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偽物と本物 -1-




【偽物と本物】


「ユーツーキーくーんー!」


「……なに?」


「うわっ、影からロリ彼女が!?」


「……あい、あむ……のっと、ろり」


「彼女でもねえよ。 それで、どうした」


 寮の裏庭でゆっくりと絵を描いて過ごしていた二人の元に、クラスでも中心となっている女子が訪ね、ユツキの描いている絵を覗き込む。


「あっ、風景画じゃないんだ。 あっ、アブラムシの絵?」


「いや。 それで、なんだ?」


「二人って美術部だったよね? あっ、みこちゃんの風景画かわいい」


 ミコトが頷くと、女子のクラスメイトは喜ぶように大きく頷いた。


「背景とか小道具とかお願い出来ない? あんまり絵が上手い人いなくてさ」


「……私も、我が子も、最近入っただけ」


「彼女でもなければ親でもねえよ。 ……見れば分かるだろうが、下手だぞ」


「いや、大丈夫大丈夫! お願いしていい?」


 ミコトはユツキの方を見たが、既に絵を描く作業に戻っていてどう思っているのかが分からなかった。


「……私は、大丈夫」


「そっか! じゃあ、二人ともお願いね!」


 ユツキくんはどうか分からない、と言外に伝えたつもりだったが、その考えは伝わることなく去っていってしまう。


「……ごめん、ね」


「何かしら任されるなら、裏方の方が荒が目立たなくていいだろう」


 もう一度、謝ろうとしたミコトだが、ユツキが構わないと言ったことに遅れて気がつく。


「……ありがと」


「何の劇だった?」


「……正式には決まっていないけど、人魚姫だって」


 ユツキは当然のように首を傾げ、ミコトは手に持っていたスケッチブックに簡単なデフォルメされた絵を描きながら、風に揺らされるような小さな声で話を始める。


 けれど、小さな声でも近くにいるユツキにはよく聞こえた。


「……人魚の王の末娘、人魚姫は海の上を見ていると、船に乗った美しい人間の王子を見つけました。

 恋い焦がれた彼女ですが、人魚である自分と人間の王子は別の場所でしか生きることが出来ません」


 自分の言葉じゃなければ饒舌なんだな、とユツキは感心しながら、童話に聞き入り、ミコトの可愛らしい素朴な絵に見入る。


「……その日の晩、大嵐が発生して、王子は海に投げ出されてしまいました。 人魚姫は王子を助け、浜辺まで運びました。

 王子が修道女に助けられたのを見送った人魚姫は海の中に帰りましたが、彼女は人間のこと、王子のことを忘れられませんでした」


 ユツキは神妙に聞き入り、ミコトは気分を良くしながら筆を走らせる。


「……そこで人魚姫は魔女の家に息、声と引き換えに人間の脚をもらいましたが、王子に愛されなければ海の泡になってしまうとのことでした。

 人魚姫は王子の元に行きました。

 王子と人魚姫は打ち解け、結婚の話も持ち上がっていましたが、隣国の姫との縁談があり、人魚姫は王子と結婚出来なくなりました」


「人魚姫、泡になるしかないな」


「……姫を泡にしたくない人魚姫の姉達は魔女に頼み、姉達の髪と引き換えに短剣をいただきました。

 その短剣で王子を刺すと、人魚姫は海の泡にならずに人魚に戻れるというものでした」


「性格悪い魔女だな……」


 ユツキの素直な感想に思わず笑いそうになりながら、ミコトは最後の話をする。


「けれど、王子を愛する人魚は、王子を殺すことが出来ず、身を海に投げ捨てて泡になってしまいました。 おしまい」


 分かりやすく顔を顰めているユツキの頭をミコトは撫でる。


「……嫌いだった?」


「そりゃあな。 不快な話だろう。 だが」


「……だが?」


 ユツキはため息を吐き出しながら話す。


「選べたなら、満足だろう」


 存外に情緒が豊かだったのか、あるいはこの高校に来てからそうなれたのか、ユツキは登場人物に自分を重ねていた。


「……ユツ、くん」


「なんだ」


「……人魚姫役、やる?」


「誰がやるか」


 クスクスとミコトは笑って、彼の顔を見た。


 ふてぶてしい表情は前のままだけど、以前よりも幾分か柔らかな雰囲気をしている。


 あとどれだけ続くか分からないけれど、こうした時間がいつまでも続けばよいとミコトは思う。

 死ぬのは怖いけれど、ほんの少しでも和らぐ時間だった。

 不意に、携帯電話の呼び出し音が響く。


 ミコトは自分のものではないことを確認してユツキを見ると、彼の表情は酷く強張っていた。


 彼の手は電話を取ろうとせずに、ミコトへと伸びる。 追い詰められたようなユツキの顔に、ミコトは怯えた声を出した。


