祈る神なんて-2-
ゲノム編集技術、生物の設計図とも呼べる遺伝子を操作することにより、遺伝子的な病に掛からなくさせることや、あるいは特定の能力を上げることの出来る技術である。
そのような、人類自体の性能を上げることが出来る技術は、世界でも有数の大国である日本を滅ぼしかけていた。
「人間臭くて不快だな。 金属の匂いが気色悪い」
学生服に身を包んだ青年が誰にも聞こえない程度の声で呟き、隠そうともしていない不機嫌な表情で背の高い門を見る。
一見して普通の石造りに見えるが、目を凝らせばそれの中にはセンサーがいくつも取り付けられているのが見て取れた。
名門と呼ばれるこの高等学校には不審者などへの対策は完璧であると、青年に説明をしていた者が言っていたことだ。
だからというのは関係あるのか、ネクタイの色で学年が判別出来るようになっており、二年生だというのに着慣れていないことで転校生であることが見て取れる青年の姿にも気にした様子はなく通り過ぎていった。
「気が重いな」
ゲノム編集が行われた人類は「デザイン」と呼ばれている。
受精卵時に遺伝子編集を受けた者達は既にどのような分野でも常人を遥かに上回っていることが確認されていた。
この学校【私立伝良高等学校】は、デザインの生徒の受け入れを積極的にしており、デザインにおあつらえ向きの、一点特化が評価される一芸入試による採用が半数を超えている。
言ってしまえば、馬鹿でもクズでも、能力を示せ、ということらしい。
門の中に一歩踏み込めば、変わるはずもない空気が一層のこと不快に感じられる。 青年は舌打ちをしながら以前にも訪れた職員室に向かった。
「いやー、この時期の転校生ってのは珍しいね。 ほら、ウチの学校って変なところ多いだろ? それだから、家の事情で転校ってなるとまず別のところだからね」
人懐こい表情と少し早口な多弁に青年は少しばかり苦手意識を覚える。
「そうですか」と小さく興味なさげに返すが、青年の意思は通じずに教師の言葉が続く。
「あっ、歓迎してるからね? 生徒達も新しいお友達がくるぞー、うれしーみたいな。 だから安心してね、ユツキくん。 あ、真寺 有月くんであってたよね」
青年、ユツキの興味なさげな態度は緊張として受け取られたのか、小学生を相手にするような言葉が並べられ、興味のない表情から不快なものへと変わった。
「自己紹介とかする?」
「任せますよ」
「なら、した方がいいかな。 事前に連絡していたとは言っても、突然隣に座ってたら驚くかもしれないもんね」
教師に連れられてこれから通う二年D組の教室に入り、教師の横でぶっきらぼうに頭を下げ、顔を上げる。
適当に挨拶をして済ませてしまおうとしたユツキの目に、他の生徒よりも一段と背が低く細く華奢、酷く小柄な少女が映った。
あの時の、と、不思議と息が詰まるような感触に不思議がりながら、それを隠すように口を開いた。
「真寺 有月。 これからよろしく頼む」
数秒の停止は緊張のせいだと受け入れられたらしく、まばらな拍手がユツキを迎えいれた。
若干の緊張感を持ったままどこに座れば良いのかと見回すが、空いたらしい席は見当たらない。
「あっ、そういえば席の用意忘れてた。 ユツキくん、悪いけど空き教室から机取ってきてくれない? あっ、分かんないか、そうだな、ミコト頼めるか?」
ユツキ誰かと思えば目の前にいた、この前に会ったばかりの少女だった。
おそらく小柄な故に後ろだと目線の問題で見えないから前の席にいて、目につきやすかったから名前を呼ばれたのだろう。
ミコトと呼ばれた少女は近くにいても聞き取れないほど小さな声を発して頷く。
少女は立ち上がって廊下に出る。 どうやら案内をしてくれるらしく、ユツキはもう一度教室を見渡してから少女の後を追った。
「……ユツキ、くん」と立つとより一層にその小柄な体型が分かりやすくなった少女が、少し首を上に傾け、大きな黒眼をユツキへと向けながら呼ぶ。
「あの時のことは口にするな。 まぁ、言ったとしても信じる奴はいないだろうが」
ユツキは無視をするようにミコトに告げると、彼女はこくりと小さく首を動かした。 その薄い唇が少しだけ動いて声が発せられる。
「……怪我は、なかった?」
ユツキは一瞬だけ彼女の正気を疑い、目を見て大真面目に尋ねていることを確認する。 痛みすら感じられる呆れに頭を抑えながら「馬鹿が」と吐き捨てた。
「ないに決まっているだろ。 ……そもそも脅しをかけた奴の心配なんて──」
「よかった……」
心底安堵したミコトの声を聞いて、彼は大きくため息を吐き出す。
「どうやら、お前のことが苦手らしい」
「……ごめんね」
「そういうことを言われるのは不快だ。 これ以降、話しかけてくれるなよ」
「……私を、殺すの?」
「話を聞かないのか。 いつかは殺すが、今じゃないだけだ」
「……そっか」
ミコトは小さく頷く。 彼女は舌打ちをしていたユツキの服の袖を引き、空き教室の扉の前まで来たと伝える。
扉を開けるとほんの少しだけ感じられる焦げたような異臭に顔を顰めた。
「……この学校にも、タバコ吸う人、いるんだ」
空き教室で焦げた臭いとなるとタバコを吸った生徒がいたのだろうと思うのは当然のことだったが、僅かな違和感が少女の喉元に留まる。
「いや、これはヤニの臭いではなく……。 おい、俺が運ぶ」
「……じゃあ、椅子、お願い。 タバコじゃ、ないの?」
「編入して早々チビ女に自分のものを運ばせる奴という扱いは不快だ。 いいから寄越せ」
誤魔化すように机を椅子の上に乗せて持ち上げて廊下に出たユツキにミコトは首を傾げる。
「……やっぱり、いい人?」
「目が腐ってるのか、とんでもなく頭が悪いのか」
ユツキが眉にシワを寄せながら言えば、ミコトは小さく首を横に振る。
「……昨日、私を守ったの、時が来るまでダメだから。 今日編入してきたの、それの関連だと思う。 この学校の、特別な何か……多分、デザイン」
ユツキは正解にあっさり辿り着かれたことに内心で驚くが、それほど難しい推理ではないかとも思った。
「……ユツキ、くんの仕事、デザインの実態の、把握……かな。 あるいは、護衛。 その時までの」
顔を顰め、返事もせずにただ歩くが。 それはほとんど肯定でしかなかった。
「……私、手伝う?」