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終わりの物語に―

作者: うーてす

 何かの遺跡だろうか?古めかしい、石で造られた建物の廊下に、男が一人。まるで川を

流れるような、不思議な足取りで、サラサラと歩いていた。

 男は全身をマントで覆い、目元まですっぽりとフードを被っている為、表情はよく見え

ない……。僅かに覗く口元は、微かに微笑んでいるようにも見える。

 廊下を進むと、その先には少し開けた空間――広場のような場所があり、その壁際には

奥に向かって幾つか、上部に『何か嵌め込める様な丸い窪み』のある台座が並んでいる。

 広場の奥は、ステージのように少し高くなっていて、その上には人一人入れる位の大き

な石造りの箱――棺桶のような――が、置かれている。

 男は廊下を渡りきりやがて広場へ出ると、台座に近寄り、懐から手のひら大の『丸い半

透明の石』を取り出し、それを台座の上部にある窪みに嵌め込んでいく。一つ、二つ、…

…、手前から順に嵌め込んでいき、やがて全ての台座に石を嵌め終えた、その時だった。

「待て!!オルクリア!!貴様!!自分が何をしようとしているのか解っているのか!?」

 そう怒鳴り散らしながら、勢いよく、幾人かの男達が広場に乱入してくる。男達は手に

剣や槍などの武器を持ち、身体には鎧などの防具を装備して、一様に武装している。

 全ての台座に石を嵌め終えた男――オルクリアと呼ばれた――は、その声に、一瞬静止

した、が、やがてゆっくりと乱入してきた男達に振り返り、透き通るような声で答える。

「……貴方がたこそ……この崇高な行為の意味を理解していないようだ……。」

 そう答えるオルクリアのフードの下の口元は、笑みを浮かべているようにも見える。

「何が崇高だ!!この、悪魔め!!……やらせる訳にはいかない!!必ず貴様を止める!!」

 ――最早話し合いは不要、とばかりに、男達のリーダーと思しき男が声を張り上げ、そ

れを合図にするように、武装した男達が猛然とオルクリアに襲い掛かる!……だが、男達

が、オルクリアに辿り着く事は無かった……。

 ――オルクリアに、慌てた様子は無く、悠然と男達を見渡すと、やがてフードの下に笑

みを浮かべたまま、勝ち誇ったように、だが淡々と話す。

「フフ。残念ですが……少し、遅かったようですね。」

 そう言い終えるが早いか ――カッ!!―― 「!?」「!!」「!!!!」

 オルクリアの言葉に呼応するかのように、壁際の台座達が一斉に、ステージ上の箱に向

かってまばゆい光を放ちだす!!

「これは!?」「まさか!?」光を見た男達は、急速に先程までの勢いを失い、隠しきれぬ動

揺が男達を支配していく。 ――ゴゴゴゴゴゴッ!!―― そんな男達を尻目に、やがて

スポットライトに照らされたのごとき箱は、建物全体を揺るがす轟音と共に、自らも焔の

ように激しく光り輝き……やがて箱の上部――蓋と思しき――が幕開けを告げるように、

ゆっくりと、開いていく。

「フフフ……さあ……始まりますよ……


            ―― 《終わりの物語》 ――


 ―― ハリマージ王国領 辺境オルナ村 ――

              ――警備団養成学園――

 ……その廊下に屯している、幾人かの生徒達が、ワイワイと他愛のない立ち話をしてい

る。

「ああ!そうだ!そういえばこんな噂知ってるか?」

 その中の一人の生徒がそう語り出す。

「なんでも今度、この村に、なんと!あのハリマージ王国騎士団、通称『一縷の騎士団』

の人達が来る……らしいぞ!?」

「何!?本当か!?……何しにだよ?……」

「……えーと……?……何しにだろ?……」

「……なんだよそれ……どーせまた、校長がありもしない事吹いてただけだろ……こんな

何もない田舎の村に、一縷の騎士団が来るわけないだろ……」

「あれ?でもこの学校って、騎士団学校の分校って話じゃ……?」

「……それ……校長がハク付けるために、勝手に吹いてるだけだぞ……王都から離れてて

何も言われないのを良い事に……」

 ――そんな噂話を横目に聞きながら、一人、窓際で物思いに耽る若者がいた。

 年の頃は十代後半といった所か。あまり長身ではなく、小柄な部類を掠めるほどのその

身体は、だが、鍛え上げられ、引き締まった肉体美を見せている。

 彼の名はラル。この養成学園の生徒。……というより、ラルは幼少期に両親を亡くし、

身寄りも無かった為、行くあての無いラルを、孤児施設としての側面も併せ持つこの学園

が引き取り、幼少期からこの学園で生活し、育てられてきた。この学園で学ぶのは自然の

成り行きだったともいえる……――


 ――それから数刻後、ラルは学園を出て、オルナ村近くの森の中を一人、何かを探すよ

うに辺りを見渡しながら歩いていた。

 腰には大きめの籠を下げ、籠の中には森で採取したらしい、木の実や山菜等が入れられ

ている。

 ……警備団養成学園は、決して物資が豊富な訳では無い……。孤児施設でもある為、あ

る程度の数の児童(児童とは呼べない年齢の者も含め)を抱えている。

 その全てを養うには、施設の物資、――特に食糧は『枯渇気味』である……。

 幸いにも、オルナ村近くにあるこの森には、食べられる獣や、木の実、山菜等、天然の

資源が食糧庫ともいえるほど豊富にあり、調達先には困らない。……困らない……が……

問題がひとつ……いや……幾つか……

 この森の地形は、険しく、迷いやすい。さらに、森の奥地には、凶暴な獣や、『魔界か

ら来た』といわれる、『魔獣』等のモンスターが一定数生息している。素人が迂闊に踏み

込めば命を落としかねない……。

 そんな森の中ではあるが……ラルはまるで散歩でもするように、何食わぬ顔でスタスタ

と歩いている……一応、辺りを警戒してはいるようだが……。

 ……実は、オルナ村の警備団を目指す者は、幼少の頃より(幼少から在籍していれば)

訓練と称し、この森での食糧採取活動を行わされている。

 ……もちろん、初めは腕の立つ保護者が同伴し、それから一定期間経った上で、試験を

受け校長が許可を出した者でなければ、一人で入る事は許されないのだが……。

 認可された者にとって、この森は、幼少時より馴れ親しんだ、『庭』のようなもの……

危険なポイントや、歩き方など、ある程度の事は熟知している……。

 ――兎にも角にも、ラルは今、この森で食糧の調達、食糧採取活動を行っていた。

「フウ。」

 一定量、食材を籠に収めたラルは、一息つけそうな、辺りを見渡せる見渡しの良い場所

を見つけると、手頃な大きさの石に腰掛け、食材の入った籠を地面に置き、大きく息を吐

いた。

 暫くは安全確認の為か、周囲を見回したり、地面に置いた籠の中身をガサゴソとあさっ

てチェックしたりしていたが……やがて……動きが止まり、焦点の定まらぬ視線で、籠の

奥――地面を見つめながら、誰に話すともなく、ボソボソと呟きはじめる。

「……一縷の騎士団……か……。やっぱ……すっげー強くて……すっげーカッコイイんだ

ろうなあ。」

 どうやらラルは、学園で聞いた噂話を思い出し、ハリマージ王国騎士団に、思いを馳せ

ているようだ。

「本当に村に来てくれればなあ……なんやかんやで……何とかうまく知り合いになって…

…そしたらなんか……うまいタイミングで俺の力量を見てもらえたりして……そしたらな

んか……まかり間違って騎士団学校に入学させてもらえたりして……そうなればいずれは

俺も……騎士団員に……」

 ……内容は……バカっぽい……もとい、とても計画性があるとは思えない……が、一人

で勝手にテンションを上げ、熱く夢を語りだすラル。

 暫く一人でニヤニヤと盛り上がっていたが……

「……」

 ……何を思ったか、暫く押し黙った後……急速に勢いを失い、我に返る。

「……なんて……一縷の騎士団が、こんな何も無え辺境の村に来る訳無えし……第一……

その前に……村の警備団の……しかも、訓練生の俺なんかが……騎士団に入れてもらえる

訳無えよなあ……ハア……」

 それ以前の問題、のような気もしなくもないが、ラルはどんどんとテンションを下げて

いき、最後には溜め息を吐き、項垂れてしまう――

 ――グウゥゥ―― そもそも、計画性も何も無い、勝手な想像で一喜一憂するラルに呆

れ、窘めるように腹の虫がなり、そこでラルは現実に引き戻される。

「おっとっと!……そんな夢の事より、今は、生きる為の食糧っと……」

 そう言いながらラルは、籠をガサゴソと漁ると、すぐに食べられそうな木の実を幾つか

取り出し、口の中に放り込む。

 ……だが、どうしたわけかそれを飲み込む前に、ラルは動きを止める。

 ……不味かったから……では無い!

「!?……」

 リスのように頬を膨らませたまま、ラルの表情が険しいものに変わっていき、緊張がは

しる!……少し遠くの方ではあるが……何かの気配を感じる!

 ――この辺りに凶暴な獣や、魔獣が出ることは、滅多に無い……が、それでも、この森

での油断は命取り!

 そう考えたラルは、緊張を維持したまま、正体を探ろうと気配のする少し遠くの辺りを

凝視する……

「……ぅえ?……」

 その正体を確認したラルは、一瞬、目を疑った……驚いて少し間抜けな声まで上げてし

まう。

「……人?……女の……子……?」

 顔をハッキリ確認出来た訳では無かったが、そこにいたのは……自分と同じ年位の女の

子……。

 村の者では無い……。旅人や行商人、といった感じでも無い……。何と表現すれば良い

のだろうか……おおよそこの場には、につかわしくない……まるで、そこだけ別空間であ

るかのように、美しく、可憐な少女が、ラルの視線の先には立っていた……。

 ラルよりも、少し小さいと思われるその、華奢な身体は……だが、貧相や、チンチクリ

ン等といったイメージなどでは無く、それどころか、美しく、柔らかな曲線を描き、まる

で芸術品のような存在感がある。

 ドレスからスラッと伸びた、その長い手足は、森を走ってきたせいか、少し汚れてはい

るが……それでも尚、瑞々しく、ハリがあり……

 肩程までに伸ばされた、その、少し赤みがかったオレンジ色の髪は、サラサラで、艶が

あり、この薄暗い森にあって尚、太陽のように光り輝いているとさえ思わせる。――

「……」

 ……思わず見惚れてしまったのか、暫し無言で眺めていたラルだったが……

「……?」

 やがて少女の様子がおかしい事に気が付く。

「……ハア……ハア……」

 ――少女は息も絶え絶えに切らせながら、何かから逃げるように、しきりに後ろを振り

返り、今にも倒れそうに、ヨロヨロと走っている。

 ……それに気付き、さらに注意してよく見れば、その身に着けている、美しかったであ

ろう、快晴の青空を思わせる、薄い透き通るような青を基調としたそのドレスは……曇り

空のように薄汚れ、身体の所々を怪我しているようにも見受けられる……。

「待てえ!!」

「!?」

 ……どうしたものか、とラルが様子を窺っていると、さらに複数の人の気配……という

より声が…… ――ドドッ!! ダダダッ!!―― いや!!複数の武装した男達が、今

にも少女に襲い掛からんと森の奥から飛び出してきた! ―― ブオ!! ――

「あっ……!」

 ――ズザァ!!―― 何かの技だろうか?一人の男――男達のリーダーと思われる――

が、振るった剣から、衝撃波が生じ、少女を掠め……ついに少女は地面に倒れ込んでしま

う!

「観念しろ!」「もう逃げられんぞ!」などと言いながら、武装した男達が少女を取り囲

んでいく……。

「……」

 少女は倒れ込んだまま、上体だけを起し、少し立ち上がろうとするそぶりを見せたが…

…その態勢ではもう、逃げるに逃げられない……。

 ……やがて、諦めたのか……少女はその身を捧げるように無防備になると、リーダーと

思われる男がゆっくりと少女に近づき、剣を振り上げる!――無防備の少女は、当然、防

ぐ事が出来る訳も無く…… ――『斬殺』――

 ――ガキーィィン!!―― 

「む!?」

 ――刹那!……剣を弾く音と共に、少女の前に一人の男……ラル、が飛び出し、少女を

守るように立塞がっていた……。

「なんだ!?貴様!!邪魔する気か!?」「やる気か!?誰だか知らんがやるなら容赦せんぞ!?」

 突如現れたラルに、男達は驚きながらも……すぐに武器を向け、鬼の形相で殺気を放ち

ラルに敵意を向ける。

「………」

 男達に凄まれながらなぜか、暫し、剣を防いだ態勢のまま、押し黙っているラル……。

 ……だったが、やがて、壊れたオモチャのように、ゆっくりと顔を上げると、ゼンマイ

仕掛けのオモチャのように、男達を向く。

「……や……」

「……や?」

(……やっちまったー!!)

 ラルが心の中で叫ぶ。

(なんか……女の子が襲われてたから、思わず飛び出しちまったけど……どうすんの!?

これ!?……どうすんの!?俺!?)

 ラルは男達を見回す。相変わらず鬼の形相で、ラルを睨み付け続けている男達。

(やるきなの!?……なんだか武器もって、鎧来た方々が……ひい、ふう、みい……多勢

に無勢じゃん!?……つーか……そもそも一対一の試合でも、こんな、あからさまに強く

て危なそうな奴に、田舎の村の、たかが警備団見習いの俺なんかが……勝てる訳無いじゃ

ん!?)

 ――首を上に向けなければ、顔が見えないほどの大男。刃物のような鋭い目つき、全て

を闇に返すような、真っ黒なオールバック……それが、何でも切り裂いてしまいそうな、

鋭い剣を持ち、岩のように頑丈そうな鎧を着こんでいる……。

 おまけに、その鎧の下は……錯覚だろうか?……そうであって欲しい……鎧よりも頑丈

なんじゃないかと思われる、隠しきれない肉体が見え隠れしている。

 リーダーと思われる男の風貌に、ラルは戦う前から白旗を上げる。

 ……警備団、教訓、其の五――勢いだけで行動せず、常に冷静に戦局を見極めるべし―

― ……明らかな、ミス……

(……いや!!騎士団たる者、襲われている人を助けるのは、間違ってない!!……俺……騎

士団じゃねえけど……)

 そう思い直し、ラルは剣を持つ手にグッと、力を込める。

(覚悟を決めろ!!……こうなった以上、しょうがねえ!……俺の力、見せてやる!!)

「ハアア……」

 ラルは呟くと、剣を構え、意識を集中させる。

「む!?」

 ピリピリッと、ラルに力が集まっていくように感じたリーダーと思われる男は、ラルを

警戒し、鋭い目つきをさらに鋭くして、剣を構えた。――と、その時、

「ハアアッ!!!!」

「!?」

 ――ゴウッ!!―― という音……が、『聞こえそうな大声』で、ラルが叫び、男達が

一瞬怯む。

 ――その瞬間を、ラルは見逃さなかった。 ――ガシッ!!――

「え?」

 突然の事に、少女が驚いて声を上げる。

「な……に……?」

 少女の声に、男達が我に返る。…… ――ダダダダダッ!!―― 

「よっし!しっかりつかまってろよ!……『逃げる』ぞ!!」

 ……なんと!ラルは男達が怯んだ瞬間に、少女を抱え上げ、この場から逃げ去ろうとし

ていた!

「な?……ま……まて!……に……にがすか!!」

 潔い逃げっぷりに、一瞬放心していた男達は、我に返り、大慌てで、ラルを追いかけよ

うとする……だが、

「な、なんだ!?あの、逃げ足!?こんな足場の悪い森の中で!?」

 ……人一人抱えながらも、ラルの逃げ足の速い事、速い事……どんどんと男達を置き去

りにし……やがて、森の中、遠くへと消え去っていった ――


「ハア……ハア……よし!……上手く撒けたな……ここまで来れば大丈夫だろ。」

 辺りを見回し、安全を確認した後、抱えていた少女を高級な陶器を扱うように、優しく

ゆっくりと下ろし、ラルは一息つくように呟く。

 下ろされた少女はまだ、現状がよく飲み込めていないのか、暫く、心此処に非ず、とい

った表情を浮かべ、焦点の合わない視線で、ラルを見つめていたが……

 ……やがてハッと我に返ると、謝意と……そして、少し不安が入り混じった表情で、恐

る恐るラルに話しかける。

「あの……えと……えと?……」

 ……だが名前を知らない事に気付き、なんと切り出すか思案する少女。

「ん?……ああ!俺はラル!大丈夫だったか?」

 ここは自分から名乗ってやるべきだろう。それに気付いたラルが自分の名前を名乗る。

「あ!はい!おかげさまで!申し訳ありません!!私はリーシェと申します。」

 気を遣わせて、先に名乗らせてしまった事を恥じたのか、少女――リーシェ――は、本

当に申し訳なさそうな表情で、慌ててラルに自分の名前を告げる。

「あの……えと、ラルさん……」

「ラルでいいよ!」

「……ラル……あの、ありがとうございました。お助け頂き、本当に感謝致します。……

ですが……ラルは……なぜ私を?」

 謝罪と感謝、そして不安が入り混じった、複雑な表情を再び浮かべながら、どことなく

恐々、リーシェはラルに問いかける。

「……いや……なんでだろ……?」

 ……何も考えず、とっさに飛び出してしまった……。ラルは、リーシェの問いに、自分

でも答えが出せず、首を傾げ、ウーン、ウーンと唸りながら暫し考える……結局、

「ああ!あれだ!男がカワイイ女の子を助けるのに、理由は要らないだろ?」

「……!……か、かわっ……」

 ……天然か……はたまた意図してか……ポンッと手を鳴らして、そんなセリフをほざく

ラルに、リーシェは、元々大きな黄彩色のその瞳を、さらに大きく見開き、口元をアワア

ワッとさせ、みるみるうちに頬を赤く染める。そして少し困ったような、嬉しそうな表情

で、どう答えていいか解らない、と言うように、恥ずかしそうに俯いてしまう。

「……しっかし……あいつら、なんなんだ?何でリーシェを襲って……」

 そんなリーシェを知ってか知らずか、リーシェをよそに、ラルが呟く。

「……」

 俯いていた顔を上げ、ラルを見つめるリーシェ。俯いた時とは違う、困ったような表情

で……

「あ!いや!!……別に詮索しようってんじゃないんだ!!……言いたくないことは言わなく

ても……」

 困り顔で見つめられ、慌ててブンブンッと手を振るラル。リーシェはラルを少し黙って

見つめていたが……やがて……

「……申し訳ありません……ですが……私にもよく……解……らないのです……」

 そう呟くと、再び黙って俯いてしまう……今度は泣き出しそうな表情を浮かべて……。

 ――暫くの間、沈黙が二人を包んでいたが、やっとリーシェが顔を上げると、その顔か

らは泣きそうな表情は消えうせ、むしろ柔らかな笑みを浮かべ

「あの……本当に、どうもありがとうございました。今、何もお礼をして差し上げられな

いのが、心苦しいのですが……いずれ必ず……ですが……いえ、では、私はこれで……」

 そう言って、ラルに背を向け、立ち去ろうとする。――を、慌ててラルが引き止める。

「いや!?おいおい!!待て待て!一人でどこ行く気だよ!?危ねえだろ!!」

「……ですが……私が共にいれば……また……彼らに出会ってしまった時……ラルを巻き

込んでしまいます……」

 ……確かに……もうあんな恐ろしげな奴らには、係わりたくない……ただの村の訓練生

がどうにかするには……荷が重い……そもそも俺は、偶然居合わせただけ……一度助けた

んだし……あとはリーシェの言う通りに……――

「いや!!それこそ一人になったらダメだろ!騎士を目指す者として、一度係わった以上、

このままリーシェを放って置く訳にはいかない!」

 ――あれ?

「……騎士……ですか……?……」

「ああ!それに、こんな森の中に女の子一人置いてった、なんて、先生にバレたら、どん

な酷い制裁(お仕置きと称した)を受けるか……」

「先生?……ですか?」

「決めた!俺が……最低でも、せめてこの森を抜けるまでは、リーシェは俺が守る!!」

 ――おい?俺?

「!!」

 ラルの言葉に、少し顔を赤らめ、ラルを見つめるリーシェ……だが、やがて首を振り、

俯きながら囁くように声を絞り出す。

「ですが……」

 まだ渋るリーシェ……に、ラルはフウッとひとつ溜め息を吐き、そもそも論を問う。

「そもそも……リーシェ……あいつら撒くのに、結構あちこち走り回った訳だけど……お

前、一人でここからこの森……抜けられるのか?」

「……あ……」 ――


 ―― 所変わり、森の外れ。

「くそ!完全に油断した!!あそこからまさか逃走ぶっこくとは!!」

 リーシェを襲っていた男達が集まり、口々に文句や恨み言を言い合っている。ラルとリ

ーシェを完全に見失い、路頭に迷っているようだ。

「……」

 そんな中、リーダーと思われる男は、腕を組み、難しい顔を浮かべながら、先程の状況

を思い起していた。

(油断……確かにそれはあったかもしれない……だが……この険しい森の中、人一人抱え

ながらも、あの逃げ足の速さ……それに……剣を構えた時に感じた……あの気迫……あれ

は……)

「……いや……今はそんな事よりも……リーシェだ!!あの女を逃がす訳にはいかない!」

 リーダーと思われる男はブンブンッと首を軽く横に振り、思考を途中で打ち切り、顔を

上げ、改めて本来の目的に立ち戻る。

「……と言っても、ヴォルグ隊長……。完全に見失っちゃいましたよ……。こんな森の中

……どうやって探すんですか……?」

「……いや……おそらく、奴はオルナの村人だ。オルナの者にとって、この森は庭のよう

なものだと聞く。土地勘の無い俺達が見つけ出すのは、骨が折れる。」

「じゃ、どうします?……オルナの村でも張りますか?」

「……」

 リーダーと思われる男――ヴォルグと呼ばれた――は、オルナ村を張るという提案に、

腕を組み、指を顎に当て、少し考えていたが……やがて首を横に振る。

「……いや……あの男が村に帰ったとしても、リーシェが一緒にいるとも限らない。……

だが……リーシェの行先は判っている……」

 ……気のせいだろうか……語りながらヴォルグの表情が少し険しくなる。

「……できれば……その前にケリをつけたかったが……」

「!まさか……!」

「……行くぞ……『ケンガイジョウ』……」 ――


 ―― 再び森の中

「しっかし……本当に行くのか?……ケンガイジョウ……」

 歩きやすいように、森の中の草木を掻き分けながら、ラルが、リーシェの前を歩いてい

た。リーシェと他愛のない会話を交わしながら。

 話しているうちに、リーシェの行先についての話題になり、ラルが少し眉を顰める。

その表情は『あまりお勧めしない』とでも言いたげだ。

 それを感じ取ったのか、リーシェも少し眉を顰めてラルにオズオズと尋ねる。

「はい……あの、えと……何か問題でも……?」

「うーん……俺もあんま、詳しく知ってる訳じゃねえけど……ただまあ、あそこはあんま

り良い噂聞かねえんだよなあ……」

「噂……ですか?」

 ――ラルの懸念材料は主にふたつ……ひとつは、たまにオルナ村に立ち寄る、旅人や行

商人の話。

「なんでもあそこの領主は、かなりあくどい手段で今の地位を得た!とか……周りの町や

村を恐怖で従わせて、重い税を取っている!だとか……」

「そんな……」

「あと、町中で恐い兵士が監視してて、気に食わない奴は問答無用で処刑される!とか…

…密かに兵を集めて、国家転覆を画策してる!だとか……」

「ひどい……本当なのですか?」

「いや……まあ、これはあくまで噂話だけど……」

 ――もうひとつの懸念、それが本当に問題……

「けど、こっからは噂話じゃなくて……現実問題……」

 ラルは険しい表情をつくり、これから重大な話をすると宣言するように、もったいぶっ

て前置きを置いた後、わざとらしく声のトーンを変えて、再び話し出す。

「ケンガイジョウの後ろには、川を挟んで、通称『魔界』と呼ばれる、大きな魔力を持つ

『魔族』や、凶暴な『魔獣』が生息する、危険地帯、デンジャーゾーンが広がってる!」

「……」

 ……話を聞いて気が動転しているのだろうか……?リーシェは怖いような、怯えたよう

な、悲しいような、怒ったような、困ったような、懐かしむような……何とも言えない複

雑な表情を浮かべて、ラルを見る。

 その顔は、もうその話は聞きたくない、とラルに訴えているかのようにも見る。

「……まあ、ケンガイジョウ自体は、城壁で囲まれてる。川も挟んでるし、町が危険って

訳じゃねえけど……」

 そこまで話したラルは、リーシェの顔を見て、一応の安心材料を提示し、話を終える。

 だが、ふと、気になってしまい、何とはなしにリーシェに尋ねてみた。

「けど……なんだってケンガイジョウなんかに行くんだ?」

「……」

 尋ねられたリーシェは……しかし何も答えず、少しラルを見た後、視線を逸らし、少し

困った表情を浮かべて、俯き、黙り込んでしまう。

「ああ!いや!わりい!!またやっちまった!別に詮索しようって訳じゃねえんだ!さっ

きも言ったけど、別に言いたくない事は、言わなくても……」

 少し前にもどこかで見た、デジャヴのように、慌ててブンブンッと手を振るラル。

 ……に、リーシェは顔を上げ、今度は被せ気味に答える。

「いえ!……申し訳ありません……ですが……言いたくない、というよりも……私にも、

よく、解らないのです……」

「?解らない?」

 ――自分がなぜそこに行こうとしているのか解らない?