「……ユツキ、くん」


「っ……悪い、電話が来たらしい」


 ユツキは逃げるように立ち上がり、ミコトから離れながら電話を取る。


 半ば抜けてしまった腰で追いかけようとするが、ユツキが寮の壁に体を隠すようにしたところで、姿や音を見失う。


「……ユツキくん」


 ミコトはその場に腰を落として、息を吐き出す。


 殺そうと、していた。 ユツキは自分を。


 あの様子を見れば、まだ命令があったわけではないだろう。 何かは分からないが連絡があっただけかもしれない。

 分からない。 と、ミコトは膝を抱える。


 何故、ユツキは自分を殺そうとしていたのか、楽しんでいるような様子はなく、それどころか、苦しそうにしていた。

 泣きそうになりながらその場にいると、少しして、ユツキが戻ってきた。


 いつもよりかは顔も強張っているが、先程よりかは幾分もマシだ。


「……組織の、人?」


「その質問はするな。 素直に答えられるはずはなく、答えられなければ、答えているのと同じだろう」


 それは答えているようなものだったが、ユツキはミコトの横に腰を下ろす。


「この寮は綺麗に整備されていていい。 この芝生も心地いい」


「……うん」


「ミコトは……死ぬならどこで死にたい」


「……たくさんの子供と孫に、囲まれて、老衰」


「老衰出来ないだろ、お前は」


 何の気のない質問というわけではなかったのだろう。 

 ユツキはミコトの可愛らしい顔を見て、困ったように微笑んだ。


「そうか、老衰か」


「……それが無理なら、死因だけ変えて……ユツキくんが、死ぬ前に」


 結局、無理な話には変わりなかった。 ミコトを殺すのは、あと数ヶ月もないほどであることは、互いに分かりきっていた。


 だからこそ、ミコトは血なまぐさいプロポーズ紛いなことを口に出来たのだ。


「俺の妄想かもしれない」


 ユツキは頭を掻き毟りながら言葉を吐き出す。


「こうあってほしいから、こうだと言っているだけかもしれない」


「……うん」


 ミコトは頷いた。


「塔の連中とは協力が可能なはずだ。 それをせずに三つ巴になっているのは、それ以外の目的が働いているからだと思う」


「……目的?」


「分からない。 あるいは、ただついでに他の組織の魔術師を減らしたいだけかもしれない」


「……内輪揉め……?」


「完全に別のところだ。 常に小競り合いが続き、収まっていないはずだ」


「……上の考えが、分からないって、こと?」


 ユツキは頷く。 こんなことを話していいはずがないと、ユツキ自身も分かっているだろう。


「問い詰めるのも、隠されればしまいだ。 それどころか、こちらが疑っていることを知られることになる」


 ユツキの手をミコトは握り、小さな顔の大きな目をユツキに向ける。


「……私の部屋に、きて」


 どうした、とユツキが聞く前にミコトが立ち上がろうとして、腰が抜けていたことを思い出してユツキの身体に倒れこむ。


「……ごめん」


「持つぞ」


 ミコトの身体をユツキは持って支える、ミコトは恥ずかしさに顔を赤らめながら、支えられたことでなんとか歩くことが出来た。


 すぐに二人でミコトの部屋に向かうと、ミコトは携帯電話を取り出して、ユツキに見せる。


「……ユツキくんに、隠れて……繋がりを、作ってた」


 ミコトは話が分かっていないユツキに向けて、指を三つ立てる。


「……私の、お父さん」


「頼れる場所ということか? ……悪いが、頼りにはならないな。

 通常の人間が完全装備をしていたとしても、魔術師には対応出来ない。 単純な身体強化の魔術を持っている魔術師が近代的な武器を持てば、一面を焼き払う程度しなければ仕留められないからな。

 弱い魔術師でも、戦闘ヘリ程度の戦力はある」


「……そこまで、強いの?」


「ああ、そうか。 お前は俺の魔法ぐらいしか見ていないからな。 俺のは対魔術師に向いているから、さほどでも無いように見えるだけだろう」


 ミコトはよく分からないが、否定する必要もなかったのでこくこくと頷いておく。

 ミコトは二つ目の指を折った。


「……二つ目が、この前の誘拐犯の人」


「ああ……ん? はぁ? あのデザインと連絡を取っていたのか!?」


 珍しく驚いているユツキに、ミコトは少し勝ち誇った顔をする。


「……最近、連絡出来たの」


「どうやってだよ……」


 ユツキの言葉に、ミコトは最後の指を折る。


「……最後は、島の魔術師達」

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