祈る神なんて-5-
「……ご飯、大丈夫?」
「問題ない」
「……大丈夫に見えないけど。 ……ん、あがっていい?」
「よくない。 帰れ」
「……クラスの……デザインのこと、教えるよ?」
「あがれ。 ……仲間を売るの早いな」
「……隠してる、ことでも、ないから」
だとしても、とユツキは呆れるが、ミコトは気にした様子もない。
中に上がるとミコトが考えていたよりもずっと物が少なく、そもそも収納すら見当たらない。
唯一あるベッドが非常に大きいものであることとヤケに豪華で心地が良さそうなものであるぐらいだ。
物が少ないから大きく見えるのかと思うが、よく見てもダブルベットよりも大きなサイズだ。
「……これは?」
「ベッドだ。 睡眠は重要だから、多少良いものを購入した」
限度、と思いながら、ベッドの下にダンボールがあるのを見つけて少し安心する。
「……それは?」
「飯だ。 ほら、腹が減っているならやるが」
ユツキはダンボールを開けてアルミパウチされたものを取り出す。
「……何それ?」
「一食分の必要な栄養が取れる食品だ、食うか」
「……いらない」
「そうか。 じゃあ適当に座って教えてくれ……と言いたいが、お前口下手だよな」
「……紙、ある?」
ユツキはノートとペンをミコトに手渡して、アルミパウチされた食品と呼べるのか不思議なものを口にしながら箸を持ってビー玉を掴もうとしては失敗してと繰り返す。
「……練習しながらなんて、せずに、普通にご飯食べたらいいのに」
「不慣れな所作だと悪目立ちすると分かったからな。 当面は寮の食堂の利用は控えるつもりだ」
「……普通の、を……ここで食べたら?」
「言ってる意味が分からないんだが」
「……自分で、作る」
「なるほど、考えても見なかったが……。 料理というものは国内外問わずに専門店が数多くあることも思えば専門性の高いものだと推測される。 個人でやるには少しばかり難易度が高いと思われるな」
ユツキの頭が良さそうな頭の悪い発言を不思議に思いながら、ミコトはこてんと首を傾げた。
「……私、作れるよ?」
「本当か。 すごいな」
「……たぶん、普通。 ……作る?」
「いや、もう食い終わったからいらない。 不要な栄養は身を崩す」
「……そう。 お味噌汁、は?」
「いや……うん、なんだ。 いただこう」
ミコトは人の名前とデザインか否か、どのようなデザインかをノートに書いていたものをユツキに手渡す。
そのあと自分の部屋に戻って味噌汁だけ作り、ユツキの部屋に向かう。
「……そんなのでいい?」
「ああ、充分だ」
ユツキはノートを見ながら頷く。
「鮎川 翔……運動能力全般、特に瞬発力。
羽根水 智子……記憶力を中心に勉学に向いている。
笹崎 来音……全般的に優秀で病気にもかかりにくい。
こいつらに限らず、金をどれだけかけてるんだよ。 全校生徒合わせれば小さい国ぐらい買えそうだな」
食事の値段は分からないのにそういう勘定は出来るのかと、ジトリとした目でユツキを見ながら、椀に味噌汁をよそう。
「お前のデザインは書いてないみたいだが」
「……大したものじゃないから」
「それはないだろ。 塔の連中も島の連中も、考えが浅いが馬鹿ではない。 お前はこの高校のデザインの中でも、特別と思われる何かがある」
ユツキは椀を受け取り、ほんの少し目を輝かせながら味噌汁を口に含む。
「デザインの象徴となり得るもの……なんだろうな。 何かの能力が高い……ようには見えないが」
「……見たら分かるよ」
「見たら? ……ああ、見た目が良いことか」
「……違う」
ミコトは照れたように顔を伏せて、赤くなっている耳を自分で触る。
「……突然は、やめて、恥ずかしい」
「そうは言っても他はな、背が低く子供のような見た目としか……」
ユツキは彼女の目を見て、その答えで正解であったことを悟る。
「……だいたい、正解。 私は、これ以上は……ほとんど、歳を取らない」
「は……いや、それはいくらなんでも」
デザインとは機能が強化されたものが基本だ。 多くの場合、多少運動が得意だったり賢かったり程度で……。
不老など、馬鹿げたことを成し得るということは一般的に周知されていないものだった。
「……歳を取らなくて、病気や怪我にすごく強くて……腕が取れたとしても、安静にしてたら、ちょっとずつ治る、みたい。 不死ではないけど……不老で、丈夫」
乾いた笑いがユツキの口から漏れ出る。
「は、はは。 そりゃあ、デザインを皆殺しにするという話も出るのも納得出来る。 昼の話だ、間伐する必要がある。 どこまでも枝葉を伸ばし広げる上に、枯れない木なんてあればな」
それこそ森を覆う可能性すらあり得る。 例えば同じような不老の人間が権力を持てばどうなるだろうか、どのような人間にせよ、いつかは死ぬことで帳尻が合っていた。
しかし、不老であれば、永遠の独裁が可能だ。 資本主義であれば……その独裁はあまりに簡単で、しかもおそらくそれが出来るだけの金銭を親が持っていた。
「お前は危険すぎる。 世界が滅びる原因になり得る」
「……殺すの?」
「上の指示には従う。 後で、だ。 何より、俺が判断出来る範囲を超えている」
「……そっか」
「逃げられるとは思うなよ。 無駄な血を流す上に死期を早めるだけだ」
「……分かった」
ユツキはミコトがこくりと頷いたのを見て、あまりに素直すぎる様子に不信感を募らせる。 それと同時に不安も芽生える。
「あまり勝手に動いてくれるなよ。 他の組織の連中が狙ってくる可能性が高い。 学校と寮の間から離れるのは……」
「……買い物、行くから」
「また襲われて、死ぬぞ。 昨日の今日で緊張感のない」
「……寿命がないから、いつ死んでも、一緒」
「こっちが困るんだよ。 くそ、拘束するわけにもいかないしな……。 面倒くさい。 街に出るときは俺に声を掛けろ、護衛をする」
ユツキは苛立った様子を見せながらそう言い、味噌汁を飲んだ椀を突き返す。
「……ありがとう?」
「こっちの都合だ」
「……ん、分かった」
ユツキがミコトの態度にため息を吐き出すと、彼女は小さく口を開く。
「……例えば、みんながデザイン……になれたら」
「そんなに自分達が優れていると思っているのか? まぁ技術としては近いことは不可能じゃない。 国全体で推し進めれば単価は千分の一とかに抑えられるかもな。 補助金でも出せば案外似たようなことは簡単に出来るかもしれない」
「……じゃあ」
ユツキはノートを鞄にしまってからミコトの目を見る。