 リーシェの返答にラルは小首を傾げる。

「はい……ただ……囚われていた私を、助けに来て下さった方が……ケンガイジョウへ…

…と……」

 ――囚われていた?助けに来て下さった?……さっき森でリーシェが襲われてた事とい

い……

 リーシェの話を聞いたラルは、思わず、険しい表情を浮かべ、考え込んでしまう。

 ――俺……なんかとんでもない事に、首突っ込んじまったんじゃ……

 ――何かが激しく警鐘を鳴らしている。――

 田舎の警備団の……訓練生ごときが……これ以上係わってはいけない、と……。

 その様子を、じっと見つめていたリーシェだったが、やがて、少し寂しそうな表情を浮

かべた後、真顔に戻り、ラルを真っ直ぐに見つめ、その提案をきり出す。

「やはり……今からでも遅くはありません。ラルは、私から離れて村へお帰りください。

森を抜ける道順を教えて頂ければ……私は十分ですので。」

「え?……い、いや……それは……」

 突然のリーシェの提案に、心を見透かされたような気がしたラルは、少し狼狽え言葉を

詰まらせる。

「……皆……狙いは、私……です。私が共にいさえしなければ……ラルが被害を被る事も

無いでしょう。」

 何も言えずにいるラルを尻目に、リーシェは言葉を畳み掛ける。

「私は……私のせいで、ラルをこれ以上、困らせたくはありません。」

 ――……話から察するに、少なくとも、人を襲い、監禁するような危険な者達。

 ……そして、そこから、少なくとも、人一人助け出せる程の力量を持った者。……行先

を指示する辺り、一人とは考えにくい……これは、辺境の村の、警備団の、訓練生、ごと

きには手に余り過ぎる事案……。

 ――警備団、教訓、其の七――勇気と無謀をはき違えるべからず。手に余る任は、無茶

をせず、対処出来うる者に引き継ぐべし。――

 ――そうだ……この任は、ここらが限界、リーシェもああ言ってる……もう、手を引く

べき……ここまで来れば、もう少しで、森も抜ける……だから……――

「何言ってんだ?リーシェ?こんな事で俺が困るわけないだろ?暇してたんだ!むしろ『

大歓迎』だ!!」

 ――おい!!俺が何言ってんだ!?

「騎士たる者が!庶民を守るのは『必然』!!途中で手を引くなんてありえない!!……騎士

じゃねえけど……」

「……ラル……ですが……」

「よし!決めた!!お前が嫌がっても関係ねえ!」

 ――何を決めた!?

「俺が、リーシェを」

 ――まさか!!

「ケンガイジョウまで」

 ――待て!!やめろ!!

「無事に辿り着くまで護衛する!!」

 ――言っちまった!!

「これは俺が勝手にやることだ!お前の意見は聞かねえ!」

 ――……ハア……

「……!……ラル……」

 ラルの言葉に感極まったのか、リーシェは頬を赤らめ、涙ぐみ、口元を押さえながら、

困ったような、すまなそうな、それでいて嬉しそうな、そんな表情を浮かべ、潤んだ瞳で

ラルを見つめた後、声にならない言葉を発する。

「……」

(え?行くの?……俺?……ケンガイジョウに?……) ――



 ―― ケンガイジョウ ――

 そこは、ハリマージ王国王都タシオッタから、険しい山脈――ウオウル山脈を挟み、タ

シオッタの逆側に広がる、ケンガイ地方の中心的都市。

 ケンガイジョウから大きな川――サンズ川を挟んだ上方には、『魔界』と呼ばれる、強

大な魔力を持った、『魔族』が住む領域が広がっており、ハリマージ王国――人族――の

対魔族最前線防衛拠点としての役割も担う、城塞都市である。

 ――因みにオルナ村は、タシオッタとケンガイ地方の中間、ウオウル山脈の下方、麓を

さらに下った辺りに、ポツンと孤立して存在する。下に大きく迂回するルートになる為、

中継地点として活用する者は少ない。

 ――ケンガイジョウは、ハリマージ王国領ではあるが、川、山、森、に隔てられている

為、王国からの介入は、あまり無く、独自の発展を遂げている。

 そのためか、悪徳領主が統治している、兵士が常に監視している、兵士を集め、王国を

滅ぼす機を窺っている、等々、虚実入り混じった悪い噂が絶えない。――

 ……のだが……

「ふああ……ここが……ケンガイジョウ……」

 ケンガイジョウに辿り着いたラルは、人で賑わう街の中を、思わず間抜けな溜め息を漏

らしながら、物珍しげにキョロキョロと見回している。

 その後ろから付いて来ていたリーシェも、一通り町の中を見回してみる。物珍しげにキ

ョロキョロと、ではないが……。

「確かに、兵士の方が街の中を、警備しているようですが……ラルの言っていた恐ろしい

感じではありませんね。街の中も、人で賑わっていますし。」

 それどころか兵士は、街を歩く一般人と、笑顔で気さくに立ち話なんかもしている。

「んー、あー。……そういや、そうだなあー……。」

 ……だが、リーシェに話し掛けられても、まだキョロキョロとしたまま、どこか上の空

で、生返事を返すラル。

「……いや……それより……なんだ!?あのデカイ建物!なんだ!?この店?なんか変な物色

々売ってるし!……それに……この通りだけでも……村の奴ら全員分くらい、いるんじゃ

ねえか!?」

 ラルはこれまで、オルナ村近辺を、ほとんど出た事が無い。

 オルナ村は、辺境の小さな村。村人のほとんどが、知り合いだし、小さな店は一応あっ

ても、商店街のようなものは無い。

 それに、校舎はそれなりの大きさの建物ではあるが、それでも、この町の所々にある建

物のような大きさでは無いし、立派でもない。高さが圧倒的に違う。

「……これが……都会……か……」

 初めて見る物ばかりのこの町に心を奪われ、ラルはボソリと呟き、田舎者丸出しで、物

珍しげに何度もキョロキョロと、辺りを見回してしまう。……と、

「クスッ!……フフッ。ラルは、大きな町に来たのは初めてなのですか?」

 ラルを横目で見ていたリーシェに、笑われてしまう……。

 ……笑われたラルは、ハッと顔を上げると、カーッと赤くなり、リーシェを睨む。

「……フンッ!悪かったなあ!ああ!そうだよ!俺は村からほとんど出た事ねえ、田舎者

だからな!」

 フグのように頬を膨らませ、ふて腐れ気味に、リーシェに答えるラル。

「あ!……申し訳ありません……馬鹿にした訳では無いのです……ただ……」

 慌てて頭を下げ、顔でも、申し訳ない、と言い表すような泣きそうな表情で、謝罪を口

にするリーシェ。

 ……だが、それから少しだけ、チラッとラルを見ると……言っていいものかとためらっ

た後

「ただ……キョロキョロとされているラルが……とても可愛らしかったもので……つい…

…」

「んな!……かわっ!……」

 ……喜べばいいのか……はたまた、怒るべきか……可愛いと言われたラルは、大きく目

を見開き、ワグワグ口を動かした後、どうして良いか解らずリーシェを見たまま、固まっ

てしまう……。

 ……そのまま固まっていてもしかたないので、可愛いはスルーする事にしたラルは、何

事もなかったかのようにリーシェに問いかける。

「でも……リーシェは見慣れてそうだな。デカイ建物とか。……だよなあ。なんか雰囲気

が……大都市の、良い所のお嬢様、って感じだもんなあ。」

「……お嬢様、ですか……」

 何気ないラルの一言だったが……その言葉に、さっきまで笑っていたリーシェは……一

瞬、戸惑いの表情を浮かべ、ラルから視線を外す。……そして、

「そうですね……そうだったのだと思います……その昔は……」

 少し寂しげな表情で遠くを見つめ、一呼吸置いた後、呟くように声を漏らす……。それ

は、まるで、遠い昔を思い出しているかのようだった……。

 それきり、遠くを見つめたまま、何も言わなくなったリーシェに、ラルは、なんだかそ

れ以上何も聞いてはいけないような気がしてしまい、二人の間に沈黙が流れる……。

 ――その昔?

「なあ……」

 それでも最後の言葉が気になったラルが、やっと口を開こうとした……時、

「やっと……見つけたぞ。」

 別の者が口を開き、声が響き渡る。――聞き覚えのある……低い声。ラルの心臓は高鳴

り、嫌な汗がドッと流れ落ちる。気のせいである事を心の底から願いながら、声の元へ静

かに視線を送る……と、

「間に合ったようだな。もう、逃がさんぞ!」

 気のせいなんかでは無い!そこには、あの恐ろしい大男ヴォルグを筆頭に、森でリ

ーシェを襲っていた男達が集まってきている!

 やがて大男ヴォルグは、街中にも拘わらず、剣を抜き、ラルから少し離れた所に立

っていたリーシェに、襲い掛からんとする!!

「リーシェ!!」

 咄嗟に、リーシェと大男ヴォルグの間に割って入るラル!

 ――ガキーンッ!!―― 

 間一髪、何とか防御が間に合っ…… ――グンッ!!――

「うぐ!?な!?防御ごと押し切られ!?」

 ――ドゴーンッ!!!――

「ぐあ!!」

「きゃあ!!」

 ――そのまま、ラルは防御ごと押し切られ、後ろにいたリーシェ共々、背後の壁まで吹

き飛ばされる!

「ハア、ハア!うぐ!!くそ!……リーシェ!!大丈夫か!!」

「ハア、ハア……私は……大丈夫です!この程度!……それよりも、ラルが……!」

 防御していた為、致命傷は受けていない、が、それでもダメージが残る。……これが、

本気になったこの男の実力!……解っていた事ではあるが、やはり、警備団、訓練生ごと

きでは、とても敵いそうに無い……。

 ――コツコツ……―― 驚愕し、戸惑うラルに、大男ヴォルグがゆっくりと近づい

てくる。

「今のを防いだか……少し、お前に興味が湧いた……俺はヴォルグ。お前、名は?」

「ラル。ッ……!」

 こんな恐ろしい大男に、興味を持たれるのは御免こうむりたいラルだったが、名前を尋

ねられ、咄嗟に名乗ってしまった。

 慌てて口を押えようとしたが、後の祭り……。ヴォルグはしっかり名前を覚えたという

ように頷き、興味深そうに、ラルを見る。

 ――だが、それも、一瞬。すぐに険しい表情で、ラルを睨みつけ、再びゆっくりと近づ

いてくる。

「そうか……ラル……だが、今は残念ながら……それどころでは無い!」

 そして、ヴォルグは剣を構え、気圧されそうなほどの『殺気』を放ち、怒鳴るように、

ラルに告げる。

「ラル……邪魔をするなら……容赦はせんぞ!!」

「……!!」

 それはまるで……『死の宣告』。

 気圧されそうになりながらも、どうにか剣を構え直すラル。……

 ――だけど、こんなのどうすれば……!?――

「ラル!!どうか私を置いてお逃げ下さい!!私は……大丈夫ですから!!」

「……!!……」

 動揺するラルに、後ろからリーシェが気丈に声をかける。……無理やりつくった笑顔の

上に、涙を浮かべ、微かに震えながら……。

 ――……そうだ……こんな奴に、たかが訓練生の俺なんかが敵う訳が無い……そもそも

が……この件は、俺が係わって良い問題じゃない……手に余り過ぎる……リーシェも大丈

夫と言ってるんだ……俺はここらで逃げ……

「……る訳ねえだろうが!!この俺が、こんな奴程度に、ビビッてられっかあ!!」

 ……心の声を掻き消すようにラルは叫ぶと、ググッと気合を入れ直し、剣を構えヴォル

グに向かって、猛然と突っ込んでいく!

「ラル!!だめ!!止まって下さい!!」

 ラルを思い止まらせようと、必死になって、リーシェが叫ぶが、思い届かず、ラルはヴ

ォルグに向かって、一気に加速していく!

「……向かってくるか……益々、興味が湧いた……それだけに……『残念』だ!!」

 向かってくるラルを、冷静に見つめていたヴォルグは、やがて、『殺気』を増大させ、

ラルに向かって剣を振るう!! ――ガギィイーン!!!!―― 二人の攻撃が衝突!!

 ……はしていない……。

「む!?」

「え!?」

 ……ヴォルグの剣も、ラルの剣も、お互いのどこにも触れてはいない。突如、二人の間

に舞い降りた、『何者か』が、二人の攻撃を防いでいる!

「貴様は!?」

「え!?何!?誰!?」

 両手に一本ずつ短剣を持ち、片方はラルの剣を、そしてもう片方でヴォルグの剣を受け

止め、不敵に微笑むその人物は、女性のように美しく、整った顔立ちをしているが、羽織

ったマントの、その下の、露出した胸板で男性だという事が窺える。

 ヴォルグのように重い鎧は着けていない軽装だが、素早さを重視した装備なのだろう。

只者では無いオーラを放っている。

「ここは私が……貴方がたはお逃げ下さい。」

 ヴォルグを警戒してか、鈍く光る菫色の髪を揺らしただけで、ラルを見ずに、その男が

ラルに語りかける。

 ラルには、その男が誰だか解らないが、今はそれが一番良い選択のように思われる……

思われる……のだが……

「……て、言われても……相手はヴォルグだけじゃねえ……俺達は囲まれてる!俺だけな

らまだしも……」

 リーシェを抱えて逃げるのは、難しい……そう言いかけたラルを、差し出された美しい

指先が制す。……指先は斜め後ろを指さしている。

「え?……あ!」

「ご無事ですか?」「ここは我々が!」「今のうちに早くこちらへ!」……指し示された

指の先には、数人の兵士たちが集まってきている。そこでようやく、ラルはこの、突然の

乱入者が何者なのかを理解する。

 一人の兵士の首からは、ケンガイジョウの紋章が入った首飾りが覗いている。間違いな

い。

 彼らは、そして、彼らの上役と思われる、ヴォルグとラルの間に乱入してきた男も、『

ケンガイジョウの兵士』。

 ――それはそうだ。こんな街中で、剣を抜き、これだけの騒ぎを起こせば、気付かれな

いはずがない。

 悪い噂は絶えないが、彼らは対魔族最前線の兵士達!その実力は、一縷の騎士団と並び

評されるほどの、猛者揃いといわれている。

 加えて言えば、街中で見た兵士達、それに騒ぎの救助に駆け付けるあたり、どうやら悪

い噂は少し間違っていたようだ。

「よし!リーシェ!ここはお言葉に甘えて、逃げるぞ!」

 少し安心したラルは、ヴォルグを乱入者に任せ、リーシェの手を取り、走り出す。

「あ!待て!!」

 それを止めようとするヴォルグの配下達だったが……

「待つのはお前達だ!!」

 兵士達の足止めに会い、ラルとリーシェを、思うように追う事が出来ない。

 そうこうしているうちに、残りの兵士達に誘導され、ラルとリーシェの姿が、遠くへ消

え去り、見えなくなっていく。

「貴様ら!」

 ヴォルグは苦々しい表情で吐き捨て、乱入者を睨み付ける。

「やってくれたな……解っているのか……我々の邪魔をするなら、どうなるか!!」

 ラルに向けた以上の『殺気』を放ち、射殺すような視線で睨みながら、そう凄むヴォル

グを……だが、乱入者は全く意に介さず、まるで赤子に向けるような、柔らかな微笑みで

受け流す。

「フフ。……さて?どうなるのでしょうか?」

 乱入者は、口元に笑みを浮かべたままさらに続ける。

「貴方がたこそ……解っているのですか?」

「なんだと!?」

 ヴォルグは乱入者の態度に、熱くなったのか、さらに殺気を増大させ睨むが、やはり乱

入者は意に介さず、涼しい顔で笑みを浮かべたまま、尚も続ける。

「世間では、色々と言われているようですが……街中で暴れ回り、庶民を襲うような暴漢

を、我々が指を銜えて見過ごす訳にはいかないでしょう?」

「……戯言を……!」

「フフ。……戯言、ですか?」

 相変わらず口元に笑みを浮かべたまま、乱入者がヴォルグに二丁の短剣を向ける。

「……」

 ヴォルグも剣を構え、辺りの空気がビリビリと震えだす。それはまるで、猛獣が二匹、

牙を剥き出しにして、向かい合っている、と錯覚してしまうような光景だった。――


 ―― ケンガイジョウ領主の館 ――

 ケンガイジョウの兵士達の力を借りて、何とかヴォルグから逃れたラルとリーシェは、

その後、領主の館で、ケンガイジョウ領主、ディスチアンと対面していた。

「えっ……と?……このたびはわれわれめをおたすけいただき……まっことにきょんえつ

しごくにぞんじあげまつりまする……?」

 慣れない言葉を使おうとして、意味不明な言語を発するラル。

「ハハ!いやいや!そんなに固くならなくても結構ですよ?いつも通りの、自然体でお願

いします。ああ!それと、困っている方をお助けするのは、我々の責務です。どうぞ、お

気になさらずに。」

 苦笑しながらラルを制す、グレーの白髪交じりで短髪の男。

 身長はあまりないが、少し小太りで、顎鬚を生やし、たれ目気味の眼尻には、笑顔をつ

くり過ぎたのか、少し小ジワが浮かんでおり、全体的に、人の良さそうなイメージを受け

る。

 この男こそが、ケンガイジョウ領主、ディスチアンである。

 ――良かった……良い人そうだ。噂なんてのは、当てにならないもんだなあ。――

 ラルは胸を撫で下ろす。

「それで。……何やら私に話がおあり、という事でしたが……」

「あ……」

 デスチアンに、そうきり出されて、リーシェが慌てて立ち上がる。

「そうでした。申し訳ありません。話があるのは私です。……その前に、この度は、お助

け頂き誠にありがとうございました。デスチアン様。心より、感謝申し上げます。……そ

れで……話というのは……」

「ああ。そんな堅苦しい挨拶は、結構ですよ。」

 リーシェの言葉を遮り、ディスチアンがリーシェを制す。

「それに……申し訳ありません。言葉足らずでした。大丈夫です。」

「?」

 何が大丈夫なのか?首を傾げ、訝しむラル。……と、

「大丈夫です!!リーシェ様!!」

「!?」

 突然の、予想外の事態に、リーシェは目を丸くし、口元に指先を当てて、驚きを表現し

ている。

 ラルも、ラルで、目の前の事態に、呆然と立ち尽くし、開いた口が塞がらなくなってい

る。

 ――何が起きたのか……なんと!ディスチアンは、リーシェの前に跪き、恭しく敬礼し

ていた。ディスチアンはその態勢のまま、まるで、臣下が主君に対するように、リーシェ

に接する。

「これより、リーシェ様は、我々が全力でお守り致します。『ここにいる間』は、どうぞ

我々に何なりとご命令ください。ご期待に沿えるよう、善処させて頂きます。」

 ラルとリーシェは、思考が追い付かず、押し黙ったまま、暫しの時が流れ行く……。

「……なあ……」

 やっと言葉を絞り出したラルが、錆びた歯車のようにギシギシと、リーシェに振り向き

恐る恐る問いかける。

「もしかして……リーシェ……さん……様って……物凄い偉い方……だったり……するの

か……でしょうか……?」

「な!!……や、止めてください!!ラル!!そんな!他人行儀な!!」

 微妙に敬語を交えて、しどろもどろに話すラルに、リーシェは、大きくパッチリとして

いたはずの眼を、細くつり上げ、顔を真っ赤にして怒り出す。さらには、口をへの字に曲

げ、斜め下からラルを覗き込み、プンッ!プンッ!と聞こえてきそうな表情だ。

 さらにリーシェの怒りは、ディスチアンにも飛び火し、

「ディスチアン様も!!……私は……普通の……どこにでもいる……一般人……です……」

 ディスチアンに詰め寄るリーシェだったが、その勢いは、徐々に萎んでいき、いつの間

にかその表情は、悲しげなものへと移り変わっている。最後は泣き出しそうな表情を浮か

べ、蚊の鳴くような声で、ボソボソと呟くのがやっと……。

「……一般人……ですか……?……そうですか……いや、そうでしたね!……『今』は…

…」

 ディスチアンは、顎鬚を撫でながら何やら暫し思案していたが、やがて立ち上がると、

リーシェに向き直り、

「……これは失礼しました。……ですが……あなたをお守りする事はご許可頂きたい。先

程も述べたとおり、困っている『一般人』、を、お守りするのも、また、我々の責務、で

すので……。」

 そう言って、目尻を下げ、人の良さそうな笑顔をつくると、リーシェに向かって微笑み

かけるのだった。 ――


 ―― 領主と対面した暫く後、ケンガイジョウの城門近くをラルが一人、感慨深げに歩

いていた。リーシェはいない……。

「ふう。……これで、俺の任務も終了か……。リーシェは……もう、大丈夫だろう……」

 なにせ、ケンガイジョウの領主自らが、保護している。ヴォルグ達も、迂闊に手は出せ

ないだろう。

 ――俺なんかが護衛するより数倍……いや!数十倍安全だ!……そもそもが……この件

は……田舎の警備団の、訓練生が、係わってはいけない……知ってはいけない事だった…

…そんな気さえする……もういい加減、本当に手を引くべきだろう……――

「しかし……少しの間、一緒にいただけだったけど……いざ、別れるとなると、なんだか

少し、寂しい気もするなあ……」

 少し遠い目をしながら、リーシェとの旅路を思い起こし、感傷に浸りながらトボトボと

歩くラル。……と、

「?」

 ラルはふと、ある違和感に気付き、顔を上げる。……いや……感傷に浸っていたせいで

気付くのが少し遅かったかもしれない……。

「やけに……静かだな……」

 リーシェと共に訪れた時は、人で賑わっていた街の中が、今はガランッと静まり返り、

喧騒を感じない……。

「……人の気配が……無い……?」

 ……いや!! ――ドッ!!――

「く!?」

 ――ガキィーン!!――

 ……ラルが人の気配……というより『殺気』を感じ、振り向くや否や、覆面の男達が陰

から飛び出し、ラルに襲い掛かってくる!!

