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祈る神なんて-4-


「……どうして?」


「助かる。 これ、変な匂いがするな。 ……多くの人は子供を愛する」


 ユツキの口から思いがけない愛という言葉が聞こえてミコトは小さく驚く。


「金銭、環境、コネ、と前時代から親は子供を幸せにするために尽くす」


「……うん」


 ミコトは父母のことを思い出しながら頷いた。 反抗期と呼ばれるような年齢かもしれないが、否定する気も絶対に起きないほどに優しい母だった。


「幸せというのは相対評価だ。 前時代にはまだ才能や努力で金銭、環境、コネといった言わば金持ちの特権を覆すことも出来たかもしれない」


 ユツキはつまらなさそうに米を口にして運んで丸呑みする。


「最高の才能を持った、金と環境とコネのある金持ちの子供は……覆しようもないほど有利だ。 有利も過ぎる」


「……どういう、こと?」


「幸せに出来ない、金持ちに搾取されるためだけの子を産みたがる奴は少ないって話だ。

 デザインには金がかかる。 つまり金持ちの特権だ」


「……少子化」


 ミコトは何度もニュースなどで聞いた言葉を口にした。


「まぁ、理由はそれだけではないがな。 どうしようもない格差を是正するために、などということだ」


「……めちゃくちゃ」


「そうでもしなければ国自体滅びる。 というのが上の意見だ」


「……政治家?」


「そんなわけあるか。 むしろ狙われる側だろうが。 まぁそんなところだ。

 お前がこのことを告発しようが、どうしようもないから諦めて死んでくれ。 静かにしているのが一番長生き出来る」


「……長生きに、価値がある?」


「知らないな。 ……お味噌汁買ってきたいんだが、金を貸してくれないか?」


「……単品では、売ってない」


「なんだと!?  ……仕方ないか」


「……売店で、あるはず。 インスタントの」


「買いに行くか」


 食事を終えた二人は食器を片付けてからミコトの案内で売店に向かい、ユツキはインスタントの味噌汁を三個買い、ミコトに教わりながら備え付けのポットで湯を注いだ。


「……美味しい?」


 ミコトはごくごくと味噌汁を飲んでいるユツキに尋ね、ユツキは軽く首を傾げる。


「美味しい……? ああ、ええと、多分な」


 どうにも要領が得ない返しだったが、気に入っていて満足しているのは間違いないのでそれでいいと思うことにした。


「いいな、これ」


「……よかった。 んぅ、お箸の練習、した方がいいね」


「まぁ放課後にでも行うことにする」


 ユツキが味噌汁を飲み終わった頃に始業時間が迫っていることに気がつき、二人で教室に戻る。

 ユツキは再びこれからについて思考することで教師の言葉を聞き流す。


 放課後になると部活動にいく生徒が多く、そんな中でユツキの前に一人の男子生徒が立った。


「真寺だったよな? 部活何入るとか決めてるのか?」


「部活動か。 いや、決めていないが……しばらくはこちらの生活に慣れるために時間を使おうと考えている」


「お、おう、そうか。 んじゃ、俺サッカー部にいるから、気が向いたら見学とかしたり声をかけてくれ」


「了解した」


「お、おう」


 部活動に安易に入れば、最悪デザインのいない部活であれば時間を無駄にしていると考えて情報が集まるまでは断ることに決める。


 そもそも誰がデザインかが分からないと頭を抱えていれば、昨日今日ですっかりと顔馴染みになった少女が首を傾げながら立っていた。


「……帰らないの?」


「ああ、まぁ今日は寮に戻るか」


「……あ、寮、なんだ」


「夜の間も可能な限りは共にいたいからな」


「……場所分かる?」


「昨日行っただろう。 じゃあまたな。 今日は助かったが、もう話しかけてくるなよ」


 そうしてユツキは寮に帰っていき、ミコトは小さく手を振って彼を見送った。


 彼はキョロキョロと物珍しそうに学校内の施設を見回りながら、去っていき、昨夜の剣呑な雰囲気とは変わって見える。

 ミコトは気を使ってかしばらく教室でゆっくりと過ごしてから、自身も歩いて寮へと戻った。


 制服から私服に着替え、提出された宿題をゆっくりとこなす。 ミコトは長い髪の毛を鬱陶しそうにまとめたところで携帯電話が震えていることに気がつく。


「……はい、長井、です」


「おーい、ぱぱだよー、ミコトちゃん調子どう? 全然帰ってきてくれないからマロンも寂しがってたよー」


「……そう、ですか」


 携帯電話から口元を外してため息を吐き出した。そんなに頻繁に帰れるほど近くないし、長期休暇には帰るようにしているだけで充分だろう。


 犬のマロンには会いたいと思うけれど、現実的に難しい。

 ペラペラと言葉が耳から耳へと流れて行くのを聞き流しながら宿題を終えて片付けていく。


「それで……って、何か声暗いけど何かあったの?」


「……話してないと、思うけど」


「なんだろ、雰囲気的な?」


 我が父ながらチャラいな、とミコトはため息を吐き出した。


「……デザインって、生まれるべきじゃ……なかった?」


 ミコトがそう口にすると、声すら聞こえないのに雰囲気が変わったことが伝わる。


「誰かが言ったのか?」


「……ううん。 なんとなく」


「なんとなくで出るような考えじゃないだろ」


「……誰かが言ったわけじゃ、ないよ。 ちょっと自分について考えようと思って」


「お前は嘘を言うときは多弁になる。 ……パパも母さんも、お前に幸せになってほしいと思ってデザインとして産んだんだ。 産まれてほしかった、産まれて良かったと思っている」


「……そっか。 ありがと」


 そういうことが聞きたいわけではなかった。 けれど、多少は救われたようにも思った。

 だが、言ってしまえば日を多く浴びようとしている木の言葉だ。


 多くの人とは立場が違う。

 携帯電話を切り、カーテンを開けて外を見れば、既に暗くなっており、いい時間かと思って食事の準備をしようとして小さく息を吐き出す。


「……ユツキくん、大丈夫かな」


 自分を救ってくれた人だけれど、自分を殺そうとしている人でもある。 大きな恩義も、彼自身が気にするなと言っているようで何かをしてあげるような義理はないように思った。

 考えとは反して身体は動いていた。


 彼が体調を崩して他の人が代理で来たらもっと乱暴な人かもしれないから、と理由を後付けして、自室から出る。

 一階で一度管理人にユツキの部屋を聞いてから、言われた部屋へと向かう。


 カツンカツンと妙な音がしている扉をノックするとその音が止んで足音が聞こえる。


「またお前か」


 ユツキの不快そうに歪められた顔を見てミコトは小さく頷く。


「……何してたの?」


 ユツキの手に握られた箸を見ていらぬ世話だったかと思うと、彼は呆れたようにため息を吐き出す。


「見れば分かるだろ」


「……ご飯」


「いや、箸の訓練だ」


「……分からないよ……それは」


 ミコトは呆れた目でユツキを見て、部屋の中を少し覗くが生活感がないというか、見える範囲では物が見当たらなかった。

 もっとも、寮の一部屋とは言えど一人暮らしには充分な広さがあるので見える範囲以外にたくさんの物がある可能性もあった。

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