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鬼は泣く-2-

 

「あまり、離れるなよ」


「……うん。 頑張るね」


 二人して歩くが、ユツキが警戒しながら歩いているために甘ったるい雰囲気はなく、デートと名を打って誤魔化そうとしても作業らしさが抜けきらなかった。


 向かう場所は寮から少しだけ離れた街の一角にある超大型のショッピングモールだ。


「……ここの、四階、食材売ってる」


「四階か。 上がるの面倒だな」


「……エスカレーター、とかエレベーター、あるよ?」


「ああ、動くあれか。 聞いたことがある」


「……昔は、食品売り場は一階のことが多かった。 ……すぐに入れて、出れるとこは、よく買われるものを置くって」


「食材なんて何に使うんだ?」


「……食べる」


「生肉をか?」


「……焼いて。 ……あれ、鮎川くん?」


 ユツキは少女の視線を追うと、シンプルながら小綺麗な私服を着ているクラスメイトを見つける。


「……話、かける?」


「急いでいるようだからやめておこう。 用があるわけでもないし、急いでいるあいつに追いつくのは難しいからな」


 手っ取り早くことを済ませたいのもある、ユツキがそう考えていると、ミコトはとことこと歩いて彼の向かっていた方向に歩く。


「……服屋さん、そこだから」


「ああ、私服を見るんだったか」


 ユツキは頷き少女後を追う。 少女らしい服を買うのかと思っていると意外にも男性用の店に入った。


 キョロキョロと店内を見回して、ミコトにくっつくように歩いていたユツキを何度か見る。


「……好きに見てて、いいよ?」


「いや、お前から離れることはしない。 それに必要ないからな」


「……ユツキくんの、だよ?」


 ユツキは不思議そうに眉にしわを寄せる。


「そういう意味だったのか……。 お前のかと思っていた」


「……男の子のは、着ない、かな」


「俺のか。 ……制服って目立つのか? 文献を読むと制服で遊園地に行くという制服遊園地というのが流行ってると聞いたが」


「……一部だけ。 普通は、校外は私服」


 ユツキは頷き、されるがままに服を渡されていく。 時々値札を見て表情を変えずに戻す姿を見ると、お嬢様というようには見えなかった。


「俺に気を使っているのか? 今週の予算を考えるとまだまだ余裕があるが」


「……高いのは、避ける」


「お前金持ちだろ。 金持ちが蓄財しても、流動しなくなるだけで」


「……私、収入ない」


「そうか、いい教育なことで」


 ユツキの皮肉は少女には伝わらず、珍しく少し嬉しそうにしたが、表情の変化が乏しすぎるせいでユツキには伝わることはなかった。


「……人から、与えられただけのお金で……贅沢するのは、偽物だって」


「金を転がして得る金は本物か」


「……ユツキくんは、酷いこと、言うよね」


「嫌われても構わないからな。 嫌われて良ければそんなものではないか」


「……嫌いでは、ないよ?」


 少し呆気に取られたユツキはほんの少しだけ上がった口角を隠すように白い手を動かす。


「……えへへ、びっくりしてる」


「頭がおかしいんだな」


「……嫌われたがってる、の?」


 ミコトに言われて、ユツキは少しだけ服を動かす手を止めた。

 嫌われたがっているなど、考えたこともなかったが、無闇に嫌がられるであろうことばかりを繰り返している理由としては適当なように思えた。


 自分で考えるという習慣がないユツキは、不満という感情が極めて鈍い。 それは彼自身も自覚していて、だから自身の口から出た悪態は妙なものだと思ったのだ。


 苛立って言ったわけではない。 だとすれば、何故と考えれば、ミコトの言う「嫌われたがっている」という言葉が嫌にしっくりと当てはまる。


「何を、馬鹿な」


「……ユツキくんは、優しいんだね」


「訳の分からないことばかりを……!」


 思わず荒くなりそうな語気を隠すようにため息を吐き出す。 感情的になるほど、策略もないミコトの言葉にはまってしまっているように感じられた。


「……好かれてる相手は、殺せないの?」


「そんなはずはないだろ。 必要があれば、誰であろうと」


 ユツキの顔を見て、ミコトは表情を変えようとして、上手く出来ないことに気がついて、両方の目の端を抑えて持ち上げる。


 無理矢理吊り上げられた目のまま、少女はいつもよりほんの少し、大きな声を出す。


「……こらー、わるくち、ばっかりっ……。 ユツキくん、めっ、だめだよ」


 その様子を見て、ユツキは訳が分からずに返す。


「なんだ、それ」


「……ユツキくんが、殺せなくて、困らないように」


 彼は少女の妙な行動で自分の口角が上がっていることに気がつく。

 口元を押さえて、それを戻す。


「馬鹿なことはしていないでいい。 服はこれで充分だろう」


「……うん。 食べ物、買えなくなるもん、ね」


 数組の服を購入したあと、二人は四階の食材売り場に向かう。 こじんまりとした食品売り場でミコトは値札を見ながら籠に放り込んでいき、それを不思議そうにユツキは見る。


「……これ、人参。 お味噌汁に入れてる、赤いの」


「ああ、あれか。 元々ああいうものではないんだな」


「……切ってる、よ。 これ、大根、四角くて白いの」


 ミコトはユツキが分かるように味噌汁の具として使ったことのある食材を見せながら説明していく。


「……わかめ、黒いふにゃふにゃの。 しじみ、は、見た目通りかな」


「これがあれになるのか?」


「……ふやける、から」


 すごいな、とユツキは口にして、ミコトは今日買おうとしていたメインの物に手を伸ばした。


「……これがお味噌」


「味噌、味噌汁のあれか?」


「……うん」


 ユツキは興味深そうにそれを見る。 ミコトはユツキの知識の偏りを不思議に思いながら、必要な物を籠に入れて会計をする。


 ユツキはミコトの手から袋を奪い取り、寮に帰ろうと歩く。

 クラスメイトの女子の姿が遠目で見えて、ミコトはユツキの服の袖を引いて道を変えようとする。


「どうした」


「……一緒にいるの、見られるの、恥ずかしい」


「鮎川のときと違うな」


「……女の子、すぐに、噂になるから」


「意味が分からないが、別に何でもいいだろ」


 ミコトの抵抗も虚しくユツキは歩いていき、クラスメイトの女子は二人の姿を見て驚いたように見てから、声もかけずにニヤニヤと二人を見送った。


「……からかわれる」


「何をだ」


「……ユツキくんには、分からないこと」


 ミコトは表情も変えずに顔を赤らめながら歩く。

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