「何だ!?こいつ等!!」

 寸での所で、攻撃を受け流したラルが、態勢を立て直し、覆面の男達を仰ぎ見る。

「もしかして、ヴォルグの手下……」

 まだ、リーシェが自分と一緒にいると思い、ヴォルグの手下が襲ってきたのか?一瞬、

そう考えたラルだったが……

「いや……あれは……まさか!?」

 ――ラルに飛びかかった拍子に、一人の男の襟元から飛び出した、首飾り。――

 ――あれは……見覚えがある……刻まれた紋章……あれは……『ケンガイジョウ』の紋

章……!!

 ……あれはおそらく、武勲を立てた者に授与される特別な物……そこらによくあるよう

な物では無い!……それに、ヴォルグの手下が、今更、正体を隠して襲ってくる!……と

いうのもなんだかおかしい……なにより、

「お前ら!!まさか、ケンガイジョウの兵士か!?」

 一瞬の沈黙……後、肯定するように何も言わず、覆面の男達が、一斉に襲い掛かってく

る!……それが全てを物語っていた……。

「くそっ!!」

 ラルは一言吐き捨てると、剣を構え、無我夢中に振るった……生きる為に……――


 ―― ……それからどれ位経っただろうか?ケンガイジョウのとある道路を、一人の男

が、フラフラと歩いていた。

 全身傷だらけで、出来たばかりであろう傷跡の所々からは、血が滴り落ちている。

「ハア……ハア……」

 息も絶え絶えに、今にも倒れそうなその身体を、ヨロヨロと引きずるように歩くその男

は……それでも、

「ハア……ハア……ハハッ……案外……なかなか、やるじゃん……俺!」

 その男――ラルは、無事……とは言いかねるが、襲ってきた刺客――ケンガイジョウの

兵士達を、全て返り討ちにして、生還を果たしていた。

「まさか……俺が……ケンガイジョウの刺客を、返り討ちに出来るとは……」

 自分でも信じられない、というようにラルは呟く。

 幼少の頃より、訓練を受け、森ではちょっとした獣や魔獣、それに山賊なんかとも戦っ

た事はあるにはあるが、それも稀に。基本は逃げのラル。本格的な戦士と戦った経験なん

てものはほとんどない……。

 それが、あの、悪名高い、ケンガイジョウの兵士達相手に、生きて帰れるとは……。

「大丈夫。これは……俺を狙った襲撃。……だから、リーシェは……大丈夫だ。」

 ラルは自分に言い聞かせるように、さらに呟く。

 ――この襲撃は、おそらく、ごく一部の者しか知ってはいけない、重大な秘密や、機密

を、何かの間違いで知ってしまった者に対して行われる……一般人、要人、善人、悪人、

敵、味方……関係無く、問答無用で葬り去る……つまり、『口封じ』!!……この国ではよ

く有る事だ……だから、その秘密の中心、あるいは秘密そのもの、であろうリーシェが、

襲われる事は、まず、ありえない!……むしろ、ディスチアンが言っていた通り、丁重に

扱われているはず!

 ……心配は要らない……リーシェの事は……今は……それより、自分の身!!次が来る前

に、早急にケンガイジョウを脱出して……あとは、ほとぼりが冷めるまで、オルナ村でひ

っそりと、静かにしていれば、あんな、辺境の村の男の事なんて、いずれ忘れてくれるだ

ろう……幸いにも、オルナ村は、森と山に隔てられ、ケンガイジョウからも、王都タシオ

ッタからも離れ、隔絶されている。――

「だから、今は、急いでケンガイジョウから出ないと……なのに……なんで……」

 ラルは大きな建物の前で、足を止め、自分に問いかけるように呟く。

「俺は……ここに居るんだ……?……」

 ――その建物は、少し前にリーシェと来た場所……ケンガイジョウ領主の館!

 ――……大丈夫……と、思おうとしても……俺はもう、『ディスチアンを信用する事は

出来ない』!!

 ……だけど……ここに来たところで……俺に何が出来る?……――

「……こっそり覗いて、無事を確認するだけ!……無事なら後はもう、一目散に……」

 そう心に定め、領主の館に忍び込もうとした時、 ――ドガシャーンッ!!――

「ぐあ!!」

「え?」

 館の奥から、ケンガイジョウの兵士と思われる男が、吹き飛ばされてきた!?

「ぐ!!くそ!!貴様ら!!こんな事をして、ただで済むと思っているのか!?」

 吹き飛んできた兵士は、ヨロヨロと立ち上がり、館の奥を睨み付け怒鳴る、が

「ぐはっ!!」

 おそらく、兵士を吹き飛ばしたであろう、大男が奥から現れ、哀れにも再び殴り飛ばさ

れてしまう……。

「フン……やれるものなら、やってみろ……ケンガイジョウ如きに、俺達が怖じ気づくと

でも思っているのか?」

「!?ヴォ……」

(ヴォルグ!?)

 思わず大声を上げそうになり、慌てて口を押えるラル。何がどうしてそうなったかは、

不明だが、どうやらヴォルグ達が、『領主の館を襲撃』している真っ最中、らしい……。

「俺達の邪魔をする、というのなら……この町ごと、叩き潰してくれる!!」

「うひっ!!」

 ヴォルグのあまりの迫力に、兵士の先程までの威勢は消えうせ、短く悲鳴を上げ、腰を

抜かして倒れ込み、縮こまって何も言えなくなってしまう……。

 そんな哀れな兵士に、ヴォルグはゆっくりと詰め寄り、頭を鷲掴みにして、引きずり起

すと、怒気をはらんだ、低い声で唸る。

「……もう一度聞こう……リーシェをどこへやった?」

「ほ……本当に知らないんだ……!」

 哀れな兵士は、竿にかかった魚のように、ヴォルグに吊り上げられたまま、ブルブルと

震え、涙目になりながら、必死に答える。

「……ならば、質問を変えよう……お前達の領主……ディスチアンはどこへ行った?」

「そ……それも……ほんとに……ぴぎゃ!!」

「あ?」

「いぎゃ!!や……やべて……ほ……ほんとにしりゃな……」

 ギリギリッと、頭を掴んでいる手に、力が込められ、釣り上げられた魚のように、ピチ

ピチと身体を動かした後、最後はもうほとんど気を失いながらの哀れな兵士。

「ストップ!ストップ!ヴォルグ隊長!……手掛かりになりそうな事、言ってる奴、連れ

て来ましたよ。」

 哀れな兵士が、ビクッビクッと痙攣し始めた時、館の奥からヴォルグの手下が、もう一

人、ケンガイジョウの兵士を伴って、現れた。

 ヴォルグは二人を横目で見ると、やっと哀れな兵士の頭から、指を外し、今度は連れて

来られた兵士をロックオン。

「……ディスチアンはどこだ……?」

 哀れな兵士の惨劇を、目撃していたその兵士は、ゆっくりと、だが、確実に近づいて来

る『凶器』に、身体を強張らせ、顔を青ざめさせながら、慌てて悲鳴じみた声を上げる。

「い……いや!俺もディスチアン様の居場所を、知ってる訳じゃあ無いんだが……!」

「……」

 無言で『それ』は近づいて来る!!……殺気と怒気を放ちながら!!

「い……いや!!ま、待ってくれ!!ディスチアン様が、俺達下っ端に、何も知らせずに居な

くなった時は、大概、『あそこ』なんだ!!」

 逃げ腰になりながら、それでも兵士は必死に、捲くし立てる。

「ディスチアン様は、ここ最近、『あそこ』の調査に熱を入れてて、たまに、俺達下っ端

には何も言わずに、重臣だけで『あそこ』に行ってるんだ!!だからきっと……ひっ!!」

 ついに捉えられた兵士は、思わず悲鳴を漏らし、ガタガタと震え出す。……そんな兵士

の頭に張り付いた指に、徐々に力が込められていく……

「……居場所を聞いているんだ……それはどこだ?」

 兵士は最後の言葉のように声を絞り出す。

「……『コウマの塔』……」 ――


 ―― コウマの塔 ――

 それは、『魔界』に面したサンズ川のほとりにそびえ立つ、古びた遺跡。横幅はあまり

無く、一般の家一軒分も無い程ではあるが、空に向かって細長くそびえ立つ、柱のような

建物。

 内部には、これといった物は何も無く、一階から、最上階、屋上に至るまで、ガランッ

とした空間と階段が在るのみである。

 そのため、何の目的で立っているのかも解らないこの塔に、調査や宝探しで訪れる者も

無く、少し以前に、ハリマージ王国の調査団が調査したきり、そのまま放置されている。

 ……だが、この塔は、細長くそびえ立つその造りと、コウマの塔、という名前のイメー

ジの為に、上部に目が行きがちではあるが、実は、大きな秘密がある。

 一階の、更に下、地下階。そこには、普通に調べても見付けられないであろう、秘密の

地下通路が存在する。

 その通路を渡ったその先は、サンズ川を越えた向こう、『魔界』側の川のほとりに建つ

コウマ神殿へと繋がっていた。

 その神殿は、コウマの塔とは違い、高さは無いが横に大きく、幅広い廊下と、幾つもの

広い部屋が存在する。

 その中の一室、中央に祭壇のような物が設置されている部屋。

 その祭壇の上に、囚われのお姫様のごとく、座らされているリーシェがいた。

「フフ……フハハハハ!」

 リーシェの前に立っていた男――ディスチアンが、堪えきれずに笑い声を上げ、横に居

る、おそらく重臣であろう男に話し掛ける。――男は以前に、ヴォルグとラルの間に割り

込んで来た、女性のように美しく、整った顔立ちの乱入者だ。

「これで、世界は俺の物だ!マントマン!お前も良くやってくれた!その働きに、見合っ

た報酬を取らせよう!」

「……」

 重臣――マントマンは、無言でかしずく。

「……ディスチアン様……私は……」

 それは、ケンガイジョウまでの道中で摘んだものだろうか?

 腕に付けた、花を編み込んだブレスレットをしきりに触りながら、二人の様子を悲しげ

に見ていたリーシェが、やがて口を開く……

「ああ!!大丈夫です!!リーシェ様!!」

 ……のをディスチアンが制止する。

「あなたは何も心配しなくて良い!……ただ、黙って我々に、その身をお任せ下されば、

それで。……後は、どうとでも出来る!!お前のおかげでな!マントマン!フフフ!!フハハ

ハハハハ!!」

 何がそんなに面白いのか……それともよほど嬉しいのだろうか?ディスチアンは、領主

の館で見せた、優しそうな微笑みとは打って変わった、明らかに悪い笑みを浮かべて、終

始ご機嫌だ。

 ……だが、高笑いがまだ響く室内に、 ――ピシッ!!――

「!!」

 ――ビキキッ!!―― 醜い笑い声を掻き消すように、突如、異音が響く!!

「な!なんだ!?まさか!?」

 慌てるディスチアンの声をさらに掻き消すように、異音は尚も続く!! ――ドッカーン

ッ!!ガラガラッ!!―― 

「……貴様らが、間抜けなおかげで助かった……」

 音の正体――ヴォルグが、壁を突き破り、室内へ乱入してくる!

「まぬ!?……!!」

 ―― ブオッ!! ―― ディスチアンが何か言いかけたが、ヴォルグは間髪入れずに

剣を横に振るう!!

 森で出したものよりも、明らかに威力が高い衝撃波が祭壇目がけて飛んで行く!!

 ……狙いは……

「あ……」

 リーシェ!!……

 ……が ――ガキィイーン!!―― 寸での所で、マントマンが助けに入り、衝撃波を

弾き飛ばす!……。

「ちっ!……やはり、『貴様』が邪魔だな……」

 一連の流れが止まり、一息ついた所で舌打ちするヴォルグ、に、こちらも一息つけたら

しいディスチアンが喚き立てる。

「貴様!?どうやってここに!?」

 ――秘密の通路をどうやって!?……だが、その答えは、いたって簡単だ。

「どうやってもなにも……地下への扉が、開いていたからな。……誘い込む罠かとも考え

たが……」

「!?……マントマン!!貴様!扉を閉め忘れたな!!この、ド阿呆が!!どうしてくれる!?」

 自分の事は棚に上げて、ギャアギャア喚くディスチアンに、最早、領主の館でリーシェ

やラルと対峙していた時の面影は無い……別人のようだ……これが本性なのだろう……。

「……フウ……」

 喚くディスチアンの声を、暫く黙って聞いていたマントマンだったが、やがて、静かに

溜め息を吐くと、少し小馬鹿にしたような笑みを浮かべディスチアンを見る。

「フフ……調査が足りませんね……ディスチアン様?」

「な?なんだとっ!?」

「別に、忘れていた訳ではありません。……そもそも……あの扉や地下通路に掛けられて

いた、『カモフラージュの魔力』は、一度扉を開いてしまえば解けてしまうものです。」

 微かに笑みを浮かべながら、衝撃の事実を、淡々と告白するマントマン。

「……扉が開いているか、閉じているか、は、大した問題ではありません。」

 ディスチアンは茹で蛸のように、顔を真っ赤にして怒鳴る。

「な!?貴様!!知っていたなら、なぜ、言わなかった!?」

「……言った所で、現状、私には再び掛けることは出来ませんし……」

 話しながら、マントマンは、ディスチアンに向き直り、ゆっくりと近づいて行く。

「そのおかげで、計画が中止されるのも、嫌、でしたので……」

「フン!任務に懸命なのは結構だが、俺の計画を実行するか、否かは、自分で決める!お

前が独断で決める事では無い!!しっかり報告をせんか!!この、阿呆め!」

 ディスチアンはフン!と鼻を鳴らし、任務遂行に先走った部下を窘める……が

「俺の計画?……フフッ。何を言っているのです?貴方のくだらない計画など、どうなろ

うが、知った事ではありません。」

「な!?……なんだと!?今、何と言った!?」

 予想だにしない、マントマンの発言に、ディスチアンは、垂れ目を丸く見開き、耳を疑

う。

「ヴォルグが追ってくるリスクも……考慮しなかった訳ではありませんが……それはそれ

……その時までには、『大方の仕事』は終えており……後は、貴方を始末するのに、上手

く利用できるかも?……などと考えておりまして……少し、浅はかだったかもしれません

……」

 話しながらもマントマンは、急流のようにグングンとディスチアンに接近して行く。

「!!……!????」

 目の前で何が起きているのか?……ディスチアンは思考が追い付かず、目を白黒させ、

何か言いたげに、金魚のように口をパクパク動かす事しか出来ない……。

「フフフ。私は元より、あなたの下らぬ『世迷いごと』に付き合う気は、毛頭御座いませ

ん。」

 ――キ、キンッ!!―― ついに、ディスチアンの目の前までやって来たマントマンが

二丁の短剣を抜き放つ!!

「!!!!????」

「……おとなしくして頂けていれば、放置しておいたのですが……少々……耳障り、です

ね……。」

「!?……や……やめ……」

 片方の短剣を首筋に当てられ、ようやく、ディスチアンは声を絞り出す……が

「そろそろ、ご退場頂きましょうか?……ディスチアン様?」

 ―― ザンッ!! ――

 ――……あのマントマンとかいう奴……ディスチアンを!?仲間割れ……?……計画だと

かなんだとか……

 いや!そんな事、今はどうでも良い!!……皆の意識が逸れている、今!!――

 ――ダダッ!!――

「え?……あ!」

 ――ガシッ!!――

「!!」

「む!?」

「よっし!しっかりつかまってろよ!リーシェ!『逃げる』ぞ!!」

 その瞬間、物陰でひっそり様子を窺っていたラルが飛び出し、まんまとリーシェを、助

け出す事に成功する!

「ラル!!……」

「話は後だ!!」

 何か言いかけたリーシェを制止し、ラルは一気に加速して、自慢の逃げ足であっという

間にこの場を後にするのだった――

 ――のだが、

「ハア……ハア……くそっ……!」

 ――身体が重い……思ったように身体が動かない……!?……戦った時の……ケンガイジ

ョウの兵士と戦った時の傷が痛む……こんな状態じゃすぐに……――

 追いつかれる……そう思うが早いか……案の定 ――ドゴッ!!――

「ぐ!!」

 衝撃波が飛んでくる!

「……たとえ、俺から逃れられたとしても……」

 続けてヴォルグが現れ、ラルを睨む。

「この神殿の、至る所で、俺の部下が張っている。……『今』のお前が、人一人抱えて、

逃げ切れると思うか?」

 ……ヴォルグの言うとおり、逃げ切れる可能性は、無いに等しい……一人ならまだしも

リーシェを抱えた状態では……戦うにも、ままならない……

「リーシェを渡せ!!ラル!!」

 ヴォルグが低く唸る。

 ――……これは……おとなしく白旗を上げるのが、正解だろう……

「ラル!私を……」

「ことわる!!」

 それは、『どちら』に言ったのだろうか?ヴォルグを睨みながら、何か言いかけたリー

シェの言葉を、即座に掻き消すようにラルは、ありったけの気迫を込めて叫ぶ!!――

「……そうか……お前は『そういう男』だったな……残念だ!!」

 どこかで聞いたセリフを唸るように響かせながら、ヴォルグが『殺気』を放ち、近づい

て来る!

 ――まずい!!叫んだは良いが……どうする!?せめて、リーシェを逃がす事が出来れば…

…だけど……百歩譲ってそれが出来ても、リーシェだけだとすぐに、ヴォルグの手下に捕

まっちまう……――

 万事休す……が……その時、

「ならば、リーシェ様を私に預ける、という選択は、如何でしょうか?」

 ラルの心を読んだかのような、どこかで聞いた透明感のあるその声に、ラルが振り向く

と……何時からそこに居たのか……?ラルの後ろには、マントマンが、まるで水に浮くよ

うに立っていた。

「私であれば、たとえリーシェ様を抱えていても、ヴォルグ以外の方に後れを取るような

事はありません。」

 マントマンは口元に笑みを浮かべながら、流れるようにラルに近づいて来る。

「……ですから……ヴォルグさえ足止めして頂ければ、その間にリーシェ様をお助けする

事が出来ます。」

 ――……確かに、それは可能、と思える……が……マントマン!こいつを信じることは

……とても出来ない!!

 ……けど、すぐそこにはヴォルグが迫ってる……――

「このままでは、二人とも、殺されるだけ、ですよ?」

 迷うラルに、マントマンが微笑みながら、母親のように優しく語りかける。

 ――そう……ヴォルグは、リーシェを殺そうとしてる!……けど、マントマンは衝撃波

からリーシェを守ってた……信用は出来ない……けど、少なくとも、今すぐリーシェを殺

すつもりは無い……だったら――

「!!ラル!?まさか!?やめろ!!また同じ過ちを!!」

 リーシェを託そうと、ラルがマントマンに振り向いたのを、確認したヴォルグが、珍し

く血相を変えて叫ぶ。

「く!この、大馬鹿者が!!」

 ――ブオッ!!―― 剣を振り、ヴォルグが衝撃波を放つ……が

「フフフ。……賢明な判断です。」

 笑みを浮かべたまま、衝撃波を弾き飛ばしたマントマンが、リーシェを抱え、廊下の向

こう側から、声をかける。

 軌道が逸れた衝撃波が、壁を破壊している隙に、あそこまで行ったのだろう。もう、ヴ

ォルグの攻撃は、届きそうに無い。

「では。ご健闘をお祈りしております。」

「待てえ!!」

 叫ぶヴォルグの声虚しく……そのままマントマンの姿が見えなくなっていく……。

「く!ラル!!貴様!!」

 怒鳴りながら、猛牛のように、猛然と突っ込んできたヴォルグに、ラルは一瞬、死を覚

悟した、が…… ――ガシッ!!――

「ラル!!貴様!!今、自分が何をしたか、解っているのか!?」

 攻撃するのも忘れたか、ヴォルグは、ラルに掴みかかり、鬼の形相で怒鳴る。

「ぐ!!な、なんだよ!!うるせえな!!俺だってこれが好手だとは、思ってねえよ!!けど、お

前はリーシェを殺す気だろ!?それなら、あいつに託した方が、まだ……」

 自分の決断に迷いのあったラルは、そこを突かれ、ヴォルグが相手なのも忘れて、思わ

ず怒鳴り返す。――

「……同じようなものだ……」

「?」

 ラルの剣幕を見て、少し落ち着きを取り戻したのか、ヴォルグはラルから手を離し、や

がて呟く。

 そしてもうラルと戦うつもりは無いのか、剣を収め、諭すようにラルに語り始める。

「確かに……騎士団からの指令は、少しでも不安を感じたのなら、『迷わず殺せ』、だ。

だから否定はしない。……が、可能ならば、『捕縛』。……一応、我々の任務は、リーシ

ェの監視と『拘束』だ。」

 ――……え?今、なんて??

「き?騎士団!?」

 本題以前に、そこに驚いてしまったラルは、目を丸くして、裏返った、悲鳴のような声

を上げる。

「ん?ああ……そういえば、ちゃんと言っていなかったか?俺は、『ハリマージ王国騎士

団の団員』。……ハリマージ王国騎士団 特殊危機対策第三部隊(リーシェ隊)隊長 ヴ

ォルグだ。」

「……!!!???」

 衝撃の発言に、飛び出すほどに、目を丸く見開き、唇を震わせひとしきり驚いた後、疑

いの眼差しをヴォルグに送るラル。

「……別に、信じなくても構わんが……残念ながら、事実だ。」

 ラルの眼差しを受けたヴォルグは、懐から腕輪を取り出し、ラルに見せる。

 その腕輪は、一縷の騎士団の紋章が、特殊な技術で刻まれた、団員のみが所持を許され

る特別な物。

「!!……」

 ――ヴォ……ヴォルグが……一縷の騎士団!?……お、俺の……イメージが……!?

 まだ混乱するラルを完全に無視して、早々に腕輪を片付け、ヴォルグは次の話題――本

題に移る。

「あいつは……マントマンはおそらく、リーシェの力を全て、奪い取るつもりだ……」

「?リーシェノチカラヲウバイトル?」

 何とか話題に付いて行こうとするが、再び頭にはてなマークを浮かべる事になるラル。

 ――あいつに力なんて……?

「……これは、本来、一部の人間しか知ってはいけない、『重大な機密事項』だが……」

 ――まあ……それはそうだろうなあ……。――

 なんとなく……いや、明らかに、ヒシヒシとそれは感じ取っていたラルは、そこには特

段、驚く事も無く、ヴォルグの話を聞き流す。

「もう、ここまで係わってしまった以上、お前には教えておくが……」

 そこでヴォルグが、元々怖い顔を、さらに険しく造り直し、もったいぶって改めてラル

に向き直った。

 そのため、嫌でも緊張感を感じてしまうラル。辺りにも、緊張感が流れ始める……。

「……リーシェは……あの女は……『世界を滅ぼしうる力』を持っている!!」

「……!?世界を……滅ぼす!?」

 ……大きすぎて……とても信じられない、とんでもない話……ではあるが……ヴォルグ

は、嘘を言っている感じでは無い……そもそも、今、そんな嘘をつく必要性や、意味があ

るとも思えない……――

「……『魔力』……本人が気付いているか、否か、気付いていたとして、扱えるか、否か

は別として……リーシェは、その身の内に、『世界を滅ぼしうるほどの強大な魔力』、を

有している……」

「……」

 黙って、ヴォルグの話に耳を傾ける……いや……そうするより他ない、ラル……。

「マントマン……奴の狙いは、その、『魔力』だ!……いや……マントマンなんてふざけ

た名を名乗っているが……奴は、ケンガイジョウの兵士なんかでは無い!俺達騎士団が、

長年追い続けている、『第一級危険人物』、指名手配犯だ!!」

 ――……ヴォルグは一縷の騎士団、ディスチアンは、踊らされていただけ……ヴォルグ

も問題ありではあるが……マントマンこそが、もっとも警戒すべき相手……!!――

「詳細は解らないが、奴は、人から根こそぎ魔力を奪い取るすべを知っている……魔力を

持つ者にとって、魔力を根底から全て吸い取られる……それは………『死に等しい』!」

「!?」

 ――……そんな……――

 ラルの顔は、ゾンビのように生気を失い、さらに、濁った海のように青ざめていく……

「魔力を使い果たした……とは訳が違う……」

 ラルに追い打ちでもかけるかのように、ヴォルグはさらに言葉を投げ付けてくる。

「お前に解りやすく言うなら……そうだな、難しい問題に、頭を使い過ぎて疲れ果てた、

では無く……頭蓋骨に穴を開けて、脳みそを全て吸い出される、そんなようなものだ!」

「うへっ!!……そんな!!それじゃ……」

 ――リーシェは……!?

