第12話 黙らせよう!
こんにちわ!
さあ、バトルもクライマックスです!
お昼の大谷津学院高校の職員室は正に修羅場と言っても過言ではなかった。なんと、怪我をした丘ユカリの母親である丘サユリが学校に押しかけ、真樹の退学と野球部の廃部を要求してきたのだ。当然ながら担任の立石と野球部顧問の関谷は、証拠が不十分なのもあってその要望は受け入れられないと伝えたものの、サユリはそれなら裁判を起こすと宣言。立石と関谷は顔が青ざめていった。ユカリの方は勝ち誇ったようなほほえみを浮かべ、真樹は相変わらず無表情のままで、一見して何を考えているのか分からない。そして尚、サユリの攻撃は止まらなかった。
「自分の生徒が大怪我したにもかかわらず、ちゃんとした謝罪も無ければ改善策も出さず、そして加害者の処分もしない。この学校の教職員のレベルがいかに低いかよくわかりました。もういいです。裁判に持ち込んで娘の治療費とプラスアルファでその他損害賠償を学校側と湯川君に請求致します。」
「待って下さい!そんな一方的な要求飲める訳ないじゃないですか!」
「そうですよ!まだ決定的な証拠も無いのに、決めつけて訴訟するのは暴挙ですよ!」
流石に立石と関谷も我慢できずに声を荒げていた。後遺症が出たとか傷が残ったとかならともかく、ユカリの怪我は頭のタンコブだけで、特に傷や後遺症が残るものではない。それなのに損害賠償などと騒ぎたてて訴訟を起こすのは明らかに度が過ぎている。そして、サユリの攻撃は真樹にまで向いた。
「あなたも残念だったわね。まだ高校生なのに人生棒に振って。でも自業自得よ。一生の娘の為に十字架を背負いなさい。まあ、あなたみたいな人なんて大人になっても何の役にも立たないから役割ができて良かったじゃない。」
最早これはクレームを通り越して真樹に対する暴言、人格否定そのものである。真樹もこれには腹が立ったのかサユリを険しい目でにらみ返したが、それ以上のことはしなかった。そして、ユカリがさらに煽る。
「ぐうの音も出ないっての?ざまあみろね!まあ、退学免れたとしてももうこの学校にあんたの席なんかないから。どの道苦しんで自主退学するしかないんだし、それならいっそのことこの場で退学しちゃえば?女子みんなあんたの退学を望んでるから、嫌われてるあんたが女子の役に立つ最後のチャンスよ。」
侮蔑するような目で真樹を見ながらユカリは容赦なく言い放つ。真樹は相変わらずだまって立ちつくすだけだったが、立石が慌ててフォローに入る。
「とにかく…裁判を起こすのは大げさですよお母さん!学校としても原因を究明するのでもう少し冷静に…。」
「待てないって言ってるでしょ!野球部の廃部とその湯川君の退学を受け入れてくれるなら裁判を起こすのは考え直してもいいかしら…。」
丘親子は一歩も引くつもりはないらしい。立石と席はこの世の終わりの様な顔で俯いており、要求を受け入れるしかない…二人がそう思ったその直後だった。
「待って下さい!先生!」
突如職員室のドアが開き、大きな声が聞こえた。声の主は真樹の唯一の味方である…。
「遅いぞ、オニィ。」
「ごめん!二人を捕まえるのに手間取ってね。」
慶が息を切らしながら職員室に入ってきた。よく見ると、両手でユカリの取り巻きである女子二人を確保している。2人の女子生徒は観念したかのような表情で俯いていた。
「な、何よ。鬼越さんには関係ないでしょ!部外者は引っ込んでて!」
「僕の友達に濡れ衣着せて退学させようとしたのに、そんなこと言えるの?」
ユカリの言葉に対し、慶は怒りを交えた声色でそう言った。そして、その言葉に反論した人物がもう一名いた。
「何よあなた?!うちのユカリが悪いっていうの?ユカリはその子に怪我させられたのよ!悪いのはその子…湯川君よ!」
サユリも物凄い剣幕で慶に詰め寄り、反論する。慶は尚、目を吊り上げながらスマホを取り出した。
「じゃあ、これは?」
慶はスマホに保存されていた動画を再生する。するとそこにはユカリと取り巻き二人がどこかのフードコートと思しき場所で談笑している所が映っており、会話も録音されていた。
「ユカリ、湯川の奴どう?」
「うん。向こうも証拠が無いし、上手く行けば退学に出来るかも?」
「やったじゃん。バッティングセンターでわざと頭に当たりに行った甲斐があったわね!」
「80km/hで軟球とはいえ、当たると結構痛かったわ。」
「でも、湯川がいなくなるのはいいじゃん。野球部を巻き添えにしたのは悪いけど。」
「あいつが女子を敵に回すのが悪いの!これで平和になるわ!」
動画を見た立石と関谷は唖然とした表情で固まっており、さっきまで余裕の表情を浮かべていたユカリの顔色が一気に青ざめていった。一方、真樹の方は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「な、何よこれ…。」
