生きる意味≠生きること-3-
「俺にもあるのか?」
「……ある、のかな」
「そりゃあるでしょ! ほら、真寺っちも占うよ」
クラスメイトの女子に言われて、幾らかの質問に答えたり、謎のカードを捲られたりして結果が出る。
「真寺くんの前世は織田信長だね」
「それ、何パターンあるんだ」
「十六タイプだね」
「おおよそ、世界の十六分の一が、前世が織田信長なのか」
「……分裂しすぎ」
「多分、パラレルワールドの織田信長なんだよ」
「……パラ信長」
それはもはや織田信長ではないのではないかと思いながら、クラスメイトの説明を聞く。
「えーっとね、貴方は自分の意思が強く、自分の意思を曲げることはあまりありません」
ああ、誰にでも当てはまることを言って当たっていると思わせるものかと、ユツキは興味をなくして聞き流す。
「好きな食べ物はお味噌汁です」
ユツキは目を見開いてクラスメイトの女子の顔を見る。
「なっ!?」
「クラスで二番目ぐらいに足が速いでしょう」
「……すごい」
ミコトは感心したようにクラスメイトの説明に頷く。
「物はあまり持たないタイプで、勉強はあまり得意ではないでしょう」
「当たっているな」
ユツキは占いというものがここまで正確なものなのかと感心しながら話を聞く。
「好きな異性のタイプは小柄で守りたくなるようなタイプ! だってさ」
ミコトは顔を顰め、クラスメイトの持っていた占いの本を横から読もうとしたが、クラスメイトは見せないようにと持ったまま逃げるように離れる。
「……見せて」
「いや、私が読むから大丈夫だよ」
クラスメイトは手を上へと伸ばして、ミコトはそれを取ろうとぴょんぴょんと跳ねる。
「何をしているんだ……。 ああ、鮎川に部活見学に誘われていたから、そっちに行ってくる。 帰るつもりなら先に送るが」
「……私も、見学する」
「ひゅーひゅー、お熱いねー!」
「……怒るよ」
「はーい。 じゃあ私も部活行こうかな」
クラスメイトの女子と別れ、二人で鮎川のいるらしい陸上部に向かう。
第二グラウンドでやっているらしく、遠目で見ていると、どの競技も二つに分かれていることにユツキは気がついた。
「……入るの?」
「ロボットの性能博覧会に出る趣味はないな」
デザインのことをロボットと呼ぶ、わざとらしい悪態に、ミコトはユツキを悲しそうに見つめる。
馴れ合った時間が増えたせいか、表情の変化が少ないミコトの顔でも、ユツキはその表情を理解することが出来た。
あるいは、表情の変化がいつもよりも大きかったのかもしれない。
「憐れむな」
「……ごめん、なさい」
ユツキが今まで散々言っていた悪態は、すべて魔術師のデザインであるユツキにも刺さっていた。
そのことをミコトは知り、自分に言われた時よりも強く、その言葉に心を痛める。
自分よりも、遥かに傷ついていた。 あるいは傷つく事すら出来ずに生きてきた。
そう思えば、どうしても彼のことを救いたいと思ってしまう。 それが、彼が望んでいないことであろうと、ミコトはそう望んだ。
ユツキは悲しそうなミコトから目を逸らしグラウンドに目を向ける。
二つに分かれているのは、デザインとそれ以外であることは競技のレベルを見れば分かり、気持ちが悪いとユツキは思いながらも不満げに口を歪めるだけで終わる。
こちらに気がついたらしいカケルが手を振り、ユツキはそれに合わせて手を挙げた。
「楽しそうだな」
「……好きなこと、しているから」
「どの競技でも、デザインならその設計でおおよその限界値は分かっているだろうに」
「……そうかも、ね」
「遺伝子のコピー、偽物の複製品。 ……意味があるのか?」
「……偽物でも、たぶん、価値はあるよ」
ミコトの言葉は、嘘ではないが本心でもなかった。
あくまでもユツキを慰める言葉だっただけだ。
「もう行くか」
「……見なくて、いいの?」
「別にいいだろ。 顔は出したしな」
ユツキが帰ろうとした時、強い風が吹き、校舎の三階の窓から白い紙が舞い落ちる。
紙が地面に落ちるより速く、窓から金の髪を一つ結びにした女性が大きく乗り出して、手をパタパタと動かすが、紙をを掴むことは出来なかった。
「おーい、そこの二人、ちょっと拾ってて!」
ユツキは仕方ないと思いながら、その紙を空中で掴むと、上から拍手の音が聞こえる。
「ナイスっ! ちょっと待ってて!」
「……持っていく?」
「ああ、ちょっと待っててくれ。 持っていく」
返事をした後、校舎の中に入って落ちてきた窓の部屋に向かう。
白い紙に目を向けると、何かの人型ロボットの絵が描かれていた。
「……ロボット、だね」
「上手いな。 何の奴かは分からないが」
多少感心しながら二人で向かうと美術室の前に付いた。
軽くノックしてから入ると、先程の金髪の女性が恥ずかしげに笑う。
「あっ、長井さんと……真寺くんだっけ」
「……はい」
「知り合いか?」
「……先生、だよ。 美術の」
ああ、とユツキは頷いた。 この高校では、美術の授業は二年からないらしく二年生から転入したユツキが知らないのも当然のことだった。
対して生徒と変わらないような幼さの残した女性は、へらりと笑いながら紙を受け取る。
「恥ずかしいね、子供の時に見てたアニメのを書いてたんだけど、窓を開けっ放しにしてたから」
ミコトは美術教師に頭を下げながら、小さく微笑む。
「……お久しぶりです、シャーロット先生」
「そんな固くならずにシャルでいいよー」
ユツキは早々にシャーロットから興味を失って飾ってある美術品に目を向ける。
大きな肖像画や石膏像などを見て、少し感心したようにユツキは頷く。
「あの絵は、先生が描いたのか……ですか?」
「えっ、よく分かったね」
教室の後ろに飾ってあった天使の絵を見てユツキが尋ね、シャーロットは少し驚いたように目を開けてユツキを見る。
先程のロボットの絵を見て、何となく似ているように思って尋ねただけだった。
だが、絵を見ているうちにユツキは少し気に入り、近づいてその絵を眺めた。
「……先生、やっぱり、すごいです」
「そんなことないよ。 担当してる美術部も、私が入ってから急に廃れて潰れそうだしね……」
シャーロットはため息を吐き出す。
ミコトが不思議に思っていたら、シャーロットは簡単に説明をする。
「今、部活の時間なんだよね。 一人も来てないけど。 部員は規定人数いるんだけど、流石に実態がなさすぎて」
「……なんで、ですか?」
「んー、みんな良い子なんだけど、変わった子が多くて集めきれないんだよね……。
ずっとギター弾いてたり、漫画読んでたり、ほかの部と兼部してて在籍してるだけとか。 そんな感じかなぁ」
「……おつかれ、さまです」
「やや、やることないから疲れてないよ。 暇すぎて適当に落書きしてるだけだし」
ミコトは頭を下げて美術室から出ようとしたが、ユツキがぼうっと眺めていることに気がついてそちらに向かう。
「……ユツキくん?」
反応がなく、袖を引くとユツキは驚いたようにミコトを見た。
「ああ、帰るか」
「……いても、いいよ?」
「いや、帰った方がいいだろう」
「……そっか」
ミコトはそれ以上食い下がることはせずにその日は寮に戻った。




