第15話 みんなの美紅?
こんばんわ。
肩こり過ぎて辛いです。
台湾の言葉に「公主病」というものがある。日本語ではシンデレラ症候群とも呼ばれており、具体的に言うと、自分はお姫様で一番可愛い特別な存在であると思いこんでしまう若い女性の事を指している。なので、少しでも自分にとって都合が悪いことが怒ったり、自分が酷く扱われたり、自分以外の女性がチヤホヤされると途端に不機嫌になるのだ。つまり、こういう女性の頭の中では世界は自分中心で回っているということである。押上美紅もこの公主病の症状を発していると言ってもいいだろう。常に可愛い可愛いと言われて持て囃されている彼女にとって自分がみんなから好かれるアイドルであるのは当然という考えであり(実際容姿はかなりいい方なので否定できる者がいない)、自分とは真逆の存在や、自分に反発する者の存在は面白くなかったのだ。
「はぁ~あ、女に生まれながら女を活かさないなんて、頭がおかしいとしか言いようがないわね。」
慶と言い合った後、美紅はトイレの鏡で髪型をチェックしながらそう呟いた。美紅は入学以来、慶のことを嫌っている。理由は自分にちやほやしないことに対して不愉快に思っていることと、思春期にも関わらず常に女らしさからほど遠い振る舞いをしていることに対して理解できないからだった。常に自分中心の世界にいるために、自分に媚びず、自分なら絶対にしない行いをしている慶に苛々しているのだ。
「まあいいや。鬼越さんが悲惨な将来迎えるのは分かったし、世界一幸せになれるのはやっぱり私よ!」
自信満々にそう言った美紅はそのままトイレを出て教室に戻っていった。
放課後。
「きゃー、大和田くーん!」
「練習している所も素敵ー!」
「こっち向いてー!」
この日はサッカー部の練習だった。サッカー部も野球部同様、週二日しか練習できない。また、共学化と同時に野球部と共に設立されたので歴史は浅く大会での実績もあまりないのだが、学年一のイケメンである裕也がいるだけあって全学年の女子生徒からは大人気である。そしてこの日も例に漏れず、大勢の女子生徒たちが裕也を一目見ようとグラウンドの外に推しかけていた。そして、美紅も裕也のファンなのでもちろんここに来ていた。
「裕也くーん、ナイス!お嫁さんになりたーい!」
黄色い声で大胆なことを言った美紅。しかし裕也は嬉しいのか笑顔で返した。
「ありがとう。美紅ちゃんにそう言ってもらえると次の大会も勝てそうだ!」
「嬉しい!やっぱり私が勝利の女神よ!」
そんなこんなで美紅たちが裕也に夢中になっている横を、冷めた目で見ている人物がいた。無論真樹と慶である。
「押上の奴、何であんなに自分に自信があるんだ?アイドルの次は勝利の女神かよ。」
「知らない。前に押上さんに僕のこと理解できないって言われたことあるけど、僕は押上さんのことが理解できないよ。」
二人は溜め息交じりにそう呟いた。真樹は女嫌いだが、美紅の様に女を武器にするタイプは特に毛嫌いしていた。また、美紅にチヤホヤして甘やかしている他の生徒達も良く思っていない。慶の方も美紅に対してよく思っていないが、何故自分がここまでマウントを取られるのかはよく分かっていなかった。騒ぐ美紅達を尻目にそのまま校舎を出て帰ろうとしたが、早速邪魔者が入る。
「ねえ、ちょっと待って。」
振り返る真樹と慶。するとそこには先程まで裕也に黄色い歓声を送っていた美紅が立っていた。美紅はニコニコ笑顔だったが、真樹はそこから何か邪悪なものがにじみ出ているのを感じ取っていた。
「何だよ。大和田はまだ練習しているぞ。見なくていいのか?」
真樹は邪魔だから構わないでと言わんばかりに美紅にそう言った。しかし、美紅は話を続ける。
「ちょっと二人に話があるんだけどな。もちろん断らないよね。みんなの美紅が頼んでるんだからね!」
いつもの自分中心っぷりが炸裂している美紅に対し、慶の中で何かが切れた。そして目を尖らせて美紅に言い放つ。
「もう、そうやって自分の言うこと聞いて当然見たいな態度とって!僕は知らない!帰る!」
日ごろのこともあって怒りだした慶だったが、真樹は冷静に静止する。
