第33話 おかしな体育祭
こんにちわ。
問題だらけの体育祭もいよいよ半分まで来ました。
「体育祭って…こんな雰囲気だっけ?」
真樹が属する1年A組の学級委員長、菅野美緒はそう小声で言いながら眉を顰めた。真樹や慶はこの殺伐と雰囲気に警戒心を強めていたが、違和感を感じていたのは美緒も同じだった。
「もっと楽しいものだと思っていたのに…。」
美緒は小学校、中学校時代の運動会を思い出しながら、現在の状況と見比べる。慶と同様に、美緒も元々スポーツが得意で体を動かすことが好きだ。なので、かつての体育祭の時期は楽しみでしかたなかったし、体育祭特有のクラスが一致団結して競技に挑む雰囲気が好きだった。しかし、高校初の体育祭は彼女の思惑とは正反対の雰囲気を醸し出している。
「なんか、険悪よね。主に…湯川君絡みで。」
溜息をつきながら美緒は言う。出場競技を決める時からすでに真樹の態度もあり、クラスはギスギスしていた。真樹がこういうイベント事が好きじゃなく、積極的にならないことは分かった。そして、普段の言動からすごい女嫌いで、自身に食ってかかったのもなんとなく想定していたし、他の女子生徒と喧嘩することも読めた。流石に、出場競技を「適当に入れていい」と言われた時は真面目に聞いていないと思って腹は立っていたが。
「にしても、すごい野次だったわね。女の子みんな、体育祭よりも湯川君と戦っているような気がした。」
美緒も無論、体育祭でのブーイング、それも特定の生徒を名指しで吊るし上げる光景など今まで見たことはない。正直に言うと、美緒は真樹の女性を過剰なほど敵対視する素振りは好きではない。むしろ、腹立たしいとは思っている。しかし、大勢の人間が公衆の面前であそこまで一人の生徒を口汚く罵るのは正しいとは思えなかった。
「それに、さっきの障害物競争、なんか変だった。湯川君は文句の一つも言わないし、炭酸渡す係の子の動きがやけに大きかったような気がしたわ。湯川君が来たときだけ…。気のせいかしら?」
普段の真樹なら「面倒くさい」「時間潰してくる」など余計なひと言を言うはずだが、行くときも戻ってくる時も異様に静かでむしろ不自然さを覚えていた。更に、係の女子が炭酸のブースに真樹を誘導するとき、動きが前に走った生徒の時に比べてオーバーな気がしていた。まるで真樹に早く炭酸を受け取れと言わんばかりに…。
「裏に何かあるかもしれないわ…。一体何なの…?」
異様な雰囲気に恐怖を感じながら、美緒は疑問を抱きつつも体育祭を何とか楽しもうと心に思ったのだった。
一方、実行委員の1年女子達は動揺を隠せなかった。
「どういうことよ?あいつ、ピンピンしてるじゃない!」
「知らないわよ!こっちが聞きたいし!」
「薬が足りなかったんじゃないの?」
「そんなはずないわ!3錠分入れたのよ!」
無論、真樹に下剤入りコーラを飲ませたにもかかわらず、当のターゲットが全く腹を下す気配を見せないからである。彼女達は、真樹が競技前に口に大量の脱脂綿を詰め込んで事なきを得ていたとは知る由もなかった。真樹を大衆の目の前で下痢を起こさせ、恥ずかしさで不登校に追い込む作戦は完全に失敗したのである。
「まあいいわ。気を取り直して午後の競技に仕掛けるわよ!」
「そうね。このままあいつの好きなようにはさせない!」
「大谷津学院から女子の敵、湯川真樹を追放するために!」
この体育祭、真樹にとってまだ油断できない物になりそうだった。
やがて、大谷津学院の体育祭は午前最後の競技である2年女子によると競争を終え、お昼休憩に入った。各生徒が応援に来ていた父兄の元へ行き、昼食をとる体育祭おなじみの光景が目の前に広がっている。
「やっと来たー、もうお腹ぺこぺこだよ。」
「そりゃ、そんだけ気合入れればな。」
腹を鳴らす慶に対し、真樹はそう言った。二人共応援に来ている家族の元へ向かっているのだ。そして、少し歩くと…。
