第26話 目標はそれぞれ
こんにちわ。
体育祭編、本格始動です!
「うおぉぉぉ!」
ある日の放課後、大谷津学院のグラウンドで大声を発しながら猛スピードで駆け抜ける少女がいた。長い手足とボーイッシュなショートヘアー、全体的に中性的な風貌、もうお分かりだろうが、オニィこと鬼越慶である。この日は彼女が所属する陸上部の活動日だ。大谷津学院は体育祭を近日控えており、各クラス出場種目などを決めていた。彼女は希望していたクラス対抗リレーへの出場が決まり、それ行こう終始ご機嫌だった。
「鬼越さんどうしたんだろう?」
「すごい気合の入れっぷりだね。」
他の陸上部員達はそんな慶を見て驚いている。慶は元々足には自信があり、部活でも体育祭でもいつも楽しそうに走っている。そして今、グラウンドで雄叫びをあげながら走る慶の姿は、まさにチーターといったところだろうか?
「ふぅ、疲れた。暑い…。」
走り終えた慶は、その場で座り込みクールダウンをする。少々エンジンを掛け過ぎてしまったのか、身体は火照り、顔からは大量の汗が滴り落ちている。そんな彼女に近づいてくる人物がいた。
「鬼越さん、お疲れ。はい、飲みなさい。」
年齢30代前半くらいで全体的に細身の体格、緑色のジャージを着た髪の長い女性だ。女性は手に水が入ったペットボトルを持ち、それを慶に渡す。
「あ、すいません芝山先生。ありがとうございます。」
彼女の名前は芝山千代子。大谷津学院陸上部顧問で担当は化学。性格はどちらかといえば暗い方だが、授業は分かりやすいので生徒からもそれなりに支持されている。芝山は水を飲み終えた慶に引き続き話しかける。
「いつにも増して気合入ってるわね。」
「はい!リレーの代表が決まって嬉しくて。あ、勿論新人大会も頑張ります!」
「よかったわね。でも、あんまり無理しちゃだめよ。今あなたに怪我されたらうちは大打撃なんだから。」
「わ、分かってますよ先生。」
「あなたのそのまっしぐらな性格はいいと思うわ。だけど、夢中になり過ぎてオーバーヒートしたら元の子もないわよ。」
「大丈夫です。僕はどっちも頑張りたいです!だから怪我しないように気をつけます!」
「そう。ならいいわ。」
芝山はそれだけ言うと他の部員の所は向かった。慶は水を飲み終えて少し休んでから、屈伸運動をする。慶は小学校から陸上一筋で、中学校の時は関東大会で入賞したこともある実力者だ。大谷津学院の陸上部はそれほど強い訳ではない。そして慶自身ももっと陸上部が強い学校からの推薦入学の話もあった。しかし、通いやすいのとスポーツで入った場合怪我をしてしまった時のリスクが大きいとの理由で大谷津学院へ入学した。慶ほどの実力者が入ってくるのは稀なことなので、顧問の芝山の期待も大きかった。
「とにかく頑張んなきゃ!全力疾走で楽しむぞー!」
クールダウンを終えた慶は、引き続き陸上部の練習に戻り、部活が終わるまで走り続けたのだった。
一方その頃杜夫はというと…。
「1,2,1,2…。」
自宅に戻って重そうなダンベルを両手に持ち、筋力トレーニングをしていた。
「体力つけるぞ、筋肉つけるぞ、女子がついてくるぞ!目指すぞ、モテ男!」
下心丸出しな最低レベルのコメントだった。杜夫は真樹とは対照的で、異性からのモテ願望が結構強い。このくらいの年齢の若者なら大半の者(真樹を除く)が抱く感情ではあるので、彼の思考はそういう意味では健全であると言える。だが、可哀想なことに彼は今まで一度もモテたことが無く、今もその気配が無い。
「もう非モテな生活なんて嫌だ。体育祭で活躍して、絶対好感度上げてやる!」
失礼な言い方かもしれないが、杜夫は色白、細身すぎるなど不健康そうな見た目に加え、勉強も運動も壊滅的にできない。ただし、カメラ好きで写真の腕前はかなりのもので写真部での彼の評価は結構高い。だが、彼がいくらいい写真を撮っても写真部に注目が集まることはほとんどなく、女子生徒も彼の写真を褒める者はいなかった。
「もう、ひ弱なんて言われて恋愛対象外にされるなんて嫌だ!せめて、鍛えて体育祭でいい活躍して、アピールするぞ!」
今までモテなかった彼だが、体育祭を機に体を鍛えて活躍し、チヤホヤされたいと思っていた。勉強はできないが、せめて実は運動できるという意外性を見せるというのが彼の計画である。
「女子はギャップに弱いからな。こんな俺でもできるって証明しなくちゃ。」
何を根拠にそのような結論に至ったかは知らないが、とにかく彼は女子が多い学校に入ったのに女っ気が無いという状況に耐えられなかった。気合入れてトレーニングを続けようとした彼だったが…。