「激しい苦痛を伴い……精神は崩壊し……やがて……死に至る……運良く生き残ったとし

ても……その精神は……二度と元には戻らないだろう……」

「!!」

 ――……リーシェ!!!…… ――


 ――神殿内部の、奥まった場所にある、広間のような大きな部屋、そこには、壁際の一

角に、機械と思しき装置が設置されている。

 部屋の中央には、何かを溜められるであろう、ドラム缶のような、丸い大きなタンクが

置かれており、その側には、丁度人一人寝かせられそうな、ベッドのような台が置かれて

いる。

 その台の上に、再び囚われたお姫様――リーシェが寝かされていた。

 手足は拘束されており、身体のあちこちには、装置とタンクに繋がる、細いホースのよ

うな管が取り付けられている。――

「……私を……どうするつもりですか?……『オルクリア』……」

 リーシェは、装置の前の人物――女性のように美しく、整った顔立ちで、マントを羽織

る――マントマン、と、思われる男を、『オルクリア』と呼び、珍しく厳しめの表情で、

仰ぎ見る。

 ……だが、気のせいだろうか?その表情には、どこか憐みも感じさせる……。

「……」

 マントマン――オルクリアは、微かに笑みを浮かべ、リーシェの問いかけに、反応した

ようにも見えたが……返答は無い……目の前の装置に向かい、黙々と何かの作業をしてい

る。

「……もっと……早くに、あなただと気が付くべきでした……」

「…………」

 オルクリアは、やはり、無言で作業を続けている。

「……あなたは、私の、いわば『恩人』、です。……ですから……『出来る事』、でした

ら……あなたの望みは……叶えて差し上げたい……ですが……あなたの望みは……」

「………………」

 一瞬、オルクリアは、リーシェを、見たような気もするが……やはり返答は無い……。

 ……暫し、沈黙が辺りを支配した、後、リーシェが沈黙を破り、再び珍しく険しい表情

を浮かべ、また、珍しく強い口調で宣言する。

「私を解放してください!オルクリア!私は、あなたに手を貸すつもりは、ありません!

!」

「………………フフッ。」

 ――そこでようやく、オルクリアは、リーシェに向き直り、少し歩を進めると、やがて

透き通るような声を響かせる。

「……ああ……知っていますよ。それは以前にも、お伺いしました。」

「……」

 今度は、リーシェが、押し黙る。

「だからこそ、貴方は、『一時の自由』を得た……」

「…………」

 オルクリアはリーシェを優しく見つめ、リーシェの反応を確認するように、暫し間を置

いた後、……口元に笑みを浮かべ、再び話し始める。

「……ですが……実際、私は、貴方自身や、貴方の意思や考え、『望み』、などには興味

はありません。」

「………………」

「私の興味があるのは……貴方の『魔力』、です。」

 そう言うオルクリアは、リーシェに背を向け、装置に向き直り、流されるようにリーシ

ェから離れていく。

 ……装置の目の前へ辿り着いたオルクリアは、静かに立ち止まり、再びリーシェに向き

直ると、ゆっくりと、仰々しく両手を広げ、

「ですから、私は、ディスチアンなどの配下に就いてまで、苦労して、この『兵器』を、

復活させた。」

「………………!!……」

 そんなオルクリアと装置を、リーシェは、息を呑み、少し緊張の入り混じった、険しい

表情で見つめる。

「フフ……どうされました?顔色が悪いようですが?」

 本当に、リーシェの顔色を確認したのかどうかは定かではないが、心なしか、少しいつ

もより暗くなって見えるリーシェの顔を、オルクリアは、笑みを浮かべながら、見つめ返

し、『兵器』自慢を続ける。

「フフフ。……これは、その昔、『魔王』すらも恐れさせたといわれる、伝説の兵器、『

ゼロ』……苦労しましたよ。何せ、廃棄、封印され、造った者達ですら、その存在を忘れ

去ってしまった、という代物ですから。」

 一通り自慢を終えると、少し間を開けてから、オルクリアは、『わざとらしく』少し肩

を落とし、声のトーンも落としながら、リーシェに確実に聞こえる音量で、呟く。

「……もっとも、『この装置だけ』では、『兵器』、という言葉で想像されるような、『

攻撃能力はありません』がね……」

「……」

 険しい表情のまま、オルクリアを見つめ続けているリーシェ。……その顔は、確かに青

ざめているようにも見える。

 それに気付いた……かどうかは定かではないが、オルクリアは、リーシェに向かって、

子供をあやすような、柔らかな笑みを浮かべ、

「ああ。心配には及びません。私には、苦痛を与える趣味は無い。……苦しいのは、一瞬

です。……すぐに楽になれる……。」

 ……語り終えるとオルクリアは、流れの止まった川のようにゆっくりと、だが、確実に

リーシェに近付いて行く……――

 ――…… ―― ドダダッ!!! ――

「趣味がねえなら……」

「!?」

 ――静寂を切り裂いて、突如、部屋の中に飛び込んで来る男が、一人……

「今すぐ!!リーシェを!!!解放しろ!!!!」

 部屋を揺るがすほどの大声で叫ぶと、そのまま、オルクリア目がけて、一気に突進し、

あらん限りの力で、剣を振り下ろす!!

「!!……!!」

 ちょうど、リーシェの方向――反対を向いていた、オルクリアの反応が遅れる!……

 ―― ガギイィイィーンンッ!!! ――

「……」

 ……惜しかった……と、言うべきか……間一髪、頭上に、振り下ろされた剣が、身体に

触れる前に、オルクリアは二丁の短剣を交差させ、攻撃を防ぎ、受け止めている。

 ……錯覚だろうか?心なしか、オルクリアの表情に一瞬、少し驚愕の色が浮かんだよう

にも見えた。

「……!!ラル!!」

 男の姿を確認したリーシェが、大きな目を見開き、男の名を叫ぶ。……その叫びは、驚

きか……困惑か……はたまた感動か……その表情からは、読み取れない……。

 ……いや……それを確認する前に、オルクリアが動く。

「……これは……『予想外』、ですね。……ヴォルグは、どうされたのですか?」

 ――やはり先程見た表情は、錯覚だったのだろうか……攻撃を防いだオルクリアは、少

し距離を置いた後、ニヤリ、と笑みを浮かべると、二丁の短剣を構え、飛び込んできた男

――ラルを見る。……その仕草には余裕が窺える。

 すぐさまリーシェの元へ、駆け寄りたいラルではあるが、やはりこの男が、そうさせて

くれそうにはない……。

「さっきの場所で、『のびてる』よ!!次は……お前だ!!」

 オルクリアの問いに、適当に返したラルは、その勢いのまま、剣でオルクリアを指し示

し、剣を構え直すと、再び、オルクリアに突撃する。

「……はて?」

 ヴォルグが『のびている』?……そんなはずは無い!――と、言うように、オルクリア

は小首を傾げる。

 ――思考が終わるのを、待つ義理は無い!――その間にラルは、オルクリアに攻撃を繰

り出す!

 ――上から振り下ろし、左右から薙ぎ払い、下からかち上げ、正面から突き刺す!……

が、ことごとく防がれる……どころか、当たらない!?

 ……オルクリアは、まるで空間を泳いでいるように、ラルの剣をスイスイと躱す!

「うおおお!!」

 ――ブオォンッ!!―― ラルの渾身の大振り!……は、動作が大きく、当然のように

躱され……むしろその間に、オルクリアがラルに急接近する!

 オルクリアの持つ、短剣の片方が、ラルの首に飛来する!!――

「『囮役』ご苦労……その隙を待っていた!!」

 ―― ブオォッッ!! ――

 ――その瞬間、ラルの首……では無く、衝撃波が飛ぶ!!

 ラルを囮に使い、隙が生じた所を、ヴォルグが狙う。……まずは協力して自分を倒す…

…そんなところだろう……解っていました。と、言わんばかりに、余裕の笑みを浮かべ、

ヴォルグに振り返るオルクリア……

「え?」

「違う!!これは!!」

 振り返ったオルクリアが……『それ』に気付き、『珍しく』顔に焦りの色を浮かべ、囮

役だったはずのラルも目を見開き、戸惑いの声を上げる。

「悪いな……ラル、そしてリーシェ……恨んでくれて構わん……だが!オルクリアの手に

渡るくらいならば!……世界の為に……『元を絶つ』!!」

 ……ヴォルグが放った、衝撃波は……『リーシェに向かって飛んでいる』!!?

 ……ヴォルグの狙いは……オルクリアでは無く、『リーシェ』!!!

 オルクリアを止めるのは、難しい……仮に優勢に戦えたとしても、リーシェを連れて逃

げられ、完全に見失ってしまえば、今度こそ本当に全てが終わってしまう……また、リー

シェを置いて逃げたとしても、オルクリアは態勢を立て直し、再びリーシェを狙うだろう

……。

 ……だが、リーシェが『いなくなれば』、オルクリアは止まらざるを得ない……ヴォル

グは、そう判断したのだろう……

 ――ズダダダダダダッッッ!!!!―― 我に返り、必死に、リーシェに向かって駆け

出すラル……

 ――だめだ!!防御が間に合わない!!…………いや!!!……――

 ―― ドッゴォーンッ!! ―― 炸裂する衝撃波!! ―― …… ――

「……なるほど……防御は出来ずとも……意識を、お前自慢の、『逃げ足』、だけに集中

させれば、身体を割り込ませる事は出来る……か……」

 ヴォルグが、衝撃波が炸裂した辺りを、じっと見つめ、少し感服したように呟く。

「ぐっ!!ガッ!!は!!……ハア……ハア……」

 その声に答えるように、文字通り、『その身を盾にして』リーシェを守ったラルが、荒

い息を吐きながら、何とか立ち上がる。……今にも倒れそうではあるが……。

「ラル!!」

 少し後ろには、今にも泣き出しそうにラルを心配するリーシェが、その顔を覗かせてい

る……衝撃波のおかげか、拘束も解かれ、どうやら無事なようだ。

「……結構……本気で撃ったのだが……今のを喰らって、立ち上がるか……生命力も、大

したものだな……それとも……」

 ……おそらく……いや、間違いなく、リーシェは『意識して魔力を操る』事は、『出来

ない』……これまでの騎士団の観察結果から、それは間違い無い……だが、

「……無意識に守りの魔力でも使ったか……?」

 ヴォルグが、ラルの背後、リーシェを一瞥する。

「ハア……ハア……なに、ごちゃごちゃいってやがる!?ハア、ハア……ヴォルグ!!裏切っ

たな!!」

 リーシェへの視線を遮って、ラルが顔を上げ、怒鳴る。……意図してか、はたまた無意

識か……そのおかげで、ヴォルグの視線は、再びラルへと移る。

「……何を言っている……俺は、始めから、指令は、不安があれば『殺せ』。だと言った

はずだ。……お前とは、オルクリアを止める、という事では一致したが、それ以上では無

いはずだ。」

「うぐっ!?」

 ――……そりゃあ確かにそうだが……何も言い返せない……

 ……が……もうこの際、何か言い返す必要も無え!ごちゃごちゃ考えんのも、もうやめ

だ!……身体が勝手に動いちまったんだ……リーシェを……と……なら!

「そうかよ……なら!俺も、『それ以上』はねえ!!『勝手にやらせてもらう』ぞ!!」

 ――やるだけだ!!

 ラルはそう言い放つと、剣を構え、『リーシェを守る』ように立ち、ヴォルグを親の仇

のように睨み付ける。

「……今更、宣言せんでも、お前はずっと、勝手に、俺の邪魔をしているような気もする

が……」

 少し、皮肉交じりに、ヴォルグは呟くが、やがて

「だが、お前だけで、オルクリアを止められるのか……?」

「!……」

「……何度も、言ったはずだぞ……ラル……俺の邪魔をするなら、容赦はしない、と!!」

 凄まじい『殺気』を放ち始め、見つめただけで人を切り殺せそうな、その鋭い眼で、ラ

ルを睨みつけ、低く唸る。

「ぐうっ!!」

 気圧されそうになるのを、必死で堪え、ヴォルグを睨み返し、ラルはもう一度剣を構え

直す。

 ――とんでもない相手なのは……百も承知だ――無謀……そうかもしんねえ――無茶…

…知ってる――選択ミス……解ってる――……今からでも……逃げる――逃げれば……逃

げる時――逃げ……――

「……られるかよ!!!」

 そう、一言叫ぶと、ラルは、全てを振り払うかのように駆け出そうとした……が――

「もう……やめてください!!ラル!!」

「!?」

 これまで聞いた事の無い位、大きな、リーシェの叫び声に、ラルは思わず、動きを止め

る。

「私は……もう、これ以上、ラルに傷ついて欲しくはありません!」

「リーシェ……けど……」

 眼には大粒の涙を浮かべ、必死にラルを制止するリーシェ。

「私には……ラルに守っていただける『資格』なんて、ありません……ですから……」

「『資格』って、なんだよ!?これは俺が……」

 反論しようとしたラルの言葉を、リーシェが遮る。

「私!……本当は……解っていたんです……」

 ……?解っていた?……何を?――リーシェの言葉に、疑問を抱き、ラルは思わず、次

の言葉を待ってしまう。

「だって……私は……」

 そこまで言っておいて、躊躇うように俯き、暫し無言になってしまうリーシェ……。

 ……だが、やがて、覚悟を決めたように、顔を上げると、涙で滲むその大きな瞳で、し

かしラルの眼をしっかりと見つめながら、重たかったその可憐な唇をこじ開け、告げる。

「……だって……私は……かつて世界を恐怖の底に陥れた……魔族の王……『魔王の娘』

なのですから!」

「……!!!!……!?」

 ……マオウノムスメ??……何だ!?それは!?……

 リーシェの言葉を飲み込めず、思わず確認するように、ヴォルグを覗き見るラル。

 ヴォルグは、視線に気づくと、少し眼を細めた後、静かに、だが、ハッキリと

「……事実だ。」

 この際、もう全てを教えてしまえば、ラルの邪魔も入らなくなる、とでも考えたのか、

戦闘ムードは一旦棚上げして、さらにヴォルグは、努めて冷静に淡々と、語りだす。

「……大昔の話、ではあるがな……その昔、魔族の中に、強大な魔力を持ち、魔族や魔獣

を統べる、魔族の王……『魔王』がいた……」

 その話ならば、ラルも知っている……半ば伝説になっている、ラルが一縷の騎士団に、

憧れを抱くようになったきっかけ……子供の頃に、何度も読んだ、ハリマージ王国騎士団

の英雄伝、《始まりの物語》 ――

 ――魔王は、世界を魔族だけのものとする為に、思うが儘に、人族を含む、他の種族を

襲った。

 魔王や、魔王が率いる魔王軍の力は強大で、抵抗虚しく、次々と滅びていく、国、町、

村、大国までも……。人々は、恐れおののき、世界に絶望が広がっていく……。

 ……そんな中、小国、ハリマージで、一人の若者が立ち上がる。

 神より啓示を受け、力を授かったこの若者は、世界各地の、勇気ある者達を集め、後に

一縷の望み、『一縷の騎士団』と呼ばれる事となる、精鋭軍団を結成。

 力を合わせ、魔王軍と戦い、多くの苦難を乗り越えて、ついに魔王を倒す事に、成功す

る……――

 ―― 誇張や、脚色は多々あるが、大まかな流れは、そんな所だ。

「ですが、その話には、続きがあります。」

 なぜか、オルクリアが会話に割り込んでくる。

「魔王には、その力を受け継いだ……いえ、『魔王以上の、強大な魔力』、を、その身に

有する、『一人娘』が存在していたのです。」

「それだけならば、まだ良かった……いや、良くは無いが……」

 ヴォルグとオルクリアが、息を合わせたように、交互に語る。……敵同士のくせに……

というつっこみは、止めておこう……。

「この娘は、とても魔王の娘とは思えない、純真無垢で、心優しい少女だった……」

「争いを好まず、魔族、人族……あらゆる種族、関係なく、分け隔てなく接し……」

「おまけに、魔力の扱い方はおろか、戦い方すらろくに知らない……」

「……そんな少女を、騎士団は、どう扱っていいか解らず、騎士団内部でも、意見は分か

れ、殺すことも出来ずにいました……」

「だが、『世界を滅ぼせる程の強大な魔力』を有しているのは事実……」

「困り果てた騎士団は、悩んだ末に、結局、少女を人知れない神殿に閉じ込め、『封印』

を施す事で、事を収めることにしたのです。めでたし、めでたし。」

「……もっとも、魔王を倒した力も、封印の技術も、もう、騎士団では、失われてしまっ

たがな……」

 ヴォルグとオルクリアの、連係プレーで、そこまで語り終えると、今まで黙って聞いて

いたリーシェが、ボソボソと、か細い声ではあるが、やっと、口を開く。

「……そうです……その娘というのが……『私』……です……」

 頬に清らかな小川のように、涙が伝い、眉を顰め、苦しそうにやっとの事で、声を絞り

出すリーシェ。

「……ですから……本当は……解っていたんです……私の中に……強大な魔力が有る事も

……私が……人々に……恐怖や……争いを与えてしまう……この世界に……『存在してい

てはいけない』……『忌むべきモノ』……だという事も……」

 ……おそらく……ヴォルグが一縷の騎士団だという事も、狙われている理由も……『解

っていた』……もしかしたら、ケンガイジョウに行けば危険だという事も、薄々、感づい

ていたかもしれない。……まさか、領主自らに囚われるとは、思っていなかっただろうが

……。

 森で、リーシェの言いたかった言葉……それは、きっと……『解らない』では無く……

『解りたく無い』……。

「……ですが……私は……願ってしまった……この世界の……美しい自然を、町並みを、

人々を……この目で、この身体で、自由に見て……触れ合ってみたい……と……」

 俯き、泣き崩れてしまうリーシェ。だが、それでも、全てを語る為、ポトポトと言葉を

落とし続ける。

「……私には……そんな『権利』など……有りはしないのに……」

 ……リーシェの事だ……『父親』の事にも責任を感じ、苦しんでいるのだろう……自分

の事であれば尚、苦しむ事になる……。

 ……たとえ、リーシェにその気が無かったとしても、世界を滅ぼせる程の力が、『何の

制約も無くそこにある』……力を持たない人間にとって、それは……『脅威』、以外のな

にものでもない……。

 さらに言えば、必ず、それを『悪用』しようとする者が、現れる……ディスチアンや、

オルクリアのように……。

 それらの問題を解決する、一番確かな方法、問題の解決策……それは……元を……

「……」

 一つの答えを出しかけたラルが、それ以上考えまい、とするかのように思考を停止し、

顔を顰める。

 だが、そんなラルの思いとは裏腹に、リーシェが道を指し示す。

「……ですが……私は、一時ですが、『自由』を頂きました。……美しい森を眺め、人で

賑わう街を歩き……そして……ラル!『あなたに出会えた』!」

「!!」

「……もう……『じゅうぶん』です!……オルクリアにも再び出会ってしまった今……そ

ろそろ、『災いの元は絶たねば』なりません!!……お願い致します……ヴォルグさん!」

 ……リーシェは……問題に答えるように、俯いていた顔を上げ、ラルを見る。

 まだ、頬を涙が伝ってはいたが、苦しそうな表情は消えうせ、とても『幸せそうな微笑

み』を浮かべて……。

 ……そして……一度、腕に付けた花のブレスレットを、もう片方の手で、花を潰さぬよ

うにではあるが、手首ごと強く握りしめ……そのままヴォルグに向き直ると、覚悟を決め

たように毅然とした表情をつくり……その身を差し出すように、ヴォルグに向かって歩み

出す……

 ――……解決策……それは……確かに………………だけど……そんなの!! ――

 ――ズザッ!!――

「!?」

 突如走り出し、リーシェの前に割り込んだラルが、壁のように立ち塞がる。

 そのまま、横目でラルがリーシェを一度睨むと……やがて『身体が揺さ振られる』程の

叫び声が辺りに響き渡る。

「見ればいいじゃねえかっ!!なんだよ!!それ!?俺は認めねえぞっ!!」

 その顔は……怒っているのか、はたまた泣いているのか……あらん限りの『力』を込め

て、ラルは叫び続ける。

「魔族だろうが、人だろうが!どんな力が、有ろうが、無かろうが!この世界に、生まれ

て来た以上……権利が無い、なんて事はねえ!!……誰でも……皆……もっと、『自由』

なはずだ!……それが無いって感じるのは……」

 ――ビシッ!! そこでラルは、指名するように剣を突き出し、オルクリアを、そして

ヴォルグを睨み付け、宣戦布告のごとく、再び叫ぶ。

「それを奪う奴らがいるからだ!!……俺が見せてやるよ!!世界を!!待ってろ!!リ

ーシェ!!……今、お前の権利を奪い返してやる!!」

 ――無茶苦茶な事を言ってるのかもしれねえ……無茶苦茶な事をしてるのかもしれねえ

……。

 ……けど……いくらブレーキを踏んでも……口が……身体が……『心』が止まってくれ

ねえんだ!!……だから、俺は!!―― 

「……人によって、さまざまな、意見、意思、信念がある……だから……お前の言葉を否

定はしない……」

 黙って聞いていたヴォルグだったが、やがて、真面目な表情でラルを見返し、静かに口

を開く。

 口調は、穏やかで、冷静……ではあるが、ピリピリと、辺りの空気が震え出している…

…。

「だが……お前にその、『権利』とやらを、奪い返す力があるのかどうか……」

 さらに激しく空気は震え、ヴォルグの殺気が膨れ上がっていく。

「無ければお前は……自らの権利をも手放し……ひいては、世界の権利をも奪う事になり

かねない……それが現実だ。」

 話ながらも、恐ろしいほどの殺気を放ち続け、やがてヴォルグは、ラルに告げる……『

死の宣告』を……

「……もう一度だけ、言おう……手を引くなら今の内だ……邪魔をするなら……容赦は、

しない……」

 ――だが!ラルは殺気を押し返すようにヴォルグを睨むと、ありったけの気迫を込めて

言い放つ!

「どうなるかは……『知らねえ』……けど!どうするかは、俺が決める!!それもまた、俺

の『権利』だ!!」

 そう叫ぶと、ラルは剣を構え、ヴォルグに向かって駆け出すのだった――


「選択ミス、ですね。ヴォルグ……もっとも、それより他なかったかもしれませんが。」

 ――遠巻きに、状況を観察していたオルクリアが、ボソリと呟く。

「確かにあの状況、『盾』が無くなってしまえば、あの位置から私が、リーシェ様をお助

けする事は、出来なかった……」

 微かに笑みを浮かべながら、オルクリアはラルを見る。『信じていた』と言うように。

「ですが、これまでの行動を考えるに、たとえ魔王の娘であろうがなんであろうが、『彼

』が、リーシェ様を諦め、差し出す事はありえなかった。」

 ……ヴォルグにとっては、千載一遇の好機だったのかもしれない……ラルさえいなけれ

ば!

