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生きる意味≠生きること -8-

「おっ、あれかー、一年の時に来たけどやっぱデケエな」


「スポーツジムに、フードコート、温泉、ホテル、カフェ、他にも色々あるな」


「住めるよな」


 住みたい。 とユツキは思いながら、テンションを上げて中に入る。 レジャー施設など初めての経験であり、若干の警戒はあったが、色々と分かりやすく問題はなさそうだった。

 早々に更衣室に着替えに向かったクラスメイト達にユツキとミコトは置いていかれる。


「……あのカフェ、プールにも繋がってる、みたい」


 水着を着た客や、私服の客がプールサイドにも机や椅子の並べられているカフェでまったりと過ごしているのが見えた。


 クラスメイトとさほど離れることもなく時間を潰すにはいい場所だ。


 二人でカフェで紅茶と水を注文し、プールサイドの席に腰を下ろした。


「……お金、ないの?」


「いや、支給額に制限は付けられていないが」


「……なら、なんで、お水?」


「匂いや味のついた水が気持ち悪い」


「……お味噌汁、は?」


「それは別だ」


 二人で待っていると、クラスメイトが着替え終わり、プールに入って行くのが見える。

 水着姿のクラスメイトを見ているユツキに、ミコトは眉をひそめながら、紅茶を飲む。


「暑くないのか?」


「……うん」


「水着は肌が見えるが、恥ずかしくないのだろうか」


「……着たことないから、分からない」


「そうか。 ……まぁ、なんでもいいか」


 ユツキは水着の女子と近くで遊んでいる男子を羨ましく思いながら水を飲み、塩素の匂いに顔を顰める。

 二人して険しい表情をしながら、眉をひそめているミコトは顔を顰めているユツキに尋ねた。


「……そういえば、文化祭で、絵、描くの」


「ああ、文化祭の展示か。 時間がないから無理だな」


「……間に合うと、思う」


「そこまでするものではないだろ。 そもそも何を描くかも決まらない」


「……来年は、ないから」


「だから、無理をするなんて馬鹿らしい」


 何をするにしても無駄だった。 結局、死ぬのだから意味はない。

 一人で本気になって泳いでいるクラスメイトを見ながら、ユツキはため息を吐き出した。


「お前も、どうせ死ぬんだから、楽しめばいい」


 こんなところにいる必要はないと伝えるが、ミコトは首を横に振る。


「……人はみんな死ぬんだから、そんなのは、理由にならないよ」


「自棄になる理由にはなるだろ」


「……自棄になって、ユツキくんと一緒にいるの」


 ユツキは胸の大きい女子を見ながら、メモ帳を取り出して退屈そうに絵を描いていく。


「……おっぱい、描いてるの?」


「そんなもの描くか」


 ミコトが覗き込むと、半端な機械の手がいくつも絡み合って何かを求めているような絵で、悪趣味に見えた。


「……ユツキくんには、世界が、そう見えてるの?」


「そんなわけあるか」


「……本物、の、絵?」


「分からないがな」


 なんとなくだが、何枚ものユツキの絵を見てきてミコトは理解しだしていた。 ユツキは見たものの絵は描かない。

 彼なりに気分を表現しようとしているのだ。


 とりわけ多く見えるのは、カクカクとした人間らしくない特徴を持った身体の絵や、害虫や嫌われ者の生物の特徴をもった何かを、一貫して心地よいものではないことは確かだったが、ミコトはそれでも理解の一助となるので好んで見ていた。


「……機械の手に、大きい丸いもの……」


 機械の身体はユツキを表しているのだと考えられる。

 大きい丸いもので、何かしら良いもの……。


「……そんなに、おっぱいを、触りたいの?」


 ミコトはジトリとした目でユツキを見て、ユツキはピクリと反応する。

 ユツキは何故バレたのだろうかと考えるが理由は分からない。まさか自分の絵を読み解かれたと考えることはなかった。

 そもそも、ユツキ自身が自分の絵が心情を表していることに少しも気がついてておらず、心を読まれた理由が分かるはずもなかった。


「……ごめんね、おっぱい、ない」


「いや、揉みたいなどと言ってないだろ」


「……揉みたいって、聞いてない」


 誘導尋問……! とユツキはミコトの手管に恐れるが、ミコトにはそんなつもりはなく、自分の膨らむ予兆さえ見せない胸をしぼませるようにため息を吐いた。


「……豊胸手術を、受ければ……!」


「偽物は嫌いだ」


「……手厳しい」


 ユツキは胸から目を離して、ソフトクリームを食べている子供を見る。


「……ソフトクリーム、だよ」


「ああ、知っている」


 ミコトはユツキの言葉に驚く。 味噌汁や焼き魚などの、簡単な料理すら知らなかったのだ。


 当然別の国の料理を知っているということでもなく、妙な完全栄養食品で腹を満たしているだけの食生活だったはずだ。


「名前と形を軽く知っているだけだがな」


「……よく、知ってたね」


 絵を描いていたユツキの手が止まり、ペンと手帳が机に置かれる。


「以前、幼い頃……十年ほど前に、同年代の子供と話す機会があってな。 上層部の人間の子だったらしいが、規則を破って探索している時に俺と会ったんだ」


「……女の子?」


「いや、その時の俺は性差を理解していなかった……というよりか、人間が男と女に分かれているとは知らなかったからな。 分からない」


「……そう」


「おそらく五分ほどの、大した時間じゃなかったけどな、まぁ同年代と会うこと自体が少なかったこともあって印象には残っていた。

 そいつがソフトクリームを食べたことがないのはもったいないと言っていたから、覚えていたというだけだ」


 学校の売店にも売っていることをミコトは思い出す。 結構ユツキも抜けていると思いながら、ミコトは財布を取り出す。


「……買ってこよう、か?」


「どうしたものか」


「……なんで、迷うの?」


「冷たい物だと聞く。 内臓を冷やすのは健康に害を与え、パフォーマンスを下げる可能性がある」


 ミコトは察する。 こいつ、初めての物にビビってるな、と。 まぁユツキがアイスやらを食べる姿は想像つかないので、似たようなものも食べたことがないのだろう。

 仕方ないのかもしれない。


「……買って、くるね」


「いや、いい」


「……なんで? 楽しみだったのに」


「生きる気がなくなる気がしてな」


「……もともと、ない」


「作戦の実行まで、生きるのが面倒だな、と」


 ミコトはあまり驚きもせず、ただ悲しそうにする。

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