第16話 訪問者
「いいですか、先生。私から離れないでくださいね」
そう言われてからというもの、彼女はいつにも増して積極的になっていった。
帝国が攻めてくると知ったその夜から、僕は朝から晩までセリアと行動をともにしていた。
あちらの目的が僕だとわかってからセリアの張り切り用は凄まじく、夜も一緒に寝ると言い出す勢いだ。
流石にそれはまずいので止めたが、あちらの両親がセリアの行動を肯定しているらしく、グイグイくる彼女を止めるのも一苦労だ。
ハイル伯爵は、さっさと戦場となる国境に行ってしまった。
僕はというと、戦場に立つとカモネギ状態になってしまうため、防御が一番硬いローデンハイム邸で待機することとなった。
まぁ、そうなんだけどさ。
有り体に邪魔だと言われてしまった。なんか申し訳ない。
「あ、先生そこ間違っていますよ」
「え? どこ?」
そんな僕は今、貴族社会の特にローデンハイム家の歴史について勉強をしている。
教師役はセリアだ。
なんでも婿に入った際に、少しでも貴族的な対応を身につけておけねばならない。とのセリアの母の一声で、急遽決まったことだ。
いやどうせ外に出るわけにはいかないからいいんだけど。
なんか外堀をどんどん埋められている感じがして落ち着かない。
しかし、僕がこんなに真面目に勉強することになるとは。
学校の授業でさえこんにやったことが無かった。
いや、ありがたいのだけれどね。
僕はこちらの文字はほとんど読めないから、それも懇切丁寧に教えてくれるし、僕が質問すれば嫌な顔一つしないで、わかりやすく噛み砕いてくれるから非常にありがたい。
僕は一生懸命ノートらしい紙の束に習ったことを書き留めていると、彼女から一つ質問が飛んできた。
「先生は冒険者学校の学生さんですよね? 文字が読めないとなると、その時の授業はどうしていたのですか?」
「あーうん。なんというか」
正直、冒険者学校の授業とかさっぱり聞いていなかった。
なぜかリスニングだけ完璧だから、重要そうなところだけメモって後は聞いている振りだ。
前世の英語の授業に近い。
それもあって、実践授業の多いカーマイン先生の授業をよく受けていたのだけど、なんと答えればいいものか。
「ま、まぁ。こういうのには傾向があって、テストに出るところなんて限られているんだよ。実際にやっていれば、覚えることなんて少なくていいんだ」
「そうなのですか! さすが先生ですね!」
なんか尊敬されてしまった。
小学生を騙しているみたいで申し訳ない。
良い子はしっかり勉強しておこう。
この歳になって初めてそう思った。
こうして、朝から晩までセリアと一緒に勉強をしているうちに5日が経った。
今は勉強の息抜きにティータイムと洒落込んでいる。
はぁ。疲れた脳に糖分が染みる。
聞くところによると戦場の方はあまり芳しくないらしい。
定期的に報告に来てくれる騎士がいるのだが、どうも戦力は拮抗しているらしく、こう着状態が続いているとのことだ。
「伯爵、大丈夫かな?」
「お父様は強いから大丈夫だと思います」
僕の不安げな声に、セリアの声色にはなんの不安も表していなかった。
「とは言っても不安にならない? なんか強い人もいるみたいだし」
「大丈夫です。お父様は私より強いので、そうそう負けることはありません」
ん?
なんか恐ろしいことが聞こえた気がする。
僕は恐る恐るセリアに聞く。
「それ本当? とても信じられないんだけど」
「本当ですよ。私なんて、稽古するとき片手で一捻りです」
マジか!
公式チートのセリアより強いとか、伯爵何者だ?
いやすごいことは知っていたけど、それほどとは。
やはり血はあらそえないのか。
「へー。セリアもすごいし。さすが四英雄の家系だね」
「そ、それほどのものでは」
彼女は少し照れた様子で紅茶を飲む。
その姿は照れながらも優雅で、さすが貴族の娘だと感じさせた。
「お話中のところ申し訳ございません」
そんな話をしていると、談話室の扉を開けてメイドさんが入って来た。
その表情はどこか険しい。
「お嬢様お友達だという方が、正門に来ているのですが。お相手はテレーゼと名乗っています」
「え? テレーゼたちが来てるの?」
こんなところまでわざわざ来てくれるなんて、もしかして戦いの援軍にきてくれたのかもしてない。
「じゃ、早速迎えに行こう」
僕は椅子から立ち上がろうとすると、すっと小さな手に遮られる。
そちらの方を見ると、やはりセリアだった。
「先生、待ってください」
彼女は硬い声色で言った。
思わず彼女の顔を見る。
この顔を僕は知っている。セリアが戦闘中に見せる眼だ。
「姿はテレーゼたちだと確認していますか?」
「はい。間違いなくテレーゼ様たちでした」
メイドさんもその答え想定していたのか対応している。
その声は何か含みがある言い方だった。
「なにか問題でもあるの?」
僕は険しそうな顔をしている彼女たちに話しかけた。
単に戦いの援軍じゃないのか?