ユカリの母、サユリが動揺したのは言うまでも無い。慶は少し怒ったような表情を浮かべながら動画の説明をする。
「これは昨日の日曜日、成田のイオンモールで撮ったものです。僕ももしかして丘さん達が真樹を陥れようとしてるんじゃないかって思って、この3人が日曜日イオンで映画見に行くって聞いたので後を追ってみました。一か八かでしたけど、見事にボロを出してくれましたね。あ、バッティングセンターの管理人さんにも聞いて、無理言って監視カメラの映像見せてもらったけど映ってたよ。丘さんがワザと当たりに言ってる所。」
「俺が動くと、余計に事態がこじれると思って慶に調査をお願いしたんだ。そしたらまぁ、見事にべらべらしゃべってくれてたので、ラッキーだなって思いましたね。」
慶に続いて真樹も説明を付け加えた。真樹は先週、慶にユカリ達がどこかでボロを出さないか監視してほしいと慶に頼んでいた。慶はユカリと取り巻きたちが日曜日にイオンで映画を見る約束の会話をしていた事を思い出し、変装して映画館に張り込んで、見つけた後にこっそりと監視していたのだった。そして、彼女達三人は変装した慶に全く気付いていなかった。取り巻き二人はすっかり黙り込んでいたが、ユカリは冷や汗を流しながら尚も反論する。
「こ、この動画が何よ?!それに、ワザと当たりに行った所で、私が野球部の練習中にグラウンドの前を通ったのは事実だし、そこで当たってないっていう証拠が無いじゃない!そんな動画無意味よ!」
尚もシラを切ったユカリだったが、真樹がそんなユカリにとどめをさす。
「確かに通ってたよね。ここにもしっかり映ってるし。」
今度は真樹がスマホを取り出して動画を再生した。再生した動画にはダンス部男子の元山がステップの練習をしている所が映っている。
「これが何よ。」
「まあ、見ろよ。」
怪訝な表情を浮かべたユカリだったが、そのあと再び真っ青になった。元山の後ろには、グラウンドの横何事もなく通過するユカリがばっちり映っていたからだ。日時を見ると、水曜日の17:45と表示されている。更によく見ると、ユカリの通過後に堀切が真樹が外野まで飛ばしたボールを拾いに行くのが映っている。
「確かにお前はこの時間にグラウンドにいたし、ボールもこの方向へ飛んだ。だが、ボールはお前に当たるどころか掠りもしていない。お前が言い逃れすると思って元山からこの動画をもらっておいたけど、周りをよく確認しなかったお前の運の尽きだ。これでもう、言い逃れできないぜ。」
真樹がそう言うと、ユカリはとうとう観念したのか拳を握り、悔しそうに話し始めた。
「湯川君が…とにかく湯川君が嫌だった!ホントはみんなで楽しく過ごしたいのに湯川君が女子に喧嘩売ってばかりで、教室内が毎日険悪な雰囲気になるのが耐えられなかった!だから、悪い芽を摘み取りたかったのよ!」
ユカリは自暴自棄とも思えるような感じで怒鳴りながら説明した。そして、その様子を見て関谷は怒鳴り声をあげる。
「馬鹿野郎!君がやったことはね、湯川君だけじゃなくって関係のない野球部員まで巻き込んだんだぞ!そんな言い訳通用すると思っているのか!」
普段は温厚であまり怒らない関谷がかなりの剣幕で怒っていたので、立石や真樹達は少し驚いた様子だ。だが、立石の方は気を取り直してサユリの方ぬ向き直りながら言った。
「お母さん。これで湯川君と野球部が無実だって証明できましたが、何か異議でもございますか?もしこれ以上暴言を吐こうものなら、こっちも脅迫と名誉棄損で訴える事も考えていますが。」
一方的に言われた鬱憤を晴らすかのように立石はサユリに対して棘のある言葉でそう言った。サユリの方も動かぬ証拠を突きつけられて気まずくなったのか、「悪かったわよ!」と言い残して職員室を出ていってしまった。かくして、真樹と野球部が無実だと証明され、騒動は幕を閉じたのだった。
数日後。
「おはよう、真樹!」
「おう、おはよう!おニィ!」
朝の成田駅で、真樹と慶は普段通りに二人並んで通学している。
「真樹、大変だったね。」
「ああ。とんだとばっちりだよ。でもお前の活躍で救われた。ありがとう。」
「いやぁ、それほどでも!それに友達なら助けるのは当然だよ!」
慶は照れながらそう謙遜する。その後、ユカリと取り巻き二人は立石と関谷からきつくお灸をすえられ、反省文と懲罰の掃除が言い渡された。
「オニィ。」
「何?」
「今度お前が困ったら助けてやる。」
「なにそれ?でも嬉しいなぁ。」
「俺もお前と友達に慣れて嬉しく思っている。女性は苦手だけど…やっぱお前っていい奴だな!」
微笑みながら真樹にそう言われた慶は、少しかをを赤らめつつ笑顔で「ありがとう」と返した。真樹の平和な日常が再び戻ってきた瞬間だった。
こんにちわ!
今回のバトルは真樹の逆転勝利でした。
次回から新たな刺客があらわれます!
お楽しみに!