生きる意味≠生きること-6-
仕方なく少し部屋を片付けようと思い、部屋の中を片付けているうちに、ユツキが食べ終えた後の謎の完全栄養食品のアルミパウチを見つけ、見つめる。
「……無地」
何も書かれていない銀色のアルミパウチである。
ベッドの下に潜りこんで、ダンボールを確認したが本来の市販品なら必要であるはずの食品表示がないことを確かめる。
移し替えたというようには見えず、市販品ではないのだろうことが分かる。
自分の部屋に戻り、友達に勧められて買ったが封さえ開けていなかった化粧品、ファンデーションを手に取ってユツキの部屋に戻り、ダンボールに入っている完全栄養食品の一つをハンカチで持ちつつ取り出す。
ユツキの部屋にある筆を手に取り、ファンデーションの粉を先につけて払うようになぞっていく。
「……指紋がある」
いくつか確かめてみたが同様に指紋が見つかった。
一応、セロハンテープで指紋をより分かりやすく取り、ユツキのものではないことを確かめる。
発送用にダンボール詰めする作業も機械化されて久しい、指紋があるということは、それを手作業で行う程度の中小規模の工場で作られたものだろう。
アルミパウチの食品を扱っていて、あまり大きくない工場、ユツキの身の上を考えるとおそらくは国内産、それ以上は分からないけれど、中身を調べればおおよその検討はつくはずだ。
何せ、人体に必要な栄養は多い、それを扱っている中小規模の工場がそれほど多いとは思えない。
父親にサンプルを渡して頼めば、工場の特定も出来るかもしれなかった。
後で頼んで一つもらおうと決める。
「……お化粧品、初めて使ったのが……指紋か……」
ミコトはそれに気がつき、自分の女子力の低さを恨んだ。
携帯電話の電源を入れ、大量に来ている父親からの留守電を削除して、そのまま連絡する。
「……もしもし」
「もしもし!! ミコト遅いよ……また何かあったんじゃないかと思って心配したんだからなー」
「……ゴールデンウィーク中は、帰れない」
「えっ、家族旅行に行くのが恒例だったじゃん! えー、行こうよー、ねー?」
「……ごめんなさい」
「何か用が出来ちゃったの?」
「……うん。 それでね、お願いがあるんだけど……」
我ながら都合の良いことばかりを言っているように思えたが、今までは父母にワガママも言わず言うことを聞いてきていたので、と自分を納得させながら言う。
「まぁ、頼れるパパになんでも頼りなさい!」
「……アルミパウチしてある、一食分の栄養が取れる、食品があって」
「あー、カロリー取る系の?」
「……ううん、もっと、色々取れる」
「それがどうしたの?」
「……どこで作られたものか、探したい」
「普通にネットで検索すれば?」
普通の食品なら会社ぐらい書いてあるだろうと、父親も当然のように思った。
「……市販じゃ、なさそう。 完全に、無地で」
「んー、市販じゃない食品? 何か危ないことしてる?」
「……危なくは、ないよ。 多分、栄養も普通だと、思う。 でも、多分……隠れて作ってる」
父親はそのことを心配に思いながらも、下手に断るより。引き受けて関わっているものなどを確かめる方が娘の安全に繋がるだろうと考えて了承する。
「分かった。 サンプルはあるんだよね? じゃあ人を寄越すから、明日の昼にでも渡して」
「……うん、ありがと。 ……ごめんなさい」
その言葉をワガママを言ってと取ったのか、父親は気にした様子もなくヘラヘラと笑う。
そうではない。 幼くして、父母に何も返すことが出来ずに死ぬことを受け入れて、その謝罪だった。
電話を切ろうとした時に、近くで眠っていたユツキが寝返りを打って、口を半開きにした。
「あ……みこと、そんなに飲めな……」
ユツキの寝言に、電話先にいた父親が驚きの声をあげる。
「ちょっ、待て、ミコト、こんな時間に男と──ッ!」
「……切る、ね」
ミコトは電話を切って、電源も切っておく。
寝返りを打ったことでズレた掛け布団をかけ直し、自室に戻って日記を書くことにする。
今日は少しばかり書くことが多そうだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ユツキは目を覚ます。 目を覚ましたといっても目を開けたわけではなく、薄れた意識が戻ってきただけのことだった。
まず感じられたのは匂いだ、出汁と味噌が強く、ほんの少しだけ自分とは違う人間の混じった匂い。
