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生きる意味≠生きること-4-

 それから授業の合間の休み時間に、ユツキがいつのまにかいなくなっていることが増えた。 ミコトが何の気なしについて行けば、その天使の絵を眺めているユツキの姿があり、彼女はすこしだけ驚いたようにユツキに尋ねる。


「……その絵、好きなの?」


「どうだろうな。 嫌いではない」


 少し眺めるが、ミコトにはその絵の良さが分からなかった。

 天使の絵、というのは珍しいものでもないだろう。


 美しい絵ではあるが、それよりも良いと思える絵はたくさんあり、それが特別とも思えない。


「……美術部、入る?」


「いや、いい。 描けるとも思えないしな」


「……やりたいか、どうか、だよ」


「任務とは関係ないことだろ」


 最近は任務をしている様子はなく、情報を集めているようには見えなかった。


 ミコトはユツキが何を考えているのか分からず、困ったように微笑む。


「……じゃあ、私が入ったら、入る?」


「まぁ、考えはする」


 ミコトは頷いて、放課後に職員室に入部届を取りに行くことに決める。


 放課後になり、二人で入部届を受け取り、すぐに書いて提出すると、居合わせた担任の教師に意外そうな目で見られた。


「絵とか描くのか?」


「……授業では」


「描いたことはないです」


「なんだそれ、まぁいいや。 頑張れよー、書いたら見せてくれ」


 ユツキは見せる気もなく頷き、ミコトは困ったように頷いた。


「シャル先生には俺から伝えようか?」


「いや、今から行ってきます」


 やる気があるのは結構なことだ、と担任は笑みを浮かべて二人を職員室の前まで見送る。


 美術室に向かった二人は、シャーロットが絵を描いているのを見て邪魔をしないようにと美術室の前で手が止まるまで待とうとすると、中から招き入れる声が聞こえた。


「また絵を見にきたの? 照れるね、こう熱心に来られると」


「……入部、させて、もらおうと」


「入部届は出したので、出来るなら今日からでも」


「あっ、そうなの? 真寺くんを誘っても断られてたからてっきり無理かと。 えっと、どうする? 何かしたいことある?」


 ミコトは少し考える。 ユツキがしたいかと思って入っただけで、考えなしの行動だったからだ。


「……絵、描きます」


「そりゃそうだけど、とデッサンからしてみる? 真寺くんも」


 ユツキは天使の絵を一瞥して、シャーロットの目を見る。


「興味はないですが、描くなら」


 シャーロットはユツキの失礼な物言いを気にした様子もなく頷く。


「本物を、描きたい」


 本物、と言われても……とシャーロットは思いながら、部員のために用意されていた画材を取り出して、二人の前に並べる。


「本物って? 実物そっくりの写実的な絵ってことかな」


「いえ、それは写真でいいと思っていて、俺は……本物が、その、何と言えば伝わるか」


 戸惑っているユツキの姿を初めて見たミコトは驚きながらも、部活に入って良かったと思う。


 迷うというのは、自分で考えているからだ。

 シャーロットは微笑ましそうに見る。 ユツキの言葉は失礼な物言いではあったが、その中には火種のような小さい熱が見えていた。


「まぁ、いいよ。 絵ってのは表現だからね。

 言葉で表現出来ないってことも、絵では伝えられる。 私はそう思ってるからね」


 シャーロットに勧められるまま、二人は紙と鉛筆を持って自由に描くように言われて固まる。


 指導するにしても、実力が分からなければ教えようもないからだ。


 ミコトは戸惑いながらも近くにあった花瓶と花を描き始めたが、ユツキの手は動くことはない。


「真寺くん、大丈夫?」


「はい。 ……大丈夫です」


 そうは言っても筆が進むことはなく、シャーロットはそれを気にした様子もなく小さな声で語る。


「私って、隠してたんだけど元々日本人じゃなくてね」


 シャーロットの小ボケに二人とも反応せずにいて、彼女は困ったように続けた。


「母国語も違うんだけどさ、違う言葉だと、思ったように話せないの。