 ……だが、ラルが最後まで、リーシェの『盾』になっていた為、ヴォルグはそれを逃し

た。

 『盾』さえ取り外すことが出来れば、オルクリアの助けは、一歩及ばず、ヴォルグの剣

は、リーシェを切り裂いていただろう……そうなれば、そもそもの強大な魔力は、『この

世から消え失せ』、オルクリアは、何も出来なくなっていた……。

 オルクリアとヴォルグの実力は、伯仲している。だからこそ、お互い下手に動く事が出

来ず、仕方なく、交互に連携して、物語を語った……のでは無く、お互いに牽制し合って

いた……相手の呼吸を読むように、話を繋ぎ合いながら……。

 あの状況では、ラルの行動が鍵だった。ラルの動き方次第で、戦況は大きく変わる。

 もしかしたら、オルクリアは、騎士団の襲撃を見越して、ディスチアンにその役を、当

てようとしていたのかもしれない。……もっともヴォルグの最初の一撃で、リーシェをほ

っぽりだし、喚き散らしていたのを見て、使えないと判断したようだが。

「フフ。力ずくは悪手、ですね……こうなった以上、下手に動く必要もありません。」

 ラルはおそらく、いや、ほぼ間違いなく、ヴォルグには勝てないだろう……。だが、オ

ルクリアにとってみれば、それで良い。

 自らラルの相手をする必要は無くなるし、確実に、ヴォルグの体力は減らしてくれるだ

ろう。あとは、上手い具合に、ヴォルグに隙が出来れば。

 オルクリアに、慌てる必要は無い。必ず隙はできる。おそらく、ヴォルグがラルに止め

を刺す、その時こそが、最大のチャンス。

 ラルに意識がいけば、いくだけ、大きな隙が出来る。そこを突けば、確実にヴォルグを

仕留める事が出来る。それまで黙って待っていれば良い。

 ――そんな事でも、考えているのだろうか。オルクリアはある程度の距離から二人を眺

め、不敵な笑みを浮かべている。この間にリーシェを連れ去る気も、無いようだ……。

 もっとも、そんな動きがばれれば、折角、邪魔者同士が潰し合っているのに、標的が変

わり、オルクリアは二人を相手にする羽目になりかねないが……。

 ――何にせよ、三人三様、皆が違う目的を果たそうとしている現状、下手に動けば、状

況が一変しかねない。……オルクリアは、待ちの一手。

「フフフ。囮作戦、採用させていただきますよ。」

 オルクリアは、その瞬間を逃さぬよう、ヴォルグの動きを注視する。……やがて

「うぐっ!!」

 ラルの振り下ろした剣が、ヴォルグに弾かれ、ラルの態勢が、大きく崩れる!……時は

来た!

 ヴォルグが、大きく上に、剣を振りかぶる……隙……だが、まだ早い!大技を繰り出し

た後こそが、大きな隙になる!剣が振り下ろされ、ラルが無残に、切り裂かれる、その時

こそが、合図!――

 その瞬間を待ち構えるように、ヴォルグを凝視する、オルクリア……

 ――ブオンッ!!―― やがて、ヴォルグの剣が振り下ろされる!……?

「!?な……に!?」

 ……剣は振り下ろされたが、ラルは切り裂さかれていない!?

「空振り!?」

 あのヴォルグが……攻撃を、失敗した!?

 予定外の事態に、オルクリアは、目を疑い、一瞬、硬直してしまう……

「……見せてみろ……ラル!……お前に『その力』が、有るのかを!!」

 ……いや!!違う!!

 ヴォルグの声に、我に返ったオルクリアが、やっと周囲の事態に気が付く。

 ヴォルグの振るった剣の風圧で、砂埃が舞い上がり、煙って周りが良く見えない……

「……『彼』は!?いない!?どこへ……」

 よく見れば、ラルの姿がその場から消えている。切り裂かれた訳でも無いのに……

 「これは!」

 オルクリアが、『それ』に気が付き、二丁の短剣を構える。……いや、オルクリアは、

構える事が出来なかった……

「うおおおっ!!」

「……そうだ……しまった……『この男』の『移動速度』だけは……」

 一瞬早く、目の前にラルが飛び出してくる!!

 ……オルクリアの隙は一瞬……それに、オルクリアは、ラルとヴォルグからはある程度

の距離を取っていた。

 ラルは技もくそも無く、オルクリアに向かって、ただ一直線に突っ込んで行っただけ。

 ……だが、むしろ、それが良かったのかも知れない。

 余計な事に意識や力を分散させず、またある程度の距離があるからこそ、百パーセント

全力……いや、それ以上の、限界を超えたラル『自慢の逃げ足』、の力が発揮出来たのだ

ろう。

「……!!」

 態勢も整わぬままオルクリアがまた、流れるような動きを見せかけるが、ラルの勢いは

止まらない。ラルはその勢いのまま、半ば無意識に剣を振り下ろす。

 ―― ズバッッ!!! ――

 ラルの剣が、躱しきれなかったオルクリアを捉え、炸裂する!……――

 ――ドゴッ!! ラルはその勢いを止めきれずに、そのまま目の前にあった装置に激突し

やっと停止する。

「ハア……ハア!!い、いってえ!!ハア……ハア……!!」

 ……破壊した装置に埋もれながらも、頭を押さえながら、なんとか起き上がるラル……

ヴォルグが以前言っていたように、生命力も大したものなのだろう……どうやら無事なよ

うだ。

「ハア、ハア……そ、そうだ、オルクリアは!?」

 ラルは起き上がると、オルクリアを見る。

「……」

「……」

 オルクリアは、ラルの剣を受けた態勢のまま、まるで氷像のように静止している……一

時の静寂が、辺りを包む……――

「……フフフ……フハハ……」

「!!……」

 静寂を割って、オルクリアの笑い声が響く。その声にラルが思わず身構える、が……

「……ヴォルグも『甘い』……無駄、ですよ……私を倒しても……」

 どうやら、無事だった訳では無いようだ。

「リーシェ様が有る限り……いずれまた……誰かが『物語を語り始める』……この、『く

さった世界を終わらせる』為に……ね……」

「……」

 一瞬、躊躇った表情を浮かべたラルだが、それも一瞬。すぐに真顔に戻り、

「……そん時は……俺が『奪い返して』やるよ……何度でも……」

 倒れ行くオルクリアを見つめながら、誰に言うともなく、そう呟いた……。

 ……――カツッカツッ。――

「……」

「!!……」

 ――その間に移動したヴォルグが、リーシェの目の前に立っている。……剣を片手に、

切りつけるように鋭い眼差しで、リーシェを睨みながら。

「!!」

 ――しまった!!まさかこれが狙い!?リーシェから引き剥がす為に!!――

「リージェ!!!」

 慌ててラルが、ヴォルグとリーシェに振り返る。……さすがにこの位置では、間に合わ

ない!!……

「ふん……詰めが甘いな……ラル……まだまだ……」

 ……だが、ヴォルグは、まるで部下に説教するようにそう言うと、その剣をリーシェに

振り下……しはせず、収め、もう攻撃意思は無い、とでもいうようにリーシェに背を向け

……少し、角の取れたような眼差しで、ラルを一瞥するのだった。 ――


 ―― 数日後、ケンガイジョウ城門前 ――

 そこに、ラルとリーシェ、そしてヴォルグはいた。

 ラルが誰にとは無く、話かける。

「いやあ!しかし……あれだけ、街中や領主の館で大暴れしておいて……お咎め無し!と

は……さっすが騎士団様!これが『力』ってやつか……!!」

 ラルが少し皮肉るように言いながらヴォルグをちら見する。

「……何か思い違いがあるようだが……少し手荒に見えたとしても、我々は任務を遂行し

ているだけ……犯罪行為をしている訳では無い……基本的には、庶民の味方だ……」

 その人相で、庶民の味方とはよく言ったもんだ……ラルがジト目で、ヴォルグを見る。

 どうやらラルは、ヴォルグがこれまでに行った、リーシェに対するあれこれを根に持っ

ているようだ。

 ……それはそうだろう……なにせ、リーシェの、その命をも狙っていたのだから。リー

シェを守る選択をしたラルにとっては、許しがたい敵である。

 ――……そりゃあ……ヴォルグにも、リーシェを狙う事情があるのは解るけど……

「庶民の味方……ヴォルグさんは、皆さんのヒーローなのですね!」

 だが、当の本人は涼しい顔で、ヴォルグに尊敬の眼差しを向けている……。

「……ハア……」

 それを横目に、なんだか力の抜けたラルが、深い溜め息を吐く。――

「……ですが……本当によろしいのですか?……私を……拘束しておかなくても……」

 やがて、ヴォルグに向けていた眼差しを、少し伏し目がちにしてリーシェがそんな事を

問いかける。

「……なんだ?……貴様は拘束されたいのか?」

「いえ……そういうわけでは……」

「……」

 腕を組んで少しリーシェを細い目で見つめた後、フン!と一息、鼻を鳴らすヴォルグ。

「生憎……魔力の扱い方も知らない、戦い方も知らないような、何の役にも立たない無害

などこぞの少女を、泊めてやれる程騎士団の牢には、空きが無いんでな……」

 少し遠まわしな言い方で、リーシェの自由を認めたヴォルグが、その後付け加えた話に

よると、リーシェの事を知っているのは、ここに居る三人と、一部の騎士団、後はオルク

リアとディスチアンだけらしい。

 国のお偉方――騎士団長等を除き――に伝われば、利用しようとする者が現れ、さらに

は、それが元で争いが起きかねない、そう警戒して、話を騎士団内だけで留めたのは、騎

士団の功績と言ってもいいだろう。

 魔王が討伐され、ケンガイジョウの上方――魔界のみにその住処を追いやられて以来、

魔族も大きな動きを見せている者はほとんどいない。

 魔力を吸い出すすべも、破壊した。

 オルクリアとディスチアンがいない今、『その力』を狙う者は……今のところ、いない

……と言える……。

「良かったな!リーシェ!」

「はい!ラルのおかげです。」

 笑顔で声をかけるラルに、リーシェが笑顔で返す。……だが、そんな空気を、ヴォルグ

が、ぶち壊す。

「ただし!お前が、要注意の危険人物、要観察対象である事に、変わりは無い。拘束はし

ない、が、必ず、騎士団から派遣する、監察官の目の届く範囲、その元で、生活してもら

う。それが条件だ。」

 ……さっき、無害な少女とか言っていたような気もするが……ラルが蛸のように、唇を

尖らせ、リーシェは顔を曇らせ俯いてしまう。

 だが、再び顔を上げたリーシェは、なぜか少し顔を赤く染め、もじもじと恥ずかしそう

にしている。

 違和感を感じたラルだったが……その理由は、リーシェが発した言葉ですぐに理解でき

た。

「あの……えと……お風呂やお手洗いも、ですか?」

「……」

「……貴様は……馬鹿なのか?」

 少し的を外したリーシェの問いに、珍しく、ヴォルグが、口を半開きにして狼狽えてい

る……いや、呆れている、と言った方が正しいか……

 そんなヴォルグを知ってか知らずか、口元に指を当て何やら思案していたリーシェが、

やがてなにか思いついたように、ポンッ!と手を鳴らすと、

「……ですが……ああ!そうです!どうせでしたら……監察官の方は、同年代の、一緒に

遊んで頂ける……出来れば、女性の方が……」

「ええい!うるさい!!お前のリクエストなど聞いていない!人選は俺がする!」

 またまたヴォルグが珍しく、目を見開き、ムキになって怒鳴っている。声はいつもより

少し高めだ。

 怒鳴られたリーシェは、少しシュンッとなったが、また何やら思案顔……それに気が付

き、「おい聞いているのか」などと言って身を乗り出すヴォルグは……なんだかいいよう

に、リーシェのペースにのせられている感じさえする。

 ……以前、ラルがケンガイジョウの街中を、キョロキョロ見回していた時も、かわいい

などと言って笑っていた……もしかしたら、これが本来のリーシェの姿、なのかもしれな

い……。

 ――……あれ?……でも……リーシェの『同年代』って……?……――

「それと、もうひとつ!」

 リーシェの年齢を考えかけたラルを、戒めるように、ヴォルグの声が響いてくる。

「監察官は……ラル!お前だ。」

「……うぇい!?」

 予期せぬ発言……不意打ちに、ラルは思わず、どこかの星の言語を発し、目を見開いて

驚愕の表情でヴォルグを見る。

「リーシェの監視者は、『事情を知る者』である必要があるが、騎士団はそんなに暇では

無い。今、事情を知る騎士団員の中に、手が空いている者は、いない……これ以上、事情

を知る者を増やしたくも無いしな……」

 なるほど、確かに、言っている事は一理あるのかもしれないが、リーシェの監視は手の

空いている者が、片手間でやるようなものではないだろう……。

 これはつまり、おそらく、多分、ヴォルグの『配慮』。……それで良いなら俺はそれで

別にかまわない……驚愕の表情は薄れ、ラルがそう思いはじめた時、

「ああ……それと、ラル!お前には『騎士団見習い』として、俺の下についてもらう。監

察官は、騎士団の者である必要があるからな。」

「!?き!?きき!!……俺がきひ!?」

 再び予想外の一撃。やっと収まって来たのに、ラルはまたも目を見開き、言葉もかみか

みで、驚愕の表情をつくらざるを得なくなる。

 ヴォルグの配下、というのが少しあれだが、ラルがずっと憧れていた、一縷の騎士団。

その団員になる事が出来る!夢や妄想なんかでは無く……!

 ラルは魂が抜け、人形にでもなったかのように、目を丸くし口を大きく開けたまま、喉

から、き、き、と異音を発するだけで、そのまま固まってしまっている……。

「良かったです!ラルでしたら願ってもない!たまに、ラルに会わせて頂けるよう、お願

いしようと思っていたところです。私的にはむしろご褒美です!……あ……でも……お風

呂とお手洗いは、嫌ですよ?」

「あくまで……見習いだ。上に資格無しと判断されんよう、せいぜい注意しろ……」

 ヴォルグが、フンッと鼻を鳴らし、リーシェが、嬉しそうに微笑みながら、その可憐な

両の手のひらを、小さくパチパチと、可愛らしく合わせているが……夢見心地のラルの耳

には、あまり入ってこない……――

「定期的な調査報告と、課題提出を忘れるな。」

 その後も、リーシェとヴォルグは、何か色々と話していた気もするが……ラルはあまり

覚えていない……ふと我に返ると、ヴォルグがそう、ラルにくぎを刺し、去って行く所だ

った……――


「とりあえず、良かった……のかな?」

 何はともあれ、一件落着……ケンガイジョウを背にして、ラルがリーシェに、問いかけ

るように、呟く。

「ふふ。はい。そうですね。……私としては、良かったのですが……」

 少し嬉しそうに笑ってラルにそう答えた後、リーシェは、だが、すぐに真顔に戻り、や

がてラルに向き直ると、深々と頭を下げる。

「ラル。あの……えと……本当に、ありがとうございました。何とお礼すれば良いか……

それに、大変ご迷惑をおかけしてしまい……今も、さらにまた……」

 心苦しい、申し訳ない、そう感じているのが、誰が見ても明らかな表情で、感謝と謝罪

を述べてくるリーシェに、ラルはどう対応していいか解らず、努めて明るい声で、冗談め

かしてはぐらかす……

「なーに言ってんだ?何の事だか俺にはさっぱり……うっ!……」

 が、そんなラルを真剣にじっと見つめてくるリーシェに、ラルは戸惑ってしまい、頭を

掻きながら、少し真面目に答えることにする。

「……まあ……そもそもこれは……俺が勝手に首突っ込んだ訳だし……俺の好きでやった

事、ていやあ、まあ、そうなるんだろうし……まあ、要するに、リーシェが気にする必要

なんか、なんもねえよ!……むしろ……俺的には、リーシェがそうやって気にして、気を

使われる方が……嫌、だな……」

 リーシェはラルの言葉を、少し険しい表情で、真剣に聞いている。

「あ!いや!!嫌ってのは、リーシェの事が嫌って訳じゃなく……いや!えーと、いや……

いや?……?」

 自分の言葉が気に障ったかと、慌ててアセアセとするラルは、最後は自分の言葉が解ら

なくなり、頭にはてなマークを浮かべて、悩みだす。

「……」

 暫くそんなラルを、真剣な表情で見つめていたリーシェだったが……やがて、

「……クスッ。……そうですね。本当に、大切な方と、へんに気の遣い合いをするのは…

…私も、好きではありません。」

 そう言ってラルを見るリーシェの顔は、先程までとはうって変わって、少しいたずらっ

ぽい笑顔を浮かべている。

「では、この際ですから、ラルにおもいきり『甘えて』しまいましょうか?」

「え?」

 その笑顔と言葉に、ドギマギしてしまうラル。

「本当は……私……すごく我儘なんですよ?」

「お……おう……!」

 ――いかん!なんだろう!?今なら何でもいう事を聞いてしまいそうだ……!!

「では……まず、『約束』を……果たしてもらえませんか?」

「?……約束?……?」

 はて?と、ラルは首をひねる。何か約束しただろうか……?

「……ラルは、おっしゃいました。『俺が世界を見せてやる』と……」

「……あ!」

 ――言った……確かに言った!……あれは、確かヴォルグと対峙してた時!つい、勢い

で……

「ふふ。……どこへでも構いません。ラルのお好きなところに。……それが私の『自由』

です。……さあ、どこへ参りましょうか?」

 柔らかな微笑みを浮かべ、そっとラルの手を握ってくるリーシェ……

 ――……世界……ってもなあ……とりあえず……オルナ村周辺で……

 ちょっとそんな事を考えながら、ラルを信頼しきったリーシェの笑顔を見て、本格的に

旅の計画でも練ろうかと思案するラルだった……――


―― 追憶、オルクリア ――

 『彼』の人生には、いったいどれ程の事が、あったのだろうか?

 その男は、過去に騎士団で様々な武勲を立て、ハリマージ王国騎士団、魔界方面隊、隊

長の地位にまで就いていた。

 ……だが、ある日、彼は何を思ったのか、魔界方面隊を襲撃、壊滅させ、やがてそれき

り、姿を消した……。

 丁度その頃だ……彼と前後するように、『負の遺物』を探し求める、『オルクリア』と

いう男の噂が、囁かれるようになったのは……。

 『負の遺物』。それは……実は何なのか良く解っていない。かつて、その昔、魔王を討

伐した折に、この世界に遺された、『決して触れてはいけないふたつのもの』。言い伝え

を守り、代々、触れずに時が過ぎた為か、伝わっているのはそれだけ。

 騎士団も含め、ハリマージ王国は、オルクリアの狙いは解らぬまま。……だが、やがて

オルクリアは動く。

 代々王国に守られ、保管されている秘宝、『罪の石』。オルクリアは、王国を襲撃し、

それを盗み出した。その時点で、重大な犯罪ではあるが、だが、ハリマージ王国の上層部

は、ただの……ただのでは無いが……凶悪な強盗とみて、オルクリアを甘く見ていた。

 いち早くに、危険を感じ取ったのは、一縷の騎士団だった。――あの、オルクリアが、

ただの強盗であるはずが無い!――

 総力を上げて、オルクリア、そして『負の遺物』の情報を調べ上げた騎士団は、ついに

『負の遺物』の正体に辿り着く。

 一つは、かつて騎士団が造り上げ、所有していたといわれる、魔力を持つ者から、魔力

を吸い上げ、溜め置き放つ事が出来る兵器。

 有益な物にも思われるが、この兵器が魔力を吸い上げる際、対象者は、身動きの取れな

い状態にされ、長時間に渡り、耐えきれぬ程の、激痛、苦痛を受け続ける。

 その苦痛には、どんな屈強な者でも悲鳴を上げ、もがき苦しみ、やがて精神は崩壊し…

…最後には事切れた、といわれる。

 魔族をはじめとした、魔力を持つ者達(人族にも魔力を持つ者はいる)は、この兵器の

名を聞いただけで、顔を青ざめさせたという。……もっとも、この兵器で魔力を吸い上げ

るには、相手を絶対に抵抗できない状態にする必要があるが……。

 実際に何度か使用された事のあるその光景は……まさに『地獄絵図』だったという。

 一縷の騎士団は、さすがに人道にもとるこの兵器を、問題視し、廃棄、封印。製造方法

も捨て去り、それを知る者も、厳重に監視され、自由に動くことを許さなかった。

 ……長い時が経ち、その兵器に関する記録は、騎士団にも残ってはいない。唯一、ケン

ガイ地方に、それに似た伝承が残されているというが……。

 もう一つは、人知れず封印された、『魔王の娘』。

 世界を滅ぼしうるほどの魔力を持った、魔王の忘れ形見、一人の少女が、人知れない山

奥の神殿に、封印されている、という。

 なぜ、そんなものがあるのか?もしかしたら、騎士団はいずれ封印を解くつもりだった

のかもしれない……もしくは、封印の仕組み上、造らざるを得なかったのか……今となっ

ては詳細は、不明、だが……つまり、『罪の石』、とは、少女の封印を解く鍵!

 七つあると伝わるその石は、すでに五つは、オルクリアに奪われ、残りは、ケンガイジ

ョウに保管されているというが……。

 ケンガイジョウが、黙って騎士団に、秘宝を差し出す、とは思えない。この件は、騎士

団独自で動いている為、王国の勅命、という訳にもいかない……。

 案の定、ケンガイジョウ、領主ディスチアンは、取ってつけたような理由をうそぶいて

罪の石を差し出さなかった。

 罪の石を集める事を断念した騎士団は……それでも、方法を変更し、少女が封印されて

いるといわれる神殿の場所をつきとめ、特殊危機対策第一部隊を派遣した。――


 ――……とある山奥。

「……」

 半ば、疑いを持って、その場所を訪れた、ハリマージ王国騎士団、特殊危機対策第一部

隊、隊長、ケ―ルッスは、谷間の奥から現れた、その神殿に目を見張った。

 山の奥の、谷間の、さらに奥、そこに隠されるように存在していたその神殿は、石造り

で、大層の年月が経過している為、古めかしい印象ではあるが、一目で、大層立派な物で

ある事が解る。封印場所、というよりも、神を祀る、まさに『神殿』。

 そして、神殿前に建てられた、石の碑文。――

 それを読んだ時、ケ―ルッスは全てを理解した。

 そこに書かれていたのは、『ある騎士団員』の、ただ、魔王の娘として生まれて来てし

まっただけの、『ただの少女』への、謝罪、懺悔。そして、苦悩と葛藤……。

 ……始めに一縷の騎士団を結成し、魔王を討伐した若者は、その後、暫くしてその消息

を絶った……と、伝わるが……。

 ……そこまで悩んだ末に、下した決断。『封印』……。

 ……ならばこそ、なおさら、少女の封印を解かせる訳にはいかない!!