「落ち着けオニィ。いいだろう、聞いてやる。」
「いいの、真樹?」
普段なら無視するか嫌味を言って立ち去る真樹が珍しく女子の要求を飲んだことに驚く慶。真樹は表情を変えずに続ける。
「俺もこいつに言ってやりたいことがあるからな。いい機会だ。」
「ふふふ。湯川君は少しは頭が働くみたいね。じゃあ、こっち来て。」
そう言って美紅は二人を導くように歩き始めた。他の生徒に聞かれたくなかったのか、学校から少し離れて学校のほぼ向かい側にある広い公園に辿り着いた。公園の中でも人気が少ない所に着いた所で美紅の足がとまり、真樹と慶の方を向く。
「言いたいことがあるなら言えよ、押上。」
先に言葉を発したのは真樹だった。そんな真樹に対して美紅は溜め息交じりにぼやく。
「もう…湯川君は男のくせに美紅の魅力が分からないんだね。しかも女子に対する扱いも最低レベル。男どころか人間扱いする価値も無いわね。」
ただの侮辱だった。そして、真樹より先に頭に血が上ったのは慶だった。
「なっ…。いくらなんでもそんな酷いこと言うなんて!もう頭に来た、許さないよ!」
友達である真樹の悪口を言われて美紅に詰め寄ろうとする慶を真樹は腕を掴んで止めた。
「待て、オニィ。ここでキレたらあいつの思う壺だぞ!」
「で、でも…。真樹はあんなに悪口言われて平気なの。」
「平気じゃない。でも慣れている。女子から人格否定されることに関してはプロフェッショナルだ。」
すごいのか凄くないのかよくわからない自慢をした真樹だったが、冷静かつ棘のある口調で美紅に言った。
「さっきの暴言だが、そっくりそのまま返してやる。お前は俺やオニィだけじゃなく、他の気に入らない奴をゴミ扱いしてるよな。みんなの美紅だか何だか知らないが、その割には平等性の欠片もねぇじゃねぇか。アイドルが聞いて泣くぜ。」
皮肉たっぷりにそう言い放った真樹に対し、美紅も負けじと鼻で笑いながら言う。
「ふん。それはみんなの美紅だからだよ!私は常に一番可愛い天使でいなきゃいけないからね!キモくてダサい奴らに関わってたら身も心も貧しく汚れちゃうでしょ?だからそんな人達は存在価値なんて無いし、楽しい学園生活の邪魔にしかならない。私がそうなったら私も皆も、パパもママも悲しむわ。可愛く生まれた以上、私にはみんなから好かれる資格もあるし、人を選り好みする権限がある。私は生まれながらにして全ての権限と幸せが約束されたと言ってもいいわ。」
随分と長々と、受けから目線で自分に都合がいい事ばかり言う美紅を、真樹と慶は茫然と見つめるしかなかった。どういう風に育てられるとこの様な思考の持ち主が生まれるのか、親の顔が見てみたいと二人は思った。
「ふぅ、話してて頭痛くなってきた。でも、要約するとお前は俺とオニィのことが気に入らないってことなんだろ?」
真樹は少し苛立ちの混じった言葉で美紅にそう言った。美紅は急に真顔になって冷たい感じで言い放つ。
「そうよ!だって二人とも魅力の欠片も無いし、かと言って私に対する扱い酷いし。」
「そんなに嫌ならもう僕達に構わないでよ!」
言いたい放題言う美紅に対し、苛立ちが頂点に達した慶は声を荒げる。だが、美紅は不敵な笑みを浮かべながら二人に言う。
「うん。そのつもりよ。だけどね、これだけは言わせて。私を敵に回したら後悔するわよ。」
自信満々に言う美紅を真樹は表情一つ変えずに見ている。先日の濡れ衣騒動然り、下手に関わるとロクなことが無いのは真樹も分かっていた。かと言って真樹は美紅の事を持ち上げるつもりはさらさら無かった。
「言いたいことはそれだけか。お望み通り俺達はお前に関わる気はない。帰るぞ、オニィ。」
「うん。はぁ、疲れた。」
少し呆れた様子で真樹と慶は駅に向かって歩き始める。その様子を美紅はじっと見送りながら呟くように言った。
「やっぱりわからず屋だなぁ、あの二人。今度何かあったら許せないなぁ!」
その笑顔は普段見せるニコニコ笑顔とは別の、得体の知れない不気味さを含めた物だった。
こんばんわ。
真樹と美紅の初対決です。
この勝負、どうなるのか?
次回以降もお楽しみに!