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日々という日 -1-


【日々という日】


「……ユツキくん、楽しみだね」「ああ」「……ユツキくん、怖いね」「ああ」「……ユツキくん、一緒にいたい。 ずっと一緒に」


 その言葉に返事はなかった。


 ミコトが思っていたよりも、ユツキとの日々は普通だった。

 普通に学校に通い、文化祭の用意をしたり、友達と話したり、部活を頑張ってみたり、一緒に帰ったり、休みの日にはみんなで遊びにも行った。


 充実した日々かもしれない。 特別なものではなく、ただ普通に、面倒くさいと思いながら、思い出せば楽しかったと思うようなそんなことを積み重ねるようなものだった。


 だから、文化祭当日の朝、教室にいない彼を思っても不思議と思うのに時間がかかった。


 劇までには時間もあるし、美術部の絵も飾り終えていたから、ユツキが約束を忘れて一人で回っているのかと考えて教室から出る。


 昨日、書き終えたらしい絵を持って来なければいけないはずだから来ていることには来ているはずだ。


「お、みこっちゃん、彼とは一緒にまわってないんだね」


「……ユツキくんとは、付き合って、ないよ。 約束してたけど、いないから探してたの」


「ユツキくんは見てないなー。 見つけたら声かけとくよ」


 ミコトは礼を言ってから学校内を回っていると、音楽が聞こえてそちらに目を向ける。 どうやらユツキと仲の良いカケルがバンドのメンバーとリハーサルをしているらしかった。

 少し待ってから音楽が止んだところで近寄ると、カケルは楽器を持ったままミコトに近寄った。


「……ユツキくん、見なかった?」


「あいつ? いや、見てないな。 会ったら探してたって伝えとく……てか、そっちも会ったらライブ見に来いって伝えといてくれよ」


「……うん、一緒にくるね」


「おう! 最高の演奏を聴かせてやるぜ!」


「……ふふ、頑張ってね」


 すぐにまた歩くと、また別の人に会う。 どの人もユツキのことを知っていて、色々な思い出や約束をしていた。


 色々と移動しながら人と話をしているうちに美術室の前にたどり着いて、ほとんど人気のない部屋の中に入る。


「あっ、長井さん!」


「……シャル先生、ユツキくんは見ませんでした?」


「いや、見てないなー。 一回来てるはずなんだけどね、ほら」


 シャーロットは指を美術室の後ろの壁に向けて、ミコトもそちらを見る。

 昨日にはなかったはずの絵、少女の後ろ姿を描いた絵がかけられていた。


「あっ、ガラガラなのは例年そうだから気にしなくて大丈夫だよ!」


「……あっ、はい。 それで……」


「ユツキくんの絵だと思うんだけどね。 ほら、多分長井さんだしね」


「……そうかな。 ちょっと背が高いし、背筋もピンってしてる」


「若干ユツキくんの願望とかが入った感じかなぁ。 すごく似てるし、ここの制服だから間違いないと思うよ」


 ミコトが絵を近寄って見ていると、絵の下に小さく題名が書いてあることに気がつく。


「……【祈りのない日】。 ……私の、絵……だと思います」


「でしょ! やっぱりね! デレデレだね、ユツキくん」


「……多分、嫌われてたのかな」


 ミコトはシャーロットに背を向けて、ゆっくりと頰を伝せるように涙を流す。


 シャーロットは突然後ろを向いたミコトを見て不思議に感じたが、何かを尋ねることはせずに、その後ろ姿を眺める。


 その絵はおそらく「デザインではないミコト」を描いたものだったのだろう。 それをなんとなく分かったミコトは、初めて自分の生まれを恨んだ。


 彼が今日いないということは、一人で逃げてくれたのだろうか。 そうだったらいい、自分が死んでも、ユツキが生きていればいい。


 そう思おうとして、涙が溢れかえる。 当たり前だ、一緒にいたいに決まっている。


 泣けるような場所は、この浮かれた文化祭の中にひとつもありはせず、ただ人から隠れるように涙を流した。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 日々という日はない。


 思い返せば普通の日でも、喜んだり悲しんだり、思うようにいかなかったり、不安だったり、いい日もあれば悪い日もあり、日々とは結果を知ってから名前を付けただけの代物だ。