 ケ―ルッスは、思いを新たに、気合を入れ直し、神殿内部へと、踏み込んで行った……

 ――フフ。残念ですが……少し、遅かったようですね。……――


 ―― 追憶、リーシェ ――

「……エミ…リア……」

 石の箱から現れた少女を見たオルクリアが、呟く。

「……エミ…リア……?……いえ……私は……私は?……リーシェ……?……リーシェ…

そうです。私は、ここに封印されていたはずの、リーシェです……あなたは……?」

 少し放心していたオルクリアだったが、リーシェの言葉に我に返り、口元に笑みを浮か

べながら、軽く頭を横に振る。

「……いえ!……申し訳ありません。リーシェ様。私はオルクリア。」

「オルクリア様……」

「オルクリア、で結構ですよ。」

「……あなたが……私の封印を解いたのですか?……感謝を述べた方がいいのかもしれま

せんが……ですが、いったい……」

 何の為に?そう続けたかったであろうリーシェの言葉を、オルクリアが制止し、ケ―ル

ッス達を、横目で見る。

「くっ、うっ!!……い、いや!!まだだ!!あの少女を、リーシェをオルクリアに渡すな!!」

 動揺していた騎士団達だったが、ケ―ルッスの号令と共に、我に返り、士気を取り戻し

つつある。

「一先ず、ここを離れるとしましょう。」

 そう言うと、オルクリアは、リーシェを抱え上げ、流れるように広間を後にする。

「ま、まてえ!!……!?」

 ケ―ルッスは、慌ててオルクリアを追い、駆け出そうとした……が、それは叶わなかっ

た……。

 ――ドッ!!ガラガラッ!!ドゴンッ!!―― 突然、音を立てて、神殿が崩れ始めた

からだ。

「こ、れは……!?」

 それが、ケ―ルッスの、最後の言葉だった。――


「な、何という事を!……あの方達は!?」

 神殿が崩壊していくのを見たリーシェは、驚愕の表情を浮かべながらも、即座に、まだ

神殿内に、取り残されているであろう、騎士団の身を案じる。

 崩れゆく神殿に向かって、駆け出そうとするリーシェ……を、オルクリアが制止する。

「離して下さい!!あの方達を、お助けしなければ!!」

「今更貴方が向かった所で、巻き込まれるだけです。それに、彼らは、いわば自業自得で

す。」

「……自業……自得……ですか……?」

 もう、助け出すのは無理だろう……それでもオルクリアの手を振り払おうとしながら、

完全に崩壊してしまった神殿を、涙を浮かべ、見つめるリーシェ。

「やれやれ。本当に、『魔王の娘』とは思えないお人だ。」

「!!……それを……知った上で……私の封印を解いたのですか……!?」

 魔王の娘、という言葉に反応して、やっと、オルクリアに向き直ったリーシェ。……そ

の顔には、不安と戸惑いが、ありありと浮かんでいる。

「そうですね。……そして、彼らは、憎き、あの、一縷の騎士団です。そもそも、神殿の

崩壊を仕組んだのは、騎士団達です。万が一、貴方の封印が解かれた場合、貴方ごと生き

埋めにするために、ね……」

「!!……騎士団……ですか……ですが……あなたは、騎士団の方達を憎んでいるのですか

……?魔族、では無いようですが……」

 不安と戸惑いは、まだ消えてはいなかったが、それでも、オルクリアの話を聞いたリー

シェは、オルクリアの眼をしっかりと見つめ、そして、気のせいか、どこかオルクリアす

らも心配するような表情を交えた上で、言葉を続ける。

「ですが……私は、騎士団を憎んでなどいません。封印を申し出たのも、私です。……こ

れ以上、争いが起きないように、と……私はこの世に在ってはならないモノ……事実……

もう、すでに、私のせいで、騎士団の方達が……」

 それは、懺悔の祈りだろうか?リーシェは、話しながら、崩壊した神殿を振り返り、涙

で潤むその瞳を一度閉じた。

 ……後、再びオルクリアに向き直り、問いかける。

「……なぜ、私の封印を解いたのですか?」

 オルクリアは……少し何やら考えたようだったが、すぐに、わずかに覗く口元に、笑み

を浮かべ、言い放つ。

「……そうですね。隠していても、いずれわかる事だ。私の望み。……『この世界を終わ

らせる』……貴方の魔力があればそれが可能だ。その為に、貴方の封印を解いた。」

「な!?……あなたは……いえ……そう、ですか……ですが……」

 オルクリアの言葉に、リーシェは何を感じたのだろう……一度、目を見開き、驚きの声

を上げたが、やがて、どこかオルクリアを労わるような表情を見せ、静かに、諭すように

語る。

「私は、あなたに手を貸す事は出来ません。……そもそも、魔力の扱い方も知りませんし

……やはり、もう一度、私を封印して下さい……それが無理でしたら、私を……」

「貴方はそれで良いのですか!!」

 それに対して、オルクリアは珍しく、少し強い口調で、口を挟む。何かが気に障ったの

だろうか……

「ただ、『魔族の娘』として生まれ、ただ、『少し』強い魔力を持っていただけ!それだ

けで、貴方を恐れ、忌み嫌い、またはその力を狙い争い合う!……そんな……くだらない

人間どもの為に、貴方はその身を犠牲にするのですか!?貴方の人生は!?貴方の望みは!?こ

の世界でやりたいことは無いのですか!?」

 ……それともそれは、リーシェを懐柔する作戦なのだろうか……とてもそうは思えない

程、感情を剥き出しにして、リーシェを問い詰めるオルクリア……。

「……ですから、そうならない為に……ですが、私の望み……この世界を……自由に、見

て、感じてみたい……いえ!……そんな事は、望んでは……」

 オルクリアの迫力に押されたのか、それとも……。問い詰められ、思わず動揺して、し

どろもどろになってしまうリーシェ。

「……フウ……」

 その声を聴きながらいつの間にか、冷静さを取り戻していたオルクリアが、心の揺れ動

くリーシェに対し深いため息を吐く。

 ――リーシェは『無理』をしている。自分を、この世界にいてはいけないモノだと思い

込もうとしている。何か悪い事があれば、自分のせいだと思い込もうとしている……。

 ……本心では無いだろう……それが証拠に、今、『望み』という言葉に、明らかに心が

揺れている……もし、リーシェの『その枷』を、外す事が……出来れば……。

「では、こういうのはどうでしょう?私は、貴方に、『一時の自由』を与えます。世界の

どこにでも、好きなように行けば良い。頃合いを見て、いずれ、お迎えに上がります。封

印だの、なんだのは、それからでも遅くないでしょう?……私への返答も、それからで良

い。」

「!!それは……ですが……」

「封印は解かれたばかりです。それぐらいの時間の猶予があってもいいでしょう?大丈夫

です。貴方が心配するような、何かがありそうならば、すぐに迎えに行きますから。」

「……」

 暫く渋っていたリーシェだったが、その顔は、明らかに望んでいる。……その『自由』

を……――

 ――……結局、オルクリアに、いや、『自分』にか……どちらかは定かではないが、リ

ーシェは、押し切られる形で、その場を後にするのだった。――

「……たとえ、元が貴方なのだとしても……」

 去り往くリーシェの背を見つめながら、オルクリアが呟く。

「それを恐れ、忌み嫌い、また、悪用しようと企み、争い合う選択をしているのは、当の

本人たちです……問題があるのは……貴方では無い……醜い、人間達だ……私を含めた、

ね……」

 リーシェが見えなくなってからも、誰かに語りかけるように、そう呟くオルクリアは、

どこか悲しげにも感じる。

 ……だが、フードで隠れた表情では、それを推し量ることは出来ない……――


 ―― 追憶、ヴォルグ ――

 その男は、元々恐ろしい顔を、さらに恐ろしくつくり変え、不機嫌オーラを全開にしな

がら、先刻渡された、手元の指令書を睨み付けていた。

「フン。……少しでも不安を感じたのなら、迷わず殺せ、だと?……不安を感じているか

らこそ、俺達に捜索させているのだろうが!」

 基本、捕縛。やむを得ぬ場合は、殺害も可。……ではなく、まず、始めから、少しでも

不安を感じたのなら、迷わず、殺害。それからおまけのように、可能なら捕縛。

 その文面からも明らかだ。……これはつまり

「拘束の名を騙った……実質、『暗殺指令』……だな。これは。……だが」

 リーシェについての資料に、目を落とし、ついに悪魔に変身したのかと思われる程に、

不機嫌さを増す男……

 争いを好まず、純粋無垢で心優しい、魔力の扱い方、戦い方を知らない、等々……

「俺達に……何の罪もない少女を、殺せ、というのか……」

 その指令を受け入れきれず、無意識の内に、殺気を放っているのだろう。辺りの空気が

ピリピリと、震えている。

「悩んでるっすね?ヴォルグ隊長?ハハッ。そんな顔のくせに、隊長そういう所あるっす

からね。」

 その空気を和ませようとしたのか、ソスネーという名の、一人の若い隊員が、茶化すよ

うに、ヴォルグに話し掛ける。

「……やかましい……」

 不機嫌そうな顔のまま、ソスネーを睨むヴォルグだが、作戦は成功したのか、辺りの空

気は怯えるのを止め、震えは収まっていく。

「……それで、どうなんだ?」

 震えは収まったが、まだ不機嫌そうなヴォルグは、一度指令書に視線を戻したが……す

ぐに外し、今度はソスネーに興味が移ったのか、顔を上げ再びソスネーを睨み付けると、

そのまま問いかける。

「え?ああ!はい。オルクリアが何を考えてるかなんて、考えんのも面倒っすから、理由

は知らんっすけど……なぜか、リーシェは、オルクリアから離れて、今一人で、ニナカァ

ルの町方面へと、向かってるっす。一隊の生き残りに、確認させたんで、間違いないすっ

す。」

 実は、すでに捜索を進めていた、ヴォルグ達、特殊危機対策第三部隊は、オルクリアと

別れたリーシェを、発見し、密かに監視していた。第三隊が当番制で監視していた為、ソ

スネーも、一度リーシェを見ている。それについての説明をしたソスネーだったが……

「……」

 ヴォルグが聞きたかった事を、微妙に外したらしい……ヴォルグは鋭い目つきを、さら

に鋭くさせて、ソスネーを睨む。

「え?いや!?ああ!あれだ!……リーシェって子は……まあ、だいたい資料通りっぽいっ

す。強大な魔力、どころか……魔力を使う雰囲気っすら無いっすね。ニナカァルまでの道

中、モンスターが生息する地域もあったっすが……襲われてたら、ありゃ、イチコロだっ

たかもっすね。」

 睨まれたソスネーは、少し焦って、リーシェのひととなりについて語った後、正解か確

認するように、ヴォルグをチラ見する。

「……そうか……」

 今度は正解だったようだ。ヴォルグの目つきが、少し和らいだのを確認したソスネーは

ほっと一息、胸を撫で下ろし、リーシェを見た感想を語る。

「それに、俺の見た感じじゃ、ありゃ、結構なお人好しっすね。道中で旅人の荷車押すの

手伝ったり、婆さん背負って歩こうとしたり。……ひ弱で体力ねえんで潰れてましたっす

けど……」

 リーシェは、生来のお人好し、または人間が好き、なのかもしれない。だから困ってい

る人を見かけると、つい近づいてしまう。

「けど、ちょっと手を貸し終えると、なんか避けるみたいに相手から、離れて行っちまう

っす。だから基本は一人っすけど。」

 だが、すぐに思い出す。自分の魔力の事を。もし何かあれば、自分が近づいたせいで、

相手を巻き込んでしまう……だから、人に深く近づいてはいけない、と……。

「……益々……なぜ……そんな少女を……」

 再び目つきを鋭くして、ヴォルグは睨む。

 ソスネー……では無く、遠くの『なにか』を。

「けど……強大な魔力ってのは、事実みたいっすね。……あいつらに借りつくんのはいや

だったっすけど……魔力感知の専門家様に、確認させたっすが、大きな魔力があんのは間

違い無い、って。……あと、それと同時に、あの動きは魔力を扱えない者の動きだ、とも

いってたっすけど……けど、それよりも……」

 ヴォルグの視線が睨んでいるのは、自分では無い事を確認しながら、続いてリーシェの

魔力について語るソスネー。

 専門家の言葉、といわれても、いまいちピンとこないヴォルグだったが、ソスネーの、

次の言葉は、ヴォルグに確信を抱かせるには、十分な言葉だった。

「襲われたらイチコロって、さっき、いったっすけど……そんな事には、ならねえっす。

なぜなら……魔力に敏感な魔獣共が、リーシェの魔力を畏れて、近寄ろうとしないから、

っす」

「……!?」

 魔獣が近寄ろうとしない!?ヴォルグはそう、叫びたかったのかもしれない。

 そもそも魔獣は魔力に慣れている。魔力を感じ取ったからといって、ちょっとやそっと

では、逃げたり、怯えたりするようなものでは無い。

 魔獣が畏れる程の魔力……それは、それこそ……魔王クラスの……――

「でも……ありゃ、一番あぶねえパターンっすねえ……」

 それは何気ない感想だったのだろう。大方話終えた後、ついでのように漏らした、ソス

ネーの言葉。

「……あぶない……?」

 その言葉に、何か嫌なものを感じたのか、ヴォルグが喰い付く。

「え?いや、だって、大きな魔力は持ってるっすのに、使い方はおろか、戦いもままなら

ねえ。手に入れようと思えば、誰でもリーシェをとっ捕まえれるっす。魔力の事、知らな

くても、狙う奴はいるんじゃないっすかねえ。美人っすし。放っときゃあ、誰かにとっ捕

まるのは、時間の問題っす。」

「!!」

 美人かどうかが関係あるかは、疑問だが、ヴォルグは、ソスネーの言葉で理解する。指

令が、殺せと出さざるを得ない理由を。

 ……いや、ヴォルグは気付いていながら、考えないようにしていたのかもしれない。だ

からこそ、どうして良いか解らずにイライラしていた。

 リーシェがどういった人物であるかは、『問題では無い』。

 危険人物が簡単に手に入れられる……。そうなのであれば……リーシェも、また、『危

険なモノ』である、という事に他ならない!

「……どうするっすか?ヴォルグ隊長?今ならうちの隊の奴らもリーシェの近くにいるっ

すが……」

 ヴォルグの顔つきが変わったのを、察したソスネーが、少し真面目な顔になり尋ねる。

次の行動を。

「……『拘束』、だ……一先ず、ニナカァルの仮設牢に、リーシェを捕らえろ。……俺も

すぐに向かう。」 ――


 ―― 追憶、ディスチアン ――

「おい!マントマン!本当に大丈夫なんだろうな?」

 ヴォルグが、指令書を受け取る少し前。コウマの塔の地下通路を、ディスチアンと、マ

ントマン―オルクリアが、足早に歩いていた。ディスチアンは少し、不安げな表情を浮か

べている。

「フフ。心配性ですね。ディスチアン様。何度も言っているではないですか。それに、貴

方もご存じのはず。この通路は、カモフラージュの魔力を込めて建てられています。王国

の調査団も、発見出来なかったのでしょう?」

「しかし……」

「大丈夫です。しっかりと、扉は閉めました。それに、そもそも、こんな、何もない放置

された塔に近付く者なんて、まず、いませんよ。」

 この通路に掛けられたカモフラージュの魔力は、一度開けば解けてしまう。もう何度か

使われたこの通路の魔力は、すでに解けて、誰かが調査すれば見付けられてしまう状態だ

ろう……。

 オルクリアは、嘘をついている……。

 ……いや、微妙に重要な言葉を省いているだけで、嘘では無いかもしれないが……。

「そ、そうか!お前が言うのなら、大丈夫なんだろう。信頼しているぞ。」

「……」

 だが、ディスチアンは、オルクリアを、すっかり信用しきっているようだ。信頼の言葉

を口にしている。

 ……当の、オルクリアは、ディスチアンの言葉に、薄笑いを返すだけ、であるが……

「それで……お前にいわれた物は、全て掻き集めて、向こうの神殿に運んでおいた。伝承

を調べるのに、苦労したがな……俺の知識が無ければ、不可能だったな。」

「フフ。感謝いたします。ディスチアン様。」

 悪い薄笑いには、気が付かず、ディスチアンはオルクリアに、『仕事』を終えた事を、

報告する。労われ、と言わんばかりの一言を添えて。……良いように使われているとも知

らずに……。

「フフフ。なに、お前が感謝する事では無いがな!……これで……間違い無いんだろうな

?マントマン?これで本当に……」

「はい。後は、『ゼロ』の完成と、頃合いを見て、リーシェ様をお連れすれば……魔王の

魔力は、貴方のものです。」

「フフ……フハハ!そうか!フハハハハ!魔王の魔力!フフ!ハハハ!そうなればフハハ

ハ!俺が世界を支配する日も近い!!フハハハハハハ!!」

 嬉しそうに高笑いを続けるディスチアン……悪い噂は、どうやら本当だったようだ。デ

ィスチアンは、野心を燃やし、ずっと機を窺っていた。……世界征服、まで狙っていたか

は、定かではないが……

 それでも、常に、王国を転覆させ、取って代わろうと、その時を窺っていたのは間違い

ない。

 武力では、一縷の騎士団が相当に厄介、そのため、魔王討伐時の、過去の文献を読み漁

り、何か使えるものは無いかと、知識を蓄えていた。そんな時だった。オルクリアと出会

ったのは。

 オルクリアは言葉巧みに、ディスチアンに近付き、そして知識でも、武力でも、非凡な

ものを見せ、すっかりディスチアンの信頼を掴み取っていた。都合の良いように、ディス

チアンを働かせるために。――

「……ですが、少し、問題が……」

 まだ、続いている、ディスチアンの高笑いに、いい加減嫌気がさしたのか、少し、険し

い表情で、オルクリアが問題を提起する。

「私はこれから、ゼロを完成させる為、暫くここに籠らなければなりませんが、そうなる

と、リーシェ様をお守り出来なくなります。」

「ぬ!?リーシェ様を守る?」

「はい。リーシェ様は、長い事、封印の中にあった為、魔力の扱い方も、戦い方も、『忘

れて』しまっています。つまり、戦闘に関しては、今はただの『一般人』、のような物で

す。」

「な、なんと!?本当か!?」

 また、オルクリアが、ディスチアンを騙したのだろう。リーシェは封印にあった為、忘

れている、のでは無く、そもそも、魔力の扱い方も、戦い方も、『知らない』、のだが…

…。

 そう思わせた方が、なにかと、都合が良かったのかもしれない。オルクリアは、何喰わ

ぬ顔で、話を続ける。

「はい。ですから、このままでは、騎士団に捕らわれるのは、時間の問題、かと……」

「……貴様は賢いのか、阿呆なのか……ならば、なぜ、リーシェ様に自由を許した!?」

「……エミリアが……」

「ぬ?エミリア?」

「ああ!……いえ……リーシェ様が、それを望んでいましたので……」

 これもオルクリアの、作戦なのだろうか……確かに、ディスチアンの言う通り、それが

解っていながら、オルクリアは、リーシェに自由を与えた。封印の件を、考慮したとして

も、そのまま連れ歩く事も、出来たはずなのに。

 そうでなかったとしても、ケンガイジョウに、連れてきて保護するなり、なんなり、方

法は、いくらでもあったはずなのに……。

 それ以上を語ろうとはしないオルクリアに、何を考えていたのかを察することは出来な

い……。

「ともかく。今、そういった状態なのは、確かです。」

 やっと口を開いたオルクリアは、話をはぐらかすようにきり出し、話を進める。

「ですから、誰かリーシェ様をお守りして、ケンガイジョウまで、導いていただける者が

必要です。」

「……フウ。仕方ない。」

 腕を組み、オルクリアを睨み付けていた、ディスチアンだったが、やがて問いただすの

を諦めたのか、わざとらしく、溜め息を吐いた後、解決策を提示する。

「あまり……正面から、一縷の騎士団とはやり合いたくはないが、まあ、リーシェ様を助

けてケンガイジョウまで、連れてくるくらいなら、何とかなるだろう。ケンガイジョウ内

まで、連れてきてしまえば……後は守りを固めれば、一縷の騎士団と言えども、迂闊に手

は出せまい。ケンガイジョウから、諜報部隊の、腕の立つ奴を派遣しよう。」

 解決策を聞いていたオルクリアは、その解決策では不十分、とでも思ったのか、わざと

らしく少し首を傾げてみせ、考えるフリをした後に、

「感謝します。ディスチアン様。ああ!そうです。それから、私とケンガイジョウの関係

は、リーシェ様に察知されないようお願いします。警戒されかねませんので。」

 そう言って、自分の事を伏せるように、指示する。

「多少、強引にでも……」

「それは、悪手……ですね。」

 ディスチアンは、少し気に食わなかったのか、異論を唱えようとするが、その言葉を即

座にオルクリアが塞ぎ止める。

「私達は、あくまでリーシェ様に、力をお借りするのです。その時までは、丁重に。それ

が、貴方の為です。リーシェ様に逃げられてしまえば、全てが水の泡になりかねない。」

 自分の為、と言われてしまえば、もう、異論は無い。ディスチアンは、オルクリアの意

見を聞き入れ、『その時』までリーシェを、丁重にケンガイジョウで守ることを、約束す

るのだった。――


 ―― 追憶、運命を変えた男 ――

 その日、リーシェ監視の任務に当たっていた、ハリマージ王国騎士団、特殊危機対策第

三部隊、隊員、ヨズネルは、命令を受け、リーシェを拘束。

 ニナカァルにある、仮設牢の柵を挟み、リーシェと対峙していた。

「……」

「……」

 リーシェは、心配そうな表情で、ヨズネルを見つめている。

 その視線に、堪えきれなくなったヨズネルが、悲鳴を上げるように、呻き声を漏らす。

「ああ!もう!そんな顔で見ないでくれ!俺だって好きでこんな事してる訳じゃあないん

だ……何だって俺が当番の時に、こんな……」

 リーシェの拘束は、ヨズネルの本意では無い。リーシェを暫く観察していたヨズネルは

このままリーシェを、自由にするべきではないか、と考えていた。

 もっとも、一隊員のヨズネルに、そんな提言は出来ない……渋々、リーシェを捕縛した

ヨズネルは、リーシェに見つめられ、堪えきれなくなり、おそらく、ヴォルグであろう相

手に、恨み言を呟く。

「あ!いえ!申し訳ありません!……別に、あなたを責めていた訳ではありません。……

ただ……」

 ヨズネルの恨み言を聞いたリーシェが、慌てて、申し訳なさそうにしながら、謝罪を口

にし、ヨズネルから視線を外す。

 だが、その状態も、長くは続かない。リーシェは、遠慮がちにではあるが、再び、心配

そうな表情を浮かべ、ヨズネルの表情を窺いながら、オズオズと、口を開く。

「ただ……お顔が……とてもお疲れのようでしたので……心配で……申し訳ありません…

…私のせい…ですよね……」

「!!……」

 予想外のリーシェの反応に、ヨズネルは、声を失う。

 この少女は……リーシェは……自分を捕らえた相手までも、心配して……恨み言の一つ

でも言われても、おかしくは無いのに……

 その顔は、嘘偽りなく、純粋にヨズネルを心配しているようだ……。

「くそ!!」

 再びリーシェと眼が合う事を、避けるように、ダンッ!と、ヨズネルが立ち上がり、リ

ーシェに背を向ける。

「……あの?……」

 その行動に驚いたのか、リーシェは少し戸惑いながら、ヨズネルに声をかけようとする

が、

「あー!!だめだ!だめだ!」

 ヨズネルは、リーシェの声を、聞こえないーというように、首を横に振り回しながら、

耳を手で塞ぐ仕草を見せ、

「このまま、お前と話をしてたら、俺は、お前を、逃がしちまいそうだ!いずれ、ヴォル

グ隊長も到着する!後は隊長と話してくれ!」

 叫ぶように、リーシェにそう告げると、逃げるようにその場を立ち去ってしまう。牢の

鍵を開けたまま……。

「……」

 それは、ヨズネルが、リーシェを逃がす為にした事か……それとも、ただ単に、忘れた

だけか……それは解らない。

 ……だが、リーシェは、逃げるような事は、しなかった。自分が逃走すれば、ヨズネル

が、責任を追及される、と心配してか……それとも、騎士団に、自分を再び封印、または

命を絶たせよう、と考えての事か……それも解らない。

 ただ一つ、言えることは、リーシェは自ら、そのチャンスを捨て、おとなしく牢の中に

留まる選択をした……。

 千載一遇のチャンスは潰え、リーシェの運命は決した。……かに思われたが……

 その夜、牢の中で少し横になり、休んでいたリーシェの元に、一人の男が密かに忍び寄

り、小声でリーシェに声をかける。

「リーシェ様。」

「?……あなたは?」

 顔を隠した、覆面の男……。リーシェは小首を傾げている。おそらくリーシェは、あっ

た事が無い。

 その男が、小首を傾げ、記憶を巡らせているリーシェに、こんな事を言ってくる。

「訳有って、身分は明かせませんが、あなたを、ここから逃がす為、お迎えに上がりまし

た。我々は、あなたの噂を聞き、現状を憂い、お助けする為に立ち上がった。その、同志

の者です。」

「??……?」

 さしものリーシェも、さすがに、この、覆面の怪しい男を、すぐに信用することは出来

ずにいるようで、少し、不安と恐怖の入り混じった、疑いの眼差しを、男に向けている。

「そんなに警戒しないでください。他意はありません。純粋にあなたをお助けしたい。そ

れだけです。」

 ……そう言われても……なかなかに、胡散臭い男……ではあるが……無下にも出来ない

リーシェは

「それは……感謝致します……ですが……」

 一先ず、謝意を述べつつ、そもそも、逃げる意志が無かった為もあり、あまり男の話に

耳を貸す気は無いようだ。

 そんなリーシェに、覆面男は、困ったふりをして見せた後、大げさに辺りを窺いながら

リーシェに顔を近づけ、大きな小声で話す。

「騎士団も……一枚岩では無いのです。あなたをお助けしたい、と、願う者もいる。」

「!!……」

 何か心当たりでもあるのか、やっとリーシェは、男に目を向ける。

 多少ではあるが、やっとリーシェの心を動かす事に成功した覆面男は、それを確認する

と、この機を逃さず畳み掛ける。

「我々が、総力を上げて調べ挙げた結果……やっと、あなたの問題を解決出来るかもしれ

ない、一筋の『希望』を見つけたのです。」

「!!」

 ……自らを、この世に在ってはならない、忌むべきモノ、と呼び、封印を……自らが、

この世界から消える事を願うリーシェは……だが、リーシェのそれは、自分の中に有る魔

力を、人々が恐れ、また、それが元で、争いが起き、誰かが犠牲になる、そんな現状を憂

いての事……。

 ……世界をこの目で自由に見てみたい……人々と触れ合ってみたい……望みはある……

やりたい事は沢山ある……決して死にたい訳では無い!生きていたくない訳などあるはず

が無い!

