鬼は泣く-4-
車は既に高速道路を走っていたが、ミコトの身体の丈夫さを思えば無理矢理飛び出しても重傷にはならないだろうと思えたが、窓や扉を開けられることはないだろう。
「……被害届、出さない」
「協力していただけないと、いうことですか」
「……困る人、いるから」
「なら、仕方ありませんね」
女性は微笑み、運転手に戻るように伝える。
「……いいの?」
「はい。 仕方ないですから。 落ち着いて話を聞いていただけただけ、価値があったと思います」
「……もし、私のお父さんにこのことが伝わったら……」
「伝わりますよ。 ですから私達は、もう」
ミコトは止めようかと迷い、その間に女性は告げる。
「終わりですね」
その言葉と同時に、車が大きく揺れる。 女性と運転手は事故かと思ったけれど、ぶつかる物などなかった。
ならば、何か。 それは車内ではミコトだけが分かっていた。
「ああ」
車内で嫌に響く、男の声。 運転手の側面のガラスが割れ、男の手が伸びる。
「なっ!? 何が起こって──」
「──終わりだ」
遅かった。 とミコトは思う。
もっと早くに帰してくれることを知っていれば、どうにかして止められたかもしれない。
運転手の首が掴まれる。
割れた窓ガラスを蹴破りながらユツキが侵入し、ハンドルを奪い、車を壁に擦り付けさせる。
大きく揺れ、女性とミコトの体がシートベルトに抑えられながらも振り回された。
「何者だ!?」
強引に車が止まり、ユツキはシートベルトで動くことの出来ない女性を蹴ろうとし、避けられたことに目を見開く。
何故、と考えた時に鼻に異臭を感じ、融解しているシートベルトに気がつく。
何かの道具、否、見当たらない。 何かの魔術、否、そのような反応はない。
女性の手に黒い炭と白い煙が見え、それがユツキへと伸ばされる。 ユツキが素手でその手を弾くと、手はガラスへと当たり、そのガラスがゆっくりと融ける。
機械ではない、魔術ではない。 だが、それは……生身と呼ぶには異常過ぎた。
ミコトは改めてそれを見たことで、誘拐された際の光景が見間違いではなかったことを確認する。
「……デザイン」
異常な生身。 人間の機能を強化するだけであるデザインではあり得ないと思ったが、それ以外に説明のしようがなかった。
「なんだ、それは」
ユツキは振り払った手が火傷を負っているのを見て、戦慄する。
想定していた手合いではない。 女性の手が再びユツキへと伸ばされる。
払えば手が焼ける。 避けるには狭い車内、受ければ死ぬ可能性すらあり得る。
振り払うと同時に女へと蹴りだし、その腹を蹴った上で体重をかけて抑えつけようとしたが、靴が溶けたことを見て脚を引き、ミコトの身体を強引に掴み、扉を蹴り壊して車内から脱出した。
「なんだ、あれは!? ミコト、何か分かっているのか!?」
「……たぶん、デザイン」
「あんなのまでいるのか!?」
「……見たことあるのだと、平熱が四十度ぐらいのデザインなら」
「それどころじゃないだろ」
「……魔術師?」
「それはない」
二人で話していたところで、ユツキは周りを囲まれていることに気がつく。
「くそ、また塔の鬱陶しい連中か。 ハイエナのような行動をして」
ユツキはミコトの身体を抱き寄せて持ち上げる。 そのまま高速道路から飛び降り、田舎らしい街並みの場所に着地する。
「……運転手の人は……?」
「殺してはない。 ちっ、ああ……クソ!」
ユツキは無理に突っ込むつもりなどなかった。 あるいは見殺しにしてもいいと考えていて──。
自身の考えが理解出来ずに、頭を掻き毟る。
「……助けにきて、くれたの?」
「殺すぞ。 ……命令があったから来ただけだ」
ユツキは「塔」の魔術師が出てきたことに少しの安堵も覚える。
後付けにはなるが結果として言い訳が利くのだから、出てきてくれて助かったとすら言える。
「……大丈夫?」
「お前は!」
びくりと身体を震わせたミコトを見て、ユツキは背に彼女をやって周りを見渡す。
「大丈夫……か」
ミコトは目をパチクリと動かして、すぐに答えようとしたが口を動かしても驚きで上手く発声出来ずにいると、ユツキが拳銃を手に持っていることに気がつく。
「……ユツキ、くん」
「追われている。 都合が良かったんだろうな、攫われて人気のないところまできたことが」
「……魔術師の人?」
「ああ、塔の馬鹿共だ」
ユツキは何度か発砲したあと、舌打ちをして拳銃をしまう。
「対策してきたか」
「……ユツキくん」
「生の書の身体強化を期待してるなら、無理だと言っておく。 あと、殺すなという意見も……」
ミコトは珍しく、あるいはユツキの前では初めて彼の言葉を遮って声を発した。
「……さっきの人が、デザインだから危ない」
ユツキは一瞬、少女の言葉の意味が分からず、言葉の意味が分かってもそう言った理由が分からない。
「……助けたい」
理由が分かっても、彼女の気持ちが分からない。
力尽くで自分を誘拐した相手だ。 ストックホルム症候群……誘拐した相手に好意を抱いてしまう病は知っていたが、それには少しばかり時間が短過ぎた。
ユツキが動かずにいると、ミコトは頭を大きく下げる。
「……ありがとうございました。 ユツキくんは、一人で、逃げて」
そう言ってミコトは先程いた場所に戻ろうと小さい体で走る。
車内からここまで来たのは一瞬であったが、ミコトの運動能力の低い小さな身体では戻るのに時間がかかるだろう。
ユツキは反射的に引き止めようとして、だが止める意味がないことに気がつく。
塔の魔術師が殺したところで、殺した犯人は誘拐犯のデザインであると警察は判断するだろう。
その場合には多少違和感が出るかもしれないが、その程度の状況操作は簡単であり、そうすれば魔術師の存在がバレることなくミコトの殺害が可能になる。
不安要素となる魔術師とデザインの親の衝突も起こらない。
ユツキの所属している組織としても、ミコトは早かれ遅かれ殺すことが決まっていて、ミコトを殺したところで魔術の存在が公にならないのであれば、魔術師同士で争ってまで助ける意味はなかった。
ミコトは女性の元に走りながら、目の横に赤い炎を見る。 これぐらいなら死なないと、自分の身体の性能を頼りに走り抜けようとして、後ろから首を掴まれて足が止まる。
その後ろにいた人物がミコトに覆い被さるように抱きつき、火がその人影を焼く。
「……なんで」
ミコトが唇を震わせながら言えば、苛立ったようなユツキの声が聞こえる。
「何故だ」
「……なんで」
「何故だ」「……なんで」「何故だ」
繰り返し言い合い、ユツキは炎を振り払い、苛立ったように燃えた上着を投げ捨てる。
「馬鹿か。 馬鹿ばかりか、あいつらも、お前も、何もかも! 理解出来ない!」
ユツキは吠えるように、手を伸ばす。
「虚の書:第九章【■■■・■■■■・■■■】!」




