日々という日 -6-
【熱】のデザインとでも呼べる女性が目の前にいる。 熱に強く、熱を発するなんて、日常生活で役に立つとは到底思い難い。
ユツキとは少し戦っていたが、戦う力にはなるとしても武器を使った方が確実で手っ取り早いだろう。
そもそも……熱に耐える身体は温暖な地域に向いていて、熱を発する身体は寒冷な地域に向いたものだ。 設計思想の段階で、異様としか思い難い。
地球上にいて、役に立つデザインとは到底思い難かった。
少なくとも「子供のため」ではないことだけは確実である。
「……あなたは、何のために……」
いや、聞くまでもなく、考えるまでもなく分かることだ。 地球上にいて役に立たないのだとすれば、地球上ではない場所に向かわすためのデザイン。
「……宇宙」
女性の瞳にミコトの顔が映る。 酷く幼い顔が、呆然と揺れる。
あるいは自分の存在目的も……何百光年と移動する年月を生き延びるための、設計なのかもしれないと気がつく。
まともな人間ではありえない目的のために作られたのではないかと、ただ思う。
ミコトの言葉を聞き、女性はほんの少しだけ驚いてから小さく頷いた。
「……私ばかり、狙っていたのは」
【不死】というデザインが、デザインの象徴となっているからと聞いていて、そうなのだろうと思っていたが、考えてみれば、わざわざ最初に殺すことを拘る必要はない。
管理院が塔の魔術師と敵対してまでミコトを守らせたのは、後で殺すなんてよく分からない理由ではなく、自分を手に入れるためだったのだろう。
思い出してみれば、塔の魔術師は最初から鎖の魔術で捕縛しようとしていた。
違ったのだ。 ユツキが聞かされていたことは事実ではなかった。
「……宇宙で開拓をするため?」
そのまま使うのか、あるいは女性達のように研究をして【不死】の遺伝子を用いるのかは分からないが、殺すつもりはなかったのだろう。
初めから、宇宙開発の競争だった。
どうするべきなのかが、ミコトには分からなかった。
「……ユツキくん」
自分がどうしたいのかも定かではなく、ただぼうっとしているばかりだ。
そもそもがこの目の前の女性も、本当に味方なのかは分からない。 今、協力してくれていたのも……。 そう考えるほどに、ミコトは呆然としていた。
このままここにいれば、島の大鬼が対処しきれなかった人達がやってくるかもしれない。 けれど、行く場もなく、ユツキの居場所が分からないのも変わりない。
「逃げる? 一緒にになるけど」
「……分からない。 ユツキくんは、喜ぶかもしれないけど」
ミコトが逃げ延びれば、ユツキは喜ぶことは確かだ。 そのために彼は命を賭けて戦っているのだから。
だが、それは……ユツキを見捨てるということなのではないだろうか、とミコトは感じていた。
「ワガママには付き合うよ。 鬱になられたら、こっちも困るしね」
ユツキの意思を尊重して、彼を見捨てるか。 自分のために、意味もなく自分も犠牲になるか。
どうしようもない二択を前に、ふと、頭にユツキの絵が浮かんだ。
自分よりも少しばかり背の高い自分。 デザインを嫌っていたユツキが描いた、デザインではない自分だと思っていた。
「……あ」
実際にそうかもしれないが、もしかしたらただの単純な未来のミコトを描いたものだったのかもしれないことに気がつく。
少し背が高く、胸を張って生きられている自分を、ユツキが望んでいたのかもしれない。
ユツキのために生きなければならない。 そう思い、同時に、酷く怯えるように身体を縮こませてしまっていることにも気がつく。
「……生きないと、私は」
【不死】のデザインだから死ぬことが恐ろしくないとか、生きる価値観が違うとか、そういうことではないのだ。
生きていてほしいと望む人間が、何人いる。
だから、ちゃんと、しっかりと、前を向いて生きよう。
ミコトは顔を上げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……宇宙開発……だと」
ユツキの目は酷く濁る。 病名を告げられた患者のような、一瞬だけ理解の出来ない感覚。
彼の動きが止まるのも仕方のないことだろう。 本当に何も知らずにいて、唐突に告げられたのだから、理解が追いつかないのも当然だった。
「驚くほどのことでもないだろう。 現状の技術で開拓出来るような星は限られていて、法整備もないから早い者勝ち。 少なく見積もっても一国を作れるほどの金銭が発生する競争だ。 利権の争いで人死にが出ることなど、珍しくもない」
「……理解しがたい」
ユツキは駆け引きもなく、そう口にした。
彼にとって金というものの価値は薄い。
それは彼が金銭に触れる生活をしてこなかったこともあるが、それ以上に、多くの金銭など必要のない幸福を知っていたからだ。
「……下手な音楽でも聞いて、下手な絵でも描いて、面倒な勉強や仕事をして、つまらないことで笑って、美味い味噌汁を啜る。 それでいいだろ?」
心の底から、男の言葉が理解出来なかった。
「……何故、膨大な金を欲しがる」
「とりあえず欲しいから手に入れる。 んで、手に入れたら好きに生きれるだろ。 誰だってそうしている、俺だってそうする」
尊敬していたのだろうか、とユツキは落胆、失望している自分を知り、ひとごとのように思う。
騙されていたことへの憤りは、わざとらしく感じようとしなければ忘れてしまいそうなほどに小さく、ただ純粋につまらないと思うばかりだ。
金の価値などユツキには分からない。 あれば気にすることなく味噌汁を飲める程度以上には、使い道を知らない。
そこまで徹底して知っていなかったのは、ユツキが金に関心を持てば目的を悟られる要因になったからだろう。
「……ひとつ、分かったことがある」
万が一にも勝ち目はない。 それはユツキも、男も、あるいは周りにいる誰もが分かっている事実だった。
魔術師として鍛えられた技量が、男に従えとユツキに命じる。
ユツキは押さえつけられながらも身体に力を入れた。
「なんだ」
格闘の技術が、勝てないと悲鳴をあげた。
目隠しをされながらも、その布の奥で声の方を睨み付ける。
「……つまらないことだ」
理性が逃げろと叫ぶ。 身体が限界を伝えて、頭の中は苦痛を避けようとし、負け戦をしてどうなるのだと経験が説得を試みる。
格好良く立ち向かうことなど出来なければ、勝つための策など思いつくはずもない。
ただ、たったひとつ、ちっぽけな何かがあった。
恋心と呼ぶには未成熟で、憧れと呼ぶには少し見下している。
立ち上がる。 ユツキはいつのまにか自分がミコトの口調を真似ていることに気がつき、口を開けて笑う。
「何が、おかしい」
ユツキの中の何もかもが逃げろと、逃げろと、逃げろ逃げろ逃げろと、悲鳴をあげている。
ただ、たったひとつ、一月か二月ほどの短い記憶、それを惜しむちっぽけな心だけが、今にも消えいりそうな囁き声で言っている。
「抵抗するようなら……!」
ユツキの体から、二つの文字列が浮かび上がる。 それは螺旋状に渦巻き、ユツキの異名の元となった【二重螺旋】を形作る。
魔導書はどのような形であっても良いが、書物である以上は情報伝達の手段とならなければならない。
本の形である必要はない。 巻物でも構わない。 携帯端末やパソコンでも問題ない。 楽器や石版も確認されている。
ならば、ユツキの二重螺旋は何の情報伝達物だ。 考えるまでもない、本よりも古い、人よりも古い、最古の記録。