次に感じられたのはトントンと軽く心地よい音で、ユツキは自分の頭を掻きながら目を開ける。
気にしたことはなかったが、後ろ姿だと綺麗な黒髪だということがよく分かる。 細く艶があり、流麗に整っている。
「何故、今いる」
「……朝ごはん、作ろうと。 思って」
「まぁいいか。 ……醜いな」
長井命の容姿は美しい。 【不死】のせいもあり幼い姿ではあるが、誰がどう見ようと整った顔立ちで、見る者の目を引いて、心を寄せさせるかんばせだった。
だから、こそ、ユツキは思ってしまう。
人に愛されるための容姿だ。 そうなるように設計された。
「……ごめんね」
「寝起きから見たい顔ではないな」
「……うん」
ミコトは頭を下げてから机の上に朝食を運ぶ。 結局、ほとんどの食事を完全栄養食品で済ませていたユツキだが、箸の練習は続けていたことと、味噌汁の具は噛んでいたことで、時間を掛けつつだが、朝食の米と味噌汁と焼き魚と漬物を胃袋に収める。
「……美味しい?」
「味噌汁は、悪くない」
「……よかった。 あ、さっき、鮎川くんが来て……一緒にプールに行かないかって」
ユツキは考えることもせずに首を横に振る。
「いや、やめておく」
その言葉にミコトは少し驚く。 楽しむかどうかは別として仲良くはしようとしていて、何かを断るということは少なかったように思えた。
「……かなづち?」
「いや、泳げる」
「……どうして?」
ユツキはミコトが朝食の片付けをしようとしている手を止めて、軽く自分の服をまくって肌を見せる。
鍛えられた身体……だが、それは異様な姿だった。
黒、茶、白、あるいはそれらの中でもより細分化して分かれている色の肌。
まだら模様の人間の肌など、ミコトは想像だにしていなかった。
言葉を失ったミコトに、ユツキは服を戻して話す。
「奇怪だろ。 無理矢理に色々な要素を詰め込めばこうなる。 普通のデザインなら、異形にならないように調節するだろうが、俺の場合は必要がなかった」
「……その、顔とかは……」
「自前の肌だ。 別に人の皮を被ってるわけじゃない」
「……うん。 ……その、なんで顔だけ、それなら他のところも」
「ああ、顔だけ調節したというわけではない。 たまたま、顔の部分の肌が似たような色でまとまっていただけだ」
たまたまという言葉におかしなものを感じながら、ユツキが腕を捲って見せた肌に痣のようにも見える色の違う肌があった。
「……たまたま?」
「いや、たまたまというのはおかしいか。 確実ではあるか」
ミコトは最悪のことを思い、顔を青ざめさせる。
「……一人じゃ、ないの」
「いや、今は一人だ。 もしも徒党を組まれたら面倒だと思ったんだろう」
今はということは、以前はそうではなかったのだろう。 間引くというユツキの以前言った言葉が頭に響く。
「……人は、まだら模様にはならない。 まだら模様になる遺伝子が、ないから」
誤魔化すように、ミコトは適当な知識を話す。
「獣なりのを突っ込まれたんだろうな。 気色悪いだろう。 皮の下はお前達も大して変わらないがな」
「……ううん、そんなこと、ない。 ユツキくんは……普通だから」
知れば知るほど、ユツキの出生が酷く救えないものであることが分かる。
ミコトは気を重くしながら、洗い物をしてから彼の前に戻った。
「……その、それ、ちょうだい?」
「ん、ああ、別にいいが」
「……二つ、いい?」
ミコトはユツキから完全栄養食品を受け取り、自分の鞄に詰め込む。
「昼食にするのか?」
「……うん」
「お前の身体を考えると少し量が多いから、一度に一つ全ては食うなよ。 半分ぐらいにしておけ」
「……うん」
一つは本当に自分で食べるつもりだった。 ユツキは特に疑うこともなく、そのやりとりを終えて絵を新しく描き始める。
本当に絵を描くことを気に入っていると思いながら、鞄から一年生の頃に使っていた美術の教科書を取り出して机に置く。
「……これ、ちょっとでも参考に、なるかなって」
「とりあえずもらうが、読むかも分からないな」
「……うん」
そう言いながらユツキは教科書に目を通して、ゆっくりと文字を読んでいく。
ミコトは一方的だな、と理解しながらも、どうにかして優しくしてあげたいと考える。 何が喜ぶのだろうかと考えるが、ユツキの好きな物など味噌汁以外思い浮かばない。
それどころか、あるのかすら分からない。
下手なことをして絵を描く邪魔になるのもどうかと思っていると、バタバタと廊下から人の足音が聞こえ、トントンとノックがされる。