「あ、慶よ!」
「おーい、慶!ここだ!」
すぐ目の前に中年の夫婦がレジャーシートを敷いて座っており、慶を見るなり手をふって呼ぶ。それに気付いた慶は笑顔で駆け寄った。
「お母さん、お父さん!」
二人は慶の両親だ。慶は駆け寄ると、真っ先にシートの上に座る。
「もうおなか減って死にそうだよ!」
「あなたの大好きなハンバーグいっぱい作ったからどんどん食べてね!」
慶の母は巨大な重箱を開けると、中に大量のハンバーグが入っていた。慶は食べる前に、真樹の方を向いて両親に行った。
「真樹、僕のお父さんとお母さんだよ!あ、彼は僕と同じクラスの湯川真樹君だよ!」
「初めまして。慶の父、鬼越進です。」
「母の鬼越悠です!娘がお世話になってます!」
「こちらこそ初めまして!湯川真樹です。以後お見知りおきを!」
真樹も慶も普段よく遊ぶが、まだ一度も互いの家に行ったことが無かった。故に、真樹と慶の両親はこの日が初対面である。
「彼かい?よく一緒に遊ぶって子は?」
「うん、そうだよお父さん!」
「あらあら。これからも慶の事を宜しくお願いします!」
「いえいえ、こちらこそ!」
「それとごめんね、慶。お兄ちゃんも呼んだんだけど今日は大会だから来れないって。」
「大丈夫だよ母さん!終わったら僕の活躍を動画で送って見せてあげよう。」
慶は両親と兄の4人家族だ。彼女の兄は今、大学生なのだが、部活の試合と被ってしまった影響でこの日は不在だった。そんな家族の和やかなやり取りを見て、両親のいない真樹は羨ましくも、慶が楽しそうで嬉しいと思っていた。
「じゃあ、俺もじいちゃん達の所に行ってくる。」
「うん、また後でね!」
真樹は鬼越家に手を振りながら、正一と多恵の元に向かう。少々迷いそうだったが何とか見つけることが出来た。
「真樹、待ってたぞ!」
「お疲れ様!おにぎりいっぱい作ったから!」
「サンキュ。爺ちゃん、婆ちゃん!」
真樹はそう言ってシートの上に座った。そして、多恵が作った大量のおにぎりに勢いよく被りっ着いた。やはり真樹も空腹には勝てなかったようだ。
「うん!美味い美味い!」
「ハハハ、よかった!真樹、よく走ったぞ!爺ちゃんは嬉しい!」
「ああ、ビリにならなくてよかった!」
嬉しそうに話す正一に対し、真樹も笑顔で話した。一方、祖母である多恵は少し顔を曇らせながら真樹に話す。
「にしてもひどい野次だねぇ。今の女の子があそこまで民度低くなっているとは思わなかったよ。」
「いいよ婆ちゃん。あんな野蛮人ども相手にするだけ無駄だから。」
流石に多恵も自分の孫が大勢の女子生徒から暴言を浴びせられている光景は、見るに耐えられなかったようだ。だが、真樹はまるで気にしておらず、女子生徒に対して相変わらず辛らつな言葉を並べる。とりあえず、先程コーラに下剤を仕掛けられたことは黙っていた。
「そうだぞ婆さん。うちの真樹があんな子娘どもの野次に負ける訳なかろう。どうせ、優秀な真樹に対するやっかみだ。」
「そんなもんですかねぇ。」
正一は真樹を信用しているのか、自信気にそう言った。多恵の方も少し心配にはなったが、真樹ならきっと大丈夫だろうと心のどこかで思っていた。
「安心して。爺ちゃん、婆ちゃん!俺はこの後の午後の競技も全力で行く!だから、しっかり見ていて欲しい!」
真樹は学校では普段あまり見せることのない自信に満ちた明るい笑顔でそう言った。一方、午後の競技でも実行委員に対して警戒を緩めなかった。
(今度は何を仕掛けてくる気だ…?まあいい。全部乗り切ってやる!)
心の内でそう言った真樹は、午後のに備えてたっぷりと空腹を満たしたのだった。
こんにちは!
慶の両親が初登場でした。
午前の競技では実行委員の魔の手から逃れられましたが、果たして午後はどうか?
次回をお楽しみに!




