日々という日 -9-
「……たぶん、入れないようにはなってるよね」
「それぐらいなら俺が破れる」
問題は見つからずにそこまでいけるかどうかだが、高く暗いとは言えど天井に張り付いている人間がいればバレるだろう。
「リスクはあるが、一番マシな筈だ。 もっとも、どう見ても危険な場所を通ることになる。 俺を信じられるか?」
「……うん。 大丈夫」
迷う仕草もなくミコトは頷いた。 ユツキは手早く魔術を発動して身体を強化してから、ミコトを抱き上げる。
「捕まってろ」
ミコトは頷き、ユツキの背に腕を回す。 そんな自分の重さを感じていないかのようにユツキは動き出し、天井まで壁を登っていく。
すぐに下が騒がしくなる。 発砲がないのは、ここが重要な設備だからだろう。
だが、しばらくしてからユツキの身体が異常な重さで下に引っ張られる。 魔術による圧力がユツキの腕に悲鳴をあげさせる。
「……ユツキ、くん」
「大丈夫だ。 お前は必ず帰す」
「……私はじゃなくて」
ユツキの腕がミシリと音を立てる。 皮膚が裂けて、血が流れていく。
「……治癒魔術を……」
「そこまで余裕がない」
けれど、治さなければ、換気口を壊したところで上に登ることが出来ず、意味がないだろう。
ミコトにはユツキが何を考えているのか分からない。 どうやっても地上まで辿り着くことが出来ないのではないかと疑ったが、ユツキの目には嘘が見えなかった。
換気口に辿り着き、ユツキはその蓋に拳を振るう。 血が流れながらも人が通れる分だけは開けられた。
だが、その上には人ひとり分の大きさはありそうな換気扇が回っており、これを破壊しようとすれば人の体なんて簡単に潰れてしまうだろう。
「……力は、あるの?」
不安げにミコトは尋ね、ユツキは頷く。
「地上に……お前を運ぶ程度には」
それは、とミコトが尋ねる前にユツキは換気扇に拳を振るい、自身の体と引き換えに破壊していく。
肉が千切れていく痛々しさに目を背けそうになるミコトは、これがなければ二人で帰れないと必死に止めるのを我慢する。
「……二人で、帰ろう。 お味噌汁、作るから」
ユツキは止まった換気扇を見て、安堵の息を吐き出した。 ミコトは大丈夫なのだと安心し、ユツキはその表情を見て笑みを浮かべた。
「悪い。 上まで運ぶ力が足りない。 ひとり分しかないんだ」
時が止まったような感覚がミコトを襲う。 またユツキと離れ離れになってしまう。 そんなことは、耐えられないと思い……抱きつこうとした身体が血だらけの手に止められ、見たこともない優しげに笑うユツキの顔が見えた。
嫌だ、と、叫んだ。
「生の章:第六章【為すべきことがために】」
嫌だ、と、泣いた。
ユツキの身体がゆらりと揺らめいて、ミコトの目から離れていく。 貧弱であるはずのミコトの身体はしっかりと壁に張り付くことが出来ていて、その全てが終わるような感情とは逆に、全身には異様な力が漲っていた。
嫌だ、と、乞うた。
離れていくユツキの目が静かに閉じていき、遠くに行ってしまう。 ミコトだけでも生き残れと、ユツキは伝えたのだろう。
それが分からないほどミコトは頭が悪くなく、それに頷けるほどミコトは賢くはなかった。
嫌だ、と、落ちた。
馬鹿なことをしていると、ミコトは自覚しながら、逃げ出す機会を放り投げて、身体を強化された力で放るように下へと向かい、ユツキへと追いつく。
「馬鹿……が」
「……知ってる。 でも、ただ生きたいんじゃなくて……ユツキくんと、一緒に」
ミコトの小柄な身体を抱きしめたユツキは、ただ生きたいと願う。 こうまでして、自分のために命を投げ打ってくれる人がいる。
救わなければならない。 生きなければならない。 生きたい。 生きたい。
ユツキは地面を睨みながらそう願う。
「俺は、お前のために!」
生きたい。 と、思うことが出来た。
魔術を扱うのに必要なものは、魔術の知識と、操る物への理解。 ユツキは魔術の知識は足りていた、だから虚の章は九章まで読めていたのだ。
生体への知識もあった。 当然のように可能な限り学ばされていたからだ。
