魔境
気づいたら、薄暗い森の中にいた。
360度どこを見渡しても太くて高い木々が聳え立っている。
上を見上げても、波打つように梢を伸ばす枝葉が空を塞いでおり、光源はその間から届く僅かな光のみだった。
上から、はらはらとまるで羽のようにさまざまな色の葉っぱが落ちてくる。
音は、何一つとして聞こえない。
まるで世界には、自分一人しか存在していないのではないかというような、そんな錯覚に見舞われた。
「とりあえず……ステータス」
そう声に出して言うと、目の前に半透明状のウインドウが出現する。
ステータス
LV1 総合戦闘力 150
名前:黒柳 悠
年齢:17
技能:ユニークスキル『悦楽者』
EXスキル『技能書』
耐性:なし
残スキルポイント:1000
へぇ。これが俺のステータスか。
いいじゃん……超面白い!
ガチでゲームじゃねぇか。
それで、確かこの技能書ってやつが、あの女から与えられたスキルだよな。
てことは、もう1つの悦楽者ってユニークスキルが、俺の精神に合わせて発現したっていうスキルか。
……でも、これだけじゃ効果がわかんねぇな。
一つ一つ効果を試していくっていう手があるが、それはちょっとめんどくさい。
てなわけで……。
「スキル選びといきますか」
スキル、技能書発動。
そう念じた瞬間、淡い光が燐光となって周囲に咲き乱れる。
その光粒が、俺の中に吸い込まれる。
それと同時に頭痛を伴って、膨大な量のスキル情報が頭の中に流れ込んできた。
しばらくすると、頭痛は収まった。
俺はピンっ!とデコピンをするかのように空中を弾く。
すると、ステータスウインドウによく似た半透明の物体が出現する。
カーソルを下にやり、スキルを流し読みする。
まずこの膨大な量のスキルの中から、獲得するスキルを限定するためにはいくつか条件がある。
まず、自力で得れるスキルは取らないでいく。
耐性系のスキルや、剣術などのスキルはそれに当てはまる。
だから狙うべきは特殊系のスキル。
気配察知や隠密などの、どうやったら取得のできるのかがわからないような、そんなスキルだ。
その中でも、俺が今探しているのは━━━、
「あった」
『鑑定』スキル。
ファンタジーゲームなのだから、これは取るに限るだろ。
消費スキルポイントは、100。
なるほど、普通の転移者なら、これ一つ取るだけでスキルポイントは消えるのか。
俺はあの女に取り入って、上手いこと優遇するように思考操作したから、スキルポイントは『鑑定』を取っても余るほどある。
ゲームを全力で楽しむためなら、女を落とすでもなんでもできるだろ?
俺は鑑定スキルを取得する。
『スキル:鑑定を取得しました』
よし。これでスキルの効果がわかるようになった。
とりあえずこれで、俺の持っているユニークスキル『悦楽者』の効果を見よう。
鑑定結果:ユニークスキル『悦楽者』━━━感情が昂れば昂るほど、経験値を蓄積する。相手の感情を揺さぶりやすくなる。自分が『楽しい』と感じた時、総合戦闘力を引き上げる。
逆に、つまらないと感じた時は戦闘力が下がる。
へぇ……。確かこの悦楽者って、俺の精神に合わせて発現したんだよな。楽しい時に戦闘力が上がり、楽しくないときに戦闘力が下がる。まるで子供みたいな能力だな、と思った。
さて、と残りのスキルポイントは900。
後はこれをどう使うかだが……。
あと一つ欲しいスキルがあったのを思い出した。
カーソルを下げると、それらしきものがあった。
ユニークスキル『偽装者』。
消費スキルポイントは500だ。
俺は偽装者に鑑定スキルを発動する。
鑑定結果:ユニークスキル『偽装者』━━内包スキル【認識操作:偽装:複製】効果:干渉不可。ユニークスキル:『観察者』を所持している場合、敵のスキルを偽造できるようになる。
俺は直ぐに偽装者のスキルを取得した。
そして、干渉不可の効果を発動させる。
あの女に、俺の動向が監視されてるなんて、考えただけでも気味が悪い。
これだけは、このスキルだけは欲しかった。
俺のプライベートを犯すのは、何人たりとも許さない。
それにしても、ユニークスキル:『観測者』を得ると、敵のスキルをコピーできるのか。
これがあれば、通常のスキルは敵からコピーすればいいから、必要なくなるな。
なら、『観測者』は、取っとくに限るな。
でも問題なのが……残りのスキルポイントは400なんだよな。
足りるか?
俺はカーソルを下に下げる。
……やっぱり足りないか。
ユニークスキル:『観測者』をとるために必要なスキルポイントは600。後二百も足りない。
確か、天使はレベルが上がったらスキルポイントを得ることができると言っていた。
しかし、1レベルが上がるごとに、どれだけのスキルポイントを得れるのかがわからない。
なら━━
「ここでスキルポイントを貯めとくのは、愚作だな」
スキルなんてとらなくても余裕ーとかいって舐めプして死ぬとか、ゲーマーとして許せない。
俺の目標は、老衰で死ぬことだ。
この人生というゲームを、バッドエンドでは終わらしたくない。
どうせなら、精一杯生きて、生を謳歌して、ハッピーエンドで終わりたい。魔物に喰われて死ぬなんて、さすがに嫌だわ。
てなわけで。
俺は残りの400ポイントで、スキルを7つ取った。
ステータスは、こんな感じ。
ステータス
LV1 総合戦闘力 450
名前:黒柳 悠
年齢:17
技能:ユニークスキル:『悦楽者』
EXスキル:『技能書』
ユニークスキル:『偽装者』
スキル:『鑑定』
スキル:『隠密』
スキル:『混乱付与』
スキル:『睡眠付与』
スキル:『回復魔法』
常用スキル
スキル:『気配察知』
スキル:『回避』
スキル:『逃走』
耐性:なし
残スキルポイント:0
スキルポイントはちょうど使った。
かなり尖ったスキル編成だけど、これは絶対楽しいことになる。
そんな、確信にも似た予感がある。
それと、一つわかったことがある。
スキルを取得したら、総合戦闘力が上がったのだ。
450まで、およそ300くらい上がったことになる。
気になるのはLVアップしたときに、どれくらい総合戦闘力が上がるのか、だ。
まぁそれは、LVが上がらないとわからないもんだし後でいい。
そんで、気配察知スキルを得たからわかるんだが、この辺りに魔物は一匹と言っていいほどいない。(気配察知スキルの効果範囲は約1キロだ)
俺は思わずため息をついた。
「なんだよ……せっかくスキル取ったのに、敵いねぇのかよ。萎えるな……」
敵を探しに行くか?
いや、でも……。
俺は上を見上げた。
木葉の間から届く光は、もう既に橙色に変わっていた。
もうすぐ夜がくる。
魔物を探し回って、夜を無防備な状態で迎えるのはまずい。
どのゲームだって、昼より夜の方が魔物は強いしな。
なら、まずは寝床の確保だ。
できれば、魔物に見つかりにくいような場所がいい。
だとしたら……洞窟とか、最適だろう。
拠点を見つけたら、飯が欲しいが……そんな時間はないだろう。
拠点を見つけるころには、既に夜が来ているはずだ。
俺は、拠点を探し歩き始めた。
………のだが、そうそう都合よく洞窟など見つかるはずもなく、拠点、食料すらない状態で俺は夜を迎えた。
気配察知に反応があったのは、あきらめてここで野宿しようと思ったその時だった。