第67話 2作品の明暗
こんばんわ!
最近学校サイドが多いので、今回は久々に制作サイド中心の話です。
1月ももう下旬に入り、冬の新作アニメが放送開始してから1カ月が経とうとしてきた。普通のアニメなら大体3,4話が放送されている時期でもあり、この頃になるとファンからの評価などがはっきりしてくるだろう。そんな状況の中、智子はこの日も仲間と共にアフレコに勤しんでいた。
「今回も中々強敵だったわね。私達も強くならなきゃ。」
「デリジノイドの言う通りだ。もう気を抜くことは許されないぞ。」
「僕たちダイノイドが力を合わせないと、ヘルズメテオの殲滅はできませんよ。」
「ウォーッス!これからも全力勝負ッス!恐れず、ねじ伏せるッス!」
「フフフ。じゃあ、みんな。早く帰っておじいちゃんにメンテナンスしてもらおう。」
ダイノイドは全50話、約1年間の放送予定だが、智子が合流するまで制作が遅れたこともあり、アフレコは割とハイペースで行われている。ついこの間4話が放送されたばかりだが、この日のアフレコで7話までの収録が完了した。
「はい、オッケー!じゃあ、今日はここまで!みんな、お疲れ様でした。」
大門の声がアフレコブースに響く。この日も問題なく順調に収録できたこともあり、大門は終始上機嫌だった。智子達声優陣はぞろぞろとブースの外に出ると、大門が笑顔で出迎える。
「いやぁ、みんな今日も素晴らしかった!そんなみんなの頑張りがちょっとずつだけどファンの心をつかんでるよ!ほら!」
大門はそう言って一冊の雑誌を取り出した。それはアニメ専門誌なのだが、大門が開いたページにはダイノイドが特集されており、評価も5段階評価で4つ星を獲得していることから確実に人気と注目度をあげていることがうかがえる。
「すごい。」
「やりましたね、監督!」
「やったー、嬉しい!」
男性声優陣もこの評価は心の底から嬉しいようだった。何せ、彼らも智子と同様に下積み時代が長く、ようやく日の目に当たることができたのだから。そして、京太郎役の声優、正田里香がページをめくった後、智子に声をかける。
「ねぇねぇ、智子ちゃん!」
「はい。どうかしましたか?」
「ちょっと、これ見てみなよ。」
里香が開いたページのある部分を指さした。それはアニメに関するいろんなアンケートをランキング形式で発表するのだが、その結果を見て智子は目を丸くした。
「ええっ!?うそでしょ!マジですか…!」
里香が指差したのは『読者が好きな女性キャラランキング』なのだが、なんと智子が演じるデリジノイドが初登場ながら3位にランクインしていた。因みに、女性キャラ部門においてはロボットキャラの中で唯一ランクインしている。
「自分で演じてて、デリジノイドもいいキャラだなーって思ってましたけど、まさかこんなに高評価だとは思いませんでした。」
「いやいや!稲毛さんの演技がドハマりしてるからですよ!やはり、稲毛さんをデリジノイドに抜擢してよかった!それだけじゃなく、僕はみんなを招へいして本当によかったと思う!雑誌にも書いてある通り、全体的に高評価だし!」
大門は嬉しそうにそう言った。智子のデリジノイドだけでなく、好きな男性キャラ部門でもダイノイドのキャラがトップ10入りしている(ティラノイドが2位、スピノイドが5位、イグアノイドが6位、京太郎が9位)。放送開始から1カ月が経つが、ダイノイドは迫力ある演出に加え、ストーリーの面白さ、作画の綺麗さ、声優の演技力等が評価され、当初は主に10代後半から30代後半の支持が多かったが、夕方放送と言うアドバンテージもあって小学生の男女のファンも徐々に増え始めた。当初はあまり注目されてなかった中での高評価を得て、順調な滑り出しのダイノイドだったが、最後に大門は声優陣及びスタッフ達に釘を刺すように言った。