 いや、いい日も、悪い日も後から付けるものだろうか。

 だから、今日は普段の日々かもしれない、いい日かもしれない、悪いかもしれない。


 拳銃に不備がないことを確認し、魔術が問題なく使えることを確かめる。


「ああ……行くか」


 壁に描いた絵をかけて、その絵を撫でる。


 あと一日でいい。 あと半日でいい。 あと一時間でも、その半分でも、一分でも、あるいはほんの一瞬でもよかった。

 ミコトに会いたい。


 だが、会えば鈍ることは分かっていた。 ミコトと話せば、人を殺すことが難しくなるだろう。


 何人殺せるだろうか。 壊滅は不可能だが、二十人も魔術師を殺せば文化祭までは作戦が決行されることはないだろう。


 欲を言えば百人も殺せば、ミコトが大人になるぐらいまでは保つかもしれない。 殺せば殺すほど、ミコトの命は長いものになる。


 窓から飛び降り、ユツキは走った。


 思えば思うほどに、ユツキは自分の気が狂っていると感じる。


 自分を育てたところを裏切り、何十人も殺して少女が生きれる短い時間を作るだけなど、馬鹿げていて、意味がない。

 何より、ただひたすらに利己的だ。


 普通のビルに見える場所。 その地下に組織があることは知っている。 正面から入れば不意を打つことが出来ないだろうと裏から回ろうと路地に入ろうとした時、ユツキの耳に靴が地面を踏みしめる音が入り込む。


 全力で後ろに跳ね飛ぶと同時に乾いた発砲音が響く。

 ユツキの視線の先に線が入り、若干の熱を感じられる小さな風が鼻先を撫でていく。


「ッッッ!!」


 早すぎる。 あまりにも。

 一人、殺さなければ敵対するつもりだとバレないとユツキはタカをくくっていたが、何故かバレているらしい。


 大鬼がバラしたのかとも思ったが、そもそも場所がバレていたような配置自体おかしい。


 裏切ると知ってもここから侵入することが分かったいたかのような動き、念を入れて服や備品などは、強度の問題で物を仕込めない拳銃を除くすべては管理院からの支給品ではないものにしていたはずであり、ひとつの結論に至る。


「ッ! 身体の中に仕込んでいたなッ!!」


 体内にGPSの発信機を仕込まれていたのだろう。 最近のことではない、そのようなことが出来るのは、物心がつくより以前、赤子の頃からだろう。


 その位置情報で裏切りを察知したのだと察し、ユツキは苛立ちを吐き出すように魔法を発動する。

 生の書による身体能力の一時的上昇、地面を蹴り、壁を蹴って跳ね飛ぶのと同時に拳銃を先ほどの路地に向けて、引き金を絞る。


 覚えがあるものよりも重い引き金。 実際の重さは変わっていないはずだが、嫌に重く、酷く握りにくい。


「死ね」


 発砲音と共に人が倒れ、倒れた人から銃を奪い取る。複数人の足音を聞いて周りを見渡せばトイレの窓を見つけ、それを蹴破って中に侵入する。


 下水の臭いがするのは長らく使っていないせいで排水トラップに水が溜まっていないからだろう。

 挟み撃ちにされては敵わないと考え、その場から走って廊下に出る。


 足元に違和感を覚えて上に跳ね飛べば床に大穴が開く。 魔法による仕業と判断して周りを見渡すが、術者は見当たらない。


 走って逃れようとするが、角を曲がれば窓もない行き止まりだった。

 そんな構造のビルがあるはずもなく、床に大穴を開けた魔術師と同様のやつだろう。


 全力で壁を殴りつけて破壊し、術者位置の特定を諦めて突き進む。

 壁の破壊により身体にガタが来たことを感じ、生の書により治癒を行う。


 生の書の特徴は身体の操作だ。 自身の強化や相手の弱体化、あるいは治癒が可能だ。

 虚の書は目視した相手の感覚を奪う、識字などを奪うことで魔術師を相手に魔導書の発動を防ぐことや視界を奪ったりも出来る。


 弱点こそ少ないが、そのどちらもが破壊力には欠けている。

 新たに眼前に現れた壁を目にして、ユツキは表情を変えずに拳を握った。


「……邪魔だな」


 振るわれた拳が壁を破壊することはなかった。

 潰れた骨が血と共に露出し、アドレナリンが多量に分泌されてなお、警笛のような痛みがユツキの脳に響く。

 痛みという危険信号に返されたのは舌打ちがひとつだけだった。

 ユツキが薄い壁ならば破壊出来ることを知った敵の魔術師は、壁の厚さを変えることで対応したのだ。

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