第17話 積る不満
こんばんわ。
疲れ過ぎて寝過ごしました…。
美紅の仕打ちにより、元々女子から評判が悪かった真樹だけでなく慶までもが被害を受けてしまった。直接的な実害は今のところ無いものの、美紅派の男女からやれ薄情者だの真樹と共に泣かせただの、挙句の果てには女子力皆無の慶が可愛い美紅に嫉妬した故の嫌がらせだの、噂はどんどん悪い方向に広がっている。真樹は基本的に他人に興味が無い為自分の噂をされる程度ならあまり気にしないが、慶を巻き込んだことには少し申し訳なく思っていた。そして、可愛さに鼻を掛けて好き放題暴走する美紅に対する不満はどんどん積っていった。正直言うとキレて暴れたい気持ちはあったが、真樹は何とかそれを押し殺して野球部の練習に参加していた。
「よーし、いいぞ湯川。その位気合入れてフルスイングしていけ!」
素振りの練習をしていたのだが、顧問の関谷は真樹のフルスイングを見てそう褒めた。練習に気合が入っているのは間違いなかったが、真樹は積り積った美紅に対する不満を練習にぶつけていた。その光景を見た他の部員たちは、口を揃えて…。
「真樹の奴どうした…?」
「なんか怖いぞ…。」
「またあいつ誰かと揉めたのか?」
等と異様な雰囲気を出す真樹に唖然とするしかなかった。その後、素振り練習が終わり守備練習に入ったのだが、ノックの順番を待っている真樹にチームメイトの中山伸治が心配そうな顔で声を掛けてきた。
「真樹、どうしたんだ?何かあったか?」
伸治の問いに真樹は軽く溜息をつきながら答えた。
「ありまくりだよ。何で俺だけじゃなくてオニィまで悪く言われなきゃいけないんだ?」
「話が見えん。もっと詳しく教えてくれ!」
「ふぅ…いいけど怒るなよ。」
「わ、分かったよ。」
そう釘をさして真樹は伸治に事のいきさつを話した。美紅に話を盛られてて悪者にされたこと、その美紅が可愛さを悪用して好き放題暴れていること、自分だけでなく慶まで悪く言われていることを全て伸治に説明した。
「ほら、話したぞ。文句があるなら聞いてやる。」
「い、いや。特にないけど何だよ文句って?」
「お前が押上派の人間だったら絶対怒るだろ。」
「い、いや。別にそんなんじゃないって。それに俺もあいつに好かれてないし。」
「そうなのか?」
「そうだよ。ってゆうかあいつは基本的に野球部見下してるからうちであいつの親衛隊に属してる奴はいないと思うぞ。」
「そんな事だろうと思った。」
伸治に言われて真樹は納得した。美紅が冷たくする人間にはいくつか共通点があった。自分にちやほやしない人間は勿論だが、他にも地味で根暗な人、アニメや漫画が好きないわゆるオタク系の人、見た目が(美紅基準で)標準以下の人等だ。また、一般的に運動部の方がモテやすいと言われているが、美紅の場合はサッカーやバスケはカッコよくて面白いスポーツだと思っており、それ以外の競技はつまらなくて野蛮だと思っている。故にサッカー部の裕也は彼女視点で余計に加点されており、陸上部の慶や野球部の真樹は減点されてしまっているのだ。ずいぶん理不尽だが、美紅はこのようにして仲良くする人間を選り好みするのである。
「おーい、湯川!次はお前の番だぞ!」
「あ、はい!聞いてくれてありがとうな、伸治。」
関谷に呼ばれた真樹は伸治に礼を言うと、ノックを受けるべくファーストのポジションに付いた。色々思うことはあるが、真樹が今一番したいことは慶を救うことである。真樹にとって慶は唯一心を許せる女性であり、そんな慶が間違ってて美紅みたいに我儘三昧で腹黒奴が正しいという認識はとても許せるものではなかった。そう思いながら真樹はノックを受け、体調が良かったこともあり好捕を連発。
「よーし、いいぞ湯川!大会本番でもその動きを忘れるなよ!」
「はい、ありがとうございました!」