 ……覆面男を、信じた訳では無いだろうが……『希望』。……その一言は、リーシェの

心を動かすには、十分だった。

「ケンガイジョウ、領主ディスチアン。彼は博識で、あらゆる事、特に魔力に関しては、

造詣が深い。あなたの問題を、解決出来るすべを、知っているかもしれません。」

「……」

 過去に、魔力の専門家と呼ばれる者達にも、当然、あって来たであろうリーシェ。

 彼らの出した答えが、今の現状……リーシェが今ここにいる、という現実。……だが

「ぜひ、一度ディスチアン様に、お会い下さい。失望はさせません。彼ならば、必ず、あ

なたの力になってくれるでしょう。」

 ……覆面男の声に、押されるように、気が付けば、リーシェは牢の前まで、歩を進めて

いる。

「……」

 ……だが、もう一歩の所で、リーシェは立ち止まる。

「……いえ……ですが……私が逃げてしまえば、あの方が、門番をされていた、あの方に

ご迷惑を……」

「それは、俺の事か?」

「!!」

 迷いを生じさせ、立ち止まってしまったリーシェと、覆面男に声をかける人影。

「逃がすと……思ったか……?」

 ヨズネル!

 ヨズネルは低い音で声を響かせ、手に剣を握り、こちらを睨み付けている。

 ……だが、その視線の先に捉えているのは、どうやら、リーシェでは無く、覆面男。

「騎士団!!くそ!!見つかったか!!」

 覆面男は、ヨズネルを見て、動揺している。あまり腕に自信は無いようだ。

「のこのこと……侵入してくれたようだが……お前、騎士団なめてんのか?すぐに俺の仲

間も集まってくる……逃がさねえよ!覚悟は出来てるんだろうな?」

 ヨズネルは、ヴォルグ程、ではないが、殺気を放ち、覆面男を威嚇しながら、ゆっくり

と近付いていく。

「くそ!予定外だ!……そもそも俺は、そう言えと指示されただけで、詳しい事は何も知

らないんだ。命賭けてまで、騎士団と遣り合うのは馬鹿げてる!」

 覆面男は、何やら一人でブツブツ呟くと、リーシェとヨズネルを一度ずつ、チラッ、チ

ラッと見た後、リーシェをそのままに、迷わずヨズネルに背を向け、逃走する。――

「……すぐに現状を把握し、リスクを感じたら、迷わず引く……諜報隊としては優秀なん

だろうが……人選ミスだな……」

 ヨズネルは、覆面男が去って行った方向を、見つめながらそう呟く。そしてその後、リ

ーシェを一度、チラッと見ると、何も見えていないかのように、リーシェに背を向け、去

って行こうとする。

「……あ、あの?……えと……?」

 ヨズネルの背に、リーシェが声をかけ、近づいて行こうと、足を踏み出す。

「行けよ!」

「……え?」

 近付こうとするリーシェの足音を聞いたヨズネルは、リーシェを制止するかのように、

大きな声を上げる。

 リーシェはその声に立ち止まるが、ヨズネルの真意を汲み取れず、そのままその場で立

ち尽くし、小首を傾げ、悩み顔を浮かべている。

 そんなリーシェに、再びヨズネルは、リーシェを追い立てるように声を上げ、

「逃げるなら今しかないだろ!逃してどうする?自由になりたくないのか!?」

 ヨズネルの真意。それは、リーシェを逃がす事。

「……ですが……」

「俺は何も見てねえ。朝起きたら、牢が空だった。それだけだ。」

 そんなヨズネルに、リーシェは……。リーシェはだが、立ち止まったまま、心配そうな

顔で、ヨズネルの背に、視線を向けている。

「ですが……それでは、あなたが……」

 ヨズネルを心配して声をかける、リーシェ。そんなリーシェに、ヨズネルはやっと、振

り返り、視線はリーシェに向けず、だが、口元に笑みを浮かべ、優しそうな声をリーシェ

に投げかける。

「心配すんな。うちの隊長、顔は恐いが、あれで結構……少し……微妙に優しい所もあっ

たりするから。俺の心配はいらねえよ。……だから……俺の事思ってくれるなら……早く

行け!!」

「!!……」

 優しい声で、リーシェを安心させてやりながら、最後は、追い立てるように叫ぶヨズネ

ル。

 その声に追い立てられるように、リーシェは駆け出す。……『希望』を求め、ケンガイ

ジョウへ……――


「……変わんねえよ……お前の運命は……」

 去って行ったリーシェを見つめながら、悲しそうにヨズネルが、呟く。

「悪いな……リーシェ……『一瞬の自由』。……俺にしてやれるのは……このくらいだ…

…騎士団は、そんなに甘くない……さっき言ったように、すぐに三隊の他の奴らが、駆け

付ける……ヴォルグ隊長も、こっちに向かってる……捜索されれば……すぐに見つけられ

て……終わりだ……俺には……お前の運命を変えてやる事は出来ねえ……」

 今にも泣き出しそうな、悲しげな表情を浮かべて、ヨズネルは、いつまでも去って行っ

たリーシェを見つめていた……。

 その行動が、リーシェの運命を大きく変える事になる、とは、露とも思わずに……――


「そうか……『逃げられた』、か……」

 それから暫く後、ニナカァルに到着したヴォルグが、ヨズネルに向かい、静かに口を開

く。

 その表情は……元々恐ろしい、事を差し引けば、特段、怒っている訳ではなさそうだ。

「そうだったな。お前は、そういう男だ。解っていて、この任に就かせた、俺の責任だ。

……苦労をかけた。」

「……」

 怒っている、どころか、謝罪めいた発言までして、ヨズネルを労わるヴォルグ。

「お前は、『そのまま』で良い。……だが」

 ヴォルグはやがてそう言って、ヨズネルの行動を肯定すると、ヨズネルに背を向け、集

まっていた他の隊員に向き直る。

「二手に分かれる。片方は覆面の男の捜索を。……まあ、出所の、大方の予想はついてい

るが……。そしてもう一方……」

 覆面の男の捜索を指示した後、ヴォルグは少し、躊躇うように間を置いた、が、何かを

断ち切るように、その鋭い眼をつり上げ、唸るように指示を出す。

「覚悟のあるものは、俺と来い。リーシェを追跡する。」

「……」

 ……暫く……その様子を、黙って見つめていたヨズネルだったが、

「……もう……放って置いてやりませんか?……あいつは……リーシェは、何も悪い事な

んかしていない!!そして、これからも、おそらく……いや!絶対にしない!!このまま放っ

て置いても、大丈夫なはずだ!俺達が言わなければ、誰もあいつに、大きな魔力があるな

んて思いやしない!!」

 堪え切れなくなったのか、ついに、ヴォルグに、口を挟む。

 抑えきれない思いを、ぶつけられたヴォルグは、ゆっくりとヨズネルに振り返り、険し

い視線を向ける。……だが、その表情は、怒っているというよりも、ヨズネルを諭すよう

なものだ。

「オルクリアは?どうする気だ?」

「!!そ、それは……」

 オルクリアの事を問われ、即答出来ずに、眼が泳ぐヨズネル……。

 ヴォルグはさらに言葉を畳み掛ける。

「それに……たとえ今、気付いている者がいないとしても、何かを企む者というのは、力

のにおいに敏感だ。すぐに嗅ぎ付けてくる。前例もあるだろう?……王国の大臣共も……

今は気付いていないが……どこから話が漏れるとも限らん。……それに、庶民の平和は?

感情は?俺達はハリマージ王国騎士団だ。王国と、その市民を守るためにある。……何か

あった時、そうなった時、お前はその『責任』をとれるのか?」

「……」

 ヴォルグに諭され、何も言えずに、押し黙ってしまうヨズネル。

 それを確認した、かどうかは解らないが、ヴォルグは止めとばかりに、言葉を繋ぐ。

「これは……正当化するための詭弁、かもしれない……いや、詭弁、なのだろうが……リ

ーシェのひととなりが、お前の思う通りだったとして……リーシェの力が悪用された時、

それに傷つき、一番苦しむ事になるのは……他の誰でもない、『リーシェ自身』だ。……

その命を絶ち、力の『呪縛から解き放つ』。……大きな目で見れば、それもまた、リーシ

ェを救い、自由を与える、その『最終手段』だ。」

「!!……」

 それは、いつからだったのか?それはもしかしたら、始めからだったかもしれない。ヨ

ズネルを諭す為、語るヴォルグは、だが、どこかヨズネルにピントが合っていない。まる

で自分に言い聞かせるように、その視線は、宙をさ迷い続けている。

 やがて、何も言えずに、押し黙ったままになってしまったヨズネルに気付き、ヴォルグ

が……どこか、最後の希望にすがるような顔で尋ねる。

「もっとも、お前が、これからその全てをかけて、リーシェを守り抜く、その覚悟がある

というのなら、話は別だが……?」

「……」

 リーシェを守ってやりたい、そうは思っても、覚悟を問われれば、答えに窮してしまう

……。

 それは、リーシェの問題を、わざわざ、自分に背負い込む、という事。その為の力が必

要だ、という事……。現実問題、ハイとは答えかねる、それほどに重大な決断だ……。

「……」

 俯き、すっかり黙り込んでしまったヨズネルを、確認したヴォルグは、一つ大きく息を

吐き、眼を閉じると、やがてヨズネルに背を向け、それから覚悟を決めたように、鋭い目

を開き、唸るようにヨズネルと隊員達に告げる。

「ヨズネル。お前は何もしなくていい。そして、お前達も、リーシェはあくまで『拘束』

だ。決して手を上げるな。何かあれば、俺が動く。……『罪を背負う』のは、俺だけで十

分だ!」

 ざわつく隊員達だったが、ヴォルグは鋭い眼で、隊員達を睨み付ける。

 隊員達は知っている。こうなってしまえば、もうヴォルグの意思は変えられない。異論

がある者もいたようだが……やがて皆、それぞれの行動に移っていく。

「……罰ならば……お前の気のすむまで、地獄で受けてやる、リーシェ。……だが今は、

ハリマージ王国の、庶民の平和の為……絶たせてもらうぞ!その命!」

 ――そして、物語は動き出す。 ――や、やっちまったー!!―― 名も無き、田舎の

村の少年を巻き込んで――


 ―― 追憶、ラルという男 ――

 その男の行動にリーシェは、戸惑いと後ろめたさを感じていた。

 突然現れ、騎士団から自分を救い出し、挙句、理由をろくに聞かないまま、自分をケン

ガイジョウまで送ってくれるという。

 ……だが……自分と一緒にいる間に、もし、また、騎士団に出会ってしまったら……オ

ルクリアが迎えに来てしまったら……。

 ……やはり……断らなければ……――

「ラル……あの……えと……あの……」

「んあ?なんだ?リーシェ?」

「……い、いえ……あ、お花が……きれいですね……」

「んー?ああ。そうだな。……ありゃ、ケンガイ地方にしか咲いてねえ……カーキツバタ

……だったかな……?」

「そうなのですか?お詳しいのですね。」

「あー。いや……幼馴染にそういうの、詳しい奴がいるだけだ。」

 ……いつの間にか、世間話になっている……また、言い出せなかった……理由は、解っ

ている……。

 リーシェが断れない理由……それは……戸惑いや後ろめたさと共に、嬉しさを感じてし

まったから。ラルと別れたくないと感じてしまっている自分がいるから。

 ろくに理由も聞かずに、純粋にリーシェを心配し守ろうとしてくれている、ラルのその

行為に……。

 ……なのに自分は……ラルに嘘をついている……。

 ――『解らない』――なぜそんな嘘をついてしまったのだろう。

 彼らは一縷の騎士団。自分の魔力に危険を感じ、世界をその危険から救う為、自分を狙

っている。言ってしまえばこんな簡単な事。解らないはずなどないのに……。

 ……ラルに告げなければならない……ラルの為にも……

「ラル……あの……えと……あの……」

「んー?」

「……い、いえ……あ、景色が……きれいですね……」

「……景色か……確かにオルナの周辺じゃ、こんなだだっ広い草原はねえなあ。」

「オルナ周辺、ですか?」

「ああ。俺の村。あそこは、周りは森とか山ばっかだからなあ。」

 ……また……言い出せなかった……告げてしまえば……ラルが、離れて行ってしまうか

ら……。

 ……何を言っているのだろう……それが本望なはずなのに……。

 ……自分は、この世に在ってはならない忌むべきモノ……そう言っておきながら、いざ

優しくされると、その優しさに甘え……付け込む……情けない……――

 後ろめたさを感じながらも、なかなか言い出せず、さらに後ろめたさを感じてしまうリ

ーシェだった……。――


 ――いっぽうのラルは、そんなリーシェに、何も感じていない訳では無かった。

 そもそもの、出会いからして、『異常事態』。リーシェという存在に、何もない訳が無

い。……だが……

 ――お花が、きれいですね――

 ――……自分から……聞き出そうとするのは、止めておこう。

 もし、リーシェが何か話す気になったのなら……黙って聞いてやればいい。

 ……変わらない……どちらにしろ……俺の身体は、止まらないのだろうから。

 俺にしてやれる事……それは……――

「ラル……あ…………」

「ほれ!やるよ。お前、好きなんだろ?花。さっき向こうで摘んできた。」

「え?」

 また何か、きり出しかけたリーシェの前に、ラルが、花を編み込んだブレスレットを見

せ、手渡してくる。

「へへ。どうよ?昔から遊び場は、野原とか山ばっかだからな。……幼馴染に教え込まれ

て、こういうの作んのは、得意なんだ。……俺の趣味じゃねえけど。」

「……これを……私に……」

「ああ。やるよ。花言葉は……『希望』、だったかな?」

「!!」

 ……偶然か……それとも……――

「うーん……髪飾りとかのほうが良かったかなあ……まあいっか!リーシェは可愛いから

何でもにあ……うううん!!ゲホッ!ゴホッ!」

 森の時とは違い、自分の発言に気付いたラルが、咳払いをしてごまかそうとするが……

「……」

 リーシェは感激の表情を浮かべ、少し放心状態。……どうやら、今のラルの言葉は聞い

ていなかったようだ。我に返ると、そのまま感謝の言葉を述べてくる。

「……ありがとうございます。ラル。……これは、私の宝物です。……生涯、大切に致し

ます!」

「ああ……いや……そこまでのもんじゃあ……」

 リーシェの予想以上の反応に、少し困惑し、なんだか逆に、こんなもので申し訳ありま

せん……というような気持になってしまったラルだが……

「……まあ……いっか……」

 なにやらとても幸せそうに、ブレスレットを腕に付け、微笑むリーシェを見て、思い直

す。リーシェが喜んでくれるなら、と。

 ……その行動は、リーシェにとって、吉だったのか……凶だったのか……。

 リーシェは余計ラルに、何も言い出せなくなってしまい、堂々巡りを繰り返し、結局、

ケンガイジョウまで、悶々としたまま、旅をする羽目になってしまったのだった……――


 ――その後、リーシェは、ケンガイジョウに無事辿り着く事は出来た。結局言い出せぬ

まま、ラルと共に……。

 ……だが、もう言わなくてもいいだろう。ラルを騙してしまった心苦しさは残るが……

それは自分の心の内に、しまっておこう……ラルに、何も返せない心苦しさも……心の内

にしまっておこう……ラルに迷惑をかけるのもここまでだ。もう会う事も無い……会うべ

きでは無い……自分は忌むべきモノ……――

 ……それも……もう言わなくても大丈夫だろう……それぐらいの我儘は……――

 ……自分は……ケンガイジョウに、預けられる事になったのだから……――

 そう心の中で密かに思いながら、リーシェはラルに手を振る。

「……ラル……もう少し……」

 しまいきれなかった思いが、思わず零れ落ちそうになる。

「……いえ……どうか……お元気で……それだけが、私の願いです……」

 もう……遠くにいるラルには、おそらく聞こえていないであろうその言葉をも、リーシ

ェは飲み込み、封じ込め、見えなくなるまで、『笑顔で』ラルに手を振り続けた……――


 ――ラルと別れた後、ケンガイジョウで保護されるはずだったリーシェは、ケンガイジ

ョウ領主、ディスチアンの発言に、声をうしなった。

「それで。リーシェ様。私から一つ、お願いがあるのですが。」

「……お願い……ですか……?」

 ディスチアンの発言に、何かいやなものを感じるリーシェ。

「ぜひとも、私に、あなたの魔力をお貸し頂きたい。」

「!!……」

 ……結局は……そういう事か……リーシェは、一瞬、驚きの表情を浮かべるが、その顔

はすぐに、落胆、失望へと変わっていく。

 リーシェは過去にも、甘い言葉で近づいて、自分の魔力を手に入れようとする輩には、

会ってきている……。

 ……解っていたはずなのに……。自分には、希望を持つことなど、許されない、という

ことは……。

「……申し訳ありませんが、ディスチアン様。私は……」

 毅然とした態度で言い放とうとするリーシェを、ディスチアンの言葉が止める。

「ああ。答えは、はい。のみでお願いします。あなたに拒否権はありませんので。」

「!!なにを……」

 あまりにも酷い、ディスチアンの言い草に、リーシェが反論しようとするのを、再びデ

ィスチアンの言葉が制止する。……今度は、確実に。

「なぜなら……私は、『ゼロ』を、所持しておりますので。」

「……!?……!!」

 一瞬で……リーシェの顔が青ざめる……。

 それを確認したディスチアンが、優しい顔を脱ぎ捨て、明らかに悪者の高笑いを響かせ

る。

「フハハハハハ!!フハ!フハハ!!マントマンの言う通り!魔族共は、ゼロという言葉だけ

でいう事を聞かせられる!!フハハ!!これは愉快!!フハハハハハ!!」

「……!!……」

 ……ゼロ……騎士団が廃棄した兵器をなぜ……!?

 ……『ゼロという兵器』が、過去に、実戦で活躍した事は、『無い』。

 なぜならゼロは、理論上、相当量の魔力を溜め置き放つ事が出来るが……『魔力の継ぎ

足しは出来ない』。

 さらに、エネルギーは、魔力を持つ者から魔力を吸い上げる、というものだが、一度で

吸い上げられる人数は『一人』。……魔力を持たない者でも魔力が使える、という利点は

あるが……

 ……だが、この兵器が恐れられるのは、その兵器としての実力よりも、その、エネルギ

ーの集め方!

 魔力を持つ者を、まるで生きたまま解剖実験をするように、身動きが出来ないよう縛り

付け、意識があるまま、魔力を吸い上げる。

 魔力が吸い上げられられる際、耐え切れぬ程の苦痛、激痛がその者を襲うが、身動きを

取る事も、また、意識を失う事も許されず……。

 ……さらに、吸い上げの速度は、非常に遅く、耐え切れぬ苦しみは、長時間に及ぶ。

 散々、苦しみもがいた揚句、最後にその者を待っているのは……死……のみ……。

 ――……それ以前に……ゼロがあれば……自分の意思に関係なく……自分の魔力を奪い

取る事が……出来てしまう……。

「……ラル……!……」

 それは、無意識だったのだろう。リーシェは、腕に付けた、ラルから貰った花のブレス

レットを、もう片方の手で握りしめ、『その名』を呼んだ。

 ……まるで……助けを願い求めるように……――


 ――これで良かったのだろうか?一抹の不安を覚えながらも、リーシェと別れたラルは

ケンガイジョウの街中を歩く。

 オルナ村へと、戻る為に。……一人で……。

「……なんだかなあ……」

 ――俺は……何に不安を感じているのだろうか……?

 リーシェはもう、安全な『はず』……。リーシェ自身も安心した『ような』顔で、俺に

村へ帰るよう促した……。

 リーシェの言う通り、俺がいた所で……ケンガイジョウの兵士の邪魔になるだけだ……

最後まで守ってやりたい気もするが……。

 ディスチアンは良い人『そう』だった……ヴォルグと互角に渡り合えるマントの、兵士

『らしい』男もいる……。安心して任せて大丈夫な『はず』だ……。

 ……はず?……なんだろう?……この違和感は……なぜ、こんなにも、この町は……あ

やふや……?……――

 ――不安を掻き消すように、リーシェとの思い出に浸るラルだったが……やがてラルの

不安は的中する。ケンガイジョウの兵士の襲撃、という形で……。

 だが、それは、ほんの始まりに過ぎなかった――


 ――何とかケンガイジョウの兵士達の襲撃を乗り切ったラルは、リーシェの身を案じ、

領主の館へ駆け付けたのだが……リーシェはおらず、

「貴様、まだこんな所でウロウロしていたのか?」

 代わりに、領主の館を襲撃していたヴォルグに見つかってしまう。

「お、俺は何も見てないし……聞いてもいません!はい!ハハハハ……ハハ……」

「……?お前は、本当にラルか?随分と覇気の無い……俺の見込み違いだったか……?」

 ヴォルグに捕まり、愛想笑いを浮かべるラルは……確かに、別人のように弱気で逃げ腰

だ。……まあ、もともと逃げのラルではあるが……。

「まあいい。どのみち、ケンガイジョウに『リーシェを売った』腰抜けに用は無い。」

「!?おい!!ちょっと待てよ!!腰抜けなのは確かだけど、『リーシェを売った』ってどうい

う事だよ!?」

 それまで見せていた弱気な表情を、突然、百八十度変え、ヴォルグに掴みかかるラル。

「!?……お前は……いや……お前は、ケンガイジョウにリーシェを渡しただろう?」

「ああ!!お前らから、保護して貰う為に!!ディスチアンはリーシェを守るってちゃんと…

…」

「……なるほど、そういう事か……若いな……お前はそれを信じたのか?お前もどうやら

『誰か』に襲われたようだが」

「!!」

 嫌な汗が出る……あの時は信じたはずだった。……だが……初めから感じていた、不安

と違和感……兵士達の襲撃……そしてヴォルグのこの言葉!