「みんなが頑張って来れたおかげで、ダイノイドの評判も上がり始めました。だけど、まだ放送開始から1カ月です。これに満足せず、最後まで全力を込めて良い作品にしようという心掛けを忘れないでください。私も頑張ります!じゃあ、気を付けて!また次回のアフレコで、宜しくお願いします!」
「「「「はい!!!!」」」」
大門の言葉にその場にいた全員が力強く返事をした。そして、解散した一同は荷物をまとめてスタジオを後にした。その帰り道、智子も上機嫌な様子で思わず呟いた。
「湯川君に言われた時はびっくりしたけど、まさかこんな良い役を頂けるなんて。秀太も良い後輩を持ったわね!次の収録も頑張んなきゃ!」
思わず笑みがこぼれた智子は、決意を込めて家路に着くのであった。
一方こちらは都内にある声優事務所、フェアリーフォース。声優事務所の中では割と大きい方で、主に若手女性声優が多く所属している。真樹の天敵、大津悠を含むトライスターズもこの事務所の専属声優だ。事務所内にある会議室ではトライスターズのメンバー全員、専属マネージャーの他、広報部長、更にハーモニーエンジェルの監督やスポンサーの役員が集まっており、何やら不穏な雰囲気が会議室内に流れ込んでいる。重い空気に中、まずはハーモニーエンジェルの監督が口を開いた。
「えー、皆さんまずはこれを見て下さい。」
監督はアニメ雑誌を取り出し、後ろにある読者アンケートのページを開く。そして、好きな作品ランキングを指さしながら話を続けた。
「えー、ごらんの通りハーモニーエンジェルは予想外の順位となっており、我々制作陣は大変困惑しております。」
「ちょっと!何でよ!どうしてこんなに低いのよ!」
トライスターズのリーダー、悠が愕然としながら怒鳴り散らす。アンケートには30位までがランク付けされているのだが、今期の覇権と多くのアニメファンが期待したのは裏腹に、ハーモニーエンジェルの順位は24位だった。更に、好きな女性キャラランキングでも実質主人公であるチェリーエンジェルが辛うじて8位に食い込んだ以外は、ピーチエンジェルが15位、ヴァイオレットエンジェルが22位とかなり伸び悩んでいる。これには春香と美優も悲しまずにはいられなかった。
「そんな…あんなに頑張ったのに。」
「キャラも可愛いし、歌にも自信あったのにどうして…。」
会議室内は完全にお通夜モードになってしまった。放送開始前から第1話放送まではハーモニーエンジェルの期待度は1月アニメの中ではトップクラスだった。このアニメは1クール13が予定されており、約3分の1が放送されたのだが徐々に人気に陰りが見え始め、1カ月ですっかり他作品に出し抜かれてしまった。これにはスポンサーの役員にも焦りが見え始める。
「こんなに人気が伸び悩んで、本当に大丈夫なんですか?」
「あなた達人気№1声優が主要キャラ3人をやるから大丈夫と信じて、我々は資金援助をしたのですぞ
!」
「お気持ちは分かります!私も正直心苦しいのですが、まだ1カ月。3月の最終回までには晩回致しますんで、どうかご理解を…!」
監督が頭を下げながらスポンサー役員を宥める。それに続き、悠・春香・美優のトライスターズ3人が加勢した。
「そうよ!作品の評価がこれでも、私達は絶好調よ!信じなさい!」
「トライスターズのプライドをかけて、頑張りますんで。」
「ハーモニーエンジェルのように、歌でみんなを救いますんで私達を信じて下さい。」
4人に宥められてスポンサー役員達は渋い顔で頷きながら、会議室を出て事務所を後にした。残されたメンバーの中、監督が深いため息をついた。
「はぁ。どうしてこうなんたんだ?何も割る所は無いと思ったのに。」
