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偽物と本物 -2-

「えっ、いや、どうやって……」


 ミコトは自慢げに胸を張るが、胸がないことが強調されたばかりだった。


「……この前の、プールの時。 デザインをたくさん連れて行って、見張り……というか、護衛に来てたお姉さんに、連絡先を渡して、連絡してもらった」


 ユツキは、ミコトがプールで落し物をしたと言って何かを女性に渡していたことを思い出す。


 そもそも、内気気味なミコトが人を大量に誘うこと自体が不思議だったが、そのような意図があったのかと、腑に落ちたように思う。


「大量に釣り出せるのは理解出来るが、よくそれが島の連中だと分かったな」


「……管理院なら、ユツキくんが気にする。 塔なら、襲ってくる。 なら、島の」


「そもそも魔術師かどうか」


「……その、服が……ここの辺りだと、珍しい……その、安めの生地、だったから。

 ここの近く、お金持ちばかりで、遠くから遊びに来るにしては、一人だったから」


 推理能力が高いと感心してしまう。 それ以外の可能性もあるだろうと思ったが、実際にそれで会えているのだから否定のしようもない。


「……この前の、男の人が、誘拐犯の人を保護してるかなって、聞いたら、してるらしくて」


「島の連中があのデザインを囲いやがったのか……。 まぁ、人数が少ない島の連中が、守るつもりのデザインを仲間にしてもおかしくないか」


 誘拐犯が車の壊れたあの現場から逃げ果せたことが不思議だったが、魔術師の仕業ならばそれほど不思議ではない。

 島の判断の早さには驚かされるが、少人数なら一人の裁量も大きくなるのだろう。


「……私は流れで、魔術を知ったから、島の人にとっても都合がいい」


「内部に協力者がいた方が都合がいいのは分かるが、俺に話しては意味がないだろう」


「……そうかも、多分、すごく嫌がられる」


「俺から話が流れる可能性も高い」


「……うん。 そうだね」


 ミコトの話して後悔していないという態度に、ユツキは額をを手で押さえる。


「馬鹿が」


「……電話、しても、いい」


「直接、島の奴と話せと? こちらも相手も、両方信用していない話し合いに意味があるか」


「……信頼、出来る人。 信頼してくれる人」


 ミコトは電話番号を打ち込んで、しばらく呼び出し音が続くがそれを待つ。

 ユツキは止めることが出来ず、急な話に顔を強張らせながら、連絡をしてしまったことに不安を覚える。


 これは背反行為だ。 裏切りと呼んでも過言ではない。


 訓練をさせられ、生まれ育ち、今まで生きてきたユツキの世界すべてと呼んでも過言ではない管理院を──裏切る。


「……もしもし、はい、長井です。 ……はい。 はい。 ……その、今、ユツキくんが、隣にいます」


 ミコトはユツキに目を向けるが、顔を青くさせているユツキはミコトの方を見ることはない。


「……ごめんなさい、少し」


 ミコトは電話越しにそう言って、携帯電話を机にカタリと置いて、ユツキの手を握る。


 ユツキは触られたことに驚きながら、ミコトを見つめる。


「……大丈夫、だよ」


「ああ……そう、だな」


 ユツキはその言葉と、握られた手に感じられた仄かな温もりに落ち着きを取り戻す。


 ミコトが手を離して携帯電話を手に取ろうとしたとき、ユツキはミコトの小さな手を掴んで握りこんだ。


 ミコトは少しだけ驚いたような表情をして、手を握り返す。


「……おまたせ、しました」


 片手で握った携帯電話に話しかけながら、ミコトは小さく会釈をする。


「……ユツキくんに、代わります」


 ユツキはミコトと握り合っている手の力をほんの少し強めながら、空いた手で携帯電話を受け取る。


「真寺 有月だ」


「二重螺旋か」


 聞き覚えのある声で、野太く威圧的に感じる。

 島の知り合いなどユツキには一人しかおらず、過去二度の邂逅は共に敵対していたこともあり、ユツキは身体を強張らせる。


「島の大鬼……」


 巻物の魔導書を持った大男、ミコトの言葉でユツキを見逃した魔術師だった。


 信頼出来ると言っていたことを思い出し、ユツキはミコトの正気を疑うが、ミコトは頷くばかりだ。


「おう」


「ああ」


 当然のように話が詰まる。 ユツキにとっても、大男にとっても、気楽に話せるような間柄ではなく、言葉が続かずにいた。


「……話して」


 と、ミコトの助言に従い、ユツキは誤魔化すように口を開く。


「ほ、本日はお日柄もよく……」


「そうだな、行楽日和と言えるな」


「えっと、そうだな。 ……ご趣味は?」


「旅行を少々……」


 ぎこちないユツキの手をミコトは引っ張った。


「……お見合い、か」


「お見合いなのか?」


「……違う。 話して」


 ミコトに言われて、ユツキは気まずそうに口を開こうとして、先に大男が話したことにより機先を取られる。


「二重螺旋、お前が俺に連絡を入れたことを、俺は疑っている。 騙そうとしているのではなきかと、あるいは管理院の命令ではないかと、思っている」


「ああ、分かっている」


「その上で、お前に尋ねる。 お前は管理院に敵対するのか」


 大男の言葉にユツキの息が止まる。 ミコトは話が分かっていなかったが、ユツキの様子を見て、両手でしっかりと彼の手を握りしめた。


「……大丈夫」


 ユツキは荒れた息を整えながら口を開く。


「分からない。 敵対、出来るか」


「なら、島とは」


「分からない。 敵対したくは、ないと思っている」


「分からないばかりで、埒が開かないな」


 そもそも信用出来ないというのに、この問答に何の意味があるのだろうか。


「二重螺旋、お前は──長井命の味方になれるのか?」


 ミコトとの出会いは仕事の上だった。


 先走った塔の魔術師から守っただけ、その時に思ったのは、生に執着がない変な娘だと思っただけだ。

 次に会ったのは、翌日の教室だった。 たまたまクラスメイトになり、鬱陶しいぐらい世話を焼かれた。


 なんだかんだと行動を共にして、油断から誘拐を許した。

 そして、自分の命が脅かされそうになっても人を守ろうとして、ユツキを守ろうとした。


 理解出来なかった。 自分のことよりも何かを優先するというのは。

 ユツキ自身は自分の命を大切にしていないが、それは生きる道がないからだ。


「ミコトだけには、生きていてほしい」


 大男はその言葉を聞き、吐き捨てるように言う。


「それは利己的な考えだろう。 管理院は、その利己的な考えを嫌っていたはずだ。 国が滅びる原因になり得ると」


「それは……分かっている」


「そいつだけ守って、他は殺すのは道理が合わない。 どこからも狙われることになる」


 大男の言いたいことはユツキにもよく分かった。

 ミコトを生かすには、裏切るしかなかった。


「俺がそちらについても、戦力差は明らかだ。 勝てるとは到底思えない」


「そうかもな」


「無為に、死人を増やすだけだ」


「そうなる可能性は高いな」


「死人は、増やしたくない」


 ミコトが嫌がるだろうと、ユツキは口にはしなかったが、大男には確かに伝わった。


「ならお前は、腐っていろ。 二人で逃げても、俺たちは追わない」


 電話が切られ、ユツキはそれをゆっくりと机に置く。

 救いはなかった。 長井命は作戦が開始すれば確実に死ぬ。 抗おうが、逃げようが、生き残ることは出来ない。


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