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日々という日 -3-

 別の絵でも本物は見たことがない虫を見つけ、ニュースで外来種がきたと話題になっていたものであることに気がつく。


 ユツキがニュースを見たとも思えないので、実際に見たことがあるものだろう。


 だとすれば、絞れる。 大まかにではあるけれど絵に描かれている虫の生息地域でどの辺りにユツキが住んでいたのか、今いるのかが分かる。


 教室の床に紙を広げながら、ミコトは電話を手に取り、以前自分を攫ったデザインに連絡を取る。


「……後で、何でも協力するから、すぐに高校まできてください」


「えっ、何がですか? もしもし? おーい、長井さ──」


 これで大丈夫だろう。 とミコトは電話を切って絵を眺める。


 虫の種類はおおよそは見たことがあるものばかりなので、そこまで離れた場所ではないだろう。


 携帯電話からインターネットに接続し、検索エンジンに見たことのない虫の特徴を書き、名前を調べてから生息場所を探していく。


 徐々に狭まっていった地域を頭の中でまとめながら、校門に向かう。

 運が良かったのか、丁度同時刻に到着した女の子車に乗り込んで、混乱している様子の彼女と運転手にミコトは告げる。


「……北に、お願いします。 細かい場所は、今から探しますから」


 絵を見ては場所を絞りと繰り返し、生息場所と搬入先から十つほどの場所に絞られ、それから都会の街中では出ないだろう虫もいるので、山の近くに限ることで候補の場所が半分になる。


 そのどれもがここよりも北にあったので、しばらくは時間を無駄にすることもなく進むことが出来るだろう。


「あの、急にどうしたんですか?」


「……ユツキくんが、危ない」


「あ、あの男の子が?」


 軽く頷くだけで、半ば女性のことを無視しながら、思考を巡らせる。

 あと五箇所だけだ。 そのうちのひとつに絞ればいいだけで……今まで散々ユツキと話してきたのだから、何かしらの情報はあるはずだと必死に思い出す。


 方言、癖、何か……ないか。 何かあるはずだ。 だって今まで散々いっしょに過ごしてきたのだから──。


「……何も……ない」


 ミコトは絶望したようにそんな言葉を吐き出した。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 白銀と赤の軌跡がグラデーションとなって宙に浮き上がる。

 腕が断ち斬られたと知ったのは、痛みからではなく視覚からだった。


「ッ……! 馬鹿みたいな格好をしやがって!」


 ユツキは腕を【生】の魔術で接合しながら、時代外れの片手剣を持った男に向かって吠えた。


 打ちっぱなしのコンクリートの建物の中に片手剣を持った男がいるのだから、当然のように馬鹿のように見える。

 だが、【時】の魔導書を持つ彼にとっては最も適した武器だった。


【時】の魔術は手に触れた物のみを対象として発動出来る。 銃などの自ら射出する遠距離武器は、魔術の利点を消してしまうのだ。


 ユツキが破れ被れに放った弾丸を見て、剣の男はマントを翻す。

 マントは不自然に舞った状態で静止し、弾丸に当たっても揺らぐことすら起きない。 時間の停止による絶対防御だ。


 魔術を封じようとしたユツキが口を開いたところで、後ろから大量の弾丸が浴びされて一瞬怯む。


 それでも魔術を唱えようとしたが、異常な速度で振られた剣が喉を断ち切って、ユツキの詠唱を封じる。


「ぐっ!! らぁ!!」


 それでも一歩前にユツキが進み、男の首を掴み握りつぶそうとする。 だが、その腕が鎖に捕らわれ、地面へと引き倒されてしまう。


 関節を力任せに外し、皮膚が削れながらも無理矢理に鎖から逃れて体制を立て直そうとした瞬間、ユツキの全身が燃え上がる。


 ひっきりなしの攻撃で、反撃の隙もない。


「虚の書:第八──ッ!」


 肺が熱された空気に焼かれるが、魔術による治癒で声を発することが出来る。 焼けて治り、また焼けてとと繰り返しながら、ただ一瞬だけ発語出来ればいいと詠唱しようとしたが、焼けていた空気すら失われる。


 炎も一瞬で消え失せ、息すら出来ない環境で白銀が舞い、その後を追うように赤い血が溢れ出る。


 魔術による治癒、身体の破壊、再生、燃焼、回復、斬殺、蘇生──いつまでも終わらないと思われるような長時間の一方的な戦闘だったが、ついにそれは終わりを告げた。


 魔術の発動限界。 生の魔術による治癒が発動しなくなったのだ。

 そう、ユツキの身体が完全に焼けて失われた時に、敵対していた魔術師のひとりが思った。 思って、しまった。


 斬り落とされた腕が、炎の魔術師の足首を掴む。 そこから植物が伸びるように身体が生まれていき、上半身も出来ていない状況で、発生したそれは吠える。


「虚の書:第八章【高等なる吠え声】。 安息を忘れろ!」


 何かが起こった。 と、ユツキの声を聞いてその場の誰もが思い、何も起こらないことに疑問を覚える。

 魔術の不発はあり得る。 散々魔術を使っていたのだから、限界が来たのかもしれない。 だが、と全員が警戒し、それ故に誤った。


 まずひとりの服が発火し、それに気がつくのが遅れたせいで火が全身にまわる。


「……死ね」


 ユツキは掴んだ足首を引っ張り上げて、全力で持ち上げて振り回す。 燃えている男に投げつけて、距離を置くためにユツキは後ろへと跳ねる。

 二人程度欠けたところでまた増員が来ると思い、ユツキへと迫ろうとした剣の男は盛大に足を滑らせて転倒した。


【高等なる吠え声】は苦しみを奪う魔術だ。 火がまわっていようが、足を強く握られようが、痛みを感じていても実感が湧かずに反応が遅れる。痛かろうが、意識が薄れようが気にすることが難しくなる。


 男達は狭い室内に炎にがあることによる不完全燃焼により発生した一酸化炭素により、意識が奪われていく。

 少し離れた場所にいた男も、気付くのが遅れたことにより、対応することも出来ずに倒れる。


「なに、が…………」


 倒れているものを見ることなく、ユツキはその場から離れる。 猛毒の空気はユツキにも同様に働き、魔術で治るにせよ意味のない無駄遣いは出来ない程度には切羽詰まっていた。


 逃げるべきである。 と、ユツキは思ったが、発信機が体内に仕込まれているのに、どこに逃げられるというのか。

 裏切った時点で、どうやろうとも死は避けられない。 いや、裏切る以前から、この時期の死は決まっていた。


 拳銃は壊れたため、殺した人の手から銃を奪い取り、せめて少しでも服を剥いで着ながらビルの地下へと続く地下へと足を運んだ。


 空気がひずんでいると気がつく。 それはユツキの思い込みかもしれなかったが、そう感じることがおかしくないほどには嫌な薄暗さや気持ちの悪いカビの臭いがしみついていた。

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