼女の事もネットで『あの声優は枕営業』などと書き込んでレギュラーだった作品の降板騒動にまで発展した。それでも悠は気に入らない奴を消すのは当然と考えていたし、匿名の投稿だから自分が特定されることは無いと思っていた。しかし、現状はバレる寸前まで来ているのであった。
「知らないわよ、そんなの!多分それ架空請求だから、無視して捨てちゃって!」
「そう?分かったわ。」
「いちいち相手にしてたらきりがないわ!じゃあ、もう一本仕事残ってるから!」
そう言って悠は電話を切り、急いで着替えるとスタジオを出て次の現場に向かおうとした。そして、不満げに呟く。
「何よ、誰だか知らないけど余計なことしてくれちゃって。売れっ子の私に逆らうのが悪いのに。恨むなら私じゃなくって、この時代に美貌と美声に恵まれなかった自分を恨めばいいのに。バカなやつ。」
実際悠を含むトライスターズは、今ではすっかり事務所の勝ち頭的存在になり、立場もかなりいい方だ。そう言うこともあって事務所の人間も彼女達に厳しく文句を言うことができず、トライスターズは若干16歳にして全てを手に入れたと例えても過言ではない。そんな感じで悠は自信満々な様子で次の現場に向かった。だが、悠はまだこれが地震への地獄の入口であると気付いていなかった。
ある日、大谷津学院にて。真樹達はいつも通りに登校し授業を受けている。丁度学年末テストも迫っているので各生徒が勉強に身を入れる頃だ。そんな日の休み時間、真樹は杜夫に元気がない事に気付いた。
「はぁ~。」
「どうした杜夫?腹でも減っているのか?」
「い、いや違うよ。」
「じゃあ、なんでそんなにテンション低いんだよ?」
「そりゃぁ…俺の愛しの美優ちゃんが出ているハーモニーエンジェルが、とうとう誰からも見向きもされなくなった。」
冬アニメの放送開始から2カ月が経とうとしているが、ハーモニーエンジェルは相変わらず人気が低迷している。雑誌やネット記事においても、紹介する欄がみるみる小さく、短くなっていき、最早空気状態だった。むしろ、テレビで報じられた脅迫問題やライブでのファンのマナーの悪さによって、トライスターズはファンも含めてむしろ評判を悪化させてしまっていると言っていいだろう。そんな杜夫に真樹は溜め息交じりで言う。
「まぁ、仕方ないだろ。人気者起用すればヒットするとは限らないからな。アニメだけじゃないけど。」
「でも、美優ちゃん…可愛くて純粋ないい子が誰からも相手にされてないって考えると、余計に悲しくなってくる。」
「お前は何を言っているんだ?」
真樹は杜夫の言葉に少し引き気味でそう言った。すると、慶と美緒が二人に近づいてきた。
「真樹。…杜夫はどうかしたの?」
「おお、オニィか。ハーモニーエンジェルの人気が出なくて、ファンとしては辛いんだとさ。」
真樹は慶にそう説明した。それを聞いた慶だけでなく、美緒も呆れ気味で言った。
「え…それだけ?ちょっと、落ち込み過ぎだよ杜夫。」
「そうよ!くだらないことで落ち込んでないで、あんたは少しは勉強しなさい!」
当然の反応ではある。学年末テストが近いが、学業はというと、真樹は2学期も学年トップで慶は真ん中くらい、美緒は学年5位だったのだが、杜夫は相変わらず下位10位以下で追試の常連と化していた。そして、慶がある話題を出した。
「そう言えば。ダイノイドの関係者に嫌がらせしてた人、昨日も逮捕されたよね。一体何人いるんだか…みんな逮捕されてほしい。」
「当然だ。自分で自分の首を絞めているのに気付かないバカは牢屋に引っ込んでろって感じだ。」
「全く!ハイスピードスパイクまで侮辱するなんて許せない!自分が好きじゃない作品が人気出たからって脅迫する奴は、アニメ見る資格をはく奪して欲しい位よ!」
真樹だけでなく、美緒も脅迫騒動にはご立腹だ。過激なファンによる脅迫はまだ続いていたが、時間が経つにつれて逮捕者もどんどん出てきた。因みに、ほとんどの逮捕者が「ハーモニーエンジェルを無視して、他の作品が人気出るのが許せなかった」と言っていたのはまた別の話。だが、この後日に更なる事件が発生するのであった。
こんにちわ!
悠が少し怪しいですが、事の真相は…?
次回をお楽しみに!




