日々という日 -8-
ユツキは自分の正気を疑うように瞬きを繰り返し、何故かその場にいたミコトを見つめる。
「何故……ここに。 捕まっていたのか」
いや、捕まっていれば、いくらデザインとは言えども魔術師でもないミコトが逃げ出せるはずはなかった。
「……ユツキくんを、助けようと思って」
「いや、まず何故ここの場所を知っている」
「……ごめんなさい。 ユツキくんにもらった食べ物の工場から、搬入してるところを探して、ユツキくんの話とかから推測して……きました」
「何故、そこまで……」
ミコトはユツキを見つめた。 もしかしたら光度がないことでほとんど見えていなかったかもしれない。 けれど、見つめていた。
「……ユツキくんが、好きです。 たぶん、伝わらないと思うけど、全然分からないと思うけど」
あなたが好きだから来た。 そう、ミコトははっきりと伝える。
「馬鹿が……俺が何のためにここにきて、裏切ったか」
「……ごめんなさい」
「逃げられないんだ。 階段が潰されていた。 他の道も同様だろう」
ミコトは頷きながら、ユツキの持っていたパソコンに目を向けた。
「……まだ、手はあるはず」
ミコトはユツキの手を握る。 大丈夫だと、真っ直ぐにユツキに伝えてみせた。
「生き残れるとでも、思っているのか」
「……うん。 ユツキくんに、会えたから」
隠す気もない信頼を受けて、ユツキは困ったようにため息を吐き出した。 状況など、ミコトが脚を引っ張る可能性を思えば、悪くなっているだけのはずだというのに不思議と安心してしまっている。
弱い少女に、心を救われていた。
「最悪な日だ。 今日は」
ユツキはその日が終わるまで、評価をしない。 いい日も、悪い日も、なんでもない日も……振り返って思うものだからだ。
だからユツキは、今日はどんな日でもないと思っていて、今は最悪な日だと思うことが出来た。
ミコトはユツキの持っていたパソコンを開き、ユツキは急いで光が漏れないように扉の隙間を塞いだ。
「そんなものを開いてどうする」
「……逃げ道を探す。 ……こんなに大きい施設なら、地図のデータとかあるかもしれないから」
「それはそうかもしれないが、それも塞がれているとしか……」
ミコトはパソコンに付箋で貼ってあったパスワードに気がつき、若干の呆れを覚えながらそれを打ち込む。 手慣れた様子でキーボードを弄りながら、ユツキの問いに答えた。
「……出入り口を閉じてたら、ご飯がいつかなくなる」
「それは普通に魔術師がいれば簡単に直せる。 コンクリートを操る魔術師もいるからな」
「……うん。 普通の道なら、簡単に直せると思う」
ミコトは思った通りの地図が見つかり、ユツキに見せる。 それは、ミコトにとって、この場所を特定することの出来た情報から考えれば、当然のものだった。
「それは……ロケットの、開発設備」
「……ユツキくんは、知らないかもしれないけど。 ここは宇宙開発のための施設だから」
当然のように開発のための設備も存在している。 発射台はまた別に用意されているだろうが、諸々の物を運び込むための出入り口があるだろう。
「それは先程知ったが、それも壊されているかもしれないだろ」
「……ううん、たぶん、大丈夫。 だって、エレベーターは魔術じゃ直せないから」
壊すことは容易かもしれないが、直すことは難しい。 物を搬入するためのエレベーターであれば、それが壊れることによる被害は非常に大きいだろうことが予想出来る。
「……たぶん、壊してない。停電で使えないかもしれないけど……」
「俺なら垂直でも、穴があるなら簡単にできる登れるな」
「……エレベーターの位置、分かった」
ユツキはパソコンをミコトの手から取り、閉じて左手に持つ。
右手をミコトに伸ばすが、暗闇で見えていないらしくミコトは一人で立ち上がり、伸ばされた手に気がついた様子もなくユツキに手を伸ばした。
「……いこ。 はぐれないように」
「ああ、いこう」
二人で移動する場合、隠密行動というものは難易度を増す。 ミコトという運動能力の低い少女を連れていれば、なおのことである。
それが分かっているから、ユツキはある程度の覚悟を決める。 自分が盾になり、守り通す、と。
「……ユツキくん、足引っ張ってる?」
ミコトは握られた手の感覚からそう尋ね、ユツキの手の力が少し強くなるのを感じる。
「当たり前だ。 ……いや、違う、そう言いたかったのではなく……」
足を引っ張っているかと尋ねられれば、嘘を吐かないならそう答えるしかない。 動きにくいのは間違いなかった。
目的のミコトを守るというのも難しくなっていて、言い訳のしようもなく足は引っ張られている。
けれど、その問いの答えには不適当なようにユツキは思った。
「足を引っ張られているか。 ……答えにはならないだろうが、お前には会いたかった」
足音が聞こえ、ユツキはミコトの身体を引き寄せて影に隠れる。 無理な隠れ方だったが、灯りがないことが有利に働き見つからずに済んだ。
ミコトの手を引いて、ユツキは地図にあった搬入用のエレベーターへと向かう。
近づいたところで、暗いながらも複数人の気配があることに気がつく。 恐らくは魔術師、それにユツキと同じく持続型の魔術を持っている奴等だろう。
パソコンの光量では心許無く、それに壊れれば終わりだ。 ユツキの虚の書による魔術も持続型の魔術とは相性が悪く、身体能力と生の書のみでミコトを守りながら突破するのは不可能だろう。
「……身体を強くして、駆け抜けるのは?」
「エレベーターから通るにしても、難しいな。 扉が閉まっているだろうから破壊する必要がある」
「……出来ない?」
「数秒はかかる。 ……その間にやられるだろうな」
「……電源を付ける?」
「それをしても、途中で止められるだろうな」
思っていたよりも警備が厳重で、なかなか突破口はなさそうだ。
「ずっと潜んでおくか、無理矢理に進むか」
「……潜んで、どうにかなるの? あ、冷蔵庫の中が腐るからあっちが困る?」
「俺がいつも食ってる奴は常温で問題ない。 というより、俺たちの方が早く腹が……」
そう言ったところで、ユツキは気がつく。 存在している、他の道が。
ユツキはミコトの手を引いてその場から離れる。 ほど近い場所に、向かうと、薄い灯りがそこにあった。
「……ここは、開発設備?」
「というよりか、組み立てる場所らしい。 電源を落としても大丈夫な場所も多いだろうが、絶対に落とすことの出来ない精密機器が多くある」
そのため当然のように人が多くいるが、この場所であればユツキは十全に戦うことが出来、反対に守らなければならない相手の魔術師達は動きに制限がかかる。
「……でも、外に抜けられないよね?」
「ここは人が多い。 多少動き回りながら話していても大丈夫だろう」
隠れながらだが、着実に進んでいく。
「開発するに当たって、有毒なガスが発生する可能性がある。 単純に内部の液体が気化するだけで死亡事故に繋がりかねないからな」
「……大規模な換気口がある?」
「だろうと思われる。 常に稼働しているだろうから、その場所も風を辿れば分かるだろう」
もちろん、有害なものが蓄積されている可能性もあるが、ユツキもミコトも、毒への耐性が高い。
しばらく二人で換気口を探し、呆気なく見つかる。
見ても暗くて分かりにくいが、天井に大きく空いていた。