「……どういう事だよ!?ディスチアンは……リーシェは!?リーシェは無事なのか!?」

「さあな。……ただ、『最悪』も覚悟しておいた方がいいかもしれんな。」

「……!!リーシェ!!」

 慌てて駆け出そうとするラル……が、

「お前を……行かせると思うか?」

 目の前にヴォルグが立ちはだかり、やがてヴォルグは殺気を放ち出し、剣を抜く。

「……どけよ……俺は……リーシェを守る!!」

 ヴォルグを睨み付け、ラルも剣を抜く。

「……なるほど。やはり、お前は……『そういう男』……か。」

 ヴォルグはなぜか、自分は間違ってはいなかった、とでも言いたげな表情を一瞬浮かべ

たが

「……それだけに……『残念』だ!!……言ったはずだ……邪魔するなら容赦はしない!!」

 やがて鋭い目つきでラルを睨むと、ヴォルグは剣を構え、ゆっくりと、ラルに近づいて

来るのだった……――


 ――……勝敗は……当然ラルが、ヴォルグに勝てる訳が無く……。

「……あれ……?……生きてる……?……」

 だが、ラルは殺されてはいなかった。……いや、殺すつもりは、無かったようではある

が……その打たれ強さは、ヴォルグも予想外だったかもしれない。

「……くそ!!リーシェ!!」

 意識が覚醒するなり、ラルは飛び起き、叫ぶと、悲鳴を上げる身体の声を無視して、全

速力で走り出す!

 ……助けを……希望を……自由を求めて泣いている……リーシェの元へ――


「くそ!!」

 ヴォルグは、揺れ動く心を黙らせるように、吐き捨てた。

 その男を見る度に、心が揺れ動く。まだ……未熟な、田舎の村の少年。

「ラル!!」

 何かの間違いで、森で出会ってしまい、あろうことか、リーシェを攫っていった。

 ……少し脅しをかければ、すぐに手を引くと思ったが……。

 ラルは折れない。……そして、ついに、コウマ神殿にまでも、その姿を、現してしまっ

た。その姿を確認した時、ハッキリと、自分の心に迷いが生じてしまっている事に、気付

かされた。

「もし……ラルにリーシェを……」

 そこまで出しかけて、ヴォルグは、自分の発言に気付き、頭を軽くよくに振る。

「まだ……未熟すぎる……その為には……」

 ……だが……見どころはある……少し鍛え上げれば……――

「……」

 再び、ヴォルグは頭を振り、迷いを断ち切るように、叫ぶ。

「逃がさんぞ!!ラル!!」――


 ――ラルを追いかけていたヴォルグは、明らかに本調子ではないラルに追いつき、やっ

と二人を発見したものの、ラルの行動に再び、心を掻き乱される事になる。

 ラルは有ろうことか、オルクリアに、リーシェを託した。その危険性を過小評価し、犯

した致命的なミス。それに心を掻き乱された……それもある。

 ……が、ラルのその行為は、リーシェのその命を、最優先させた結果の、苦肉の策だろ

う……。

 ラルは、リーシェを最優先した。自分の身を守る事よりも……。その方法はまずかった

が、それは間違いない。ヴォルグには、敵わない事など、当の昔に、理解しているはずな

のに……。

 別に、自分の命を軽視している訳では無いだろう。それは、リーシェ身を考えた結果の

産物に過ぎない。つまり、ラルは……『他人の為に行動できる人間』……そういう事なの

だろう……。

「似た者同士……か……」

「?」

「いや……」

 ――すぐに、逃げ出しそうなくせに……。

 ……オルクリアが、ゼロを稼働させるまでには、まだ時間がかかるだろう。オルクリア

の前に、まずはラルを……。

 どれだけ殺気を放ち、叩き折ろうとしても、折れそうで折れないこの男を、まず先に、

おとなしくさせねばならない。

 ……だが、さしものラルも、リーシェの魔力、その危険性を知れば、手を引かざるを得

ないだろう……。

 ――リーシェは、あの女は、世界を滅ぼしうる力を持っている!!――

 ラルに手を引かせる為、全てを語るヴォルグは……だが、ラルを見つめるその瞳の奥に

は、まるで、何かの希望を見つけたかのように、一筋の光が射していた。――


 ――待ってろ!!リーシェ!!今、お前の権利を奪い返してやる!!――

 ヴォルグから、リーシェの危険性を聞かされても、尚、折れず、リーシェが魔王の娘で

ある事を知っても、ヴォルグが、殺す気で、殺気を放っても、挙句の果てには、当のリー

シェ本人に、救出を拒否されても、尚、言い放ったラルの叫び……その、声を聴いた時、

それと共に、リーシェは、自分の中の『何かが外れる音』を聞いた……。

 ――……私は……――

 そして、思いは溢れ出す。

 ……私は……生きていたい……ラルのいる……この、世界で……――

 それにより生じる、あらゆる苦痛、苦悩、困難も……ラルがいてくれたなら、乗り越え

られる……――

 ……私は……この世に在ってはならない……忌むべきモノ……望んではいけない……ど

れだけ……そう、思い込もうとしても……本当は……こんなにも、生きたいと望んでいる

……――

 ……心は、いつも……叫んでいる……自由をください……私は何も悪い事は致しません

から……どうか……――

 ……せっかく、生まれて来たのに……私にも……それぐらいの事は……許されてもいい

はずなのに……と……――

 ……誰か……――

 ……私がそんな中途半端だから……余計に被害が拡大する……――

 ……やっぱり、自分の魔力が元で、人々に恐怖が……そして、争いが起こってしまうの

は……嫌だ……――

 ……だけど……ラルがいてくれるなら……ラルとならば、それすらも何とか出来る……

乗り越えていける……――

 理由なんて無い……理屈も無い……我儘なのかもしれない……ただそう思いたいだけな

のかもしれない……――

 ……だけど……確信したように、強くそう、思えてしまった……――

 どんな理屈の通った正論よりも、ラルのその、『魂の叫び』は、リーシェの心を揺さぶ

った。

 ――ラルが、『自由』を取り返してくれるのなら……ラルがいてくれるのなら……私は

……この世界に存在していても、良いのかもしれない……私を思ってくれる人の為にも…

…――

 ――いや、そんな綺麗事は、もう、いい……ただ、私は……ラルと共に、この世界を生

きてみたい!

 ……思いはもう、止められそうにも無い。――


 ――今すぐ!!リーシェを!!!解放しろ!!!!――

「!!……!!」

 ……ラル……といったか……この男は……――

 数刻前、自分目がけて飛び込んできたその男を見た、オルクリアは、実際、驚愕してい

た……。

 ラルの予想以上の速さに……?

 それもある。だが、それよりも『ラルが自分の眼の前に立っている』。その事実に。

 オルクリアは、ケンガイジョウの兵士達が、ラルを襲撃した事を知っている。それ以前

に、ラルは、ヴォルグやオルクリアと、自分の力の差を、痛感しているだろう。

 リーシェの魔力の事も、ヴォルグに聞かされたはず……。

 ラルは、間違って、この物語に迷い込んでしまった、いわばイレギュラー。ただの、田

舎の村の少年。本来、この物語には、何の関係も無い。

 普通であれば、怖じ気づいて、当の昔に手を引いている。少し強気な者であったとして

も、こんなとんでもない物語に、自ら係わろうとはしない。それなのに……

 ……何度も、何度も、迷いながら、ボロボロになり、傷つきながら、尚も、まだ……

 ……何故、ラルは、まだ、そこに、立っている……?

 オルクリアは、驚きと共に、畏怖と敬意、そしてなぜか、喜びが込み上げている自分に

気付く。

 だからオルクリアは、ラルを信じた。この男であれば……最後までリーシェを守ってく

れるかもしれない。……いや、そうであって欲しい……。

 ……何のために?……盾に使い、ヴォルグからリーシェを守らせて、その間に美味しい

所を頂く為……?それとも……いや、それ以外に何がある?その為にリーシェを守らせる

……それ以外は、無い……最後に美味しい所を頂く為の、ラルは盾だ……。

 何とも言えない感情が浮かぶのを、押し殺すように、オルクリアは微笑む。……だが

 ――選択ミス、ですね。ヴォルグ……――

 微笑みながら、戦況を見守っていたオルクリアは……だが、またすぐに、押し殺したは

ずの感情と共に、疑問が浮かぶ自分に気付く……。

 ……自分はなぜ、黙って観察しているのか?……確かに、迂闊には動けない。下手を打

てば、ヴォルグとラル、二人共を相手にしなければならない……。

 ……だが、リーシェを連れ去り、逃げる隙ならば、何度か有ったはず……。その隙を窺

おうともしていなかった……。

 リーシェの魔力を、吸い出さなければいけないから?……いや、それこそ後で考えれば

良い事だ。……まずは、リーシェを手に入れなければどうにもならない……。

 この場で、最優先すべき事……それは、何をおいても、リーシェの確保。……そのはず

なのに……――

 ……だが、オルクリアは動かない……

 ――……それも、もう、考える必要は、無い。……やがて、確実に、ヴォルグを仕留め

る事が出来れば、それで、全ては終わるのだから……――

 オルクリアは微笑む。……それが『致命的なミス』となる。……それすらも、解ってい

るかのように……――


 ――いっぽう、ヴォルグは……目の前の男に『全て』を賭けていた。

 隙を見せれば、オルクリアにリーシェを連れ去られかねない……そうでなかったとして

も、オルクリアに大きな隙を見せれば、そこを突いて、オルクリアは自分を殺せるであろ

う……。

 ――……だが、それでも……――

 何度も、何度も……どれだけ叩き折ろうとしても、目の前に立ち塞がり、決して折れな

いこの男……

「ラル!!」

 に、賭けてみたくなった……。

 隊長失格……この局面で、下すべき決断では無い。賭けに勝つ確率は……――

 それに、失敗した時のリスクも……大きすぎる……そもそも、この状況で、賭けをする

べきでは無い……――

 だが、それでも、ヴォルグは、自分を止める事が出来なかった。それは、指令書を受け

取った、その始めから、ずっと願っていた事だから。

 ――自分には出来ない。隊員達も……ヨズネルにも……様々なしがらみもある……。

 だが、どうか、誰か……この、何の罪もない、哀れな少女を、救い出してほしい……

 解っている。リーシェは、強大な魔力を持つ、危険な存在。それを罪と呼ぶならば、そ

うなのだろう。自由を許せば、世界がどうなるか……。

 だから、思いを断ち切り、リーシェの命を狙った……。

 ……だが……それは、リーシェを狙い、利用しようと企む者達の問題。リーシェ自身に

罪が有るとは、自分にはどうしても思えない……。

 ……だが、だからといって、自分に、それらの諸問題を背負い込み、解決してやれるか

?と、問われれば……。

 ……自分には出来ない事を、今、卑怯にも、目の前の男……ラルに、全て丸投げにしよ

うとしている。それが出来る可能性に賭けて……。

 自分には出来ない……だが……全てを背負わせてしまう事にはなるが……その意志が、

覚悟がある者がいるのならば……手助けをしてやることは出来る!責任は……自分がとる

!!

 答えは解っている……――

 最終確認をするように、ヴォルグは、ラルだけに聞こえる程の声で、話しかける。

「お前が……どういうつもりで言ったのかは知らんが……リーシェの権利を奪い返す……

それは、リーシェの力を狙う全ての者から、リーシェを守り抜く、そういう事だ。俺やオ

ルクリアを黙らせれば終わり……なんて、簡単な話じゃあ無い。リーシェが安全な存在で

ある事を、証明する必要もある……。もう一度聞こう。……お前に……その力と、覚悟が

あるのか?」

「……」

 話しかけられたラルは……だが、少し躊躇いの表情を浮かべ、やがて困ったように、ボ

ソボソと、呟く。

「俺は……馬鹿だから、そんな難しい事聞かれても、解んねえし……第一、考えたとして

も、身体がちっとも、いう事聞きゃしねえ……」

 少し……予想外の反応……。ヴォルグは、ラルの心を覗き込むように見つめる。

「……何度も……考えたさ……そして、止まろうともした……田舎の村の、警備団訓練生

ごときが、これ以上係わっちゃいけない!手を引け!逃げろ!……て……。けど……」

「……」

「……身体が……どうしても……止まってくれなかった……」

「……」

 ……この男は……

「だから……きっと……『そういう事』、なんだ……。お前の質問の答えは……解んねえ

……俺にそんな力があるとも思えねえし……けど、これだけは、俺にも解った。」

 そう呟くように語っていたラルは、やがて顔をヴォルグに向けると、『覚悟を決めた者

の瞳』を見せ、ハッキリと、言い放つ。

「そのつもりがあるから、『俺はここにいる』!そうだろ?」

「……」

 ……ラルは、全てを解っている。馬鹿だから考えられないのではなく、考えを纏めるの

が苦手なだけ。だから、考えが纏まる前に、身体が動く。

 『心』は、全てを理解している。

 自分に力が足りない事も、リーシェが、強大な魔力を持ち、それがどういう事なのか、

という事も……それが解った上で……それが解っているからこそ……迷い、苦しみながら

も……尚、『ここに立っている』……。

 ならば、ヴォルグに言う事はもう、何も無い。後は……

 ――見せてみろ、ラル!お前にその力が有るのかを!!――


「見せてみろ?」

 ラルはヴォルグの言葉を、しっかり理解出来た訳では無かった。だが……

 ――ブオッ!!―― ヴォルグの剣が、空気を切り裂いた時、こちらの様子を窺うオル

クリアに向かって、一本の道が出来ているように見えた。……危険かもしれない。ヴォル

グに背を向けるのは……。

 だが、ヴォルグの瞳を覗いた時に、確信した。思いを理解した、と言うべきか……。リ

ーシェを救う道は、そこにある。と。

 考えるより先に……気が付くと、ラルは一心不乱に、オルクリアに向かって、駆け出し

ていた……そして――


 ――フフフ、フハハ――

 ラルの剣を受けたオルクリアは、自分の感情に、少し戸惑っていた。

 ……この感情は……嬉しい……?喜び……?なぜか笑いが込み上げてくる。なぜ……?

 ああ!きっとそうだ!これは――

 ――無駄、ですよ。私を倒しても……――

 ヴォルグは、リーシェを殺さず、ラルに託すという甘さを見せた!これは、きっと次に

繋がると、確信が持てるから。これは……その喜び……――

 ……だが……

 ――そん時は、俺が奪い返してやるよ。何度でも――

「!!」

 その、ラルの言葉を聞いた時、オルクリアは、気付いてしまう……いや、本当は、もっ

とずっと以前から、気付いていたのかもしれない……。

「ああ……そうか……『僕は』……君に……最後まで……『リーシェちゃん』を……守り

通して欲しかったんだ……」

「?」

 オルクリアは……まるで別人のように、『心からの笑顔』を浮かべて、ラルに微笑みか

ける。そして、それは独り言なのか……ラルに届くか届かないか、小さな声で呟く。

「君は……僕に、似てるから……君が……『終わりの語り手』にならない事を……祈って

いるよ……心から……」

 その言葉は……ラルに届いていたのだろうか?ラルは何も言わず、真剣な眼差しで、オ

ルクリアを見つめ続けていた……――

 ――倒れゆくオルクリアのみた光景。それは、夢か、幻か……それとも……

 ――……ああ……エミリア!……迎えに来てくれたんだね?……その顔は……怒ってい

るの?それとも……泣いている……?

 ……ああ……解っているよ……君がこんな事……望みはしない……なんてことは……

 だけど……僕は……どうしても、許せなかったんだ……君を奪った、世界が……そして

……自分自身が……

 許してくれるのかい?……そうだったね……そうだ。そうやって、いつも君は、僕が…

…いや、僕に限らず……誰かが何かをやらかしても……心配そうな顔を浮かべて、許して

くれた……なのに……

 ……ああ……解っているよ……もうしない……――

 ……そうだ!君によく似た子に、出会ったんだ。……いや……顔というより、雰囲気が

ね……

 ……世間知らずで、優しくて……いつも、誰かの心配をしてる……

 ……なのに、変なところで強情っぱり……君の身を心配する人の気持ちも、考えて欲し

いよ……!

 ……ああ……そうだね……わかってる……

 ……それは、解らない……先の事は……僕には……なんとも……

 ……だけど……あの子には……彼がいる。

 何度も、何度も……迷いながら……傷つき、フラフラになりながら……今にも折れてし

まいそうなのに……何度叩いても……決して折れない、彼が。……僕より、ずっと弱いく

せにね……――

 ……いや……違うか……僕は……折れてしまったから……

 ……力があったにもかかわらず……

 ……彼は……僕なんかより……ずっと強いのかもしれない……――

 ……ねえ。エミリア。……あの時……僕らの前に……彼がいてくれたなら……僕に……

彼のような強さがあったなら……

 ……僕達の運命も……少しは変わっていたのかなあ……――


 ――エミリアとは何者なのか……それは……ハリマージ王国の記録の、どこにも遺され

てはいない……。

 そして、数年前、確かに存在していたはずの、ハリマージ王国騎士団、魔界方面隊の活

動記録も……どこにも遺されてはいない……。――


 ―― そして ――

 ケンガイ地方から、オルナ村方面の森へと続く草原を、二人の男女が歩いている。

 年の頃は、十代後半といったところか。とても仲がよさそうだ。

「ラル!見てください。きれいなお花が!」

 男の名はラル。ちょっと訓練はされてはいるが、辺境の村の、ただの少年。

「あ!おい!待て!リーシェ!そこ段差が……あーあ……。」

 女の名はリーシェ。ちょっと変わったところもあるが、綺麗な花を眺めるのが好きな、

『ただの少女』である。

 二人は、ラルがひよって決めた、旅の目的地。オルナ村への旅路の途中。

 リーシェが、ちょくちょく、寄り道をする為、移動は遅め……。

 だが、ラルはそれで良いと思っている。特段、急いで帰る必要も無い。……いや、厳密

に言えば、無断で、長期外出をしている為、その必要性があるのかもしれないが……。そ

れも、今更である。

 ――リーシェが心から笑えるのであれば、それでいい。

 ケンガイジョウへの道中では……作り笑いではないだろうが、どこか、ぎこちない笑顔

を見せていた、リーシェを思い出し、ラルは思う。

 そもそも、あの時は、『周りの景色を楽しむ』余裕さえ、無い感じだった。

 ――……いや、そういやケンガイジョウで、俺がキョロキョロしてるの見て、本気で笑

ってやがったな……

 ……ケンガイジョウに無事、辿り着いて、安心したってのもあるし……それは、まあ、

措いておこう……――

 段差に躓いて転び、顔を赤らめ、照れ隠しに、頭を撫でながら舌を少し出した後、何食

わぬ顔で、嬉しそうに花を愛でているリーシェ。その姿は、やはりただの少女である。

 そんなリーシェを、ラルがぼんやり眺めていると、一通り、花を愛で終わり、いつの間

にかラルに近づいて来ていたリーシェが、少し真剣な表情をつくり、尋ねてくる。

「……ラル……もし……あの時、ヴォルグさんが、その剣を、私に振り下ろしていたなら

……」

「おい!やめろよ!縁起でもねえ!」

 なんだか突然、シリアスな話をしだしたリーシェを、ラルが、眉を顰めて、制止する。

「……いえ……ヴォルグさんに限らず、世界がその剣を、私に振り下ろしたとしたら……

ラルはどうされますか……?」

 だが、どうしても確認しておきたい事があるらしいリーシェは、制止を聞かず、話を続

ける。

 大げさな話……では無いだろう……この二人にとっては……。

 リーシェの真剣な眼差しに負けて、ラルは仕方なく、腕を組み、リーシェの質問につい

て、真剣に考える事にする。

「うーん……そりゃ……そんな事しやがった世界に復讐を!……てのは、ちょっと違うな

……リーシェもそんな事、望まねえだろうし……本末転倒?ってやつだな……あ……そも

そも、俺、そんな力ねえや……」

 それが、リーシェの聞きたかった答えだったのだろうか……?

 リーシェは、少し、『安心した』、という表情でラルを見つめている。

 その瞳を、答えの催促と勘違いしたのか、ラルは、尚も、うーん、うーん、と唸りなが

ら、ショートしそうな表情で、思考を巡らせている。

「あー!もう!そんな難しい事聞かれても、解んねえし!そうなってねえもんは、知らね

え!」

 最後は、考えるのを諦め、八つ当たり気味に、リーシェに答えるラル。

 だが……やがて、思い直したのか、少し、真面目な表情をつくると、リーシェの眼を見

つめながら自分なりの答えを出す。

「だから……そうならないようにする。ってのが、答えじゃダメか?」

「そうならないように……ですか……?」

「ああ!ヴォルグも、最後は折れたんだ。リーシェの事、解ってもらえれば、誰だって…

…」

 その答えには……願望も、込められているのだろう。実際には、そんな甘いものでは無

いかもしれない……そんな事は、ラルも、百も承知だろう……。

 だが、ラルは一度間を置き、気持ちを整えると、覚悟を決めたように、力を籠め、それ

からもう一度、しっかりとリーシェの瞳を見つめながら、そっと、だが力強く言う。

「そんな世界になるまでは……俺が……守るよ。」

「……!……」

「……ん?ああ!そうすりゃ、リーシェに剣が振り下ろされるような事態になった時は…

…俺はもういないって事じゃないか?……その先に俺が、どうこうするなんて事は出来ね

えな!」

「!!そ、そんな!そんな答えは困ります!考え直してください!」

 守るよ。までは顔を赤く染め、感動したような表情を、浮かべていたリーシェは、その

後の言葉に、表情を急変。

 困ったような、怒ったような表情につくり変え、ラルに不満を漏らす。

「え?……あ!いや!!なーんて!!うそ!!今の全部なし!!なし!!なし!!なーし!!」

 おそらく、その他の事は、あまり何も考えず、思いついたままの事を口に出していたの

だろう。

 今度は、リーシェの声に我に返ったラルが、自分の言葉の恥ずかしさからか、急速に、

顔を赤く塗り替えて、慌てて、今までの自分の言葉を無かったものにしようとする。

「わかりました。では、『俺が守るよ』。の後はなんですか?」

「いや!!違う!!その前から!!そのセリフも!!そのセリフこそなし!!だ!!」

「……残念ですが…ラル。時間切れのようです。そのセリフは取り消せません。」

「!!時間切れってなんだよ!?なんだ!?それ!!制限時間なんて聞いてねえぞ!?」

 ……最後はなんだか、ふざけ合ってしまっている、ラルとリーシェ。

 ……締まらない……。

 ……だが、それでいいのだろう。……『普通の自由』とは、きっと、そういうものだか

ら……――

「ラル……」

「うわ!?……なんだよ?」

 暫く、なんやかんやと、騒いでいた二人だが、そのままの勢いで、リーシェが、ラルの

腕に抱きついてくる……。

「私は……ラルを信じています。……いつまでも」

「!!……」

 腕に抱きついたまま、柔らかな、幸せそうな、『心からの笑み』を見せるリーシェ。

 抱きついたリーシェのその腕には、花を編み込んだブレスレットが付けられている。花

言葉は……厳密には……『幸せは必ず来る』。

 ラルは、少し頭を掻き、顔を赤く染めながら、そのまま押し黙る……

 ……その笑顔が、いつまでも続く事を願いながら……――

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― 新着の感想 ―
[一言] この小説を読ませて頂きました!結構面白かったです。 最初読み始めた時は連載小説並みの長さだと思いました ただ、短編というよりか長編ですねw それでも面白かったので評価とブックマークをしました…
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