「問題というか、流石に援軍にくるのが早すぎます。この時期に訪問者がきたら、一番多い可能性としては帝国のスパイです。敵が魔法で姿を変えているのかもしれません」
「そんなこともできるの?」
魔法なんでもありだな。
でも、そうか。ここから一番近い学園都市まで早くても往復で一週間。
軍隊を集めるとなると、もっと時間がかかるかもしれない。
援軍がくるのが早すぎなのか、気づかなかった。
「では、いかがいたしましょうか?」
「とりあえず、今はお引き取りいただいて、次にとまる宿を聞いておいて。後日、確認が取れ次第こちらから出向きましょう」
セリアの中では、帝国スパイ説が濃厚なのか、慎重に対応している。
んー。そこまで頭が回らない僕って平和ボケしているのだろうな。
そんな会話がメイドさんと行われている中、突如として頭の中に声が響いてきた。
『あーテステス。聞こえているっすか?』
僕の脳内に聞き覚えのある口調の声がこだまする。
これってもしかして。
『こちらスレイプニル〜。勇者〜。セリアちゃ〜ん。聞こえているなら返事をしてほしいっす』
「し、神馬さま!」
やっぱり神馬だった。
さすがのセリアも、驚愕の表情を表す。
それを見た、隣のメイドさんも固まっている。
「はい、こちらケイトです」
とりあえずこの場で、声を出してみる。
すると、またあの間の抜けた声が聞こえた。
『あ〜聞こえているみたいっすね。それなら門を開けてほしいっす。俺っちもすっけど、子供達が待ちきれないみたいなんで』
神馬はなんでもないようにいう。
ええっとこの場合どうしたらいいのだろう?
思わずセリアと顔を見合わせる。
彼女驚いた表情を見せていたが、すぐに神馬に返事をする。
「わかりました。すぐに開けさせます」
『おお〜。それじゃよろしくお願いするっす』
そう言うと、脳を響く声は消えて部屋に静寂が戻った。
いつもながら突然だなあの馬は。
「えっと、どういうことでしょうか?」
メイドさんが困惑した表情で聞いてくる。
僕はなんと答えたものかと思っていると、セリアがメイドさんに指示を出した。
「神馬さまです。とりあえず、門を開けて」
「よろしいのですか?」
「神馬様ですもの」
ええー。そんなに信用してもいいのかな?
だいたいノリで生きてそうだし。
まぁそんなことなど言えないけど。
「神馬さまをお迎えして話を聞きます。5階の談話室に通してください。神馬さまも塔の中に入れて構いません」
「分かりました。そのように」
メイドさんは一礼し扉から廊下に出て行った。
僕たちも5階の談話室に向けて移動を開始した。
「ちぇんちぇー!」
「ぐへっ」
談話室で待っていると扉を開けた途端、勢いよく僕にタックルをかます人影があった。
なんかここに来た時もこんなことがあった気がする。
彼女と違ったのは、これが結構なスピードが出ていたことだろう。
内臓がはみ出すかと思った。
「ちぇんちぇー、しんばたんね! はやいんだよ! ビューって!」
人影の正体は猫耳状態のクレアだった。
彼女は興奮しているのか、尻尾を揺らしながら思っていることを正直に言ってくる。
しかしながら、何を言ってるのかさっぱりわからない。
僕が困惑していると、扉の奥から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「おっす、ケイトン元気してる?」
にししと笑いながら、ぞろぞろテレーゼたちが部屋に入って来た。
後ろにはロマナと神馬の姿も見える。
「みんな久しぶり!」
なんだか数日ぶりなのに、かなり久しぶりなような気がする。
そんな彼女たちを見て考え深い気持ちになったが、ふと気になることが出て来た。
「でも、なんでグランデムに?」
ここから学園都市まではかなりの距離がある。とても馬車では時間的に間に合わない。
僕の疑問が顔に出していたのか、そんなことは百も承知とばかりにテレーゼが言った。
「水臭いよケイトン。私たちケイトンが狙われると聞いて、神馬さまにお願いして乗せてもらって来たの!」
テレーゼは胸を張って答えてくれた。
なるほど。だから、こんなに早くグランデムにこれたのか。
確かにあの速度なら一日とかからず着くことも可能かもしれない。
「スレイプニルさんもありがとう。わざわざ送ってもらって」
『いいっすよ。ちょうど暇してたとこなんで。敵がきても殲滅できるし』
神馬はかるーくそんなことを賜る。
ははは。さすがだ。
僕は内心冷や汗をかきながら、ロマナに向き合った。
「ロマナもありがとう。お家の方説得するの大変じゃなかった?」
今更ながらこの子達は貴族だ。
ここは僕の周りは戦場になるかもしれないのに、こんなところきて大丈夫なのだろうか?
そんな心配をよそに彼女は首を横に振るう。
「問題ありません。親御さまからは『戦争か! 行って来い! 行って来い! 若いうちに経験しとくと今後のためになるぞ』と許可をもらっておりますので」
「そ、そうなんだ」
それでいいんだ貴族社会。
いや四英雄の子供達だからだろうけど。
この子達はそこいらの騎士が数百人束になっても叶わない実力を持っているからなぁ。
「これからは、私たちがケイトンの身を守ってあげるね」
「ははは。ありがとう」
僕はどうやっても小学生に守られる運命にあるのか。
結局彼女たちを見ていると苦笑しかできなかった。
「じゃ、これからは順番でケイトンのことを守っていこう!」
「「おー!」」
彼女たちは円陣を組み元気よく気合を入れる。
あはは。これじゃまるでどっちが保護者だかわからないな。
そんなことを考えていると、さっきの円陣にセリアが加わっていなかったことに気づいた。
彼女は談話室の端にいたかと思うと何か言った。
「先生は私が守ってあげるはずだったのに、みんなのばか」
「え、なんて言ったの?」
セリアが何か言ったが遠すぎて聞こえなかった。
聞き返すと、彼女は慌ててものすごい勢いで首を横にふるった。
「な、なんでもありません! 私紅茶のおかわりを持って来ます!」
そういうと彼女は談話室の扉を飛び出して行った。
な、なんだったんだ?
結局彼女がおかわりを持ってくるまで30分以上かかった。