真樹は帽子を取って関谷に礼を言い、速やかにグラウンドの外に出た。
「真樹、調子よさそうだな。凄かったぞ。」
ノックを終えた真樹に話しかけてきたのは細身だが長身で日焼けした部員だった。彼の名前は前原武司。パワーは無いが足が速くて守備が上手のでチームでは主にセンターを守っている。
「ああ、ありがとう。」
「ポジションは違うけどな、お互い頑張ろう。まぁ、負けないけど。」
「そういえば、お前に聞きたいことがある。」
真樹は武司に疑問を投げかける。
「なんだよ、聞いて聞いて。」
「武司は押上と同じクラスだったよな。」
真樹は武司のそう切り出した。その言葉の通り、武司は裕也や美紅と同じ1年B組所属だ。真樹はそんな武司から少しでも美紅の情報を聞き出そうとした。
「ああ、そうだけど。」
「つかぬ事を聞くが、押上のファンか?」
伸治は先ほど美紅は野球部を見下しているから部内に美紅のファンはいないと言っていた。しかし、実際公言していないだけで隠れファンがいるかもしれないと真樹は考えた。そして、美紅と同じクラスである武司にその疑問を投げかけたのだ。その質問に対し、武司はきょとんとした顔で答えた。
「お、お前何言ってんだ?」
「聞いたままの意味だ。押上はお前らのクラスのアイドルだし、お前も可愛い彼女欲しいとか言ってたから実は好きなのかと思って聞いただけだ。」
真樹の言い分に対し、武司は苦笑いしながら答える。
「まさか、嫌いだよあいつ。」
「そうなのか?」
「俺だって散々悪口言われたから好きになれって言うのが無理だ。やれ汗臭いだの暑苦しいだのボロクソだよ。」
「ホントに外道だな、あいつ。」
武司の美紅に対する不満は止まらない。
「しかもクラスの女子や押上派の男子からは嫌われるお前が悪いとか言われる始末だ。特に大和田の奴からはあんなに可愛くていい子を敵に回すなんて不幸な運命なんて言われて馬鹿にされるし。」
武司の話を聞いた真樹は、美紅と同じクラスで無くてよかったと思った。しかし、慶だけでなく同じ野球部の武司や他にも美紅のせいで肩身が狭い思いをしている人間がいるとなると真樹はもう見逃すことができなくなった。
「正に歩く免罪符だなあいつは。犯罪やっても許されると思い込んでるかもしれない。」
真樹は皮肉気味にそう言ったが、横で聞いていた伸治は少し絶望的に呟く。
「別に俺もそんなに絡みがある訳でも好かれてる訳じゃないけどさ、このままじゃあいつはどんどん被害者出すだろうし、押上ファンも調子に乗るぞ。」
「何かあいつの弱点を見つけられればな。」
正直言って今の真樹達には美紅への対抗策が何もない。現状は美紅が気に入らないと思った奴=満場一致で悪人という圧倒的に不利な状況だ。すると、武司が何かを思い出したように言った。
「そーいえば、入学初日の自己紹介で押上は都賀西中学校とか言ってたな。」
「それがどうしたんだ、武司?」
真樹の疑問に武司は続けて答える。
「俺、地元都賀なんだけど小学校から仲いい奴が都賀西中でさ。俺は学区が別だったから東中だったんだけど、もしかしたらそいつに聞けば何か分かるかも。」
「そいつは今どうしてる?」
「村上高校に通ってるぞ。今も家は近いから時々遊ぶんだ。」
それを聞いた真樹は一か八かではあるが賭けに出る事にした。
「武司、そいつから話を聞きたい。時間作って取り持ってはくれないか?」
「それは全然いいけど。」
了承を得た所で真樹は心の中で呟いた。
(そいつから情報を得られなくても、同級生つながりで何か分かるかもしれない。とにかくあいつを倒すために手段は選んでられないな。)
真樹はそう決心した後、武司や伸治たちと共に打撃練習へ向かったのだった。
こんばんわ。
またも追い込まれた真樹君ですが、偶然訪れた僅かなチャンスをものにできるのか?
次回もお楽しみに!