「もしかして、これじゃないですかね。」
そう言ったのは広報部長だ。彼はあるページを開いたのだが、それはダイノイドの特集の部分だった。
「今、一番乗っているのがこのダイノイドです。ハーモニーエンジェルと時間や放送局は違いますが、同じ曜日に放送のこのアニメに今の所負けていますね。」
「はぁ?!何でこんな恐竜アニメに負けなきゃいけないのよ!内容は古臭いし、声優も知らない人ばかりだし!私達が負ける訳が無い…負けちゃいけないのよ!」
悠が広報部長に食ってかかった。一方で春香と美優は再び元気が無くなってきている。そして、悠は次にマネージャーに食ってかかった。
「ねぇ!もっとライブやろうよ!歌のライブでお客さん集めてアピールすれば大丈夫でしょ!」
「そ、そんなに急に言われてもね…。」
困惑するマネージャー。誰も打開案が出ないまま時間だけが過ぎて行き、最後に監督が溜息交じりで言った。
「まぁ、まだ3分の1に過ぎません。冷静さを見失わず、とにかく自信持ってハーモニーエンジェルをアピールして行きましょう!」
「当たり前よ!最終回までにトップに君臨しているのは私達だって分からせてあげるわ!」
尊大な態度で悠はそう言い切った。その後、いくつか話し合いをした一同は適当に切り上げてミーティングを終わらせる。全員がぞろぞろと会議室を後にする中、悠は残された雑誌をぺらぺらとめくり、あるページに目が止まった。
「え、これって…まさか…あり得ない。」
そこを読んだ悠は顔を青くしながら、信じられないという気持ちでいっぱいだった。
ある日の朝。真樹はいつも通り家を出て登校する。もうすぐ2月を迎えようとする中、肌寒さを感じながらも歩いて駅に辿り着いた。そして、ホームで電車を待ち、入線してきた電車に乗り込むという、いつもとなんら変わらない朝を過ごしている。座れる所が無かったので吊革につかまって立っていたのだが、目の前にはよく見かける学ランを着たアニメ好きの男子高校生二人組が座っていた。前回見かけたのと同様に席に座ってアニメ雑誌を読んでいたのだが、以前楽しそうに話していた時とは異なり、不満そうな顔で何やら文句を言っていた。
「全く、世間は何も分かっていない!」
「あんな女神様みたいな神アニメ、ハーモニーエンジェルの魅力が分からないとは!」
「キャストも歌も神様を超えるレベルなのに、こんな低評価をした者は地獄に落ちるべし!」
「特にダイノイドと言うクソアニメが支持される理由が分からん!」
「キャストは無名、ヒロインは不細工な恐竜ロボ!男のアニメファンを冒涜している!」
「だが、まだ4話目。最後に評価が逆転するのは目に見えている。」
「そうだ。ハーモニーエンジェル、そしてトライスターズは日本が誇る永遠の財産になるのだ!」
やはり、ハーモニーエンジェルの評価が伸び悩んでいることが不満で仕方ないようだった。そんな二人を真樹は心の中で嘲笑いながらニヤけるのを必死で我慢していた。
(ふん。ざまぁ見やがれ。所詮はトライスターズの宣伝アニメよ。万人に向けて完成度重視で作ったダイノイドに勝てるわけがないんだよ。)
自信満々な様子で心の中でそう言い切った真樹は、ご機嫌な様子で成田駅に降り立ったのだった。そして、小さく呟いた。
「まぁ、これからまた伸びるぜ、ダイノイド。トライスターズ…これからお前らは地獄を見るだろう。」
不敵な笑みを浮かべながら改札へ向かう真樹。だがこの後日、2作品を巡って予期せぬ騒動が勃発するのであった。
こんばんわ!
今回は真樹の出番が少なめでした。
そして、人気が上がったダイノイドと、低迷気味のハーモニーエンジェル。
一体どんな騒動が起こるのか?
次回をお楽しみに!