ならば、何故ユツキは六章までしか生の書を読むことが出来なかったのか。 果たして、【生】の理解とは、生体についてのみで良かったのか。
間違いが、あらわとなった。
「生の書:第七章【変わらず生きるために】! 固まれ!!」
ユツキとミコトの身体が硬化する。 組み立てられていた途中のロケットにぶつかり、地面に叩きつけられる。 通常なら間違いなく死ぬような状況で、ミコトの体には傷がつくこともなくその場に落ちた。
「……生きてる?」
魔術師は一章違えば圧倒的に実力が変わる。 単純に、魔術を扱うのに必要な力が増えるからだ。
当然、読むことが出来れば、その分は増える。
「ミコト、逃げるぞ」
ユツキは手早く身体を直し、ミコトの手を引く。 不幸中の幸いか、あの状況から生きているとは思われていないだろうことや、魔術を扱う力の増加もある。
首の皮が一枚繋がっただけなのは間違いないが、それだけでも充分だった。 先ほどの場所は注目されているだろうから、通ることは出来ないとユツキは思い、エレベーターの方に向かう。
当然のように先程いた魔術師のほとんどはその場にいたが、様子を見に行ったためか少し人数が少なく見える。
「……ユツキくん、どうする……?」
「携帯電話、持っているよな。 それでライトを点けてくれ」
「……見つかるけど」
「正面突破する」
ミコトが頷き、灯りを点けたのと同時にユツキが魔術を発動する。
「生の書:六章【為すべきことがために】! 生の書:七章【変わらず生きるために】! 行くぞ!」
身体強化と身体硬化、二重の魔術によりユツキは駆け出すと共に気がついた魔術師を、完全に視界にも入れずに、一直線にエレベーターを破壊する。
硬化したことにより威力を増した拳は容易に扉を破り、ワイヤーのある縦穴に入り込む。
同時に強化されていたミコトも遅れて入り込み、ユツキに抱かれる。
「ッ!! 速ッ!! 追ええええ!!」
魔術師の中でもリーダー格の男が叫び、上に登っている二人を追う。 途中でユツキ達の前にエレベーターの箱が塞がるが、一瞬でそれを破壊し、また駆け上がる。
だが、その一瞬が命取りになる。 相手も魔術師、手元に持っていたらしい懐中電灯の明かりを元にして、魔術を読んだのだ。
多くの魔術が二人へと迫り、ユツキはミコトを庇うように身体を覆い隠す。 抱きしめられる視界の横で、ミコトは落ちてくる影を見た。
「……大鬼、さん……?」
「生きる気があるなら、最初から言っとけ」
巻物が開く。 大男と呼ぶにも厳つい顔つきの男が恐ろしげに笑う。
「よくやった。 馬鹿どもが」
ユツキは大鬼に一度視線をやり、礼も言わずに駆け上る。
残された大鬼は自由落下に身を任せながら、魔導書である巻物をしまう。
「ッ! 島の大鬼ッ!! 何故貴様がッ!!」
「あー、この程度か。 来た意味もなかったな」
迫り来る魔術を横壁を蹴ることで回避し、落ちる勢いのまま魔術師を蹴りつける。 よく見れば全身に傷があり、大鬼も塔の魔術師を相手にして疲弊してることが見て取れた。
だが、大男はへらりと笑い、余裕があるようにゆっくりと瞬きをする。
ユツキはミコトを抱えて穴を登り続ける。 魔術を使う力に限界がきたのを感じ、魔術を切って自分の腕力でワイヤーを掴み、脚で壁を押しながら登る。
「あいつ、何で助けにきたんだ」
「……多分、あの人がここの場所を教えたんだと、思う」
息を切らしながらユツキが登り続けていると、近くに明かりが見え始める。
「あの人?」
ユツキが疑問を口にすると、出口から思いもよらない人が目に入る。
ミコトを攫おうとしていた、誘拐犯であるデザインの女性が、安心したような表情で二人を出迎えたのだ。
「あっ! 二人とも! 良かった!」
この前、敵対していたばかりだろうとユツキは思いながら、融解しているエレベーターの出口を通り抜けて、その場に倒れ伏した。
「……ユツキくん! 大丈夫!? ユツキくん、ユツキくん!!」
初めて焦ったミコトを見たな、とユツキは少しだけ笑って意識を失った。