 ちょっとしたニュアンスの違いとか、細かい意味の違い、足りない言葉もあったり。

 でも、それ以上に、人格とか自分のことを伝えるのは、もっと難しい」


 ミコトは、日本人でも英語を話していると、口の開き方やアクセントなどにより明るく見られがちになるという話を思い出して頷いた。


「母国語でも自分を表現ってのは多分誰にも正しく伝わらないと思うけどね。

 絵だったら、言葉よりほんの少し、うまく伝えれるかもしれない。 もちろん、練習も必要だけどね」


 ユツキは頷きもしないが、えんぴつを少し動かした。

 あまりに下手すぎるためか何を描いているのかも分からない絵と、花瓶と花の絵と謎のデフォルメされた可愛らしい猫の絵を提出されて、シャーロットはこれは教え甲斐があると隠すように笑う。


「よし、まず真寺くんはえんぴつの持ち方から変えようか。 綺麗な線が引けないのも、持ち方を変えて練習したら良くなるから。

 長井さんもそこからする?」


「……うん」


 それから軽く指導を受けて、少し絵を描いて初日の部活動は終わった。


 並んで歩く帰り道で、ミコトは何の気なしにユツキに尋ねる。


「……ユツキくん、何の絵だったの?」


「分からないな」


 その返答は妙なものだったが適当に描いていたということではなさそうだったので、ミコトはユツキのことを認めるように頷く。


「……そっか。 本物、描いてたの?」


「分からない。 描けていたのか」


 ミコトはユツキの言葉を思い返す。 本物というのは、あの美術室の中だとシャーロットの描いた天使の絵だけで、他は偽物らしい。


 それでいてユツキの絵はどちらかも分からない。


「……ユツキくん、私は、本物?」


「偽物だろ、どう見ても」


「……シャル先生は?」


「本物だろうな」


 デザインは偽物で、普通の人は本物、けれど美術に置いては天使の絵だけが本物だった。

 ミコトは頭を悩ませながら、学校のプリントを取り出して首を傾げる。


「偽物だ」


 ミコトはその横に自分の名前を書き込む。


「それは、本物だな」


 なるほど、とミコトは納得がいってユツキを見る。


「……複製品とか、真似っこしたのは、偽物?」


「ん、あ、ああ、そうだな」


 ユツキ自体もその言葉で自分が納得したらしく、少しすっきりとした顔で答えた。


「……そっか、本物、オリジナルとか、好きなんだ」


「普通のやつは、そうだろう。 紛い物も、複製品も大量生産品も好むやつは少ない」


「……うん。 でも、私は、嫌いじゃ、ないかな」


 自分まで否定する言葉に、ミコトは目尻を下げて悲しそうにしながらユツキを見る。


「……ユツキくん」


 ユツキは何かを言うことなく、ミコトを一瞥して歩いた。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 ユツキの絵の上達は、歪ながらも短期間の割には目覚ましいものだった。


 暇なときにも描くようにしていたことや、シャーロットの熱心な指導もあったことで、少しずつだが、ユツキの描きたいと感じている何かに近づきつつあった。


 ゴールデンウィークの前日になり、ミコトは普段通りに味噌汁を作りながら、携帯電話の電源を切った。


 毎日、家に帰って来いと言ってくる父に耐えきれなくなったのだ。


 もしかしたら家に帰った方が、ユツキにとっても気が楽になったり、あるいは任務がしやすくなったりと良いかもしれない。


 作り終えたけれど、少し時間が早いかったかもしれないとミコトは思い、少し待つことにする。


 その空いた時間は、友達に借りた占いの本に目を通すことにした。


 確かユツキくんは織田信長……と思い出して見ていくが、織田信長というタイプはなく、そもそも前世がどうとかのものではなかった。


 騙されたと思いながらも質問項目は同様だったので、ユツキの回答を思い出して系統分けしたあと、自分のも見てため息を吐き出す。


 いいとも悪いとも言えない、どちらかと言えば悪いという、微妙な結果だった。

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