「痛てて、ダメだ。もう限界。」
普段運動しない彼がいきなりハードなトレーニングを続けられる訳が無かった。杜夫が女性からモテるようになる日が来るのはまだまだ先になるだろう。
そして、こちらは大和田裕也。
「体育祭、楽しみだね!」
「私もー!」
「私も!裕也君がカッコよく活躍する所見たーい!」
彼は電車に乗り、帰宅する途中だった。そして、彼の周りには複数の女子生徒が集まっている。学校一のイケメンと言え、彼の女子からの人気は絶大で、サッカー部の練習は勿論、登下校時でさえ多くの女子生徒が常に彼の周りにいる状態だ。そして、彼自身もその状況を楽しんでいるように見えた。
「俺も出るからには頑張るよ!みんなで楽しい思い出にしたいよね!」
「裕也君がいればそれだけで楽しい!」
「うんうん!これぞ青春!」
人当たりがよく、尚且つ美少年でスポーツマンという少女漫画から飛び出してきたような彼。男女問わずみんな仲良く過ごすことが大事だと考えているが、彼は今回の体育祭でどうしても譲れないことが一つだけあった。
「でも、A組だけには負けたくないな。湯川がいるから。あんな魅力が無いのがいるクラスに負けるなんて、恥以外の何でもないな。」
「ホントそれ!」
「私も湯川大っ嫌い!」
「あんな女を害虫扱いする奴にだけは負けたくない!」
裕也だけでなく、他の女子からも真樹の評判は悪かった。裕也は元々かなりモテる方で、このように女子に囲まれている状況は今に始まった事ではない。そして、彼とは全く逆のいわゆる非モテな者も見てきたが、特に気にしたことも無かった。だが、真樹だけは受け入れられなかった。
(女性に対して無差別に敵対視するなんて、同じ男として恥ずかしい。まして、同じ学校なんてな。あいつはあの性格のせいで女性から嫌われているのにそんなことお構いなしに女子に酷い事を言う。許せないな。)
普段女子と一緒にいる事が多いだけあって、真樹の女子に対する容赦ない攻撃が裕也的には許せなかった。そして、真樹が勉強や運動ができることが何よりも気に入らなかった。
(でかい顔できるのも今の内だぞ湯川。お前みたいなのがいると学校の雰囲気が悪くなる。これを機に締めあげて大人しくさせたいな。)
彼の思考としては、自分と仲がいい女子たちが真樹のせいで嫌な思いをしているから、早いとこ黙らせてみんなが楽しく青春を満喫できるようになりたいという物だった。だからこそ真樹にだけは負けたくないと、闘志を燃やす裕也だった。
真樹はというと…。
「まあ、出場種目も決まったしこんなもんか。」
帰宅後、自室に戻り学校から出された宿題をこなしていた。結局真樹の希望通り、枠が余った所に真樹を入れる事によって無事にA組は個人種目の出場者を決める事が出来たのだった。正直それ以外の方法が無かったと言えば無かったのだが。
「何でこういうイベントがあるのかねぇ?任意参加にして、俺みたいなのが出なくてもいいようにしてくれれば最高なんだけど。」
少々歪んだ考えかもしれないが、真樹は学校行事は所謂勝ち組、リア充が好き放題やる為の物であって、自分みたいな陰キャの元いじめられっ子にとっては居場所が無いものだと思っている。真樹の場合、幼少期は肥満体で運動も大きらいだったので、特に小学校の運動会なんかは公開処刑その物だった。真樹が走るとあっという間に皆から離され、ゴールするときは必ず最下位。そして、走っている間も笑われ、またある人からは進行が遅れるなどと文句を言われたこともあった。団体種目でも当たり前のように足を引っ張り、「お前のせいで負けた」と吊るし上げを受けるなど、真樹にとっていいことは一つもない。
「野球始めてダイエットして、運動神経はそれなりに付いたけどな。トラウマって難しいな。」
確かに真樹は今では幼少期の面影が無い位筋肉質な体格になり、運動神経や学力も大幅に向上した。それでも心の傷だけは治ることはなかった。というより、スペックが上がるにつれて女性への憎しみが増加しているような気もしていた。
「とにかく、でなきゃいけないならやるしかないか。イキってるチャラ男や、キャーキャーうるさい女子を黙らせる程度には本気出すか。」
やる気があるのか無いのかはよく分からないが、とりあえず真樹は今年の体育祭の目標を決め、宿題の続きをやるのであった。
こんにちわ!
今まで触れなかった慶の部活での様子や、杜夫や真樹の家での様子を描いてみました。
あと、裕也君を久々に出して見ました。
それぞれ、違う考えが交錯する中、大谷津学院の体育祭はどのようなものになるのか?
次回もお楽しみに!




